03-2 出会いは唐突に(後)
「藍沢センセー、今年のクラス分けどうなってるんですかー? 2組と3組だけなんであんなに優遇されてるんですかー」
3年4組の教室では、4組の担任になったさとみに、川原が詰め寄っていた。
「あのね、もともと九崎くんは2組に割り当てられていたのよ。残る姫野姉妹は、当初姉の渚さんが1組、妹の栞さんがこの4組に来る予定だったはずなんだけど、今朝になって学年主任の佐々木先生が渚さんを2組、栞さんを3組に変更するとおっしゃって来たの。理由はわからないわ。その関係で、最初2組と3組に入る予定だった子が1組と4組に移動したり、多少変更があったのよ。だから、このクラス分けで不服とかがあるのであれば、佐々木先生に聞いてみるといいわ」
さとみは冷静に追及をかわすため、それぞれの理由を川原や他の生徒たちにも話した。
「ふーん、そうなんですか。(佐々木のヤロー、なに考えてやがる……)」
川原は表向き納得したような顔で言ったが、その内面では学年主任の佐々木への怒りがこみあげていた。
「あ、ホームルーム始まる前にちょっと便所行ってくるわ」
峻佑はそう言って教室を出た。トイレへ向かう途中、廊下の角を曲がった、そのとき。
「きゃっ!」
「うおっ!」
女の子が声を上げた瞬間には、もう2人は衝突して、お互い転んでしまっていた。
「すまん、大丈夫か?」
峻佑がすぐに起き上がり、起きあがろうとしている女の子に謝りながら手を貸そうと手を差し出した。
「ええ、大丈夫です。すみません、よそ見していたせいでぶつかってしまって……」
女の子はその手を取ると、ゆっくりと起き上がって、軽く制服をはたいてホコリを落とした。
「大丈夫ならいいんだけど、オレも便所に行こうとして焦ってたからな。じゃあ、急ぐからまたな、転入生」
峻佑はぶつかった相手がさっき見た転入生の双子の姉妹の片割れなことに気づき、片手を上げてそう声をかけると、早歩きでトイレへ向かった。
「ふう……」
用を足し、ホッとしたように大きく息をつきながらトイレから出ると、ちょうどチャイムが鳴り、新担任の脇野が通りかかった。
「ん、市原か。チャイム鳴ったぞ」
峻佑が1年生だったときはまだ着任2年目のペーペーだった脇野も、あれから2年が過ぎて4年目を迎えた今では、それなりの貫禄が出てきており、トイレを済ませてホッとしてる峻佑にそう声をかけると、そのまま教室の方へ歩いていった。
「はーい、わかってますよ。脇野先生」
峻佑は脇野をニックネームで呼びながら、その隣に並んだ。
「市原……仮にも教師に向かってそうやってニックネームで呼ぶのは……」
脇野はこめかみを押さえながら峻佑に注意したが、
「ええー、その方が親しみやすくていいじゃないですか。それに、こうやってニックネームで呼ばれて親近感持たれた方が、先生にとってもいいと思いますよ? 知ってるんですよ、先生がなんで高校の教師の道を選んだのか、以前オレたちに話してくれた理由の裏に隠された本当の理由を……」
峻佑は抗議の声を上げると、急に声をひそめて脇野に耳打ちした。
「な、何の話をしている? 私が教師になった理由は以前も話したが、私が高校生だったときに素晴らしい先生と出会って、“あの人のような教師になりたい”っていうのがすべてだ、裏も表もない」
脇野は平静さを装ってはいたが、僅かに声が上ずり、視線は右に左に忙しく動いている。見る人が見れば、確実に嘘をついていると見破るだろう。
「へえ? じゃあ、言っちゃっていいんですね? 先生が教職を目指した本当の理由、それは……昔の学園ドラマのように、女子生徒に人気のある先生になって、あわよくば……でしょう? どうです、否定できますか?」
峻佑は脇野をニックネームで呼ぶためだけに、どこかで握った脇野の秘密をネタに脅迫していた。
「い、市原……お前、どこでそれを……」
脇野は動揺を隠しきれず、自分から真実と認めてしまうような返し方をしてしまった。
「いえ、全くの偶然なんですよ? 2年生の終わりごろ、階段を下りていたら、先生と誰かが1階の階段の陰でひそひそ話をしているのが聞こえてきまして、いったいそんな場所で何をしているのか気になって、階段に座り込んでちょこっと立ち聞きしてたんですよ。そしたら、そんな話が聞こえてくるんですもの、驚いちゃいましたよ」
峻佑は先ほどまでの腹黒そうな表情をすっかり隠し、笑顔でそう話した。
「誰もいないと思って油断してたのが運の尽きか……まあ、仕方ない。で、市原。何が望みだ? この件は内密に頼みたい。その代わりと言ってはなんだが、金銭以外なら要求に応えようじゃないか」
脇野は秘密を守るため、峻佑に取引を持ちかけてきた。
「さすがに話が早い。まあ、オレが要求したいのはただ1点。先生のニックネームを公式に認めてくれればそれでいいです。金銭を要求したりしたら犯罪ですからね。オレはまだ犯罪者になりたくはないですし」
峻佑はニヤリと笑うと、脇野への要求を伝えた。単に脇野をワッキー、と呼ぶことを認めろ、それだけなのだが。
「それぐらいでいいなら好きにするといい。おっと、いかん。ほら、ホームルーム行くぞ」
脇野は頷くと、さっと時計を見て、峻佑を促すと早歩きで教室へ向かうのだった。