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戻ってきたロルフに教えて貰ったのはポートマンの屋敷の住所だった。
ひとまず訪ねて頼み込んでみろと言い、書状を渡してくれた。そんなの無理に決まっていると、ルウィーシアは思うのだが、エンデは文句一つ言わず、すぐさまポートマン邸に向かった。
ポートマンの屋敷は、やはり王都の中心街である内壁側にあった。十年近く前まではこの王都中心部に来る権利すらなかったであろう彼は、地図の功績で王から特別爵位を貰い、今はここに住んでいるのだと言う。
屋敷の門番に研究所からの使いと言い、エンデはポートマンへの面会を求めた。ロルフの用意した書状を見せると、門番はみすぼらしい二人を見ても邪険に扱わず、黙って奥へ話を通しに言った。
門前払いを想像していたルウィーシアはほっとした。無機質な表情とは言え、ここに来てからのあからさまな侮蔑の目に比べたらまだ良い方であった。
しかし、安心もつかの間、戻ってきた門番の答えは予想外なものだった。
「申し訳ございませんが、研究所からの要請であっても、お取次することは出来ません。旦那様は現在お休み中です。また後ほどお訪ね頂くようお願いします」
「王立文化研究所の要請で、急ぎの用件なんだ。書状に不満があるなら確かめて貰ってもかまわない」
「存じております。ただ、我々は決して旦那様の部屋に入るなと申しつけられておりますし、お休み中はどんなにお声をかけようと旦那様は出られることはございません。申し訳ございませんが、お引き取りを――」
「そのような言い訳が通用すると思っているのか? 他の所用で面会を許して頂けないのであればまだしも、そのような理由で帰されるのでは納得がいかない。そもそも後ほどとはいつのことなのだ」
「私共も貴方がたが研究所からの使いであることは重々承知しております。しかし、――」
エンデの追求に答える門番も困惑し、たじろいでいるようだった。数度のやりとりの後、エンデは急にあっさり折れ、一礼をすると足早にその場から立ち去った。来た道を戻っていくのでルウィーシアはそれを小走りで追いかけて声をかけた。
「もう、エンデはちょっと強引よ。そもそも私達みたいなのでは無理だったのよ」
「まだわからないさ。いっそ中に入ってみるか」
エンデの言葉と足取りに躊躇はなかった。ルウィーシアはぎょっとした。
「え。まって、エンデ。何を言っているの?」
「こっそり忍び込む。敷地内に入って屋敷の様子を探るぞ」
「ちょっと、そんなの駄目にきまっているでしょう。だって見つかったら――」
エンデはくるりとルウィーシアに向き直り、声を潜めながらも、ルウィーシアの言葉を強く指摘した。
「見つからなければいい。だいたい、おかしいと思わないのか?」
「ええ、貴女はおかしいわよ、エンデ」
「そういう話しではない。研究所が至急と言っているのに、休んでいるから出られないなど、そんな理由はあり得ないことだ」
「でも私たちみたいなのが来たのだから仕方ないのよ……」
研究所では違ったが、この内壁ではエンデもルウィーシアも同類で異物なのだ。エンデは脇目も振らずに目的地へ真っ直ぐ行くからわからないかもしれないが、ルウィーシアにはよくわかっていた。しかし、エンデはそれを否定した。
「渡した書状は間違いなく研究所のものだ。それがわからない相手ではない。おまけに召使がどんなに声をかけても出ないとか、そんなのどう考えてもおかしいだろう。門番だってその事には困惑しているようだった」
そう言うと、エンデの行動は速かった。研究所へ引き返すと見せかけて、途中で方向を変えて、ポートマン邸の裏手へと回り込むと、すぐさま塀を飛び越えた。大柄な体格に反した身のこなしの軽さにルウィーシアは慌ててそれに続いた。
ポートマン邸の敷地内は、広さの割には警備の姿もなく、それどころか使用人の数も少ないように感じられた。人の出入りがあってもおかしくない時間帯だと言うのに、屋敷から人の動く気配があまり感じられない。誰に見つかることなく、あまりにもたやすく敷地内に入り込み、屋敷に近い大きな木の影から屋敷を見上げた。
「……ここからではよく見えないな」
言うが早いか、エンデはその木をするすると上っていってしまった。ルウィーシアは最早諦めた様子で、ひたすらエンデについて、木を上った。
生い茂る緑の影から、エンデは屋敷内を窺った。二階のバルコニーに人影が見える。
傾きかけてきた日の下、椅子と机と小さな植木鉢が置いてあるだけの質素な空間に、一人の男が座っていた。男は薄くなった茶色の頭髪をしており、一見すると老人のように見えた。血の気のない真っ白い肌が斜陽で照らされている。ゆったりとした質素な服に身を包み、枯れ木のように細い腕がだらりと肘掛けから垂れ落ちていた。男は身じろぎ一つしなかった。
「ねぇ、エンデ。あの人……」
「……多分、ポートマンだと思う」
暫く二人で様子を見ていたが、やはり動く気配はない。まさか死んでいるのではと不安になるほど、男からは生気を感じることが出来なかった。
すると、屋敷の部屋から一人の女性がバルコニーに出てきた。薄布のかかった帽子を被り、濃い茜色の優美な衣裳に身を包んだ若い女だった。見るからに召使いではないのがわかる装いに、この女性が屋敷の主人に近しい存在であることが見て取れた。彼女の顔を覆っている薄布が動きで揺れる。薄布から覗く髪は黒く、肌もまるで西方諸島の人々のように浅黒かった。
女性が男のそばで膝を折った。ちょうどその時、強い風が吹いた。薄布が一層強く揺れてふわりと舞い、女ははらりと垂れた髪を耳にかけた。
女の顔がはっきりとルウィーシアの目に飛び込んできた。ルウィーシアは口を手で覆った。




