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ルウィーシアと祝福の島  作者: 雨天然
2/27

02

 祈祷に合わせて浜に運ばれた棺に炎がくべられる。

 その日、儀礼用の白衣に色とりどりの織物の装飾を付けた村人たちが朝焼けの浜辺に集まった。一人の少女の葬儀が行われるのだ。少女の名前はロザリア。村長の一人娘だ。年齢は十八で、器量良く、気は強いが明るく、村人たちからとても好かれていた。村人たちは皆ロザリアを想い、悲しみに暮れていた。


 ただ一人、ルウィーシアと言う名の少女を除いては。


 ルウィーシアにとってロザリアは一番親しい幼馴染だった。

 しかし、ルウィーシアはこの葬儀をひどく退屈に感じていた。

 大きな青紫色の瞳が半分も開かれていない。着ている服は他の者達と同じ白衣だが、その上に身につける装飾は少ない。この村では珍しい白い肌のせいもあり、浅黒い肌と多彩な色を身にまとう村人たちの中で、肌と白衣の白さが異様なほどに際立っていた。薄茶色の細く長い髪は風を受けて柔らかく流れるが、半眼のまま動かぬ表情は凍ったように時間を止め、まるで誰にも気付かれずにひっそりと佇む幽霊のように彼女を見せていた。


「ああ、かわいそうなルウィーシア。あの子はロザリアと仲が良かったわ」

「きっと悲しすぎて、涙も出ないのね」


 祈祷を聞きながら話して涙を流す器用な女たちの声が煩わしい。沈鬱な表情を浮かべる男たちに嫌気が差す。その中でも最もルウィーシアが苛立つのが、ロザリアの父親だった。彼は早くに妻にも先立たれ、ついには唯一の家族だった一人娘も亡くした。そんな彼は、やはり誰よりも悲壮な表情で棺を燃やす炎を見て、時折目頭を押さえる。だが、その様がルウィーシアにはひどく滑稽に映った。


 空の棺を燃やして、何故泣けるのだろう。


 ルウィーシアは心中で嘲笑った。

 幼馴染のロザリア。彼女は死んでなどいない。彼女はある日忽然と姿を消してしまったのだ。そして、彼女が消息を絶ったのと同時に、船着き場から一隻の小舟も消えていた。――それから、三ヶ月が経った。

 置き手紙などもなく、いつも一緒にいたはずのルウィーシアでさえその日に何があったかまるで心当たりがなかった。ともあれ、ロザリアは――何かしらの理由があったのか定かではないが――海に出て、そのまま島に戻ってくることはなかった。村人総出の捜索から半月後、彼女が乗っていったはずの小舟が沖合で発見された。舟には誰も乗っていなかった。

 このロナ島では三ヶ月間探しても行方不明者が見つからない場合、死亡と見なされる。死体が見つからなくても葬儀が行われるのだ。


 今日がその日だった。


 ただそれだけの理由でロザリアの葬儀は行われ、彼女が『亡き者』にされることが、ルウィーシアには納得行かなかったし、馬鹿馬鹿しく思えた。ルウィーシアはロザリアが旅に出たのだと確信していた。いつか必ず帰ってくる、きっとどこかで生きている、そう信じていた。形だけの葬儀に一体何の意味があるのか。そんな彼女の胸の内を占める空疎な心と、まだ若い命が散ってしまったこの世の不条理さを想う村人たちの空虚感は、ある意味合っているようだった。

 炎が徐々に小さくなっていく。

 魂を鎮めるための歌を皆で歌う。


「海の上、風の中をただひたすら進みゆけ。日は暮れようと、休む大地がなくとも。星の下、闇の中をただひたすら歩みゆけ。日は昇る。大地を照らす。神の御許に辿り着くときを夢見て進め」


 ロザリアの父親が震えながら手で目を、そしてもう片手で口を覆った。ルウィーシアはそれを黙ってただ見ていた。


 ルウィーシアは想った。


 愛おしいロザリア。あなたは何故私を置いて旅に出たのか。共に島を出て『宝島』に行こうと約束していたのに。『宝の地図』と私を置いて、何故一人で行ってしまったのか。


「やがて辿り着く、神の御許を夢見て進め。神よ、今かの者が参ります」


 鎮魂の歌が終わりに近づく。

 目を閉じて、ロザリアの顔を思い出せば、彼女の死を認めて悲しんでいる村人たちと同類になる気がして、ルウィーシアは僅かに頭を振った。ちらりと瞼の裏に写ったのは、赤く燃えるロザリアの瞳だ。ルウィーシアが愛してやまない、強く真っ直ぐな眼差しだ。ロザリアはどんな時でもその目を向けてくれていた。それが脳裏に焼きついて離れなかった。

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