06
エンデは警戒しながらも家の玄関に回り、ルウィーシアの家に招かれた。汚れた靴や荷物は玄関に置いて部屋に上がった。
家の中はこざっぱりとしながらも、女性らしく花が活けられていたり、小物が飾られていた。一人暮らしとは思えない広さの家からは、この妙な宿主である少女の両親が不在であることはわかったし、どうエンデが穿った見方をしても、やはり不穏な空気など感じられなかった。本当に――単純に――、旅人珍しさに招き入れた愚か者ということだろう。幼い子ではたまにいないこともない。それでも、美しいと称しても遜色ないほどの少女が安易にこう人を招き入れることの不用心さに、エンデは少し呆れたのだった。
「いつもこんなことをしているのか?」
「え? 何が?」
「こうやって旅人を――」
「まさか。貴女だからよ」
そう言われれば、ますますわからなくなる。エンデは考えないようにした。とにかく、屋根の下で穏やかに寝ることが出来るならそれに越したことはない。
居間でくつろぐように言われるも、あまりくつろぐ気になれず、姿勢を正して座っていると、茶と果物が差し出された。茶はありきたりなもので、煎れ方も適当なのか、それほどの香りを発してはいなかったが、ルウィーシアがその果実の皮を一部切り落とせば、ふわりとした花のような芳香が鼻をくすぐった。
「この島独特の淹れ方よ。パウゴは他の島にもあるけど、ここほど美味しくて良い香りのものはないの」
どうしてかしらね。と無邪気に笑って、茶を差し出された。パウゴという果物はエンデも知っていた。
この辺り、つまり西方諸島の特産として大陸の都市でも売られていたが、西方諸島から船で半月以上かけて運んでいる為、その多くが加工品で、生で売られているものは非常に高価だった。故に大陸で食する機会はなかった。しかし、この辺り一帯の諸島を巡っている最中は、売られるどころかパウゴの木々も至る所で見かけられた。住民達は好きに木からもいで食べていたくらいだ。
それくらいありふれた果物だった。
商人とやってきた得体の知れない旅人風情では買うしかなかったが、それでも安価で手には入った。楽しみにしていたそれをいざ食してみれば、酸味と渋味が強いものが多く、独特の香りは妙な味の薬を食しているかのようだった為、エンデは落胆したのだった。
ところがこれはどうだろう。
淹れられた茶とみずみずしいパウゴを断りを入れて口にすると、爽やかさと甘みが段違いだった。独特の香りがあるものの、それらは程良く、口当たりの良い味を強調させるように変わっていった。それでいて、口の中をさっぱりとさせるのだ。よく冷えた水を飲んだ時に近い爽快感があった。
エンデは自然に笑みをこぼして、端的に感想を述べた。
「とても美味しい」
「……良かった!」
ルウィーシアは実に嬉しそうに手を併せて喜んでみせた。
「私も大好きなの。本当にここの島のだけなのよ。隣の島のは全然だめよ」
本当に好きなようで、客人に出したはずの果実に自分自身も手を伸ばして、それを当然のごとく食べた。
窓から差す陽の光は海に沈み、夕闇が訪れていく。窓から覗く夜空は、夕方と変わらず晴れ空で、雨雲が来る気配もなく、月と無数の星々が輝いていた。
「雨ではなかったのか?」
「嘘よ。だってそうでもしないと、貴女はきっと遠慮して来なかったでしょう?」
ご馳走を作るからと張り切りだしたルウィーシアは背中越しで不敵に笑う。食えない少女であるが、それが本当に人を陥れようとしているものではないと、エンデは信じることにした。厨房から漂ってくる香りは、今更野宿すると言い難いものであったし、仮に何か裏があったのだとしても、切り抜けられるくらいの腕前はある。
早めの夕餉に出されたものは、西方諸島特有の郷土料理であった。近海で採れた魚の酢漬け、香料と塩漬けで味付けた鶏肉と野菜の煮込み、芋をすりつぶし麺麭のようにしたもの。飲み物は豪勢に果実酒――これもパウゴらしい――どれも準備に時間がかからず、手早く準備されながらも、しっかりと味がついており、エンデは思わぬ場所で再び舌包みを打つことになった。
「今日で良かったわね。ちょうど昨日から漬けておいたものがあったのよ」
ルウィーシアは比較的料理が出来る女性であったようで、エンデは内心で非常に満足していた。座卓一杯に並ぶ食事は恐らく――酢漬けの魚も鶏肉の煮込みも――一人で食べるには二日分以上の量であった為、作り置きしておいた数日分の食事を、客人であるエンデの為に惜しむことなく振る舞ったのだろう。善意ならば有り難いことである。
ルウィーシアは約束通り、旅のことを聞いてきた。
「エンデはどのくらい旅を続けているの?」
「どのくらいか……六、七年くらいかな。十八歳になるかならないかで家から飛び出たよ」
「まぁ。家出したの?」
「成人に向かって家出もなにもないだろう」
「そういうものかしら」
ルウィーシアは首を傾げた。
「それで? どこから来たの?」
「会ったときに言っただろう。ミーモ島から、商船で」
「違うわ。出身を聞いているの」
「ああ……」
エンデは困ったように視線をさまよわせた。視線にふと止まったのか、飾ってあった面に手を伸ばしてまじまじ見ながら、答えあぐねていた。