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フィクション 沖縄戦  作者: 冬乃 兎
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2020年

 2020年 二月一五日 自衛隊中央病院

  待合室の傍らで缶コーヒーを自販機で購入

 ふと見上げたテレビを見つめて凍り付いた

[外務省は、北京の日本大使館のホームページに載せていた安倍晋三首相の中国向けの祝辞を削除した。祝辞は春節を祝うとともに多数の中国人の訪日に期待する内容で、中国での新型コロナウイルス感染拡大後の一月二十四日から一週間掲載していた。同省は危機感のなさを問われかねないとして「不適切だった」と陳謝している。

 祝辞で首相は、春節の連休期間と、夏の東京五輪・パラリンピック開催時の訪日を要請。「多くの中国の皆さまが訪日されることを楽しみにしています」と呼び掛けていた。連休初日に祝辞をHPに載せると、これを疑問視する書き込みがネット上に相次ぎ、外務省は三十日に削除した。]

買ったばかりの暖かい缶コーヒー落とし足下から待合室のソファーの下へ転がり込んでしまっていたが画面から目が離せない

 『あのバカが日本の首相…』

 声に出てしまったかもとも考えたが、もうこの際そんな事はどうでも良かった

 むしろ、大声で叫びたい気分だ

十日前の二月一五日だったと思う

 あの緊張は何だったんだ?

 鈴木陸将から異例とも言える特別招集をかけられて集められた面々の他に見慣れた顔に愕きを隠せない

 何の招集かも夜勤明けのボケきった頭では想像もつかなかったけれど、戦時下に突入したのかと思えるほどの緊急事態なのだろうとは思えた

 詳細はボケた頭で覚えきれなかったため要約すると3711名の乗員乗客をのせたクルーズ船で集団感染が起こり大黒埠頭沖で停船している

 この船の検疫を自衛隊中央病院の医師と看護師で行うとの事

 その上で、非常時に備え隔離用病床を用意するために現行の500病床から1000病床を確保できる体制を行い、更に高等看護学院に臨時の看護要員育成のプログラムを組むという内容だった

 これは既に戦時下での対応に近い

 外科の俺がこの場にいることには理解が及ばないが緊張が走ったのが二月五日、なのにこの男はいったい何を考えていたんだ?

 

 そして四月九日 早朝

 もう政府には何の期待もしていなかった

 自身の誇りと責任においてやれることを全力でやるだけだと誰しもが覚悟を決めて日々の業務に満身するだけだと…

 夜勤明けの身体は疲労困憊で立っているのもやっと

 ソファーに腰掛けてしばし休息を取って帰宅しようと思っていた

 唐突にテレビが入りNHKニュースが流れる

 ガシャーン

 朝食の配膳を落とした看護師に視線を移すと青ざめている

 彼女の視線の先に視界を移すと

 [昨日政府が決定した、新型コロナウイルスへの緊急経済対策の詳しい部分が今日次第に分かってきました。安倍総理肝いりの5000万世帯への「布マスク2枚支給」、報道では200億円かかると言われていましたが、よくよく確認すると、その2倍以上の466億円! ますます本当にこれでいいのかと思います。大串博志 ]

 四月一日発表の布マスク2枚配布という発表の時はエイプリルフールだとしか思えなかったし本気でそんな事をするとも思わなかった

 しかしながら、あのバカどもたちは本気だった

 しかもその費用が466億円だと?

 目眩がして吐き気がした

 まさか?

