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#1 ハチミツ(1)



歩道沿いの大きな窓からボックス席へ心地よい光が差し込むここはカフェ『小庭園(プチ・トリアノン)』。


呼称の通り多くの客は飲食を目的に来店するのだが、何でも屋としても認識されている。



地域の雑用の他、いつからか探偵まがいの仕事もこなすようになり、ネット検索するとその肩書きできちんと店名が表示される。




初夏6月。アイリスとカラーの花が初お目見えし、店内を明るく色付けたこの日。


カランコロンとカウベルを響かせて、開店直後のドアを開けた客がひとり。



「いらっしゃいませ」


「あ、こんにちは。……ここ、調査所ですよね?」


「はい。本業はカフェですが、言われた名称以外に探偵事務所と呼ぶ方もいます。ご自由にどうぞ」



エプロンを身に着けた、こげ茶色の髪の男がカウンター内で微笑み、席をすすめる。


しかしどうしてかお客様はポカンと立ち尽くしたまま。


理由を尋ねてみると……。



「いやあの、もっとおじさんを想像してたから若くてビックリして」


「ここはサプライズ成功と喜ぶべきでしょうか。さて、お困りごとは何ですか?」



20代半ばの男ふたりは互いにフッと笑った。


そうして一気に打ち解けたのか本題の開始。依頼主はカウンター席に座って軽く身を乗り出した。



「単刀直入にいきます。彼女の…アカリっていうんですけど、浮気調査をお願いします」


「わかりました。ではこの紙に知りうる限りのアカリさんの個人情報をお書き下さい。他には決して洩らしませんのでご安心を」



丁寧に説明し、様々な質問の書かれた用紙とペンを差し出す。


依頼主は無言で受け取るとさっそく紙とにらめっこ。せっせとペンを走らせた。




途中ペンを止めたのはおかしな項目を見つけたから。


チェック欄の『浮気調査』と『蜂の巣駆除』の間に『妖怪退治』の文字が。


ユーモア満載だなとニヤッと笑い、浮気調査を丸で囲んで次に目を通した。




左利きなんだな、とカウンター内から眺めつつ、温厚そうな雰囲気を漂わせる青年は依頼主にはサービスのコーヒーを手際よく淹れる。そうしてふと思い出した。



「申し遅れました。私はカフェのマスター・清水です。探偵業含むなんでも屋も私の担当です」


「あ、こちらこそ宮崎祐希といいます。えーと、書きました。こんな感じでいいですか?」


「はい、ありがとうございます。涼真君!いいですか?」


「はい店長!」



若々しい声と同時に奥から現れたのは、15歳前後のアイドル顔した茶パツの少年。店長より明るい茶色だ。




平日午前なのに学校は?と宮崎祐希は不思議そうに首を傾けるも、不登校は珍しくもない。


その上でたぶん定時制の夜クラスで昼はバイトなんだろう、と勝手な想像を膨らませる。




書類のコピーを少年に頼むと、店長は依頼主に向き直った。



「宮崎さん、もし彼女が黒、つまり浮気をしていたならあなたはどうしますか?」


「別れます。明るくていい女だけど、浮気は許しません」


「わかりました。では最後に彼女の写真を何点か頂けますか?」



すると気の利く涼真少年が備品のスマホ片手に近寄り、受信を確認。あっという間に3枚の写真を保存した。


作業のあいだ少年は宮崎の好奇の視線に気づいていたが、慣れているのか無視である。




こうして手続きは終了。宮崎祐希は頭を下げて来たとき同様カウベルを響かせ店を退いたのだった。





テキパキ動く涼真少年。しかしふと動作を止めて、何かを凝視する清水店長の視線の先を追う。


少年の瞳に映ったのは、ボックス席の空のコーヒーカップ。同時にとある男の秀でた顔が脳裏に浮かんだ。



「あ、カップ!忘れてました!店長が銀行に行ってる間に広瀬さんが来たんです。開店前なのに。一緒に会話もしてたんですけど、ごみ捨ての間に逃げられました」


「そのカップでしたか。これで何度目ですかね」


「コーヒーが57回、トーストが7回、スイーツが3回。全部食い逃げです」


「困ったお方ですね。次回来店の際には全て精算してもらいますか。…さて涼真君」


「はい店長」


「浮気調査です。君にも手伝ってもらいますよ?カツラと瓶詰のハチミツを用意して下さい」


「了解しました!」



従順な少年はニコリと笑い、店名の刺繍された揃いの赤いエプロンを脱いでまず奥の部屋へ。


以前にも任されていたのか状況をよく理解しており、パソコンで色や長さの異なるカツラを3点注文する。


ハチミツは近所のスーパーで買うため通販では頼まない。地域の活性に一役貢献だ。




注文を終えると次はさっそく買い物へ。清んだ瞳を床へ落とす。



「ゴジラも行こうか!」


「ぱぅ!」



自身の飼い犬で店の看板犬でもあるパグに出発を促す。


ご主人様のことが大好きな仔犬。半分以上が真っ黒のしわしわ顔は無表情のまま、短いしっぽをブンブン振って同行を喜んだ。


