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#5 シンデレラ(1)



世間一般にすっかり浸透し定着したハロウィン。大いに沸いた様々なイベントも当日をもって一段落。


とはいえ一息つく暇もなく、人々の関心は次なる行事クリスマスへといとも容易く移ろいを見せる。


都心の華やかな装飾が通りすがる者たちの目を早くも楽しませていた。



その一方で住宅街の一角に位置するカフェ『小庭園(プチ・トリアノン)』ではいましばらく通常モードの構え。



「ここでは毎年11月中旬に半日がかりでクリスマスの装飾に取りかかります。中々の重労働ですよ?」



開店前の準備中、店員の涼真はカフェで過ごす初めてのクリスマスとあって、清水店長より好意的脅かしと共にそう教わった。


まもなくその中旬に入ろうかという時期。ハロウィン準備の時同様、店長の双子の甥っ子が手伝いに来るらしく、「作業は来週の水曜日あたりかな?」と予想した。




それから数時間後の営業時間中。お客様の声やジャズの軽快なBGMが耳に心地良いカウンター内で、涼真は再びクリスマスの話題を取り上げた。


待ち遠しいというより、当日までの準備やウキウキ感が好きなのだ。



「店長、クリスマス期間はゴジラにサンタの服を着せようと考えてるんですけど、どう思いますか?」



自身の愛犬で店の看板犬でもあるゴジラ。いま彼は飲食スペースで睡眠中なのだが、飼い主はこの子にも楽しさを体験させ、店内の雰囲気作りにも協力してもらおうと目論んでいた。



隣でレジのレシート交換をする傍ら、店長も赤と白の定番衣装を身に付けたパグ犬の姿をはたと想像してみる。



「似合いそうですね。いいと思いますよ?サンタさんの帽子を被れば更に可愛らしくなるのでは」


「あ、いいですね!ペット用の帽子がなければ人間用で代用できそうですし」



0歳でも体の大きなゴジラ。人間の子供サイズも念頭に置いて、最適な品を選んであげたいと若すぎる保護者は親心を見せる。



バックヤードのパソコンで衣装デザインを選び、気に入れば即購入もと考えた。


だが現在は勤務中。職場で使用する物とはいえ急務でもない。人員も足りなくなる。閲覧は昼休憩に入ってからと自制した。




目の前の仕事を優先させ、素早く気持ちを切り替えた16歳の少年店員は各備品の補充に動き出す。


一歩踏み出した瞬間、ドアに付いたカウベルがカランコロンと新たな客の訪れを告げた。


偶然にも同じタイミングで壁掛け振り子時計が11時を知らせるチャイムを奏でる。



「いらっしゃいませ」



いつも通りの挨拶とコーヒーの豊かな香りでお客様を歓迎。


涼真は水など運ぶため補充は後回しに新たな作業に取りかかる。



来客は女。視線と首を左右に動かして席を探し、最終的にその位置は正面で止まった。


瞳には横一列にイスの並ぶカウンター席が映っていた。





隣の席が空いていたので脱いだコートをそこへ置いて着席し、女は眼前の同年代らしきダークブラウンの髪の青年に話しかけた。



「こんにちは。スイーツにしたいんですけど、店員さんのオススメのメニュー聞いていいですか?」



この問いに思わず振り向いてしまったのは涼真。


女性を見つめるその意味に気づいたものの、店長は知らぬフリで接客に専念する。



「期間限定の季節のスイーツでしょうか。今ならお芋や栗ですね。マロンロールはリピーターも多く人気です。それと私はマスターの清水です。来店ありがとうございます。この店はネットで知ったのですか?」


