22
五人を乗せた短艇は荒れ狂う海に翻弄され続けた。
ルウィーシアはロザリアを抱きかかえ、他の三人は島へ向かって必死に舟を漕いだ。海面を跳ねるように短艇は海の上を行く。大波が幾度となく短艇を襲ったが、まるで導かれるように舟は島へと進んでいった。
近付けば近付くほど闇が深まり、風の音も雨の音も遠ざかっていくようだった。不気味なまでの暗闇と静寂に包まれ 濡れて冷えていく身体は、まるで死に向かっていくようにさえ感じられた。すでに嵐は過ぎ去っていた。
やがて、一行はその島に辿り着いた。
島は先ほどまでの悪天候が嘘のように晴れており、天には無数の星が煌めいていた。
しかし、辺りは虫の音一つせず、異様なほど寂然としていた。命あるものは自分たち以外にいないのではないだろうか。また、月明かりが差し込んでいるというのに、隣同士の顔も暗くて見えないようだった。船長が呆然と呟く。
「これが、誰も辿り着いたことのない島なのか? 何もないじゃないか」
だが、ヴィントは違った。
彼の目には、多くの死者の魂が穏やかに漂い、島全体が発光しているように見えた。
「ああ……ここだ」
ヴィントは呟いた。その言葉の響きに、エンデは旅の終わりを感じ取った。
船長はヴィントに聞いた。
「本当にこの島で間違いないのですか、ポートマン殿」
「そうだよ。この島だよ」
「この島に何があったのですか」
ヴィントは首を振った。その意味を船長が計り知ることは出来なかった。船の、彼の仕事は、ポートマンをここまで連れて行くことだった。それが契約だった。共に島を目指すようになってから八年、何度も航海をしたが、とうとうポートマンのことを何も知ることはなかった。
ルウィーシアはロザリアを抱えて最後に舟から降りた。長年夢見ていたはずの『宝島』に辿り着いたというのに達成感など微塵もなかった。ただひたすら疲労感と薄気味悪さだけを感じていた。それでも一縷の望みに縋って、ルウィーシアは辺りを見渡した。この島の何処かにロザリアがいるはずなのだ。
「ねぇ、ヴィント。ロザリアはどこにいるの?」
「この辺りにはいないみたいだね」
「そう……」
ヴィントに案内され、一行は島の奥へと進んでいく。暗い枯れ木の森を、ヴィントの目だけを頼りに進んだ。
行けば行くほど、ルウィーシアと船長は不思議な懐かしさと物寂しさに涙を流し、胸を締め付けられる気持ちに歩みを止めそうになった。
森を抜けると、やがてひらけた場所に出た。ヴィントは足を止めた。
「ここにしよう。こここそが、ポートマンが眠る場所に相応しい」
雇い主の突然の言葉に船長はぎょっとした。
「一体、何を言っているんですか!」
「今までありがとう。私はここで命を終え、眠ろうと思う。君たちへの報酬の支払いはもう済んでいる。色々無茶を頼んだが、最後の頼みだ。私とこの子の墓を掘る手伝いをしてくれないか」
そうポートマンは自分とロザリアを指し示した。
正気とは思えない頼みに船長は二の句が告げなくなった。しかし、ポートマンの悟ったような穏やかな瞳は、彼の言葉が本気だと告げていた。船長はしばらく考えてから、ゆっくりと頷いた。
「あなたはただの船乗りたちに大金をくれて、箔をつけて、おまけに冒険家たちに夢を見せてくれた。この地に共に辿り着けたのは結局私だけだが、船員たちの分まで感謝申し上げる。あなたが望むのであれば、そのようにしよう」
そういって、船長はポートマンに深々と礼をした。
それから四人は穴を掘った。二人分の穴を。ルウィーシアは泣くばかりであったが、三人は黙々と掘り続けた。そうして終わる頃には、すでに空が白み始めていた。
ポートマンは掘られた墓穴に横たわった。まるで寝るかのように。
「さようなら、船長。私の夢に乗ってくれてありがとう。ルウィーシア。どうか、心を強く。そして、エンデ」
ヴィントはエンデを見つめた。涙は流さない。滲む涙でエンデの姿を歪めたくなかった。それはエンデも同じだった。真っ直ぐに見つめて、最後の姿を眼に焼き付けた。
「君と出会えたことが、僕の人生最大の幸運だった。本当にありがとう、エンデ。ずっと君のことが好きだったよ」
「……ありがとう、ヴィント。おやすみ」
ポートマンは目を閉じた。ヴィントはその身体から抜け、島の一部になった。
その場にいた誰にも見えないが、それがポートマンとして歩んだヴィントの最期だった。




