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第70話:恐るべき存在

 戦況に変化が生じはじめた。

 これまでパンダールの中軍を押しつぶしていたルーキンとレアンの軍だったが、その勢いに陰りがみえはじめたのである。ルーキンは必死に励声を発したが、進攻は止まり、やがて逆に押し返されるようになった。

 兵が攻め疲れた、というのは理由としてあるだろう。だが、疲労はパンダール兵も同様のはずである。それよりルーキンが気になっているのは、


――今までとパンダール兵の目の色が違う。


 ということである。兵の士気の高さが、以前とは違い過ぎる。パンダール軍に何があったのかルーキンには分からない。が、兵たちを奮い立たせる変化があったのは間違いなく、その変化がパンダールの兵に疲労を感じさせなくしているはずである。


――援軍の存在か。


 と、はじめルーキンは思った。援軍の存在は確かに勇気づけられるものである。だが、それだけではない、という気迫がパンダール兵から立ちのぼっているように、ルーキンには見えた。

 先陣に立つルーキンは、敵兵を槍で突き倒しながら、目の前にいるパンダール兵ではなく、何か別の巨大な存在と戦っているような感覚におちいった。その存在が、パンダール兵を奮い立たせているに違いない。


「何だ。敵陣に何がいるというのだ」


 ルーキンは返り血を拭いながら、内心で不安を口にし、パンダールの中軍をにらんだ。

 実は、そのルーキンの恐れに似た感覚は正しかった。ルーキンの視線の先、パンダールの中軍のさらに背後、つまり後軍にルーキンが恐れる存在がいたのである。

 後軍は中軍のまうしろに位置し、直接戦闘には加わっていないが、伝令をひっきりなしに往来させ、戦況を収集している。ルーキンが本能的に予感したその存在は、後軍の馬上から全体の戦況を遠望していた。


「左右の軍とも、なかなかやるではないか」


 そんな嬉しそうな声にこたえたのは、くつわを並べているパンダール王国宰相アルバート=パンダールである。


「敵はこちらを包囲しようとしていましたが、レイモンド候とヘイエル将軍がみごとな用兵で敵の思惑を封じています」


「ふむ」


 そう言って頷いたのは、誰あろうパンダール女王キュビィ=パンダールであった。キュビィはみずから援軍を率いてこのササールまでやってきていたのである。

 ドルフィニア軍が侵攻するや、ササールを守るレイモンドは、すぐさま急使を王都へ送って援軍を要請した。その報に接したキュビィは、にわかに顔色を変えると、玉座から立ち上がり、


「わらわが行って、レイを助ける」


 と決然として言い放ち、かたわらの財務大臣ハロルド=ギュールズに援軍の準備を命じた。

 キュビィの暴走を制止するのがギュールズの重要な役目である。これまでも何かと理由をつけては、ササールへ行きたい、と駄々をこねるキュビィを、くりかえし諌止かんししてきた。

 しかし、このときばかりは、さすがのギュールズも何度も頷き、


「あのオルフェン候が救援を求めてきた、ということは、王国の危機が迫っているということです」


 と言い放ち、すぐさま援軍の準備を整えた。さらに、キュビィに付き従う将を選出しなければならないが、その人選もレイモンドの希望があったため、その通りにした。

 こうして群臣に見送られて王都を出たキュビィは兵を急がせ、まっしぐらに南下し、レイモンドが整えた道を経てササール城に入った。

 新たなササール城を見るのは、キュビィにとってこの時がはじめてである。レイモンドらに迎えられたキュビィは、兵士の手前もあってか、はしゃぐような仕草は見せず、


「殺風景な城――というより、まだ砦だな」


 と苦笑しながらレイモンドの肩に手をおいたあと、兵士たちに向かって、これまでの健闘を称えるねぎらいの言葉をかけた。それに応えるようにササール城全体が揺れんばかりに歓声があふれた。兵たちの感動は筆舌しがたいものであっただろう。

 そのあとすぐ開かれた軍議において、キュビィは、城から出てドルフィニアとの決戦に挑む、というレイモンドの策に賛成した。


「人と人とが争うことはしたくないが、相手が兵を向けてきたならば、相応の対応を取らねばならん」


 キュビィは諸将にそう言った。大陸を魔物から奪還することはパンダール王国の悲願であり、そのための障害は、相手が人であっても揺らぐことはない、と宣言したということでもある。

 こうしてササール軍はキュビィの率いる援軍を加え、ドルフィニアにたいする迎撃の兵を出したのである。

 ここまでの戦況は、すべてパンダールの狙い通りにはこんでいる、と言っていい。ドルフィニアの中央の軍は優勢に乗じて、かなり突出した格好になっている。パンダールは、この時を待っていた。


「陛下、そろそろ良い頃かと思います」


 アルバートは、となりで戦況を見つめるキュビィに声をかけた。キュビィは小さくうなずいた。


「よいでしょう」


「では」


 キュビィに向かってうなずくと、アルバートは中軍へと伝令を走らせた。反撃に転じよ、という中軍の将への指令である。伝令の兵を見送ったアルバートは、


「しかし、たった一人の将の存在によって戦況が変わるなんて、少しドルフィニアが気の毒になります」


 と、率直な感想を口にした。


「わらわに刃向う不届き者に、温情など不要です、兄上」


 キュビィは冷笑とともに、兄であるアルバートをたしなめるような言いかたをした。そう言われたアルバートは苦笑を返すしかない。しかし、やはりドルフィニア兵が気の毒に思う気持ちは変わらなかった。


「あのマスター・シバと戦うなんて、悪夢でしかない」


 アルバートはキュビィに聞こえないように言いながら、首をふった。レイモンドに指名され、キュビィとともに援軍を率いてきた将は、王国軍の師範代であるマスター・シバであった。その彼が、実は中軍の将であり、さらには最後尾に居て反撃の機会を今や遅しと待っていたのである。





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