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#5 シンデレラ(2)



最低気温一桁のアナウンスがちらほら耳に入り始め、各地で色づく紅葉や落葉が人々を惹き付ける11月半ば。



こちら昼時のカフェ『小庭園(プチ・トリアノン)』は、店長たちが先週話題に上げていたクリスマス準備を励行の末に無事完了させていた。


店内は大小のツリーやクリスマスカラーのポップな壁飾りで彩られ、見る者の心を無意識のうちに躍らせている。



ハロウィンのお化け飾りにビクビクしていた看板犬ゴジラも、トナカイや雪だるまのぬいぐるみは大好き。


紅白のサンタ衣装に身を包む彼は「一緒に遊びたいなあ」と、出窓に置かれたそれらをウズウズ眺めていた。


希望の遊び方はくわえて振り回したり、お昼寝を共にしたり。甘えん坊でやんちゃ盛りの仔犬であった。




綺麗に仕上がったクリスマス仕様。ところがせっかくの可愛い装いも今日は客足が鈍く、平日とはいえ通常なら3分の2は埋まる客席には空席が目立つ。


原因は天候だ。いつ雨が降ってきてもおかしくない、空一面どんよりした曇り空。お客様の中には傘持参の者も多い。




カウンターに座る女もそのひとり。トリコロールカラーの派手な傘を足元に立てて、しかし天候は気にせず店長との会話を楽しんでいる。


先週も来店した女。再来は疑わしかったが姿を確認した時は店長や、特に店員は挨拶する声に自然と嬉しさを滲ませたものであった。




このカフェが住宅街の閑静な地に位置するとの話題を発端に、女は抹茶ティラミスをスプーンですくいながら自身の母校について悪気なく語っていた。



「でさあアクセス手段はたくさんあって便利なんだけど、超ど田舎で初見のとき農業大学かと思ったくらい。近くに教会とかあって絶景っていう人もいたけど、ここなんてまだ都会よ」



