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#5 シンデレラ(3)



キキィィィーーーッ!!




住宅街の一角に甲高いブレーキ音が響きわたった。涼真の運転する自転車は滑り込むように自宅敷地内に突入。


小さな水しぶきを上げてジャッと停車し、片足を地に付けて視線は急ぎ追跡者へ。


瞳には遠方からでは細部まで確認できなかった化け物の禍々しい真の姿。



バレーボール程度の石から長い黒髪を生やし、表面にはまばたきする目、歯のある口など顔のパーツがきちんと存在していた。


ただし顔全体は潰れたように歪んでいてパーツの位置が多少ずれている。


般若のごとき凄まじい形相で口をパクパク開閉させているが声は聞こえない。



家々の明かりを反射させる雨に濡れたアスファルト。その上に浮かぶ、まるで生首。


ホラー映画を彷彿とさせるろうそくの火のような曖昧な明るさが化け物や周囲を照らし、夜闇と降雨も手伝って不気味さをますます際立たせ恐ろしい。




その生首、敷地内に侵入したいのか前進を試みている。しかし見えない壁にぶつかるだけで何度チャレンジしても遮られてばかり。


広瀬の作った結界の仕業であろう。涼真も初めて目にする光景。彼にとってはもちろん有り難さでしかない。



涼真から2メートルも離れていない位置で、化け物は少しバックして勢いづけては突進し体当たりを音もなく繰り返す。幾度トライしても侵入はままならず、イライラしているようにも見える。




