01-3 プロローグ(3)
その日の夜遅く、ちひろは峻佑の部屋を訪ねていた。
「峻佑くん、まだ起きてる?」
扉をノックして、少し開けながら呼びかけると、
「……ああ。一応、起きてるよ」
峻佑は部屋のカーテンを閉め切り、電気をつけないで暗い部屋のベッドの上でうずくまり、顔だけを上げてちひろに応えた。
「峻佑くん、いつまでそうしているつもり? おじ様やおば様が亡くなったのはあたしやみちるだって悲しいし、息子である峻佑くんが悲しいのも、完全に理解することは難しいけど、ある程度は察するわ。でも、そうしてたって何か変わるわけじゃないのよ? 遺された峻佑くんにできるのは、2人の分まで前を向いて生きていくことだけ。下を向いていたって2人は還ってこないんだから」
ちひろは部屋の電気をつけて明るくすると、そのまま峻佑に歩み寄り、まくしたてるように言い放った。すると、
「なあ、ちひろ……魔法って万能じゃないんだな」
峻佑はそれに答えるでもなく、ポツリとそう呟いた。
「どうしたの、急に……? ご先祖様の幽霊を宿してから1年半以上、ほとんど使おうともしなかったのに」
ちひろは峻佑の呟きに驚いた。峻佑は1年半ほど前のとある事件を機に真野家の始祖であるジェン=マノールの幽体を宿したまま暮らしていて、彼の魔力のおかげでちひろやみちるには劣るものの、ある程度の魔法を扱えるようになっていたのだが、これまでほとんど使わずに過ごしていて、時々ジェンが《退屈だ》などと言って幽体として出てくることがあるほど使ってなかったのに、ここへきて急にそんなことを言い出したのだ。驚かない方がおかしい。
「オレは、さ……高校入学時に2人と再会して魔法使いの存在を知った時から、魔法は万能のチカラだと信じて疑わなかった。でも、本当は万能どころかすごく無力なんだな。万能なら、父さんたちを救えたかもしれないのに……」
峻佑は涙を流しながらベッドを拳で殴りつけた。
「峻佑くん、それが普通なのよ。いくら魔法でも、人の命まではどうにもならないの。だって、もしも魔法で人を生き返らせることができたとしたら、世界の常識が狂ってしまうわ。ましてや真野家の始祖であるご先祖様はフランスの生まれ。ヨーロッパはキリスト教が大半を占めているから、そういうのには特に厳しいはず。そんな中で、死んだ人を生き返らせるとか、そんな魔法が生み出されると思う?」
ちひろはベッドに腰かけて峻佑と同じ目線になると、諭すように話した。と、そのとき。
《チヒロの言う通りだ、シュンスケ。俺たち魔法使いは、ケガを治すことはできても失われた命は取り戻せない。遺された者がいつまでも悲しんでいては、2人の魂はいつまでもこの世をさまようことになり、最悪の場合人に害を与える悪霊と化してしまうこともある。お前は自分の両親がそんなことになってもいいというのか? そうなっても構わないと言うのであれば、好きなだけそうしてるといい》
ここ数日、峻佑から離れて幽体として過ごしていたジェンが現れて、峻佑を説得しようとした。
「ああ……ちひろやジェンさんの言いたいことはわかっているんだけど、まだ気持ちの整理がつかないんだよ。父さんたちとの最期の会話があんなんだったこととか、オレが勧めた旅行へ行く途中で事故に遭ってしまったこととか、悔やんでも悔やみきれないことばかりだ」
峻佑は顔を上げて、泣きはらした顔でそう話した。
「そう……もし、2人と話せたら、後悔も解消できるかしら?」
ちひろが何の脈絡もなく、峻佑に訊ねると、
「確証はないけど、少しはスッキリするんじゃないかと思う。もしかして、できるの?」
峻佑は首を傾げつつも、ちひろの問いに答えてから、逆に訊ねた。
「ええ、正確にはあたしが、じゃなくてご先祖様が、だけどね」
ちひろは頷いたが、そう付け加えて一歩下がった。峻佑がジェンの方をみやると、
《まあ、コイツは魔法とはあまり関係ない、俺が幽霊だからこその芸当だ。2人の魂を連れてくるから、ちょっと待っててくれい》
ジェンはフン、と鼻を鳴らして薄く笑うと、姿を消した。