不思議な男
「おいおい…。つーことはなにか?嬢ちゃんもしかしたら今の年齢が違うかもしんないってことだよな??」
「んーそうだけど、でもおじいちゃんがつけてくれたこの名前と出会った日を誕生日にしてくれたことはほんとだよ!!愛はほんとの自分を思い出せなくても別に大丈夫だもん!」
「そういう問題じゃねえだろ…。」
なにか訳ありなんだろうなとは思っていたがまさかここまでややこしいとは。
秋はやっぱり人には深入りしない方がいいことも沢山あるなと悟った。
それから少し経って愛がトイレに立ち上がる。
すると老人は静かに口を開いた。
「愛ちゃんを拾ったのは本当じゃ。しかしのう、拾ったと言うより…」
言葉を濁す。
「あの子はのう、わしと会う直前に壮絶な経験をしているみたいなんじゃ。」
「どういうことだよ。」
「1度な、知り合いの医者に見てもらったことがあってのぅ、そんときに言われたんじゃ。この子は相当強いショックを受けてそれまでのことを忘れてしまっているのかもしれない。記憶が戻ってしまうとショックな出来事も一緒に思い出してしまう。この子のことを思うなら無理に思い出させるようなことはやめてあげろ、とな。実際初めて愛ちゃんにあった日のことはよーく覚えておる。口には出さんが相当酷い格好をしておった。」
一時的な記憶喪失ならまだしも出会ってから6、7年は経っているはずだ。それなのに記憶の欠片さえも思い出さないとなると相当精神に支障をきたすレベルの内容に違いない。
老人のしていることが正しいと聞かれれば何言えないが彼は彼なりに彼女のことを思って育てているのだろう。
「ただいまーっ!」
そういって戻ってきた愛は相変わらず元気だ。人に言えないような過去があるようには思えないがそれは先程の翔もそうだしきっとこの老人も…。奇妙な出会いから関わることになったがなんともまぁ濃い人間が集まったなと秋は思った。
気付いたら22時を過ぎていた。しかしなぜか客はまだ店内にいる。なんなら自分達もラストオーダーどころか閉店ですの声がけすらされていない。
きっとこの店は個人で経営をしていて客がいる限りは営業を続けるのだろう。
案の定翔が全部食べ終わる時間になってもまだ数人残っていた。
しかし秋は気付いた。カウンターにいる1人の男の雰囲気になにか違和感があることを。
「あの男…。」
そう無意識に声に出てしまった秋の目線の先には特に印象もなく物静かそうな30歳くらいの男が1人で飲んでいる。
「あの人が今回のターゲット?」
「ああ、多分そうだ。」
「なんであの人だと思うの?」
不思議そうに尋ねる翔に
「普通はな、どんだけ印象が薄いって言ってもまた注文してるなとかあの人あれ食べてるなとか酔っ払ってんのかなって最低限抱くはずだ。それがあの男にはない。影が薄いといってしまえばそれまでだがここまで来ると裏稼業の仕事をしている人間かあえて残さないような態度をとっている可能性がある。他の客見てみろ。どの客もきっと何かしら思うことはあるだろ??」
まぁ行きつけの店がバレてる以上そこまで警戒してるやつには見えないがな。秋の言葉を聞いて3人は店内を見渡す。
たしかにサラリーマンやきっと友達同士だろう人達、酔っ払って頭を揺らしてる人それぞれ楽しそうだとか仲良さそうだとか感じるもにはある。
それが男に視線をやると全く伝わらない。酔っているのかお腹が満たされているのか独身なのかはたまた地元の人間っぽいのか。
そう思って見てしまうと異様に異質に見えてしまう。3人は少し警戒し始めた。
しかしここで1人おもむろに立ち上がって彼の方へ向かって歩いていく。そして
「こんばんは!!」
愛は満面の笑みで男に声をかけた。