10 しょせん雑魚は雑魚
0時の更新予定でしたが、諸事情により1時間繰り上げさせていただきます。
「とりあえず、わたくしたちは中立を宣言しておきますわ。ただの傍観者ということにしておいてください」
峻佑たち生徒会と、猿義たちアンチ生徒会が互いににらみ合って火花を散らすなか、渚が中立を宣言した。
「そりゃ助かる。正直な話、キミらが向こうについたらオレたちの勝率はほぼゼロになってしまうからな。後は、巻き込まれてケガしねえようにもう少し離れてな。そのついでと言っちゃなんだが、そこで頭から地面に突っ込んでるヤツをどうにかしてくれるともっと助かる」
峻佑が大げさに肩をすくめながらおどけてみせると、そう言って、渚たちの近くで頭から地面にめり込んでる人物――先ほど屋根から飛び降り、着地に失敗した翼を指差した。
「ふふ、わかったわ。やっぱり、優しいんですのね、峻佑さんは」
渚は並の男なら確実にオチるような眩しい笑顔で頷くと、翼を魔法で浮かせて地面から引っこ抜き、栞とともに少し距離をとった。
「これでも生徒会長やってるからな。生徒への思いやりの心を忘れないだけだ」
峻佑はプイと顔をそむけると、ぶっきらぼうに吐き捨てた。
「さて、と。待たせたな。んじゃ、始めっか?」
渚たちが離れたのを見届けてから、峻佑は猿義に話しかけた。
「うむ。切り札がいないのは諦めるしかないが、拙者たちとて今までのようにはいかぬぞ。いざ、参る!」
猿義は頷き、開戦を宣言すると、先手必勝と言わんばかりに、熱田の薬で目覚めさせた魔法の力を使い、氷弾を生成して峻佑めがけて放った。
「えっ!? なんでお前が……そうか! 熱田の……っとあぶねえ!」
猿義の忍者としての技は風系が中心で、まさか氷が飛んでくると思っていなかった峻佑は一瞬反応が遅れたが、横っ跳びでギリギリ回避した。そして、流れ弾は――
「ふぅん……これはわたくしたちへの宣戦布告と受け取ってよろしいのかしら?」
峻佑に言われてある程度距離を取って、ベンチに座っていた渚と栞の足に当たり、2人の足は地面もろとも氷漬けになってしまっていた。渚はゆっくりと立ち上がり、身体に怒りのオーラをまとわせてつぶやいた。そのあまりのオーラに、足を封じていた氷はピキピキという音を立てて砕けていった。
「えーと、これはオレのせい……か?」
なんとなく気まずい雰囲気で峻佑が振り返って訊ねると、
「いいえ、峻佑さんに非はないですわ。わたくし姫野渚、中立を破って参戦しますわ。猿義とやら、覚悟はできていて?」
渚はゆっくりと首を振ると、猿義にビシッと右手の人差し指を突き付けて参戦を宣言した。
「もちろん、栞も参戦しちゃうよ! 栞、怒ってるんだからねっ!」
わかりやすく顔に「怒ってます」と書いてあるような表情をしている栞も同時に参戦を宣言した。
「あのー、先輩? これはもう俺は立ち去った方がいい場面ですかね?」
と、どことなく居心地悪そうな顔で賢悟が峻佑に訊ねた。
「そうだな……サルが魔法を使いだしたのはおそらくは熱田のクスリだろう。ということはおそらく神楽さんも使ってくる。そうなると、あまりやりたくはないけど、魔法対決になるのは必至。済まないが、賢悟はここまでだな。この場所には一般人が近寄れないようにちひろが結界を張ってくれているから一般生徒とかが巻き込まれる心配はほぼないけれど、念のため校内を見回りしておいてもらえるか?」
峻佑は少し考えて、賢悟を退場させることを決めた。ただ役に立たないから退場させるのではなく、別の“仕事”を与えて席を外す、という形にしたのは彼なりの優しさなのか。