相手を注視しつつ、住宅の若き主はチラリと背後の家屋に視線を送る。


雨降りのせいか毎晩家の警備に来てくれている蝙蝠たちの姿は見当たらない。


しかし悲観にはまだ早い。この化け物からは強い妖気が放たれていると推測される。


濡れることもいとわず蝙蝠部隊の班長ドリームがただならぬ気配を感じ来てくれるかもしれない。



雨だし危険だしと心苦しく思う反面、涼真は心強い彼らを待ち望んでいた。


気丈に振る舞っていても遠くへ逃げ出したいくらい、家の中に飛び込みたいくらい怖いのだ。


そして結界の創造者であり日頃の頼りなさからはギャップでしかない、相当の魔力を持つ魔界のプリンス・広瀬の存在にも期待を募らせる。



誰か助けてほしい。



しっかり者だろうとまだ16歳の少年。かつて清水店長を頼ったように、ひとりで生きていくには無理があると自覚していた。


とはいえこの思考、数時間後には一転するのだが。




人面石は相変わらず、しつこいくらい同じ動作を繰り返している。涼真はじっとそれを見つめ、まとまらない思考を重ねる。


こいつの目的は何なのか。目的があるのか。仲間はいるのか。人や動物を集団で襲い、食らうことが目的だとしたら……。



ポジティブ思考ができるほどの状況にはいまだ進展していない。それでも数時間にも感じられた均衡が崩れたのは、正確にはここへ到着してから15分後。


人面石の妖怪は結界の壁に沿って真上に飛行し、屋根より高い位置で停止。くるりと振り返ると猛スピードで遠ざかっていった。




すべてが無音だった。いまようやく雨音を実感し、涼真は髪や顔や服の濡れた自分に目を通す。


あいつが戻ってくるかもしれない。でも結界がその度に守ってくれる。


困った食い逃げ犯だが憎めず、好意しかない広瀬へ絶対の信頼を寄せて、やっと家に入ることに。



物置内に置かれた自身のロードバイクの隣に運んだママチャリを並べ、雨水で錆びないよう、でも今は簡単な乾拭きだけ。


終えるとおとなしく自転車のかごに入っていたパグ犬を優しく抱き上げる。


全身はお風呂に入ったように濡れて毛はべったり体に貼りついていた。そしてブルブル震えていた。



「ああゴジラ怖かったね。もう大丈夫だよ?寒くなかった?風邪ひかないでね?」





愛犬に温かいシャワーをかけてドライヤーで乾かし、飼い主もシャワーを浴びた。



今夜は何だか怖くて、2階の自室ではなく両親の仏壇がある1階の和室に布団を敷いて就寝することに。


当然ゴジラも一緒の布団。もそもそ自ら中にもぐっていき、前足で寝場所を軽く整えるとすぐに丸くなって動かなくなった。


足元が温かい。犬だけでなく涼真もその存在のおかげで寂しさは軽減。貴重さを得ていた。




電気を消して目を閉じるも寝付けず、気分転換にカフェで流れるジャズをスマホで再生する。勤務中に聞いているうちにジャズやボサノバが好きになったのだ。



夜なのでピアノのしっとりめの曲を適度の音量で流すも、少年の心は外の雨のようになかなか晴れない。


あの妖怪、夜が明けても、日中の明るさの中でも現れるのだろうか。もう別の地へ移動したのだろうか。もし明日また見かけたなら……。




町内全ての人に関わる危機。広瀬や店長に相談、あわよくば退治もと虫のいいことを考えた。


だが神出鬼没の広瀬がなかなか現れず、「店長に長く心配をかけるのでは?」との遠慮から沈黙を決めた。


これにとどまらず周囲の気持ちを無視した涼真の独断はまだまだ続いた。決意表明のように自らに言い聞かせる。



目撃者は他にもいた。朝には事件が公になっていて、噂を聞いた広瀬さんやドリームが動き出し率先して妖怪退治に乗り出してくれるかもしれない。


自分から言い出す必要はない。過去のことがあって過剰になりすぎているだけ。もしあの化け物に襲われても初見を装い、そのタイミングで協力を求めればいい。


今回無傷だった。次もきっと大丈夫。逃げ切れる。自分やゴジラには有事のとき強い味方がいる。だからそれまでひとりでやっていける。


今まで通りの生活を続ければいいだけ。店長や広瀬さんたちに迷惑をかけず今まで通り……。




翌、金曜日の朝。すっきりしない目覚めを迎えた涼真であったが、今日も仕事。


起床をしカーテンを開け、次いで障子を静かに慎重に開けて外を眺めた。


いつもの風景。向かいの家々が瞳に映る。怪しい物は見当たらない。ホッと安堵。そして雨も上がっていた。




洗面や食事をすませ、出勤前に一仕事。ゴジラへ『広瀬さんに悟られないための注意点』を店長を手本に優しく教える。



「いいね?ラッキーみたいに広瀬さんと話せないからって、変に甘えたりおかしな声を出して気を引いたらダメだよ?怖いオバケの事は内緒。できるよね?」


「ばう!」


「偉いぞ。じゃ出かけようか。今日はいい天気だよ!」





寝不足を引きずる涼真へ止めを刺す、通りに面した窓から差し込む心地好い陽気。


