15
「ロザリア……!」
通った鼻筋、切れ長い目、ほっそりとした美しい顔立ち。やや冷たい印象を受ける無表情であったが、ルウィーシアはその顔が大きく口を開けた笑顔も、困って顔をしかめる表情も、どんな表情でも思い描けた。所作など雰囲気は全く違うが、その顔はロザリアそのものだった。
一度名前を呟けば、止まることは出来なかった。
「ロザリア! ロザリア!」
ルウィーシアは場所も忘れて、上った木の上から屋敷に向かって声を張り上げて手を伸ばした。エンデはぎょっとして、ルウィーシアを引っ張るが、彼女は引こうとはしなかった。
「何やっているんだ馬鹿……!」
「だって、エンデ! あそこにロザリアが! ロザリア、こんなところにいたのね! ロザリア!」
ルウィーシアは涙を浮かべて、歓喜の声を上げ続けていた。エンデがその口を塞ごうとしても、ルウィーシアははしゃぐ子供のように暴れて、屋敷の女に向けて自身の存在に引きつけようとしていた。
ロザリアと呼ばれた女は困惑したようにルウィーシアを見て、それ以上に反応はしなかった。それがまたルウィーシアを一層感情的にさせてしまった。
元々人影が少なかったとはいえ、流石にこの騒ぎを聞きつけ、敷地内がざわめきだした。まもなく門番や使用人たちも騒ぎの方に向かってくることは想像に難くなかった。エンデは舌打ちをし、ルウィーシアを抱えて、木から降りた。
そのときだった。
「……エンデ! エンデなのか!」
ルウィーシアにロザリアと呼ばれていた女がバルコニーから叫んだ。手すりから身を乗り出しそうになりながら、先程のルウィーシアと同じように手を伸ばした。それにはエンデは勿論、ルウィーシアも凍りついたように固まった。
「いたぞ! あそこだ!」
使用人たちの声に、すぐに我に返ったエンデは、外套のフードを深く被り、呆然としたままのルウィーシアを抱えて走り出した。その際、今一度、バルコニーを見上げた。男は騒ぎから切り離されたかのように、微動だせずに座ったままだった。
ともかく、研究所へ戻らなくては。
白亜の町並みは黄昏に染まりつつある。夕闇がエンデたちを助け、彼女たちはなんとかロルフの元まで戻ることが出来た。
あからさまに焦った様子で戻ってきたエンデたちから、ロルフはポートマン邸での出来事を聞き、あまりのことに頭を抱えた。彼の深い溜め息が暗い部屋に漂う空気を更に重くした。ロルフは暗くなりすぎた部屋に灯りを灯した。ようやく見えたロルフの表情は悄然としたものだった。
「あの書状には俺の名前が書いてあったんだぞ。どうして君は、本当に……」
「すまない……でも召使いたちには見つかってはいない」
「その……屋敷の女性には顔を見られたんだろう? 名前も呼ばれて……」
「……すまない」
うなだれるエンデに、ロルフはこれ以上なにも言えなかった。一方、ルウィーシアはロルフの部屋に入ったときから黙ったままだった。二人の話を聞いているのかいないのか、呆けて涙を流し続けていた。ロルフは心配になったのか、エンデにそれを尋ねた。
「それでなぜ彼女は……」
「実はその屋敷の女性が――」
エンデがそう言うと、ようやくルウィーシアは口を開いた。
「あれはロザリアよ……見間違うわけないわ……彼女はロザリア。私の……親友の、愛しのロザリアよ……」
そう言うと、ルウィーシアは涙をこぼしながらエンデの方を向いた。大きく見開かれたその目は、虚ろながらも、怒りとも悲しみともつかないものだった。
「なのに、何故? 何故彼女はエンデを呼んだの? 私のことを見向きもしないで。どうして貴女なの?」
「私が聞きたい。私は彼女を全く知らない」
答えるエンデも不可解そうだった。ロルフも問う。
「本当に、一度も見たこともないのか?」
「少なくとも記憶にはない。こちらの国での知人は殆ど研究所の、しかもあんたの知り合いばかりだ、ロルフ。あまり誰かと仲良くなっちゃいないし、ロナ島に行ったのも、この前が初めてだ」
「じゃあ、なんで? どうして? どうしてよ……」
ルウィーシアは嘆き、とうとう手で顔を覆って泣いた。それ以上は言葉にならなかった。
親友――と思わしき女性――に見向きもされなかったことがよほど応えているのだろう。せめてもなのか、エンデは丸まって泣いているルウィーシアの背中を撫でながら、ロルフに向き直った。
屋敷の女のこともあったが、それ以上にエンデには腑に落ちないことがあった。
「それ以上に気にかかるのが、ポートマンだ。彼は異常だ。最後の最後まで全く動かなかった。彼は本当に生きているのか?」
エンデの言葉にロルフはぎょっとした。
「なんてことを言うんだ、エンデ。ポートマンは生きているさ。先日、王に謁見している。船に乗って例の島に向かってもいた」
「では今日急死したということは」
「そこまではわからないが、滅多なことを言うもんじゃあないよ」
しかし、エンデは引き下がらなかった。
「しかし、そうとしか思えないほど異様だった。おかしいじゃないか。横で人が騒いでいるのに動かないなんて」
見ていないロルフにはわからないが、エンデが言うのだからよほどなのだろう。ロルフはそれ以上の否定も出来ず、話をやめようと手を振った。
「……とにかく、連絡を待とう。今きっとポートマン邸は大騒ぎになっているだろうし、もし急死しているのだとすれば、それも連絡があるだろう。待つんだ、エンデ」
「……わかった」
エンデは小さく頷いた。




