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第63話:南北開戦

 

 ドルフィニア城内は異様な雰囲気となっていた。王の正式な後継者となったアラン=クロスは、いまだに茫然自失といっていいほどに覇気がなく、それに取ってかわるように、宰相となったロルフ=バグアーノがすべてを取り仕切っているため、あたかも彼の王朝であるかのようでさえあった。

 朝議の席上で、バグアーノが、


「今こそパンダールを攻めるべき時です」


 と献策しても、アランは生気のない蒼白な顔のまま出兵の理由も聞かずに、


「宰相にお任せします」


 と言うだけ、という始末だった。

 これには、さすがに多くの王臣が眉をひそめた。


――殿下は大丈夫なのか。


 父であるヴィクトールが倒れ、その快復が望めないなか、気持ちがふさがるのはわかる。だが、正式に後継者となったからには、王の代わりを果たす責任がアランにはある。いまだに沈鬱のなかにいては、国民の心が離れていってしまうのではないか。そんな言葉にならない不安が、臣下のなかに広がっていた。

 それとは対照的に、バグアーノは躍動している。さっそく、アランに成り代わって命をくだした。


「軍務大臣ウォルス=ルーキンに命ずる。魔王駐留軍と協力し、パンダールを征伐せよ」


 ルーキンは、高揚した顔で、高らかに返答した。

 だが、群臣の思いは複雑であった。友好の使者を送ってきたパンダールへ、返書も送らずに攻め入るというのは、はたして正しいことと言えるのか。そのうえ魔王駐留軍とともに攻めるとなれば、先の大敗を忘れるわけにはいかず、また、そのときに結ばれたはずの魔物とパンダールとの三年間の不戦協定をも破ることになる。つまり、パンダールへ兵を入れる正当な理由など、ひとつとして存在しない。

 多くの王臣がそう思っても、すべてがバグアーノの元部下である大臣らは、誰もパンダール侵攻を反対しなかった。むろん、パンダールを仇敵きゅうてきと思っている魔王駐留軍の司令官レアンに異存はない。むしろササールでの敗戦を挽回するべく、闘志をたぎらせた。こうして朝議の大勢が決してしまえば、フルック=フラッドのいない評議員など、飾りものに過ぎない。口をはさむ余地のない彼らは、まるで他人事のように朝議の光景をながめていた。

 こうして、ドルフィニアは魔王駐留軍とともに出兵し、北へと向かった。目標は、まずササールにいるパンダールの軍勢である。

 総大将はルーキンであり、セシル=クロフォードが副将となった。さらには、クロフォードの妹であるミシェルも兄の属将として加わっている。

 だが、ミシェルはそもそもこの出兵に反対であり、命じられたがゆえに、しぶしぶ従軍している。彼女はパンダールの使者であるグゼット=オーアらが、いまだに拘束されたままであることが許せなかった。


「友好を求めにきた使者を捕えたうえに、その国に攻め込むなんて、兄上は恥ずかしくないのですか」


 烈火のごとくクロフォードに怒りをぶつけたミシェルは、それ以来、兄と口をきいていない。べつにクロフォードが出兵を決めたわけではないので、ミシェルの怒りは八つ当たりといっていいだろう。が、ミシェルからしてみれば、前宰相だったクロフォードが手をこまねいていることが腹立たしかったのであろう。

 妹にそっぽを向かれた格好のクロフォードは、だから、という訳ではないが、使者の処遇を改善させるべく、宰相補佐官におさまったドーファンを頼った。

 パンダールと敵対したときから、オーアら使者は捕虜と立場が変わっている。だが、彼らはただの捕虜ではなく、パンダール側に王女アンジェリカを捕われているため、のちのち重要な外交の切り札となりうるのである。


「彼らの身の安全を、確かなものにしなければなりません」


 依頼されたドーファンは、バグアーノにそのように重要性を訴えて、認められた。

 オーアらは、賓客の部屋から地下牢へ連れて行かれるところだったが、それは寸前でまぬがれた。オーアらの身柄は郊外の屋敷に移され、そこで軟禁されることになった。その移動には、出兵するまえのクロフォードが立ち会った。


「どういうことですか」


 周囲を兵に囲まれたオーアは、そうクロフォードに聞いたが、異常事態であることがはじめからわかっているような顔つきであった。彼らは、王ヴィクトールが倒れた日から一切の情報が遮断されたため、ドルフィニアに起こったことを何も知らないはずである。だが、あまりに突然の変化に、


――何か異変があったのだ。


 と、疑念をもったに違いない。

 さすがにクロフォードの答えは苦しくなった。


「今は耐えて頂きたい。決して悪いようにはしない」


 いつもは騒がしいグレイとククリも素直に従い、周囲を睨みつけながらも、黙って兵らの誘導にしたがって歩いた。おそらく、おとなしくしていろ、と、オーアから厳命されているのだろう。

