翔の過去
時刻は21時。秋が事前に仕入れた情報ではあの男はこの店の閉店間際までいつもいる。
今日いるなら22時閉店らしいからきっとこの時間はまだ店内に居るだろう。
変に周りを探ってるように見えたら相手も警戒する。今日は運がいいことに4人、しかも傍から見たら祖父と父、それから子供2人の家族に見えるはずだ。
今日はタイミングがいいから少し不安にかられたがすぐ様雑念をとっぱらって秋は他を連れて店に入った。
「いらっしゃいませー!」
奥から声が響いた。どうやらここは聞いていた通り大衆の中華料理店のようだ。店員は好きな席にどうぞー!と案内はせず口頭でそう言う。
秋は店内全体を見渡すとそれらしき人がいるか確認した。
閉店1時間前ということもあって客数はまばらだが結構1人の客が多く目につく。
それはそうだ。ここは大衆店。恋人同士の素敵なディナーには不向きと言わざるを得ないし友達同士でくるには少し違う。言ってみればサラリーマンおっさん同士が1杯引っ掛けたり家に居場所のない中年が時間潰しに1人で利用する。そんな雰囲気の店だ。
そこに家族に見えるであろう4人で来てしまったことを心配したがたまたま4人がけの咳が空いていたので気にせずそこに座った。
位置としては店の奥寄り、丁度カウンターで1人酒している客がいれば行動を監視しやすい場所に座ることが出来た。
秋は翔にメニューを渡すと先程定食屋で4食分完食したとは思えない量を頼もうとし始めたため少し止めた。
愛と老人は当たり前だがお腹いっぱいと言うので軽くつまめるものと本来なら飲まないのだがつまみがあるのに酒を頼まないのは…と思い1杯だけビールを頼んだ。
談笑しつつ周りの人間を見てみると1人で来ている客は3人。カウンターに2人、テーブル席に1人。
常連という話を聞いていた為きっとカウンター側のどっちかかなと予想を立て警戒をしていた。
一方3人は今までわざわざ聞かなかった話などをだいぶ遠慮なく聞けるようになっていたのか家族や生い立ち、今までどんな生活をしていたのかなど、お互い話していた。
「俺はさー、家族とは別に仲悪くないけど学校中退しちゃったから17ん時家飛び出してそっから帰ってないんだよねー」
翔は常に明るくピュアで見た目も幼いが故に友達は多いがからかわれることが多かったという。
「中学校までは良かったんだけどねー。ほら、みんな地元一緒だからさ、昔から知ってるじゃん?だから俺が昔からちびなのも知ってるし、こういう性格だしでなんとか上手くやってたんだよねー。でも高校は違ってさ。」
少し気まずそうな、それでいて無理に明るく話す翔。
「高校入ってさ、地元のやつもちらほら居たけどやっぱ違うとこから来てるやつもいっぱい居てさ。ほら、高校生にもなると中身は子供でももう大人でも抑えれないくらい縦にも横にもついでに態度もでかいヤツって絶対いんじゃん??そんなやつが同じクラスにいてさ。」
「最初は普通に仲良かったんだけどそいつが中学から片思いしてた女の子がさ、俺の事可愛いって言ったらしくって。あ、俺こんなんだからさ、わかると思うけどほんと馬鹿で名前かければ受かるような高校だったから周りも馬鹿ばっかなんだよね。んでそんなやつらが興味あることなんて男は遊びかエロい事、女はオシャレか恋愛みたいなのしか居なかったんだよ。」
「まぁそうなるよねぇ。」
愛は相槌を打つ。
「そうそう。んでその可愛い発言の次の日から環境はガラッと変わっちゃって。俺からしたら可愛いなんて言われ慣れてるしそれが好意じゃなくてなんていうの?動物とか赤ちゃんに向けられるみたいな感じ?あれと一緒だってわかってんじゃん?てか男だし可愛いって言われてもさ。でもそのガキ大将みたいなやつは違ったんだよね。」
「あー。うん。何となく言いたいことはわかる。」
「そいつからしたらさ、自分とは見た目が真逆な俺を好きな子が褒めてる、それだけの事で敵意むき出し。俺と話したやつはいじめる、だの俺と友達だってやつはボコる、だの言い始めちゃってさ、完全に孤立しちゃって。」
思い出すように一言一言話す翔の顔は未だに吹っ切れることが出来ていないように苦痛の顔をしている。
「それだけで済めば良かったんだけどさ、今度はガキ大将に媚び売りたい奴らから攻撃されるようになって、最初は物が無くなるとか壊されるとか見えないとこからだったんだけどさ、段々エスカレートしてきてプロレス練習だっていってラリアットカマされたり柔道やろうぜってコンクリートの上に背負い投げされたり、あーでもあれかなー。痕が残るのだけはやめて欲しかったよねー。」
「え…。痕?」
ははっと渇いた笑いをした後翔は首から後頭部の下側まで髪を書き上げて2人に見せた。
「っ!!!!」
声にならない悲鳴を愛が漏らし、老人が
「タバコの痕、かのう。」
黙って頷く翔は口角は上がっているが悲壮感が隠しきれていない。
「痛いだけなら我慢できたんだけどさー、これ、もう生えてこないんだって。おかげで俺坊主どころか短髪にも出来ないのうけるよね!!!」
明るく言ってるつもりだが2人には届かない。愛はうっすら目に涙を浮かべ、老人はよく頑張ったのう、と翔の頭を撫でた。
「っっ!!!んまーそんなこんなで親には言えないし学校言ってもしんどいしで学校辞めて家飛び出して色々あって秋さんに出会って今があるってわけ!!あっ!2人ともそんな深刻な顔しないでよー!もう俺全然気にしてないしさ!!!」
「そんな事言われても…気にしちゃうよ…」
そんな愛に諭すように老人は言う。
「翔くんには翔くんの人生があってそれを乗り越えて今ここに居るんじゃな。どんな過去があったかなんて重要じゃない。これから先の未来がどれだけ素晴らしいかの方が大事ってことを翔くんはその年で既にわかっているんじゃろうて。本当に翔くんは強い子じゃ。」
「へへっ!なんか照れるな!あんまこういう話自分からしないから。ってかそれはそうと2人は家族じゃないんだよね?」
「ああ、そうじゃよ。」
「どうして一緒にいることになったの?じーちゃんや愛ちゃんの他の家族は??」