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#4 百鬼夜行(5)



カフェ『小庭園(プチ・トリアノン)』の店長・清水健一は、常連客の広瀬と鴉のハッピーの秘密を掴んだ中学生・後村伸二による拡散を防ぐため、秋夜の屋外を歩き続けていた。



後村の自宅付近でとある行動を起こすためだが、実は住所を知らず現在ほとんど迷子状態。


後村本人は「中学校近くの一軒家」と話していた。なので校舎の見える位置まで来てみたものの、そんな家はごまんとある。


せめて学校を中心に方角や町内名を聞いていれば良かったのだが、有事でもない段階で必要性を見出だせなかった。




さてどうしたものかと住宅街の狭い路地で悩んでいると、常連客のママ友グループのひとりを前方に発見。


街灯と屋内から漏れる明かりを頼りに車から荷物を下ろしている。



もし同じ町内なら後村家の面々と顔見知りの可能性もある。ダメもとで尋ねてみることに。



「こんばんは。お出かけ帰りですか?」


「あら店長さん。そうなの、子供たちと遊園地に。どうしたの?」


「後村という少年がこのコートを店内に忘れたものでして」



ダウンコートの入った紙袋を少し掲げてみせた。


コートの真の持ち主は妖怪であるも完全無視だ。都合よく利用させてもらう。



女性も疑いなく受け入れ、顔馴染みの少年を店内で見かけたことを思い出した。



「ああ私がお邪魔してた時もいたわね」


「お知り合いでしたか。家を探しているのですがご存じですか?」



すると彼女は「知ってるわよ?」と質問者にはありがたいお言葉を返した。


後村少年の小学生の妹と自分の長男が同学年らしい。



気さくに教えてくれた住所は、現在地から徒歩で15分ほど。清水も知る耳鼻咽喉科の近くだった。



「ありがとうございました。お待ちしておりますのでお店の方にもまたいらして下さい」



そうして清水店長、後日ママ友たちと来店したこの女性のテーブルに、謝礼を込めて談笑しながら皆で摘まめる一口ラスクを無料提供したのだった。





19時を前にしてようやく見つけた家は、一般的な2階建て住宅。


1階には明かりが灯り、見上げた2階のふたつの窓は恐らく子供部屋だろう。道路に面し都合がいい。



しかし清水、喜びも束の間、誤算に気づいた。


この時間帯は家族揃っての夕飯の可能性が高い。或いは外出中か。2階の部屋は暗く、不在であることが窺える。




妖怪を誘い出すなんて清水にとっても、文明の発達した現代社会に於いても前代未聞の計画。


展開が予想できず、なるべく避けたいがターゲット以外の負傷者が出る危険性も。それ故に通行人には細心の注意をと考えていた。


到着後すぐに行動を開始して特殊能力を得た伸二だけに人ならぬ者を自室から目撃させるつもりが、出鼻をくじかれた気分だ。



だが臨機応変に予定の追加。来る途中に素通りしたファミレスで時間を潰すついでに夕食だ。


下見にもなったし食事しながら持参品の配置場所などを練ることにした。


優しそうな顔に似合わぬ、さすがのしたたかさであった。





一時間後、後村宅前に戻った清水は、再び見上げた窓のカーテン越しに灯りを認めた。


青色のカーテンだ。妹がいると先刻教わり、たぶんこの右側が男部屋だろう。伸二の部屋であってほしい。そう願う。




清水には早々に事を終えたい理由が存在した。


後村少年の性格的に広瀬やハッピー、そして自身が得た特殊能力に関する記事を、SNSもしくは将来の就職希望先と話していた出版社のサイトへ送信するのではと予想したからだ。


すでに送信済みかもしれず、逆の可能性も捨てず。だからこそ彼は前進を続けていた。



とはいえ魔界の王子様だとか鴉が日本語を話すなんてマニアのみ喜ぶ怪しい話ではある。


だとしても送信の影響により広瀬やハッピーの周囲に野次馬が押し寄せる状況は大いに起こり得る。


どんなに無害に見えようと油断大敵。ふたりを守るために決断した作戦であるのだ。




清水が重要視しているのは後村の動物と会話できる能力。


他人から信用される物でなくとも、役立つことがあったとしても人間には不要の力。人の世の摂理を崩してはならない。



この能力を与えてしまったのは妖怪や霊が見える薬をまさか会話まで、と知らず飲ませた清水自身。


後悔と責任を背負い自ら解決させるべく、店員・涼真の「協力します」との申し出を嘘でやり過ごしこうして単独で動いているのだ。




当初は涼真の平穏のため伸二に妖怪を目撃させ恐怖を植え付けてオカルト信者から卒業させる目的であり計画だった。だが地縛霊なんて存在しないのか、妖怪も含めいまだ音沙汰なし。