少し早口な彼女の話に作業の傍ら耳を傾け、清水店長は懐かしい風景を脳裏に思い起こしていた。


動作を止めて飲食スペースを背景にして座る女へ視線を移す。



「その大学、さらに近くにお寺はありませんでしたか?ロープウェイのある山も」


「あったあった!懐かしー!え、けど何で知っ…もしかして、同じ大学の出身!?」


「そのようですね。ひとつ上の先輩でしたか」



感心する清水の前で女も溜め息。それからコーヒーカップを持ち、口をつけるより先にしみじみ語った。



「偶然って言うか、世間は狭いね。まあ卒業生なんて何十万人と存在してるんだし、不思議ではないのかな」


「そうですね、知らないだけで今までもお客様の中に母校の卒業生はいたのかもしれません」



話し終えると別のお客様の会計にレジへ立つ。


「店内POPがどれも可愛い」とカラフルな色合いやフォントを褒められ、店員のお手製と教えた。


作成者・涼真も近くに来て謝礼を述べる。中学時代に学級新聞などでイラストや文章を書いていた特技がここでも活かされていた。




カウンターに戻った清水を、ひとり寂しく待っていた女が笑顔で迎えた。


積極的な性格であるが行動だけでなく発言もそれを裏切らない。


前回涼真が評したように、話しやすく好感の持てる女。多少の図々しさもつい許してしまいたくなる小悪魔系だ。



「店長さん、下の名前聞いていい?」


「構いませんよ?健一です」



このタイミングでどうしてか女の表情からスッと笑みが消えた。イスから腰を浮かせるような姿勢を取って上体を前に寄せ声をひそめる。



「わたし原田志穂。……会いたいからまた来ていい?健一くんって呼びたいからふたりきりで。来週の水曜日の閉店後、ここに来ていいなら返事はハートのラテアートで」



社交的な彼女が初めて見せる緊張の面持ち。そして大胆な申し込み。


それでも店長は冷静で、「お代わりですね?」と顔色も変えずにコーヒーをいれに背中を向けた。




ほどなくして客側フロアに回りコーヒーをテーブルへ置いた清水店長。



「お待たせしました。どうぞ」



彼の何気ない仕事用語は周囲の目や耳をごまかす、ふたりにしかわからぬ暗号のようなもの。最後まで続いた。



カップを覗き込んだ志穂は液面に浮かぶ絵柄を瞳に映し、瞬時に傍らの男を見上げる。優しい微笑が飛び込んできた。



「お待ちしております。詳細が決まりましたら後日当店へお電話下さい」





お客様も退きガラリと様変わりした閉店後のカフェ『小庭園』。諸々の後片づけの時間である。


ドアに下げていた『営業中』プレートとクリスマスリースを外して店内に戻ってきた店長は、怪訝さを露に外で見上げた空模様について触れた。



「すぐにでも雨の落ちてきそうな嫌な天気ですね。涼真君が家に着くまでもてばいいのですが」



気遣いを貰った涼真は可愛らしい顔に小さな微笑を浮かべ、朝から曇り空であったこと、夜から降水確率が高くなっていたことを思い出した。


ついでにもう一点何やら想像したようで、テーブルの下など店内を好き放題歩き回るサンタ衣装の愛犬の姿を目で追った。



「はい。だけどひとつ失敗しました。濡らしたくないし、昼のうちにゴジラを置いてくるべきでした」



昼休憩を利用して曇り空の間に自宅へ連れ帰ればよかったと悔やむ。


11月も中旬。夜には気温が10度前後になることも。雨に濡らして風邪でもひかせては大変だ。



そこに気づけず配慮を欠いた清水も、己の力量不足に内心で息を吐く。それでも過ぎた出来事より今後を重視した。



「天気が悪化する前に素早く用事をすませてしまいましょう。いざとなったら雨が止むまでここで待機も宿泊も可能ですし」



夏にも同様の事態が起こり、あの時は台風だった。


朝から激しい風雨で、涼真はゴジラを自宅に留守番させ徒歩で出勤。


帰りは今回のように清水宅での宿泊を勧められるも、愛犬が気になり清水が呼んでくれたタクシーで帰宅した。




度重なる気遣いに現在の涼真は謝意を示す。それでも少しくらいの雨なら我慢できると帰宅を選択。幸いにも雨の降る前に退勤したのだった。


とはいえ幸いと感じられたのは帰宅途中まで。少年から笑顔を奪う恐ろしい事件が起ころうとしていた。





翌月に冬至を控えるこの時期日没は早く、夕刻の屋外はカフェ近所で飼われる黒猫ラッキーの姿が闇と溶け合い判別しにくくなるほど真っ暗。


ニット帽を被りコートを着込んだ涼真の自転車にもライトが灯る。



カフェを出て5分。ハンドルを握って自転車を押す手に水滴が落ちた。見上げた顔にもひとつふたつ。



「ゴジラ、雨降ってきたね。雨足が強くなる前に着きたいけど」


「ばう」


「きゃあああ!」



犬の声を半ばかき消す背後からの思わぬ悲鳴。


振り向くと帰宅途中であろう制服姿の女子高生が顔一面を蒼白にさせてダッシュで向かってくる。


さらに奥には遠目にも明らかに奇怪な物体。


ボールのような物が貼り付いた何かをひらひらなびかせて、ジョギング程の速度で宙を飛んでいた。



「あれは……何だ?」



近づいてくるそれは髪の長い生首。ブラックジョークの効いたおもちゃであってほしいと願うも、現実逃避と理解もしていた。



女子高生はすでに涼真たちを追い越し前方へ。整形外科クリニックに逃げ込む姿が見えた。


直後に「うわああっ!」と横道から出てきた別の目撃者の悲鳴があがる。




道幅の狭い直線道路にいる涼真は何となく化け物と視線が交わったような、速度が増したような嫌な気を感じた。同時に「逃げなくては!」と心の中で自身に命じる。


でもあいつは間違いなく妖怪。両親のカタキである復讐すべき存在だ。


思いは交錯するも、あの時のクモ男がもたらした恐怖心は未だ拭えず、トラウマが邪魔をして瞳から生気は薄れ足はすくみ動けない。これでは逃亡も復讐も夢のまた夢。




そんなとき怯む足にゴジラがブルブル震える身をべったり寄せた。大きな体を小さくさせて離れない。


見下ろす飼い主の瞳に徐々に光が戻る。怖いのはみな同じ。けれど一緒に怖がっている時ではない。


この子を救えるのは自分だけ。助けなけれはならない。恐れている場合ではない。


家族の一員への責任と弱者を守るため、涼真は体を動かし逃走準備。



「ゴジラっ、かごに入るよ!」



決断は早く、素早く愛犬を抱えると通勤用に使用している母親のお下がり自転車のかごの中へ。


急場とあって押し込む形となり窮屈な体勢だが、しばらく我慢してもらうしかない。そして自らは座席にスタンバイ。すぐさまスタートした。




自宅の敷地内まで辿り着きさえすれば、広瀬が作ってくれた結界により守られる。


魔界のプリンスによる強力な結界だ。普通の妖怪では破ることは不可能だろう。


それでも油断やあいつの正体や現状への追及は後回し。逃げることに専念だ。


そう、チラッと振り返った先には確かに化け物が速度を上げて後を追ってきていたから。



「ゴジラっスピード上げるよ!」



足をフル稼働させて色々な意味でのママチャリをこぎ、向かい風を浴びながら自宅を目指す。人や動物の雨に濡れた顔からは滴が飛散する。



かなりのスピードを出しているのに自宅が遠い。


公園や郵便局など数々の馴染みある場所へ到達するまでの距離が同じルートをグルグル回っているかのようにとても長く感じられた。



「家だっ!ブレーキかけるよ!?」



キキィィィーーッと高らかに音を響かせて滑り込むように自宅敷地内に突入。


ジャッと停車して片足を地につけ、勢いよく向けた視線の先には禍々しい化け物の姿。


長い黒髪を生やした人面石が涼真たちを睨み付けていた。





大事な店員と看板犬が雨に打たれながら春先の再現のようなピンチと対峙している頃、清水店長は窓のブラインドがすっかり下りた店舗フロアでスマホを握っていた。


LINEから旧知の名を見つけると通話の開始。相手は大学時代の軽音楽サークルの先輩・福山努。


いまはサラリーマンであり既婚者。加えて18時台という時間。これらが重なり期待薄としていたが数回のコール音のあと応答を認めた。



「ツトム先輩こんばんは、お久しぶりです清水です」


「おー清水!久しぶり。ちょうど良かった。出産祝いわざわざ書留でどうもな!で、どうした」


「まずは改めて、赤ちゃんおめでとうございます。……今回はお聞きしたいことがありまして、先輩の学年に原田志穂という女性は在籍していましたか?」



女に対し何かを察したか、清水は常に平静さを保てるよう情報を得ることで心の準備とし、体勢を整える。


清水健一の予言はこれまで安定の的中率を保持し、今回は予知に近いが、疑惑の段階にも関わらずまたも非公式であることが勿体ない結果を生みそうな雰囲気を醸し出していた。



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