 オーアらが屋敷に入ると、その周囲には兵が重厚に配置された。クロフォードは去り際に、申し訳ない、という顔をオーアに向け、


「何かあったら、ドーファンという宰相補佐官を頼ってください」


 と耳打ちした。が、無表情のまま、オーアは頷きもしなかった。

 ちなみに、ドルフィニアを離れるクロフォードは、もうひとつ手をうっていた。それは、アランの兄、ドルフィニア第一王子の身の安全である。いまバグアーノは権勢を掴みつつある途中の段階であり、まだ完全に掌握しきったとは言い切れない。もし、彼を討ち果たすべく立ち上がる者がいれば、かならず第一王子を担ぐであろう。そうなれば、後継者争いとなるのは必至であり、パンダールを攻めるどころの話ではなくなってしまう。そのため、彼をバグアーノの管理下にしっかりと置いておく必要がある。

 これもドーファンがバグアーノに献策し、採用された。第一王子は、オーアらが軟禁されている屋敷のとなりで、同じく兵の監視下におかれることとなった。


――これで後顧の憂いは多少ましになった。


 クロフォードは北へ向かう馬上でそう振り返った。あとの事はドーファンに任せておけばよい。

 一方、北へと攻め上る連合軍のなかで、魔王駐留軍を率いているのは、司令官のレアンである。クロフォードは、ゲオウを将に加えるように要望したのだが、ゲオウは先のササールにおいて、戦わずに舞い戻る、ということをしており、けっきょく選ばれることはなかった。そのため、魔物の陣容はすべて狼族で統一されている。

 そんななかで異質な存在が、魔鼠まそ族のムーリムである。ムーリムはパンダール侵攻が決定するやバグアーノに近づき、怪しげな目を光らせて、奇怪なものを勧めた。

 アランを迷わせた魔導剣である。

 バグアーノは一目見るなり魅せられてしまい、あるだけの魔導剣をムーリムから受け取ると、それをルーキンにさずけ、兵の装備とするように命じた。さらにムーリムは、


「魔導剣の成果、この目で確かめたく、ドルフィニア軍に加わることをお許し下さい」


 と、鼻をうごめかせて願い出たが、上機嫌のバグアーノは喜んで許した。

 ドルフィニア軍中でムーリムは兵たちに冷たい目で見られていたが、彼自身はそれを意に介したふうでもなく、のんきに従軍している。

 ところで、実は、軍中の異質な存在はムーリムだけではなかったのだが、それは巧妙に息をひそめていたため、このときには誰にも存在を知られていない。

 そんなドルフィニアの連合軍は北上を続けた。パンダール軍がいるササールまでは、通常ならば十日ほどの行程であるが、ルーキンはみごとに行軍を指揮し、八日あまりで砦らしきものが遠望できるところまできた。

 いよいよ開戦は目前である。

 と、ここで、意外なことがおこった。

 行軍の速度をゆるめたドルフィニア軍に、突然、パンダール側からの使者がやってきたのである。ドルフィニア軍の存在に即座に気づき、先手をうってきたということであろう。

 驚いたルーキンがすぐに使者を引見した。

 たった一人で来た使者は、うやうやしく言った。


「人と人とが争うことは無益です。いますぐ兵をおさめて、ドルフィニアにお戻りください」


 使者は普通の兵士の身なりをしているため、戦場における伝令に近い。そのいでたちといい、口上の内容といい、ルーキンは、


――無礼だ。


 と思ったが、一応、礼儀をわきまえて、丁重にその申し出を断った。


「我々は強兵です。寡兵かへいであるパンダールこそ、王女を置いて、降伏なさってはいかがですか」


 むろん、本当に降伏勧告をしているわけではなく、いわば戦場における挨拶や、決まり文句のような類のものである。ところが、このパンダールの使者は、


「なるほど、確かにおっしゃる通りです。降伏するべきか、相談してきます」


 と真に受けたように答え、一礼するや自陣に戻っていった。

 あっけにとられたルーキンは、ややあって苦笑した。


「これから相談だ、などと、悠長なことだ」


 だが、これですんなりと降伏するようならば、兵を損耗させずに勝利できる。あわてて攻める必要を感じなくなったルーキンは、


「本当に降伏してくるか、少し様子をみよう」


 と言った。が、これにレアンは反対した。


「どっちが悠長だ。どうせ敵の拠点などたかが知れている。大挙して踏み潰してしまえばいい」 


 ごろごろと、うなり声をあげるレアンだが、ルーキンは冷静である。


「それは、相手の出かたを見てからでも遅くはない」


 という意見を曲げなかった。総大将はルーキンであるため、レアンは不承不承ながら反論をやめた。

 すぐさま攻撃にうつらない、ということで、全軍はまず陣営を固め、警戒をおこたらないようにして待機することとした。ここまで急いで行軍したわけではないが、兵たちは一息つける、ということで、ひそかに喜んだ。

