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フィクション 沖縄戦  作者: 冬乃 兎
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2019年

2019年 十二月八日 自衛隊中央病院

 手術を終え手術室から出た俺はスマートフォンを確認した

 着信が2件、おふくろと小鈴さんからだった

 小鈴さんに折り返すが出ないのでおふくろに折り返す

 「武漢で新型肺炎が感染拡大しているので小鈴さんは日本へは帰れないって言うんでわたしの方で香典とお悔やみの方はやる事になったから。どうもSARSかMARSっぽいらしいから。小鈴さんの専門やからね」

 微妙に関西弁の入り交じるおふくろ

 「おやじは?」

 「知らん。あん人、電話通じへん。」

 ああ…いつもの感じ…おやじに連絡が取れるようなら大抵は命に危険がある紛争のまっただ中…平和な地域だと定期連絡以外は繋がらない事が殆どだ

 「俺は…どうすれば良い?」

 「普通に勤務しときぃ。わたしが全部やるさかい。日本に帰っとる間は暇やから」

 「いや、小鈴さんの事。帰ってこれないって、いつまで?」

 「誰に聞いとるんや?そんなん自分で聞け。情けない奴やなぁ」

 言いたい事だけ言うと電話は切れた

 『いつになったら結婚出来るんだろ…』

 テレビを付けてはみるが、感染症の事は報道されていないようで[尾上菊之助さんが歌舞伎公演【風の谷のナウシカ】に出演中トリウマから転落。夜の部の公演中止というニュースが妙に耳に残った

 『トリウマって何?』

 風の谷のナウシカのナウシカは小鈴さんのイメージに近いとずっと思っていた

 出会ったのはセスナのライセンスを取るために行った小さな飛行場

 飛行服姿の小鈴さんはまさにナウシカそのものに思えて一目惚れしてしまい、いきなり交際を申し込んだ自分自身に驚いた

 恋愛には本当に無縁で臆病だった俺の唐突なプロポーズに小鈴さんは「単独初飛行の時に呼んで下さる?」と粋な返事をしてくれたのはとても良い思い出だ

 正直な話、俺がなんと言って交際を迫ったのかは正確には思い出せない

 どうしても声を掛けたくてすれ違いざまにかけた言葉だったからだ

 いたたまれずに小鈴さんに再度電話をかけてみると十数回目に繋がった

 「どうしたの?何かあった?」

 心配そうな声が耳を吹き抜けた

 「声が聞きたかった」

 まさに高校生のようなそれが口をついて発せられる

 自分自身が非情に恥ずかしい

 「ごめんね…帰れそうに無いの…本当にごめん…」

 30分ほど話しただろうか…話した内容は頭に残っていない

 ただ、小鈴さんの声のトーンだけが胸に染みこんでいった


1944年 十一月七日 第三外科壕

 少女の退院の日

 COVID19の症状は軽度なものに留まったままで無事に退院の運びとなった

 俺がこの時代のここに飛ばされた理由が何なのかは分からないが、少なくとも意味があった唯一の事例だろう

 現時点で他の患者に関しては、俺が居ても居なくても大した変化はなかったと思われる

 むしろ、COVID19の蔓延を招き、日本中を苦しめてしまったのではないだろうか?

 なんてことを考えながら病室へ行くと少女と、その母親がにこやかに振り返ってからこうべを垂れた

 「ありがとうございました。大変お世話になりました」

 「これが仕事ですから。お気遣いなく」

 これは照れ隠しでしかない

 お世話をしていたのは看護師たちであって俺じゃなく、俺は殆どの期間、病気に征圧されてベッドで身動きすら出来ないガリバーでしか無かった

 唯一してあげられたのは子守歌代わりの昔話ならぬ未来話だ

 本来これは医師の仕事では無いし、そもそも『そういう話はしてはいけなかったのではないか』と今更ながらに考えてしまう

 「先生…来週からよろしくお願いしますね」

 太陽のような笑顔を残して、少女はきびすを返すと第三外科壕を後にした

 『来週?…』

 疑問だけが残った

 外へでて遠ざかる母娘を見送りながら看護師たちに疑問を投げかけてみた

 「来週って、何かあります?」

 高笑いを上げながら看護師たちは持ち場に散っていった

 俺だけを残して

 「毎朝の吉野ですが、お時間良いですか?親子のインタビューは終わっていますので、先生のコメントをよろしくお願いします」

 新聞記者だ

 「良いですけど、紙面は1枚になったでしょ?先週からでしたっけ?スペースはあるんですか?」

 十一月一日付けで新聞朝刊は2ページに削減されていた

 「ウソのニュースばかりではですね…取材しても意味が無いんですよね…ご理解下さい…」

 すまなそうな顔をしているが、内心に何かを秘めていそうな若い記者という印象を残す

 実のところ俺はこの戦争が来年に収束する事をこの男に告げる事を考えていた時期があった

 戦争や軍部に対する意見を聞かれたのがきっかけだったが、この時代で当たり障りの無いコメントに終始する事を選択した

 あと十ヶ月やそこらで戦況を変える事は無理だと判断した事も大きかったが、日本が勝つなんて事になる方が百倍恐ろしかったからだ

 日本が勝つ、すなわちナチスが勝利する事に他ならない

 それは日本のみならず社会の崩壊を位置づける事態だと


 考えを巡らせる暇もなく、吉野記者から耳打ちされた

 「フランクリン・ルーズベルトが四選目を果たしましたよ。おっと、それとスターリンが革命記念日の演説で我が国を侵略国家と批難したそうですわ…戦争は勝った方が正義です。負けたら悪にされます。先生はどう思われますか?」

 「今日ですか?」

 確信に触れるのを嫌い受け流しておいた

 「記事にはなりませんけどねぇ…大本営には勝てませんよ。わたしらみたいなペーペーの記者では特にね」

 口惜しそうな表情のままきびすを返し、吉野記者は立ち去った

 俺は渡された名刺に一瞥をして財布へしまい込んだ

 【政治部 吉野孝史】

 彼との出会いが俺の判断に大きな迷いを生じさせる要因となる事を俺はこの時点で意識はしていなかった


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