カフェで勤務中の彼は朝には気づかなかった眠気と戦っていることであろう晩秋の昼下がり。



一方で屋外には昨日が曇天で夜は雨だったとも知らず、連日と信じ切る晴天に清々しさを感じる年中薄暗い魔界暮らしの広瀬達哉。


とっておきの計画を胸に、馴染みのカフェ『小庭園(プチ・トリアノン)』へ向かう足取りは軽快だ。



通りを進むと目的地だが、到着より一足早く店先とおぼしき場所に動物たちを発見した。


黒猫ラッキーと鴉のハッピー。動物と会話ができる彼の大切な友人たち。


けれども近づくにつれ明らかとなる不穏な空気。どうしてかラッキーがおヒゲをしゅんと下げてグスグスべそをかいているのだ。


到着した広瀬は人間と会話するように飛行仲間へ経緯を尋ねた。



「やあハッピー、泣いてるみたいだけどラッキーはどうしたんだい?」


「涼真が無視すると嘆いてるス」



小さな鴉は人間と変わらぬ姿の悪魔を足元から見上げて簡潔に説明。


その内容に誘発されたか、黒猫は止みかけていた泣き声を交えて喚き出した。



「私の健気で純粋なアイコンタクトが届かないなんて異常だわ!涼真きっと病気なんだわ。ユキヒロみたいにインフルエンザかも!?」


「呪いをかけてる最中のねっとりした視線にしか見えないス」



店先の園芸ポットから店内を眺めるラッキーへ、勤務中でも一日一度は必ず手を振る涼真。


早い時分から実行してくれる彼なのに、今日は午後を迎えてもつれない反応なのだ。




愛する涼真の信じられない態度に、綺麗な毛づやの黒猫は先週飼い主がかかった病気を持ち出して例に上げる。


高熱で呻いていた姿を思い出し、それを涼真と重ねていたたまれなくなっていた。


自分の世界に入り込み、ハッピーの毒舌に全く気づいていない。



「ああっ心の妻である私が代わってあげたいわ!お見舞いに行きたいわ!看病してあげたいわ!」


「勝手に病人扱いはひどいス」



おおよその事情を把握した広瀬はとりあえず店内へ。ふわっとすぐさまコーヒーの香りに包まれ口元を綻ばせる。



「いらっしゃいませ」



店長と店員から歓迎の挨拶を受けるも、その店員の表情が冴えない。それも広瀬と確認した瞬間に頬を歪めたのだ。


ラッキーが独断する何とかという病気とは思わぬも、異変への着眼は否定しない。広瀬の心にも確かな違和感。さり気なく探ることに。




定位置である窓側奥のボックス席へ、彼を慕う看板犬と共に移動。


まずは疑念を抱かれない会話がいいと、水を運んできた涼真へ来店目的だった提案を、少し声を落として説明する。



「涼真君、もっと近くに。ある計画を立ててるんだが、店長には秘密にね。実は店長の誕生日が来月なんだけど日曜日なんだよ。そこでその前の水曜日を僕と妻が来るからと口実をつけて貸し切りにしてもらい、サプライズで祝……ん?どうしたんだい?」



腰を屈めて広瀬に顔を寄せ、話は聞いているように見える。


けれど明るい内容とはアンバランスな険しい表情で理解しているとは思えない。いつもの涼真なら相槌を返し表情も朗らかなのに。




いわく付き常連客の訝しげな視線に気づいたか、涼真は上体を戻して愛想笑いを作った。



「え、あ、店長の誕生日ですか。楽しみですね?」



鈍感な広瀬にも感じ取れる噛み合わない会話。そして本日に限っては感受性豊かな涼真の反応の鈍さ。


何気なく清水店長を眺めると、ばっちり視線が交わった。彼は何か話したそうに、愁いな眼差しでただ頷く。店長も涼真の異変に気づいており心配していたのだ。



どうやら異変は今より前から始まっていたらしい。勤務中の店長に代わり、広瀬は人間の大切な友人へ胸を張った。



「涼真君、僕は君より20倍は年上で、故に様々相談に乗ってあげたいがあいにく恋愛相談以外は不得意で期待に応えられそうにない。でも悩みがあるなら話してみよう」



相談ごとには不向きと判断できた点は賢明だが、例え恋愛相談が得意だとしても広瀬を頼るのは避けたいと、ぼんやり考えてしまった涼真である。



ラッキーやハッピーが同席していたなら「情けない!」と怒りのツッコミを魔界のプリンスへ飛ばしたであろうが、本人はあれで手応えを感じている様子。


そんな自信満々のイケメン王子へ、赤いエプロン姿の店員はフッと笑った。



「ありがとうございます。実は昨日ゴジラを雨に濡らしてしまって。風邪をひかせる一歩手前だったので自己嫌悪をいまだ引きずってしまって。勤務中ですし公私混同は避けないとダメですよね。ではごゆっくりどうぞ」



トレイを持ってそそくさ退いた涼真。少年に眠気なんて余裕はなく、心の内は朝店長の笑顔を見た時からぐちゃぐちゃだ。


愛犬には他言NGと命じておきながら、広瀬の顔を見たとたん自分自身がそれを破り全てを話して助けを求めたくなった。


多分そのとき顔に出てしまい心配を与えてしまったのだろう。「悩みを打ち明けてよ」とはっきり言われるまで相手の思いも、自分がどんな表情を見せていたのかも認識不足だった。