期待通りに事は進まず変更を余儀なくされ、それならば自ら妖怪を呼び寄せよう、というのが今回の計画。


広瀬とハッピーも『守るべきリスト』に追加した清水の一石二鳥作戦だ。




朝晩の寒暖差激しい10月の夜。増し始めた寒さのなか、街灯の明かりを拾い行動開始。


まずはダウンコートを紙袋から取り出して、無造作に地面へ置いた。



このダウンコートは涼真の両親を殺害し、広瀬が仇を討った妖怪が着ていた品。


最近の妖怪たちは怨恨でしか姿を現さないと広瀬より聞き、真っ先に思い出したダウンを利用して誘き寄せる道具とした。



妖怪の体臭がまだ染み付いた服を燃やせば、仲間を燃やされたと勘違いした妖怪たちが復讐のため姿を現すのでは。これが作戦の根幹をなす部分。現れてくれなくては何も始まらない。



そうして清水店長、「放火犯じゃありませんからね」と内心で呟きながら、これまた持参品のライターでダウンに火をつけた。




素早く逃走のつもりが、初めて顔色を変えて思わず見いってしまった。


ダウンコートは熱と臭いを発して火だるまとなり、点火者と辺りをオレンジに染めたかと思った瞬間に跡形もなく視界から消えた。夢か幻か、我が目を疑う光景だった。




黒く焦げたアスファルトだけが計画の目撃者となる。


これしきのことで妖怪が来てくれるだろうかと根強い疑念に駆られるも、服の繊維片も綺麗に消失し証拠が無となった点に関しては救われた。



妖怪の嗅覚が動物並であることを望み、かつて自分も目撃し恐怖したひとりとして伸二以外の人物にはどうか見えないようにと祈る。


優しさも抱きつつ、悠々と自宅方面へ足を進める罪深きカフェ店長であった。





そのころ自宅2階の青いカーテンの部屋で、後村伸二は運動後のように高く早い胸の鼓動を感じ取っていた。


最大級の興奮に支配される傍ら、就職を希望するオカルト雑誌の公式サイトを開き、UFO目撃情報や怪奇体験などを書き込む投稿画面を眺める。清水店長の予想通りであった。



自身が今日体験した鴉との会話や攻撃魔法を使う広瀬という王子についての記事を投稿しようとしていたのだが、興奮が原因か書いても書いても支離滅裂。


掲載の自信は100パーセントあるのに、何度書き直しても文章は上手くまとまらない。



「あーーっ!書けねー!もういいや、落ち着いてからにしよ」



スマホを手元に置いて、自身はベッドで仰向けに横たわり瞳を閉じる。


けれども落ち着くどころか様々考えてしまい、イベント前か恋煩いか、興奮して眠れぬ夜を過ごす情緒不安定な人物のようになっていた。


今日の感動を振り返りつつ都合のいい妄想を膨らませる。頭の中はファンタジー一色。夢いっぱいだ。




広瀬っちはどこの王子かな。やっぱ魔界だよな。


あのカラス語尾に「~ス」とか付けておもしろかったなあ。


オレ記事が採用されたら特集組まれて編集部から即スカウトじゃね?高校受験なんかしなくてすむかも。




ニヤニヤが止まらず、妄想はさらにエスカレート。


すでにハッピーという名があるのに知らぬが故か独自に鴉の名を考え出した。



「うーん、カラスか。黒いしなあ。ゲームキャラみたいなカッコいい名前を……ん?」



独り言を打ち切った。なにか突然ザワザワと声らしきものが聞こえたから。



思考を消して集中する。日中は雑音に埋もれて耳に入らぬ車の走行音が聞こえてきた。近くを通る国道からのものだ。それが去るとまた……。



「声……だ。祭りの時みたいな、大勢の」



ハロウィンの仮装パレードにはまだ早い。それに中心街ならまだしも、夏祭り以外に娯楽のない町内でパレードなんてあり得ない。




好奇心と探求心の塊のような少年だ。躊躇いなくベッドから降りると、カーテンの端を摘まんで窓の外をそっと覗いた。



「わっ!……わ、スゲー……」



先頭から最後尾まで30メートル程度か。家の前の道をすし詰め状態で歩行する集団。


その姿は本当の意味で多種多様。赤や緑などカラフルな肌。体型も大小バラバラ。形も統一性に欠ける。


