01-4 プロローグ(4)
《待たせたな》
しばらくして、ジェンが戻ってきた。その背後には、はっきりとは見えないが何かもやのようなものが漂っていた。
「ああ、お帰りなさい、ジェンさん。その後ろに漂ってるモノが父さんたちなの?」
峻佑が訊ねると、
《ああ、そうだ。あとは魔法で一時的に生前の姿にするわけだが、チヒロ、ちょっと身体借りるぞ》
ジェンは頷くとちひろの身体と同化して、空間を漂う2人の魂に魔法をかけた。ここで峻佑の身体を使わなかったのは、彼なりの配慮らしかった。
「父さん、母さん……」
柔らかな光が2つの魂を包み、優佑と絵美の姿になっていくと同時に、峻佑はただそう呟いた。
『峻佑、せめてお前が成人するまでは親として見届けたかったが、こんなことになっちまって済まない。だけど、今回の事故でお前が一緒に旅行に行ってなくて、本当に良かった。もし、今回の旅行が夫婦水入らずじゃなく、家族旅行という形でお前も一緒に連れて行って事故に巻き込んでいたら、俺は永遠に悔やみ続けたかもしれないからな』
優佑は峻佑を遺して自分たちが死んでしまったことを彼に詫びた。
「そんな、オレが父さんたちに旅行を勧めなければこんなことには……!」
峻佑は首を振って優佑の発言を否定する。
『いや、今回の事故は車の欠陥と、タイヤの空気圧が不足、つまり俺の整備不良が原因で起こったことだから、お前が旅行を勧めなくとも、俺が車に乗った時にどこかで起こっていただろう。だから、事故のことでお前が気に病む必要はないんだ』
優佑は幽霊としてさまよってる時に事故の原因をどこかで聞いたのか、ゆっくりと首を振ると、峻佑にそう告げた。
『そのとおりよ、峻佑。今回の事故で私たちは不幸にも死んでしまったけど、ジェンさんの魔法、っていうもののおかげで、こうして少しだけとはいえあなたと話をすることができた。私たちの葬儀が終わってから、時々そばで様子を見ていたけど、いつまでも悲しんでいてはダメよ、峻佑。あなたには、守るべき女性がいるんだから』
絵美はジェンの正体なども本人から聞いていたらしく、峻佑に微笑みながら話すと、2人の姿が次第に薄くなっていった。
「母さん……!? 父さんも……! 待って、まだ行かないでくれ!」
峻佑は驚いて2人を引きとめようとするが、無情にも姿はどんどん薄れていく。
『どうやらもう時間のようだ。俺たちは行かなくてはならない。峻佑、俺はお前にほとんど親らしいことをしてやれなかったけど、素直に育ってくれて感謝してる。そんなダメな親父を亡くしたことをいつまでも気にかけるな。お前にはまだ未来がある。後ろを向かず、前を向いて生きていくんだ。じゃあな、峻佑。俺たちはいつもお前を見ているからな――』
優佑は姿が薄れゆく中、峻佑に最期の想いを伝え、2人の姿は見えなくなった。もやらしきものも見えないので、どうやら魂も天国へ向かったらしい。
部屋の中を静寂が包む。やがて、峻佑が口を開いた。
「行っちまった、か……。まだ話し足りないけれど、少しはスッキリできたかな。ジェンさん、ありがとうございました。ちひろと、今ここにいないみちるも、心配かけてゴメン。でさ、悪いんだけど、今夜だけ1人にさせてくれないかな? 明日には、きっといつものオレに戻れると思うから、さ……」
その言葉にちひろは頷くと部屋を出て行き、ジェンは《散歩してくる》とだけ言い残して窓から外へ飛び出していった。
その日の夜の間、峻佑の部屋からは彼の嗚咽の声が絶えることなく響いていた――