 二週間前、武漢からの旅行者が交通事故に遭って運ばれてきて腹部の手術をした事を思い出した

 激しい咳をしていて肺の欠損を疑ったがCTでは軽い肺炎症状が出ていたので腹部の手術にとどめて経過観察にしている

 彼女がCOVID19に感染していれば間違いなく感染した

 回復傾向にあったためCPRは実施していない

 『ここにはいられない』

 着替えもしないで白衣のまま病院を出て駐車場へ向かい愛車トヨタ ミライに滑り込み佐藤海将へ繋いでもらう

 「申し訳ありません。COVID19に感染してしまったようです。集中治療室の李蘭英さんの隔離とCPR検査をお願いします」

 「わかりました。手配しておきます。浅野一等陸佐、あなたはどうしますか?」

 「この病院へは居られませんので大田区の荏原病院へ向かいます。一応以前から院長には話を通してはいますが佐藤海将から連絡して頂いて良いですか?」

 わずかに考えたような間を空けながらも佐藤海将は力強く応えてくれた

 「その件も了解しました。本院での感染拡大の予防に感謝する。ご武運を」

 245へ出て焦る気持ちを抑えながら一路荏原病院へと向かう

 信号待ちで一息となるが、思ったより体調の悪化が早い

 疲れのせいか?

 それとも、あのバカな政府の政策を聞いてしまったせいなのか?

 首都高を降りて来たと思えるタンクローリーがスピードを落とさずノーブレーキのままリアにヒットした

 タンクローリーはわずかに右に進路を変えて首都高の支柱に乗り上げ、そして炎上した

 俺は動けない身体をシートベルトから解放したがその瞬間、爆音と閃光に包まれて意識が遠ざかる

 『あんなバカな政府に殺されるのはイヤだ!小鈴さん…逢いたいよ…』

 入国後二週間の検疫を終えた彼女に会えるのは今日からだった…


1944年 十二月八日 第三外科壕

 昨日、大きな地震が東南海地区で有ったらしいと人づてに聞いた

 【東南海地震】の事だと思っていたが【遠州沖大地震】と伝わってくる

 インターネット時代とは大きく違い、情報は本当に限られたものとなるが、かえって恐怖を感じないですんでいた

 戦中なのは頭の中では理解していたが、流れる時間が二十一世紀と違いすぎる気がしていた

 壕の外で蒼く晴れ渡った空を見上げて俺はそんな事を感じていた

 子供たちが鬼ごっこをしている

 楽しそうな笑い声が優しく鼓膜をゆらす

 「先生?それなに?」

 二週間前に負傷して運び込まれた十七歳の少年兵は不思議そうに後ろからのぞき込んでいた

 おれは慌ててiPhone11 PRO MAXをポケットに隠した

 「ひみつだよ」

 「やふーって何?」

 「それも秘密。でも戦死してもおかしくなかった君にだけ、教えてあげる。やふーを買えれば君が誰かを助けられる力を持てるから覚えておいて。この戦争を生き延びられたら。でも、誰にも話してはいけないよ」

 「戦争を生き延びられたら?先生、それは僕にはできないよ。ケガが治ったら、僕は英霊にならなければいけないんだよ」

 そうだった…この子は特攻兵だった…

 少年の手を握り澄んだ瞳を見つめた

 「君は国のために死ぬ事が怖くない?生きたいとは思わない?」

 「先生…それは言葉に出してはいけません。自分は誰にも語る事を許されていません。勘弁して下さい」

 少年は走り去ってしまった

 不覚にも浮かんできてしまった涙を見せないため

 俺は後悔して地面に視線とともに涙を落とした

 彼の名は具志堅猛

 十七歳という本来なら未来に夢をはせるべき年齢で空に散る運命を背負った若者だ

 彼は国や天皇陛下のために死にに行くのではない

 家族が誹られないために命を張るのだ

 この時代はそういう時代なのだと、改めて思い知らされた

 「先生…伝令が来てますよ。壕の方にお戻り下さい」

 上地はる看護師が呼びに来て腰を上げた

 上原美智子ちゃんと島袋安子ちゃんが羽子板をしているのが視線を横切った

 もうすぐ正月が来る


  第三外科壕に戻ると長浜ヨシ看護師と将校と思われる若者がいた

 「東南海地震において負傷者多数に付き先生のお力をお借りしたい。つきましては今より…」

 「ちょっと待ってください。ここにも負傷した兵員や町民が多数運び込まれています。正式な軍医でも無い医学部中途離脱者のわたしでもここではまだ必要です。ここを離れる訳にはまいりません」