「えっ店長さん!?若ーい!」



外見からの決めつけで店員と判断されたわけだが、清水本人も自覚しておりこれまで何度も味わってきたこと。


不快感は全然なく、よって自己紹介は挨拶代わりであって嫌味でも咎めだてでもない。




女は非礼を詫びるとおしぼりを運んできた少年にも一礼し、また前を向いた。


コーヒーと勧められたロールケーキを注文。


店はネットで見かけ、紹介文にあった『なんでも屋』に用事はないとしながらも、おもしろいと興味を持っての来店だと打ち明けた。



「店長情報も書いてあれば恥ずかしい失敗しなくてすんだのに。ね、若いし優しそうだしお客さんにモテるでしょ?人気ありそう」



主に初めて来店の客から月に一度は必ず聞かれるお約束の質問だ。


慣れのせいか清水の答えはいつも一緒。本日も嫌味に聞こえない、少し逃げに入った答えを返す。



「ありがたいことに常連客は多いですね。居心地のいい店と仰って下さいます」



上手くはぐらかされたとスイーツを食べながら苦笑し、彼女の方でも上手に会話を拾った。



「わたしも色んなスイーツ食べたいので常連客の仲間入りしますね。ケーキもコーヒーも美味しかった!」


「ありがとうございます。お待ちしております」



あっという間に一時間が経過し、これ以上長居する気はないのか女はコートに手を伸ばす。


持ち上げようと襟元に触れたところで、ピタッと動きを止めた。



「あ、定休日ってあります?」


「水曜日です。それ以外は9時半より営業しております。お好きな時間にいらして下さい」





今日も平穏無事に閉店時間を迎えたカフェ『小庭園』。フロア内をモップがけしながら涼真は一日を振り返る。



印象に残ったのは最悪食い逃げ犯が見聞していたなら「まだまだ風格不足だね」とクスクス笑ったであろう事件。


初来店では仕方のない店長を店員と呼んだ女のこと。



「昼にカウンターに座ったお客様、話しやすそうな、感じのいい女の人でしたね。また来てくれると言ってました。常連と売上がアップするのは嬉しいですね!」



一言にしても金の話題とは何とも俗っぽい話。前半が綺麗な話題であっただけに一際耳に残る。まして16歳の少年が口に出すことに軽い衝撃も。


だがここは商売をする場所。利益を出さなくては生きてもいけない。綺麗事とは無縁なのだ。


それになんといってもイケメン極悪食い逃げ犯を常連に抱えている。売上は重要だ。



「まあ本当に来るかはその時でなければわかりません。帰宅したくてその場を取り繕う発言をしただけかもしれませんし。結局は社交辞令で、それきり音沙汰なしは現実によくある話です」


「はい期待せず待ちます……けど、あの人に限らず来てほしいです。お店を気に入ってくれたんじゃないかって、嬉しくなれそうで。都合いいですか?」



どこかすまなそうに語る涼真。彼が気にしたのは自分があまりに子供で単純な解釈しかできないお人好しに思えたから。



しょんぼりと表情を曇らせる店員へ、鍵付きバッグに売上金を片付けていた清水店長は作業を止めて優しく微笑みかけた。



「いいえ、純粋な意見で先に私の方が嬉しくなってしまいます」



そうして隣室の金庫へ向かうのを後にずらし、清水も表情から笑みを消した。



「新規も大事に。常連も大事に。時代を取り入れつつ、それまでのものも大切に。先代マスターもこのようにやってきたようですし、上手く両立できれば涼真君の望む『お店を愛して下さる方』も増えて、店とお客互いが喜べあえます。私もそんな純粋さを持ち続けていきたいですね」


「ボクも頑張ります!」



賛同する涼真へ清水は「違いますよ」と内心呟いた。



特に心理面で涼真から教わる機会の増えたこの頃。


見習い、精進しなくてはならないのは自身、と年長者は謙虚に誓う。初心忘れるべからずである。




このように9歳の年齢差や店長と店員という垣根を越えて時に友人のような、兄弟のような信頼を日々築き上げているふたり。



だがこの平穏な生活が来週には崩れてしまうなんて、今の彼らに想像できるはずもなく。


それぞれの身に木の葉のようにいとも簡単に降り落ちた災難を、高確率をほこる予言者・清水健一でさえ思い浮かべることはできなかった。



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