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ルウィーシアと祝福の島  作者: 雨天然
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 港町で一泊した二人は、翌朝、王都行きの乗り合い馬車で大街道を北へと上った。ルウィーシアは窓の横を陣取り、夏の空の下に生える青々とした草原を眺めながら、上機嫌に鼻歌を歌った。

 やがて、丘を越えた先に、なだらかで大きな山のような輪郭が見えてきた。


「これが王都なの?」


 天まで届いているのではないかと思うほど城を中心に、王都は山のように広がっていた。その城の周りには、それよりも低い高さではあったものの、やはり見たこともない大きさの塔や建物がいくつも立ち並び、王都の形を作っていた。

 最初はまるで絵を見ているかのようだったが、王都に近付けば近付くほど、それがしっかりと形を持つ大きな建物の集まりだとわかると、ルウィーシアは言葉を失った。港町の賑わいにも驚いたが、王都はその姿を遠目で見るだけでも美しく、まるでおとぎ話に迷い込んでしまったかのようだった。

 もしあそこで自分も暮らすことが出来たら、いったいどんな毎日を過ごせるだろうか。ルウィーシアが惚けて口を開けたまま王都を見ていると、エンデは笑った。


「はは、そういう顔になるよな」

「……大きすぎるわ」

「私も初めて来た時は驚いた」


 どうやらエンデも同じだったようだ。ルウィーシアはなんだか嬉しくなった。

 やがて馬車はゆっくりと王都の敷地内へと入っていった。

 王都は円形の二重の壁でその土地を仕切られており、それぞれ外壁と内壁と呼ばれている。外壁の四方には検問所があり、人の行き来を常に審査していた。外壁の周りにはびっしりと露天商が立ち並び、港町と同じような賑わいを見せていた。馬車は南検問所を通り、王都内の停留所で止まった。

 馬車から降りて見渡した景色は、別世界そのものだった。

 雑多だった港町の通りとは違い、整然とされ、内壁へと続く道はどこも広々としていた。その道を、まるで高い壁のように立派な作りの建物が立ち並ぶ。今度こそ本当に天が覆い尽くされるかのようだった。その下を多くの人々が行き交う。

 港町でもそうであったが、大陸の人たちはロナ島の者達より肌の色がとても薄く、島ではひどく目立っていたルウィーシアも、ここでは人の中に埋もれてしまうようだった。この外壁内は庶民の住宅地や商業区などが中心で成り立っており、そのような多くの人々が生活していた。

 不慣れな人混みの中、ルウィーシアは昨日の港町と同じようにふらふらと興味をひかれるまま、商店や露店に歩いて行こうとしたが、エンデはそれを引っ張って止め、ひたすら中心街へと真っ直ぐ歩いていった。数え切れないほどの商店を尻目に、二人はやがて内壁の前に辿り着いた。

 内壁はその辺りのどんな立派な建物よりも高く、まるで山を見上げるようだった。ルウィーシアはぽかんと口を開け、そびえ立つ内壁に圧倒された。ルウィーシアが今まで見たこともない高さのそれの奥に、より大きな尖塔や城が見える。首が痛くなるのも忘れ、言葉もなく見続け、やがて衛兵に見られていることに気付くと、ルウィーシアは慌てて頭を下げた。

 一体エンデはどこへ行こうとしているのか。

 ここまで来ると驚きよりも、あまりに大きく桁外れな街の造りにルウィーシアは徐々に心細さを感じていった。自分がものすごく小さくなり埋もれて消えてしまうのではないかと、不安そうな目でエンデに訴えかけるが、彼女は大丈夫と言って検問所へ真っ直ぐ向かっていってしまった。ルウィーシアは慌ててその後を追う。この不安のまま、一人取り残されたくなかった。

 検問所の衛兵は胡散臭そうな目で旅人二人組、エンデとルウィーシアを見た。ルウィーシアにもそれがわかり、悪いことをしたわけでもないのに俯いた。昨晩、港町で湯浴みをし、頭から爪先までしっかり汚れを取り、持っている服の中で一番ましなものを選んで来たはずだ。

 しかし、先程から内壁の内側へ入っていく者たちはまず全く汚れてはいないし、それどころか皆立派そうで、物の価値の分からないルウィーシアでも高価なものだとわかるものを身に着けていたり、派手な馬車に乗っていたりしていた。その者たちに混ざって内側へ入ることが本当に出来るのだろうか。エンデの着古されて汚れたままの外套を少し掴んで、ルウィーシアは縮こまっていた。


「止まれ」


 衛兵が冷たい声で二人を止めた。


「通行手形を拝見します」


 言葉遣いはへりくだったものであったが、口調は明らかに見下している。そうルウィーシアは感じた。

 エンデは黙ったまま、臆することなく持っていた手形を取り出した。慣れたように差し出して見せる。不遜ともとられる態度に衛兵は不満さは隠さなかったが、その手形を見ると、驚いたよう小さく言葉を漏らし、手形とエンデを見比べた。

 エンデは衛兵を一瞥して、気にした風もなく堂々と言いきった。


「不満ならば確認を取ってもらっても構わない」


 衛兵はすぐさま非礼を侘び、頭を下げると内壁への道を開けた。エンデは軽く一礼し、ゆっくりと奥へ進んでいった。それに習い、ルウィーシアも衛兵に一礼し、しかしそそくさとエンデの後を追った。

 内壁の大門の下を歩きながら、ルウィーシアはたまらなくなってエンデに聞いた。


「エンデ、一体あなたは何者なの? 本当にレアンから来たの?」


 しかし、エンデは答えなかった。代わりに、立てた人差し指を自分の口元に持っていき、不安いっぱいの目で見上げるルウィーシアに小さく笑ってみせた。

 壁内を進むに連れて、喧騒は遠のいていった。

 門を抜けた先、内壁の内側は、それまでの世界以上にきらびやかだった。繊細で優美な建物が柔らかな日の光に照らされていた。その多くが白を基調としたもので、眩しさに目が眩むようだった。

 内壁側は、この国の政治と司法と軍部の中心地となっており、芸術や学術の研究所などもすべてこちら側にあるそうだ。綺麗に整備された広い石畳の道を、上等そうな生地をふんだんに使われた上衣に身を包んだ――ルウィーシアにはそう映った――学者や貴族と思わしき人々が静かに行き来している。

 周囲には様々な建築様式を用いて建てられた無数の尖塔が、まるで競い合うかのようにそびえ立ち、石畳に長い影を落としていた。

 押しつぶされそうな不安感のままルウィーシアは暫く呆然としてエンデについていくだけだったが、ふと人々の視線に気付き、はっとした。すれ違う近衛兵たちはエンデとルウィーシアを睨み、学者や貴族たちは遠巻きに見ては、何やらひそひそと話しているようだった。

 きっと自分たちは場違いな場所に迷い込んでしまったのだ。ルウィーシアは息が詰まりそうなほどの居たたまれなさに、周囲の目を避けるように俯いた。何か大きな罪を犯したわけではないのに、まるで自分が咎人のように思えてしまった。

 しかし、唯一の味方であるはずのエンデは全く怖気付いた様子もなく、かといってルウィーシアを安心させるでもなく、慣れた足取りで通りを歩くのだった。ルウィーシアに出来ることはただただ黙ってエンデについていくことだけだった。

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