ごまかせたか不安だが、とにかく当たり障りのない悩みを出して深刻さとは月とすっぽんとアピールし涼真は上手く逃げた。


しかしその悩みと表情が比例せず、相手が広瀬だろうと疑惑を残しただけ。当然広瀬は原因と解決策を探そうと協力者へ向き直る。


隣に座る涼真の飼い犬ゴジラ。四六時中行動を共にしているこの子なら手がかりを知っている可能性大だ。



「ゴジ君、君のパパは悩み事でもあるのかい?ラッキーたちが来てるから話してみようか」



人間界で広瀬が会話できるのは黒色動物だけ。ゴジラはフォーンで意思疎通不可だ。


そこで動物同士で会話させラッキーに通訳を頼む作戦とした。


動物たちは広瀬や人間の言葉を理解しており、大好きなラッキーに会えるとあってゴジラは嬉しそうにしっぽを振って「ばう」と一鳴き。広瀬に抱えられ外へ出ていった。





店内での出来事を広瀬から聞いた黒猫は、ショックを受けつつ気丈に振る舞い役目を引き継いだ。



「ゴジちゃん、涼真が落ち込んでるらしいわね?原因知ってる?」



すると誰もが予期せぬ展開に。ゴジラが瞳を潤ませて「ぱうぅぅ」と泣き出したのだ。



「ゴジちゃん!どうしたの!?」


「どうしたスか!?」



ハッピーも自分より年下の大きな仔犬の側にペタペタ歩いて近づく。


皆があたふた見つめるなか、昨夜の記憶を甦らせたのかゴジラは涼真と自身に起きた大事件を鼻まで濡らしてビクビク怯えながら口にした。



「昨日ね、怖いオバケがおうちに来てボクたちをいじめたの!怖い顔してて、夜も眠れなくて、ボク怖いよーー!」



この仔犬、恐怖のせいか熟睡のせいか記憶は曖昧らしい。


昨夜は布団に入ってすぐに眠ったのだが、何はともあれそこ以外は正確に説明。重要なのは一部の誤りではなく中身だ。


そして内容とは別に重大なのが涼真との約束。広瀬には内緒と命じられた話を聞かせてしまったのだ。



とは言うものの独自の解釈を持つ個性的なゴジラ。涼真パパの口からラッキーたち動物の名は出なかった。


よって極秘だろうと罪悪感なく、約束違反の自覚もなく、ラッキーの口から漏れるとも考えず堂々と話したまで。へ理屈に近いが幼さゆえに理解不足。


今回に関しては涼真の言葉が足りず、ゴジラに罪はない。




憤慨したのはラッキーたち。みんなのアイドル・ゴジラを泣かせるものは幽霊だろうとゴキブリだろうと豆腐の角だろうと許せないのだ。



「こんな幼い子を泣かせるなんて酷いわ!王子様!涼真が大変なことになってるわ!」


「そうス。こんな気弱で弱虫なゴジを泣かせるとは王子さんより最悪な奴ス」


「ぱうぅぅ。ボクが弱虫なせいで」


「ゴジ君もかい?うーん、僕も何か納得いかないセリフを聞いたような……」



釈然とせずモヤモヤは内心残るも、ゴジラの泣き顔とラッキーの通訳に広瀬は秀でた顔を引き締め自問自答を始めた。




化け物との対峙現場は涼真の家だという。広瀬自らが作った結界が役立ったようで、大事に至らずここまでは一安心。


しかし広瀬、妖気を感じなかったと不安を募らせた。妖気を持つものが結界に触れた場合どこにいようと脳が感知するシステム。邪気なら尚更。


それは特殊能力を持つドリームたち蝙蝠部隊も同じはずで、天候に関係なく邪気を感じたなら緊急出動が通常。


報告はなかった。彼らも異常なしと平和な夜を過ごしていたのだ。



涼真やゴジラの態度からも化け物が現れ恐怖体験したことは信用したい。


隠し通そうとした涼真の気持ちの動きも、優しい少年であることから想像ができた。ありがたいが知ったからには協力を惜しまないと広瀬の決意は十分。



気がかりは謎多き漂流者。妖気を持たないその異形生物とは何者か。


ドリームに涼真の家の警備強化を依頼し、自らも涼真たちを見守る必要を認めた。




温厚な人柄や頼りない言動とのギャップの大きさに驚かされるもうひとつの姿。


魔界屈指の槍と剣の使い手であり強力魔法を操る平和主義な美しき悪魔。


とはいえその能力は国や弱者を守るため有効活用。春先の妖怪の末路が示すように有事のとき手加減はしない。


ふわふわだけど芯はしっかり。それが広瀬達哉という男であった。



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