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#4 百鬼夜行(1)



とある地区に広がる住宅街のバス通りにはカフェやラーメン屋といった店が並び、例に漏れず昼が近づくと混雑を見せ始める。



土日はともかく現在ピークの過ぎた14時。さらに補足するなら火曜日だ。


平日のこの時間帯を利用して広瀬と呼ばれる青年は馴染みのカフェ『小庭園(プチ・トリアノン)』を訪れようとしていた。


しかし途中で散歩中の黒猫ラッキーと出会い、知らず知らず話し込んでしまった。



人間と変わらぬ姿をしているが、広瀬は黒い翼を隠した悪魔。


ただし多くが思い描く狂暴さとはかけ離れた温厚な性格で、動物と話せる特技を活かしラッキーとは親友同士の仲だった。



「ん?ラッキーは今日は涼真君と会ったのかい?」


「涼真お仕事中だったから窓から顔を見ただけ。昨日は雨で外に出られなかったし、暗くなるのも早くなってきたから急いで家に帰らないとユキヒロが心配するし」



飼い主に可愛がられているのは嬉しいが、大好きなカフェ店員・涼真に撫でてもらえぬ寂しさも胸に同居する。


「遠距離恋愛は大変だわ」と猫の足での距離感で女心を吐露する健気なラッキーだ。


そして間髪入れず賛同の声が上がる。



「うんうん、わかるよ」



理容室の前でしゃがみこみ、異種族恋愛だったため遠距離経験者として頷く広瀬。


出会ってから結婚までたった3ヶ月。結婚生活30年。天使の妻との今もって続くラブラブっぷりを熱弁しだしたが、天然な性格ゆえかあまり周囲を気にしない。



33歳と公言しているも20代にしか見えない外見。


とはいえ真剣な表情で猫に話しかける姿はさすがに痛々しいらしく、現場を見た若者たちの標的となった。



「うわ、あの男気味わりい。猫と話してら」



テスト期間のため通常より早い下校となった3人組の男子中学生。


学生服の少年が仲間に話しかけ、そうこうしているうちに広瀬の背後までやって来た。さっそくまたからかう。



「あんた仕事は?猫ちゃんとお話ばっかしてクビになったんですかあ?」



この智之という少年、ひとりなら決して話しかけなかっただろう。


同じ学校の服を着た仲間が側にいる強みと、その仲間に度胸ある姿を誇示するため内心ドキドキしながら実行する。



何がおもしろいのか、仲間たちもゲラゲラ笑う。


しかし振り返った広瀬の顔を見て3人ともピタッと笑みを消した。




イケメンだ。それもかなりの。芸能人でも中々いないとんでもないレベルの整った顔。


何となく、意味もなく悔しくなった運動着姿の学生が八つ当たりに動いた。片足を振り上げる。



「どけよ猫。蹴るぞ!」


「ニャッ!」


「ラッキー!」



猫の卓越した身体能力により上手く逃げたラッキーだったが、たとえそうだとしても広瀬に相手を許す気はなく。


基本的には自他共に認める平和主義の男なので、ささやかな反撃で親友への報復とした。



「そよ風よ、刃となれ」



ボソッと呟き、秋のこの時期には珍しい柔らかな風がじわじわ吹き始めた。春風のような暖かさで人々の頬を優しく撫でる。



「いてっ!何だ!?」



不意に蹴りつけ未遂犯の驚きまじりの声が響いた。


頬にチクリと痛みが走る。触れてみると手のひらに赤いものがこびりついた。




広瀬が呟いたのは天使で妻の美羽(みう)から教わった風を利用したまじない。


結婚するまでの彼は悪魔として火など殺傷力の高い呪文しか馴染みがなく、有事の場合の対人間用にと覚えたのだ。



通常悪魔は天使のまじないを唱えてもただの発声で終わるのだが、広瀬は魔王の血を引くプリンス。


一族の中でも魔力はトップクラスであり、すぐに自分のものとした。



戦において天使はまじないで火を使用しない。使うのは風や水。敵方は詭弁と罵るだろうが、それすらほとんどが攻撃ではなく防御のため。


そして海や川ではなく雨水や地下水を利用する。



だが侮ってはならない。地下水は大地や山と直結する。


太古の昔、天使と争っていた頃の悪魔は水の染み込んだ地形を見抜けず進撃し、地盤沈下や土石流により壊滅的ダメージを被った。


悪魔たちが「うわべだけの天使どもがっ!」と地団駄を踏み罵った所以だ。




さて今は太古の戦場ではなく現代日本。


背の高い智之が不思議がる友人・(わたる)の顔を見下ろして症状を教えた。



「血ぃ出てんぞ。ちょっと切れてる。猫のたたりか?夜中に『わ~た~る~よ~く~も~』って化け猫が来るぞ。怖っ!」



声色まで変えた怪談話とは裏腹、堪えきれずウケると言わんばかりに肩を揺らして笑った。




歩き出した3人組。その中で言動のなかったひとりがすぐさま振り返り、未練の残る表情を滲ませて広瀬を見つめたのだった。





「それでラッキーはウチへ来たんですか。珍しくドアをカリカリさせてたから不思議だったんです。怖かったねラッキー。もう大丈夫だよ?」


「にゃあ」



涼真の両腕に抱き上げられ、エプロン越しの胸に頭部をすりすり寄せて幸せそうなラッキー。


けれども店に来たときは長いしっぽを垂らしブルブル震えていて、理由を知ったいま犬と猫の違いはあれどペットを飼う者として動物を傷つけようとする者に憤りを感じる涼真だ。