 軍人の言葉を途中で遮るような事はこの時代には御法度だと後で気づくがいつもの調子が出てしまった

 「本部壕の方に応援要請してまいります。失礼致しました」

 将校は駆け出して行った

 【東南海地震】という名称は二十一世紀でも使われている名称で違う地震を指すのだがこの時代の【東南海地震】は【昭和東南海地震】と呼ばれていたはずである【遠州沖大地震】と軍部が呼ばない理由は軍需工場の被害状況などの情報が連合国に漏れることを恐れての事だろう

 知花看護師が心配そうに俺を見ている

 「先生…軍に逆らったらダメですよ。」

  吉川看護師が口を開いた

 「三月には手榴弾を配るそうですよ。二発って話です。一つは敵にもう一つは…」

 「やめなさい」

 俺は吉川看護師の言葉を遮った

 「死ぬ事はいつでもできる。できる限り生き残って欲しい」

 俺は堪らなくなって、自分の部屋へ戻って柄にもなく泣いた

 何もできない自分を呪って

 悲しそうな瞳をした少女が、部屋を覗いておにぎりを置いていった

 一ヶ月前に看護師として働き出したばかりの看護助士

あの胸を負傷して手術をした少女

 渡良瀬 小梅ちゃん 小鈴さんに良く似た少女である

 退院して一週間後から看護師として働き出した

 本当によく働き、よく勉強をする賢い少女

 俺は年甲斐もなく淡い恋心すら抱いていたが同時に小鈴さんへの裏切りのような気がして自分を責めてもいた。

 こんな時代で、もう二度と逢えない彼女を思い出して


 一眠りして外に出た

 日が落ちて沖縄といえどかなり寒い

 昼間の係争がウソのように辺りは静まりかえっている

 思わず深いため息が出た

 かすかな物音に振り返ると昼間伝令に来た将校らしき人物が見えた

 乾いた高音の発射音と共に左胸が焼けるような感覚を覚えて俺は仰向けに頭から倒れた 『撃たれた?』

 駆けていく靴音が遠ざかる

 「先生!」

 小梅看護助士が駆け寄ってきて俺の顔をのぞき込んだ

 『かわいいなぁ』

 などと呑気に想いを馳せている場合では無いのだけれど、痛みも感じていない

 「だれか!だれか!先生が…先生が!」

 小梅看護助士が助けを求める声に死を連想してきた

 「大丈夫よ。手伝ってくれる?小梅ちゃん。わたし、先生を助けに来たんだから」

 聞き慣れた懐かしい声に目をこらしたけれど、暗闇に紛れて顔を確認する事は出来なかった。

 両手、両足を掴まれて手術室とは到底言えない洞窟内の一室に運ばれながら、やわらかく包み込むような懐かしい香りに包まれている

 白色電球が灯った瞬間、俺は声にならない声を上げると意識を失いかける

 『小鈴さん?…小梅ちゃんと小鈴さん?本当に良く似てる…』

 「いい?小梅さん。この手術は他の人には頼めないし見せられない。あなたとわたしでやるしか無いの。怖くても不安でも。言う通りに動いてね。」

 「わかった…でも、先生は心臓を撃たれてる…どうやって助けるの?」

 「でもってのは無し。とにかく頼んだ事をしてくれれば良いから。この人は大丈夫よ完全内臓逆位症だから。心臓は右側にあるの。肺が損傷しているからバルーンで塞いで他の損傷箇所の消毒と縫合をするね。大丈夫よ。あなたなら出来る」

 『何をしようとしているかは理解できるけど、この時代にカテーテルは無いし、バルーンって。それに…』

 今までは全く感じなかった痛みが鋭く強く大きく襲ってきて気が遠くなった

 そして、そのまま意識を失って感覚を失ってしまった



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