13 そして誰もいなくなった
週が明けて月曜日。みちると耕太郎は栞が登校してくるのを待っていたが、栞は来なかった。それどころか、朝のHRで、担任から栞が亡くなったことを知らされ、クラス中が悲しみに包まれた。
「えー、朝から暗い話で済まないが、転校してきたばかりの姫野さんが一昨日亡くなったのは昨日連絡網で回した通りだ。さらに妹の栞さんも昨日後を追うように亡くなったという連絡も入ってきた。どうも、2人とも元気そうに見えていたが、病気を患っていたらしい。明日、2人の通夜が営まれるそうだ」
2組の朝のHR。脇野が沈痛な面持ちで話すと、教室のそこかしこからすすり泣くような声が聞こえてきた。
「それと、もうひとつ。同じく転校してきていた九崎くんのことなんだが、昨日電話があって、また転校になったそうだ。親御さんの仕事の都合で土曜の夜に海外に行くことが決まった、と電話の時点で成田空港って言っていたから、おそらくはもう飛行機の中だろう。みんなに別れを言うことができなくてゴメンなさい、って伝えてほしいと頼まれたのと、昨日の日付で真野と市原宛てに手紙が私の机に届いているはずだからそれを渡してほしいとも言っていて、確かに今朝来たら手紙が置いてあった。ほら、取りに来てくれ」
さらに脇野は翼の再転校という衝撃のニュースを伝え、ちひろと峻佑に手紙があると取り出した。ちひろと峻佑が受け取って開封すると、
【ちひろさんへ 今の僕では市原くんに勝てる見込みがないとわかったので、ここは身を引きます。でも、いつか必ずちひろさんに見合う男になって帰ってくるので、待っててください】
【市原くんへ 今はキミをちひろさんの彼氏として認めるけど、きっといつかキミよりちひろさんにふさわしい男になって奪いに行かせてもらうよ】
2人それぞれに宛てて書かれた手紙を見て、ちひろと峻佑は同時に吹き出した。
「ったく、あんな三流芸人みたいな行動をするようなヤツにオレが負けるかっての。いつ帰ってこようと関係ない。邪魔する奴は全員排除するまでよ」
峻佑は翼からの手紙を丸めてゴミ箱に投げながらニヤリと不敵な笑みを浮かべて言い、
「そうね。この先どうなるかわからないけど、少なくとも今は峻佑くんしか考えられないわ。ま、こんなこと言っても九崎くんに届くことはないけれどね」
ちひろも同様にゴミ箱に投げ込むと、峻佑の思いに応えた。教室のどこかから『よっ、バカップル!』と茶々が入り、2人はハッとして赤面していた。
それから半月ほど過ぎた。
「……くそう、やっぱ俺が武蔵文理を目指すのは無理だったのか」
先日、渚たちを亡くして悲しみに暮れる中でも行われた模試の結果が届き、耕太郎は宣言通り武蔵文理を志望校に設定したのだが、その判定は無情のD判定だった。偏差値は47とはじき出され、明正はA判定が出ていた。
「大丈夫だよ、コーくん。約束通り、私も一緒に明正行くから」
落ち込む耕太郎をみちるが励ますが、その様子を横で見ていた峻佑がみちるの模試の結果を見せてもらうと、偏差値は65で明正はAAAという最高レベルの判定、武蔵文理もA判定と、その差は歴然としていた。
「みちる……済まねえな、こんな頭の悪い彼氏で。明正と武蔵文理はこの竹崎からだと逆方向だけど、そんなに離れてるわけじゃないから会おうと思えば会えるし、俺のことはほっといて武蔵文理行ったほうがみちるのためになるんじゃないか?」
耕太郎は自分のために大学のレベルを落とそうとしてくれるみちるを直視することができず、目をそらしながらみちるは武蔵文理に行けと言った。
「もう、コーくん相変わらずニブいんだから……確かに私のこの結果なら、武蔵文理も狙える位置にいるのは確かだけど、そこにコーくんがいないと楽しいキャンパスライフなんか送れないんだよ。コーくんだって、私がいないキャンパスライフが楽しいと思えるの?」
みちるは耕太郎の胸板を叩きながら、諭すように告げた。
「そりゃまあ俺だってみちると一緒にいたいけど、そのためにみちるの進学を制限してしまうのはちょっとなぁ……」
耕太郎は頬をポリポリとかきながら、相反する気持ちで揺れていることを話した。
「沢田くん、今からでも成績を上げたいと思う?」
不意にちひろが2人の会話に割って入った。
「そりゃ、できることなら成績を上げて武蔵文理にみちると行きたいけど……」
耕太郎はちょっと困った表情で答えた。
「そしたら、あたしとみちるで、勉強会をやってもいいわ。次、7月の最後の模試で武蔵文理の今回のD判定をB以上に引き上げることが最終目標ね。どう? やってみる? それと、勝手に話を進めちゃってるけど、みちるはどうなの?」
ちひろは7月模試までの3ヶ月で耕太郎のD判定をB以上にまでランクアップさせるというとんでもない計画を打ち出し、やるかやらないか訊ねた。
「やる。いややらせてください。たぶんこのまま甘えて明正に進学したら、一生後悔するだろうから」
耕太郎の目がやる気に燃え、みちるも特に何も言わず、耕太郎の猛勉強が始まった。