01-2 プロローグ(2)
そのころ、峻佑は家でちひろとみちるとともに、夕飯の支度をしていた。と、電話が鳴り響いたので、峻佑が廊下に走った。
「はい、市原ですが。……ええ、市原優佑は確かに父です。あの、恐れ入りますがどなたでしょうか?」
峻佑は見たことのない番号だったのでとりあえず出てみると、いきなり市原優佑さんは父親で間違いないですか、と訊いてきたので、頷いてから相手に名前を訊ねると、
『あ、これは失礼。私、宇都宮警察の町田と申します。実はですね、つい先ほど、優佑さんの運転する車が事故に遭って、優佑さんと同乗されていた絵美さんが意識不明の状態で病院へ搬送されました。かなり危険な状態なので、なるべく早く、宇都宮総合病院へいらしていただきたいのです。もしもし、聞いてますか?』
まさかの事故の知らせに、峻佑は立ちつくしていたが、なんとか落ちつきを取り戻し、わかった、と震える声で言うと、電話を置いて台所に戻った。
「峻佑くん、どうしたの? 顔が真っ青だよ?」
ちひろが振り向いて、峻佑に訊ねた。
「いま、警察から電話が……父さんたちが事故に遭った……。しかも、かなり危険な状態だから、すぐ宇都宮まで来てくれ、って……」
峻佑が途切れ途切れながらも電話の内容を伝えると、2人もまたショックを受けていた。
「と、とにかく行かなくちゃ! 料理なんかしてる場合じゃないよ!」
みちるは叫ぶと、エプロンを脱ぎすて、ちひろとともに着替えるために隣の自宅へ駆けて行った。
人目につかないよう、駅前の寂れた駐輪場付近までテレポートで移動し、電車で1時間以上かけて宇都宮まで行き、宇都宮駅からはタクシーを使って電話で言われた宇都宮総合病院へとやってきた峻佑たち。受付で訊ねると、3階の集中治療室にいると言われ、3人は息が上がってるのも厭わず、そこへ向けて駆けていった。
「市原優佑さんと絵美さんのご家族ですか?」
集中治療室の前には、医者が待っていて、息も絶え絶えに駆けてきた3人に、そう訊ねた。
「は、はい……長男の峻佑です。父さんたちは……!?」
峻佑は乱れた息を整えるよりも早く、医者に掴みかからん勢いで問いかけていた。
「我々としては最善を尽くしましたが、残念ながら絵美さんは先ほどお亡くなりになりました……。優佑さんも依然として危篤状態です。後は、本人の生命力に賭けるしかない状態です」
その言葉に峻佑が治療室の中を覗き込むと、ベッドが2つ並んでいて、片方のベッドに寝かされている人の顔に白い布がかけられていた。もうひとつ、まだ治療が続いている優佑の方も、脈拍は弱く、また頭を中心にあちこち血の痕があった。
「なんでこんなことに……」
あまりの凄惨さに目をそらし、そうつぶやいた峻佑。と、そのとき。優佑の脈拍が急激に弱まり、室内に緊張が走った。
医師や看護師たちの懸命な治療も実らず、優佑は翌朝、帰らぬ人となった。
警察が事故を調べたところ、車のブレーキパッドに重大な欠陥が見つかり、責任が追及された結果、峻佑のもとには車のメーカーから賠償金が支払われることになった。なお、タイヤの破裂に関しては、空気圧の不足による偶発的な事故と断定された。
さらに、優佑は峻佑を受取人に自らに生命保険をかけていて、その支払いで、優佑の兄で、峻佑から見れば伯父にあたる優太を代理人に家のローンを完済することができたが、葬儀を終えて1週間が過ぎても、峻佑は部屋に閉じこもったまま出てこない日々が続いていた。一応、姉妹が彼の部屋まで運んでいる食事には手をつけている形跡があるので健康面では問題なさそうだったが、2人の心労もピークに達しようとしていた。
「ふう……姉さん、どうしたら峻佑くんは以前みたいに元気になってくれるのかな?」
優佑たちの葬儀を終えてから10日ほどが過ぎ、未だに峻佑は部屋から出てこないまま。姉妹は峻佑の部屋に運んだ夕飯の皿を下げに行き、皿に手をかけたところでみちるがポツリとつぶやいた。
「そうね……もうすぐ新学期も始まるし、いつまでも塞ぎこまれてたら、おじ様やおば様も浮かばれないわ。なんとかしないと、ね。後で、話してみるわ」
ちひろは皿を持って階段を下りながら、そうみちるに話した。
「うん、お願いね。峻佑くんのことなら、今は私より姉さんのほうがよくわかってるはずだし……。コーくんも彼なりに心配してるみたいだから」
居間に下りてきて、皿を洗いながら、2人は微笑み合った。