そしてしっかり者の涼真少年、レジから金を取り出し外出したのであった。





「戻りました店長」


「ぱう」



報告をして店内を見回す。混み具合が心配だったが全て空席で一安心。とはいえ手放しでは喜べない。



「おかえりなさい。ふたりともご苦労様」



出発してから20分。おつかいから帰ってきた店員を労い、店長は買い物バッグを受け取った。


中身はレシートと頼んだハチミツ、そしてイチゴ。ラストは単に少年の好物だが店としても必須の食材だ。




イチゴの入ったパックを店長から頂くと、すでにエプロン姿の涼真は店のメニューで消えてしまう前にひとつ取り出して水洗い。


足元で興味津々の愛犬に「食べられないからね?」と教えると、真っ赤なイチゴを自身の口へ放って嬉しそうにモグモグさせた。



「店長も食べてみてください!甘くて美味しいです」



どうやら毎度のことらしく、ハチミツの使い道に疑問は持たない。


役目をきちんと果たし、ささやかな利益も得て満足の16歳であった。





金曜日の都心。


百貨店のフードコートのテーブル席でスマホをいじる女に、黒髪の若い男が声をかけた。



「おひとりですか?」


「待ち合わせだけど……ナンパ?」



すぐに反応してくれた女と向きあうように馴れ馴れしく相席し、青年は落ち着いた、けれど周囲のざわめきに飲み込まれぬ程度には声を出してまた話しかけた。



「僕とホテルに行きませんか?」


「キモっ!いきなりすぎ。頭ヤバいんじゃない?」



冗談か本気か知らないが、真顔の男にドン引きだ。


しかし相手は本気のようで、出方を予想していたかひとつ提案を始めた。



「5万でどうですか?」


「え、ホントに金くれんの?」


「はい」



即答。顔は悪くないのにどうやら可哀想な男のようだ。


裏があるかもと警戒しつつ、女はカネ欲しさにニヤリと笑って頷いた。



「いいよ。エッチさせてあげる。あ、お兄さん、喉かわいたからジュースおごって!」



青年は頷いて頼まれたオレンジドリンクを買いにハンバーガー売場へ。


その間に女は待ち合わせ相手の男に『バイトのヘルプで行けなくなった。ごめーん』とメッセージを送信。


後ろめたさはない。送信相手もどうせセフレだ。同じ抱かれるなら顔より金をくれる方を選ぶ。


まあ今回の男はなかなかイケメンだが。




青年も同じドリンクを買ってきたのでふたりで飲みながら雑談の開始。


社交的な男女の会話はよく行く飲み屋や学生時代の部活動などそれなりに盛り上がり、互いに暇を感じなかった。



「僕は中・高と吹奏楽部で大学ではバンドをやってたんですが、歌だけは上達せず……」


「あははっ!楽器だけって!でもお兄さんホント歌ヘタそう!逆に聴いてみたい!」



時刻は16時。やがてふたりは席を立ち、近くのビジネスホテルのデイユースプランを利用してチェックインした。





客室に入った青年がまず実行したのは、自身の髪に手をかけてバサッとそれをむしり取ること。


黒髪の下から本来のこげ茶色の髪が露になった。



「ワケあり?」とおもしろそうに質問する女。


側で青年は無言のまま彼女の華奢な身体をベッドに押し倒し、キスをしながら服の中に手を忍ばせた。



「あんっ!シャワーまだな…ん、んぐ……」


「体売るのは初めて?」



青年はようやく語り、手は女の服をめくり上げる。



「ん、売りは何度も、して…やだぁすごく感じて……」



艶やかな声が言葉を紡ぎ、その内容に触発されたか青年は胸以外も攻め始めることにした。




やがて振動が始まり、本格的なセックスの開始。快楽と興奮のなか女は無意識に問いかける。



「っあ、ぁん……!お兄さん、名前、知りたいっ」


「……っ、健一です」



この名乗りは夢かうつつか。彼女の意識は遠退きはじめ、飛散と同時に身体は痙攣。絶頂を迎えた。


伸ばされた腕は男の背中に回り、離すまいと強く強く抱きしめた。





「あたしアカリ。また会える?」



シャワー上がりの気だるげな表情。セックス時の快楽に歪むものとはまた違う色気を放つ。



今回のご奉仕料はすでに貰っている。次もカネは欲しいがそれだけではなく、雰囲気だったり相性だったり。自分と合ってる気がしてこの男との時間が欲しくなったのだ。


返答は簡潔な一言によって。彼女の期待を裏切らない内容だった。



「いつでも」


「ほんと!?でも仕事は?ニート?」


「内緒です。ああ連絡させて下さい」


「女?」


「どうでしょう、大事な助手に」


「奥さんか恋人でしょ!?助手とかノロケてさ。それに隠さなくていいよ。あたしにもカレシいるからお互い様」



アカリは憎めない人好きのする笑顔を披露し、健一とやらもつられて笑った。



そんな彼は笑みを残したままスマホに視線を落とした。


LINEを開いて『まもなくホテルから出ます』とメッセージを送る。


その相手とは『涼真君』であった。



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