11-4 破局の危機(4)
「えっ!? ちょっと、姉さん!? 本気なの? それでいいの!?」
横で黙って話を聞いていたみちるが慌ててちひろに訊ねると、
「だって、仕方ないじゃない。相思相愛じゃなくなっちゃったら、もう交際の継続はできないでしょ。だから、関係を清算するための儀式よ、これは」
ちひろは仕方ないと諦め顔でみちるに話したが、
(いいからいいから、あたしに任せて)
ちひろには何か考えがあるらしく、ひそかにテレパシーでみちるに伝えていた。
「ああ、オレのわがままだから、一発殴られるぐらいで済むなら構わない。……この2年弱、楽しかったぜ。ありがとうな、ちひろ」
峻佑はちひろの“条件”を快諾し、殴りやすいように中腰の姿勢をとった。
「うん、あたしもだよ……バイバイ、峻佑くん」
ちひろはそう話すと、思い切り拳を振りかぶって、バキッ、というすさまじい音をさせて峻佑の左頬を殴り飛ばした。予想より威力があったのか、それとも不安定な中腰だったのが災いしたのかはわからないが、峻佑はよろめいて、そのまま倒れこんだ。
「はあ……はあ……」
思い切り拳を振るい、息を荒げているちひろの頬には、涙が伝っていた。
「う……」
どうやら倒れこんだときに一時的に意識を失っていたらしい峻佑がうめき声をあげて起き上がった。
「いてて……なんでオレこんなとこで倒れてんだ? あ、ちひろ、みちる、それにコータローまで……どうしてここに?」
峻佑はズキズキ痛む左の頬をおさえながら、キョロキョロ周りを見回して、3人を見つけると、そう訊ねた。
「どうしてここに? じゃねえよっ! てめえ、どういうつもりだ、ええ!?」
すると、耕太郎が激昂して峻佑につかみかかった。
「ちょっと待ってくれよ、コータロー。何の話をしているんだ?」
峻佑は耕太郎が怒っている理由がまったくわからないらしく、されるがままになりつつも、訊ねた。すると、
「てめえ、数分前に自分で言ったこと、忘れたとは言わせねえぞ。ちひろちゃんと別れるってのはどういうつもりだ、コノヤロー!」
耕太郎は峻佑がトボけていると思い、さらに峻佑の胸元をねじり上げ、ケンカ腰で迫った。
「おいおい、オレがちひろと別れる? オレが本当にそんなこと言ったのか? 体育が終わったあたりからの記憶があいまいなんだ。なあ、ちひろ、みちる。そうなのか? オレ、本当にちひろに別れてくれなんて言ったのか?」
峻佑は耕太郎から告げられたことに驚き、耕太郎の手を振りほどくことすら後回しにしてちひろとみちるに訊ねた。
「うん、残念だけど全部本当のことだよ。それで、姉さんが受け入れる条件として一発殴らせろ、って言い出して、殴って今に至る、ってところかな。姉さん、結局何がどうなったの?」
みちるは頷くと、これまでの経緯を話したが、自身も完全には理解できてない、とちひろに説明を求めた。
「んー、結論を端的に言うと、殴った衝撃で峻佑くんは正気を取り戻した、ってところね。正直、賭けだった部分がないと言えばウソになるけど、峻佑くんにかけられた魔法を解くためにはぶん殴るのが一番手っ取り早いって気付いたのよ。で、ちょうど殴る口実もできたから、ね。任せて、っていうのはこういうことよ。峻佑くん、ごめんね。右手を魔力で強化した状態で思い切り殴ったから、相当痛かったでしょ。でも、このくらいやらないと正気を取り戻せないからね。ところで、まだあたしと別れたいって思う?」
ちひろは真相を明かし、そのうえで改めて峻佑に訊ねた。
「そんなわけないだろ? 変なこと言い出して済まなかったな、ちひろ」
峻佑はゆっくりと首を振り、ちひろに謝ると、残りわずかの昼休みを生徒会室に戻って過ごしたのだった。