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ルウィーシアと祝福の島  作者: 雨天然
5/27

05

 思い出と鳥の声と波の音、そして少女の静かな歌声だけの空間に、再び来訪者がやってきたのは、夕方になる頃だった。

 西の水平線に夕日が向かっていく。強い橙の色が海と海岸を照らしていく。ルウィーシアは椅子から立ち上がり、伸びをした。

 そのとき、家の囲いと樹木の間から、人影が一つ見えた。西日に照らされて容姿が定かではないが、かなりの大柄だった。その人物はルウィーシアに気付き、彼女に近付いてきた。


 ルウィーシアは目を見張った。


 次第にその姿がはっきりとしてくる。

 年の頃は二十四、五くらいか。この村の漁師の男達ほどあるような背丈と身体つきで、近付かれても男のようにしか見えなかった。飾り気の一切ない外套はあちこちすり切れたりなどして、長旅をしていることが伺えた。乱雑に首元で括った赤褐色の髪も、美しいと言えるものではなく、これもまた長髪の男のようではあったが、褐色で端正な作りの顔は確かに女だった。真一文字とも言えるほど口を閉じ、引き締まった表情でルウィーシアを見る。

 その目を見て、ルウィーシアは自分の頬に熱が通うのを確かに感じた。

 切れの長い茶色の瞳は、まるで燃えているかのようだった。夕日よりも熱く揺らめく光を見知らぬ女性の目に見つけた。

 女は閉じたままだった唇を開いて、固まるルウィーシアに、背の低い垣根を隔てて、声をかけた。


「すまない。先刻、商船でこの島に着いた者だが」


 男のような話し方と落ち着いた低めの声。それでも若い女性とわかる柔らかな発音。


「この村の宿の場所を教えてもらえないか?」

「……旅人さん?」

「そうだ」

「この村、商人宿しかないの。普段はよその人なんて滅多に来ないから」

「そうだったのか。そこは……着いた時に商人たちと同じように泊めて貰おうとしたが、断られてしまった」


 ため息混じりに女はそう言った。俯き、意外にも長い睫が切れ長い目を更に細く見せた。


「そうよね。ごめんなさいね。この村、よその人にはあまり優しくないの。隣のミーモ島なら宿があったはずだから……」

「いや、実はそこから来たんだ。商船に頼み込んで乗せて貰って」

「そうだったの」


 ルウィーシアは北を見た。船着き場の方だ。ここから全容が見えるわけではないが、船を出していた者達は帰り、どこかに行く船などもうないだろう。


「……もう今日の船はないわ」

「そう、だろうな……」


 女はもう一度嘆息し、首を振る。そして、伏せていた目を再びルウィーシアに向けた。ルウィーシアは嬉しさを感じた。女が一礼する。


「教えてくれて、ありがとう」


 それだけ言うと、口を閉じ、踵を返した。ルウィーシアはその背に声もかけずに、垣根を跳んで乗り越えた。あまりにも衝動的に動いたので、着地と同時にルウィーシアは自分に驚いた。女も驚いたようで、警戒したかのように振り向き、距離を取った。

 ルウィーシアは慌てた。心臓が高鳴る。息の通り道がきゅっと詰まったかのような感覚を押し隠しながら、怪しまれないようにと努めて普通に声をかけた。


「どこへ行こうとしたの?」

「どこ、……というわけではないが、野宿出来そうな場所を探しに……」


 突然詰め寄られた女は困惑を隠すことなどせず、眉を寄せて答えた。ルウィーシアは驚いた。


「冗談でしょう。ここは暖かいし、危ないことないでしょうけど、女の人が野宿なんて」


 すると、女は苦笑した。想像もしなかった柔らかな表情で笑みを浮かべたのだった。


「慣れているから平気だよ」

「まぁ。貴女って笑うのね」

「……いきなり失礼なことを言うね」

「気を悪くしたなら謝るわ」

「慣れている。そもそも、声をかけても女だと気付かれないこともよくある」

「お詫びにうちに泊まっていかないかしら?」

「え?」


 流れるような、自然なような、しかし確実に不自然な誘いに、女は目を丸くした。だが、ルウィーシアに引く気はなかった。


「良いじゃない。だって寝泊まりするところがないのでしょう? 私の家は私一人暮らしだし、それに今夜はこれから雨が降るのよ」


 出鱈目も全くそうは見せないほどはっきりと言い切り、ルウィーシアは笑った。女は眉をひそめ、空を見た。彼女の目には、決してこの後雨が降るような空に見えない。しかし、現地民の言うことに考えざるを得ないようで悩んでいた。それがルウィーシアにはおかしくてしかたなかった。女は困惑しっぱなしだった。


「謝礼を期待しているなら間違いだぞ。ないものは出せない」

「構わないわ」


 ルウィーシアは謝礼など求めてなかった。強いて言うなら、この女性がこの場に来たことが幸運で、謝礼だった。彼女はそう感じていた。


「ねぇ、どうするの? この村に宿はないわ。雨が降るわ。私の家の屋根を貸すわ。食事も出すわ。あなたは、そうね、旅の話をしてくれたら嬉しいわ」


 突然すぎる申し出だったが、最終的に屋根のある場所で寝られることに魅力を感じたのか、元の引き締まった顔を見せて、頷いた。


「……そうだな。助かる。ありがとう。本当に何もないが、せめて旅の話ぐらいは聞かせよう」

「ありがとう。私の名前はルウィーシア。あなたはなんという名前なの、旅人さん」

「私の名前は――」


 燃える瞳が細くなる。


「エンデ」


 大柄な女、エンデは小さく会釈をした。


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