角や羽を生やした者がいる。だるまみたいなものがぴょんぴょん跳ね前進している。しっぽを生やした者、頭部がふたつある者、二足歩行のキツネに似た動物も……。


日本中がハロウィンで賑わうこの時期に、仮装という紛いものではない本物の妖怪が現れたのだ。



100体に迫りそうな人外集団が夜道を歩んでいる。なのに近所の誰ひとり気づいていないようだ。



「ヤベー、スゲー、やっぱ妖怪は存在するんだ!特殊能力に目覚めたオレに会いに来てくれたんだ!……あれ?何してるんだろ」



一部の妖怪が後村家の前で円陣を作って中央の何かを見下ろしている。


隣同士顔を見合わせて状況を推理し囁きあっているようにも見える。後方の者が自分も見たいと割り込んでいる。




本当に何を見ているのか。後村も中央の何かを覗きこんで正体を確認したくなった。


決断は早く、怖いもの知らずの彼は妖怪たちとの対話に踏み切った。会話や友好関係は成立すると根拠のない自信がそれを生んだ。




階段をバタバタ下りてリビングルームでテレビを観る両親に「ちょっと家の前まで」と廊下から声を張り上げて外出。


弾むようなトーンの理由は何であったのか。答えの解らぬまま、それが両親と妹が聞いた伸二の最後の声となった。





母親のサンダルを借りて玄関ドアから勢いよく飛び出した後村伸二は、好奇心が上回り人外たちを掻き分けて円の中央へ。


筋骨逞しい巨体の隙間からググッと顔を出して覗きこんだ地面には、これはこれで驚く光景が。そこには何もなく、平らな空間が広がっていたのだ。



焦げたように黒ずんだアスファルトがあるばかり。集団でこれを眺めていたのだろうか。


後村には拍子抜けだ。バラの花でも咲いていた方がまだマシだった。


けれどこんな焦げ跡いつの間にできたのか。帰宅した時にはなかったはずなのに。




気づいた時には円の中央に佇んでいた。「こいつか?」「こいつだ」という声が周囲から聞こえる。


赤や黄の瞳から放たれる険しい視線のなかに晒され、それでも後村は友情を築こうとフレンドリーに話しかけた。



「こいつってオレのこと?ねえねえ今までもここ通ってたの?何の行列?どこ行くの!?」


「ぬぬ、まさか、わしらが見られておる」


「恐ろしや。言葉が通じる」


「こいつ人間か?」


「人間の臭いだ。こいつだ。仲間を燃やしたのはこいつだ」


「わしらの姿か見えるのはこいつだけ。こいつしかありえない。こいつだ」


「こいつじゃ」「こいつだ」「燃やしたのはこいつだ」「燃やした」「笑いながら燃やした」「こいつが」「仲間を殺した」



牙の生えた口て輪唱のように、ただし不気味な声と悪意に満ちた歌詞(せりふ)で少年を責め立てる。



「えっえっ!待ってよ、何のこと?オレ何も知ら…わぁっ!」



鳥の頭と人間の体を持った人外にドンッと正面から肩を押されてよろめいた。


アスファルトに倒れ、起き上がろうと顔を上げたところで何者かの鋭い爪に引っ掻かれた。



「うぎゃぁああっっ!痛いぃぃ!!」



頬に激痛。肉がえぐられたと実感した。


直前までの好奇心も友好も消え失せ、もう恐怖しかない。痛みと恐怖に体は震え泣きわめくのみだ。



「しゅ、しゅみま……てした!すみ……んてし…ううー!たしゅけてくた……!いたい…たすけて!」



何に対しての謝罪なのか本人にも不明。


けれど会話が通じあうのなら痛みに口が上手く回らない状態であっても制止を訴えるまでだ。



だが『復讐』に燃える妖怪たちに犯人を許す気配は少しもなく。


顔の半分を赤く染めて仰向けになった後村伸二の体の上に次々と巨体を折り重ねていった。



「た、たすけて……おとうさ……おかあ……」



自宅前。中には家族がいる。助けてほしい。でも声はみんなに届かない。



呼吸困難となり意識の遠退いていくなかで、巨体の隙間から見えたものは、夜空を舞う蝙蝠の群れが遠ざかってゆく姿であった。



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