「了解ッス! じゃあ、先輩たち、気を付けて!」
賢悟は頷き、敬礼してみせると、走り去った。すると、
「敵に背中を見せるとは……」
今度は神楽が腕を弓矢に見立てて、走り去る賢悟めがけて雷を纏った矢を放った。
『うるさい! ザコはすっこんでなさい!』
ちひろとみちる、さらには渚までもハモって叫ぶと、全く同じタイミングで光弾を放っていた。放たれた弾は神楽の矢を一瞬にして呑み込み、3人分が合体して1つの大きな光弾になり、神楽たち3人の真ん中ではじけた。
『ぐあああああああっ!』
魔力の高い3人のそれぞれのぶんだけでも十分だったろうが、それが3人ぶん合体していれば、神楽たちのような“なりたて”で耐えきれるようなものであるはずがない。神楽、猿義はもちろんのこと、彼らよりは魔法使い歴の長い熱田もあっさり倒れた。
「ふん、口ほどにもない人たちね」
渚は倒れた3人を見下ろして鼻で笑った。
「ま、楽勝だよね。でも、彼らに芽生えてしまった魔力、どうしよう……」
みちるが不安げにつぶやいた、そのとき。
「それはこの僕に任せてくれないか」
不意に聞こえてきた声に振り向くと、さっきまで地面に埋まっていて、頭がまだ土まみれの翼が立っていた。
「任せて、って……どうするの?」
ちひろが怪訝な顔をして訊ねると、
「僕の家系に代々伝わってきた秘伝の魔法のひとつに、“任意の相手から魔力を吸い取る”魔法があるんだ。それを使えば、魔力の低いものは完全に使えなくさせることができるんだよ」
こともなげに言った翼に、
「魔力を……吸い取るですって?」
今度は渚が不思議そうな顔をした。
「信じられない、って顔だね。なんなら、実演してみようか? ええと、ちひろちゃん。僕に向かってなんでもいいから思い切り魔法を放ってみて」
翼はちひろに全力で魔法を撃てと頼んだ。
「いいのね? いくわよ……とぉりゃああああああああ!」
ちひろは翼に再確認し、頷いたのを見ると、とても女の子が上げるようなものではないおたけびとともに特大の雷球を放った。
「九崎家秘伝……吸魔、封印!」
目を閉じ、集中力を高めていた翼がカッと目を見開き、放たれた魔法を両手で受け止めるように差し出した。すると、両手がエメラルドグリーンの光を帯び、その光はちひろの雷球にまとわりつくと、少しずつちひろの雷球は小さくなり、やがて消滅した。
「まあ、ざっとこんなところだね。これの応用で、直接魔法使いの魔力を奪い取ることもできるんだよ。どう? 信じてもらえた?」
ちひろの魔法を完全に消し去ったことを確認して魔法を解いた翼は、ふう、と一息ついて笑った。
「そうね……目の前で見せられたら信じないわけにはいかないわね。少なくとも、あたしたちの家系にはそういう魔法は存在しないわね」
ちひろが複雑な顔をしてつぶやいた。
「なあ、やるなら早くやらないと、コイツら目ぇ覚めちまうぞ」
と、峻佑が急かすと、
「それもそうだね。ああ、巻き添え食って吸い取られてしまう危険があるから少し離れていたほうがいいよ」
翼は他のみんなに離れるように言うと、再び目を閉じて先ほどの魔法を発動させ、薬でチカラを目覚めさせた猿義と神楽、そして熱田の魔力を根こそぎ吸い取っていった。ついでに猿義と神楽はちひろと渚で今日1日の記憶が消され、彼らが魔法を扱えたという事実も痕跡も消し去るのだった。
宿敵との決着をつけた割にはあっさりしすぎてる気もするけど、ひとまずこれはこれ。
次回はプロローグ以来の4分割の回。
峻佑たちに、最大の危機が迫っていた――