この慈悲深い思考を持ちつつ、広瀬の報復には「それくらいならいいんじゃないですか?」と矛盾を漏らす一面も見せた。



「とにかくラッキーさんに怪我がなくて何よりでしたね」



カフェ『小庭園』の店長・清水も来店した広瀬による経緯の説明をハラハラしながら聞いた後に安堵の微笑を浮かべた。


側ではいつも遊んでくれる『ラッキーお姉ちゃん』を心配そうに見上げる涼真の愛犬ゴジラの姿も。




但しここは大勢が出入りするカフェ。


緊急事態だったとはいえついつい話に夢中になってしまい、期せずして店長ご一行に営業中であることを思い出させるお客様のオーダーが。



「お願いしまーす。お芋タルトとモンブランふたつ下さーい!」


「はい、かしこまりました!」



近所のママ友グループに涼真が返事をし、店長が素早く動く。



店員はラッキーを一撫でし愛犬の側へそっと下ろすと、カウンター内で綺麗に手洗い。


そのときカランコロンとカウベルを鳴らして店のドアが開いた。


可愛らしいハロウィングッズに彩られた店内に現れたのは学生服の少年だ。



「いらっしゃいませ」



稀な年齢層。だがお客様であることに変わりはない。定番の挨拶でお迎えだ。




現役中学生とあって、16歳の涼真より当然年下の少年。


人生初のカフェに戸惑うも、見回した中に目当ての人物を見つけたらしく、ニッと笑ってズンズン近寄った。


行き先は窓側奥。同じシートに座る動物たちと戯れるスーツ青年の元である。




空席が他にあるにも関わらず学生はボックスシートの広瀬の向かい側にドサッと座った。


鈍感な広瀬は気にせずコーヒーを飲み出す。しかし隣のラッキーに指摘されて正面の若々しい顔を失礼にも凝視した。



「王子様!こいつ私をいじめた子の仲間よ!」



周囲にはニャーニャーただの鳴き声にしか聞こえぬも、猫語を理解する広瀬は今更ぎょっとしてコーヒーカップをテーブルへ戻した。


「仕返しに来たのかな」とネガティブ思考に浸りつつ、恐怖や逃走の思考は少しも湧かない。



この魔界のプリンス、天然な性格と食い逃げから「残念イケメン」などと一部で囁かれているが、実は呪文以外に剣や槍の腕も確か。モップ一本あれば武器や防具として使いこなす。


体術にも長けているので、故に武器がなくとも少年ひとりに怯むはずもない。


彼が恐れるのは愛しい妻の小言だけ。周囲はそれを「夫婦のノロケ」と呼んでいる。




広瀬のみならず何事かと店長や店員が注目するなか、興奮気味の学生は身を乗り出して唐突にまくしたてた。



「さっきの呪文だろ!かまいたち!あんたスゲーな!」



理容室前での騒動のことであり、この少年は広瀬からもっとも近い位置にいた。


小声であったためすべては聞き取れなかったが「風」と「刃」は確かに耳にした。


直後に微風が吹き仲間の渉が頬に怪我を負ったのだ。



偶然なんかじゃない。自然現象にあらず、呪文によって故意に皮膚は裂かれた。少年は深く疑問を抱くことなく確信。


一度は仲間と場を引き上げるも、頭から離れず単独行動を決断。『魔道士』に会うためこうして現れたのだ。




広瀬は「困ったなあ」といった表情を。ラッキーとゴジラは「たぶん王子様のピンチだ」とこれといって慌てず心配した。


理由は単純。広瀬とゴジラは呑気過ぎる楽観思考のため。ラッキーはそんな広瀬の性格を見抜いて過度な心配は不要としたからだ。




ママ友たちにスイーツを届けた清水店長はその足で広瀬の席へ。展開次第ではいつでもフォローに回れるよう傍観。


涼真も学生へ水を届けに、とは口実で話を聞くことを目的にやって来た。



店長と店員に見下ろされるも、学生の眼中には広瀬しかないらしい。前だけ向いて熱っぽく推しを語った。



「オレ妖怪とか超常現象とか古代の造形物とか大好きなんだよ!もはや神の領域!カッコいいよな!」



無邪気に宣言する学生を涼真は忌まわしい記憶と共に顔を歪めて見つめた。


そして清水店長は隣に佇む大事な店員の心情を気遣い、学生へと移した眼差しに険しさを滲ませたのだった。



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