 一日が過ぎたころ、再びパンダールの使者がやってきた。先と同じ兵である。


「降伏するという結論は出ませんでしたが、互いに捕虜を交換することで剣を収められないか、という案が出ました。こちらに戦意はありません」


 ルーキンは思わず失笑した。なんとも虫のよい話である。


「そのような条件は到底うけいれられない。降伏か、戦うか、だ」


 語気は強くないが、はっきりとルーキンは言った。声の底には強い意志がひそんでいる。

 使者は困ったような顔をした。


「私の一存ではお答えできません。が、もう一日、お時間をください。そこまでには、かならず結論をお持ちします」


 懇願するような言い方である。

 おそらく、ササールの将たちの意見は割れているのであろう。だとすると、降伏したい将がいるはずで、その将だけでもドルフィニア側に引き込める可能性がある。そう考えたルーキンは、


「わかりました。あと一日だけ待ちましょう」


 と言って、使者をかえした。ルーキンはちらりとレアンを見たが、


「好きにしろ」


 と不機嫌そうにレアンは言って、自陣に戻っていった。

 その日の夜、ルーキンは数名の兵を選び出し、密命を与えた。それは、夜陰にまぎれて相手の拠点に接近し、文書がくくりつけられた矢をうちこむ、というものである。文書は降伏勧告であり、ありとあらゆる甘言が書き連ねられているため、主戦派は意気消沈し、降伏を考えている将は背こうとするであろう。

 果たして、兵らはみな、矢文を打ち込むことに成功して戻ってきた。が、兵らはみな腑に落ちない、という顔をしている。


「相手の拠点が妙なのです」


 敵の拠点は、とても拠点と呼べるようなものではなく、低い土塁がめぐらされているだけであった。さらにその外周には、なんのためにあるのか、無数の丸太が突き立てられており、本気で防衛をおこなえるような拠点には見えない。それでいて、内部では火が多くたかれ、哨戒の兵たちの数もけっして少なくないなど、良くわからない点が多い。


「ふむ」


 報告を聞いて、ルーキンは要領を得ない、という顔をしたが、ひとまず密命を果たした兵たちをねぎらった。

 想像するに、ササールの兵を率いている将は防衛に自信がなく、そのため神経をとがらせて警戒を怠らないようにしているのではないか。そして、ドルフィニアの攻撃に対し、彼らは脆弱な拠点にこもるようなことはせず、迎撃の兵を出そうと考えるはずである。


――さらに、いま、降伏するかどうかで揺れている。


 もしササールの将たちの意見が降伏で統一されれば、明日にも勝利できるので、それが最上である。そうならなくても、降伏する将が出てくれば、ドルフィニアの優位は絶対的なものになる。そのどちらにもならなかったとしても、少なくとも相手の士気を下げることができるだろう。

 必勝を確信したルーキンは、ひそかに微笑した。

 翌日、これまでと同じようにドルフィニア軍は待機し、ササールの降伏を待った。が、陽が高くなっても、使者はあらわれない。はるかに見える敵陣にも変化はない。レアンは真っ先にれはじめたが、ルーキンは動かなかった。敵に戦意があれば、迎撃の兵を出すはずであり、それが認められないいま、まだササールの将たちは降伏するべきかどうかを協議している段階だといえるだろう。

 そう思っているルーキンだったが、結局、陽が沈んでも降伏の使者はやってこなかった。


「どういうことだ」


 ルーキンは冷静さを保ったまま、つぶやくように言った。その声に答えたのは、これまでひと言も発していないクロフォードであった。


「敵の策ではないでしょうか」


 ルーキンは頷いて、クロフォードに話の続きをうながした。


「敵が使者を送ってきた狙いは三つあると考えます。ひとつは、こちらの陣容を確認すること。もうひとつは、わざと降伏を考えている、と言って我々の油断を誘うこと。そして、最後のひとつは、単純に時間かせぎをして、備えを万全にすること、ではないでしょうか」


「では、昨夜、矢文を撃ち込んだのは……」


「無意味だったことになります」


「……なるほど」


 納得したルーキンは、すぐに思い描く敵の姿を修正した。敵はおびえた弱兵などではなく、したたかな知将である可能性がある、と。このあたりの冷静さは、ルーキンが優れた将であることの証しといっていいだろう。


「慎重に攻めなくてはならないな」


「そう思います」


 大きくうなずいたルーキンは、すぐに全軍に総攻撃を命じた。


「遅すぎるわ」


 そう叫んで大笑したレアンは、魔物を率いササールの砦めがけて猛進した。ルーキン、クロフォードらも、それと並走するように、急速に軍を進める。

 意外にも、ササールの砦からは迎撃の兵がでない。


――籠城するつもりか。


 ルーキンはもう敵を侮っていない。通常、籠城は援軍の望みのあるときにするものである。堅牢とはいえない砦にこもる、ということは、使者を往復させて稼いだ時間を使って、援軍をたのんだとみるべきであろう。となれば、砦を力攻めし、援軍が届く前に決着をつける必要がある。ササールと、ササールの北に位置するパンダール王都との間の移動日数を考えれば、時間は充分にあるといっていい。 

 

「正面から攻める」


 攻城戦は包囲することが基本であるが、ルーキンは勢いを重視した。包囲すると兵力が分散するため、一点に集中して突破しよう、という試みである。

 砦に接近すると、たちまち矢がドルフィニア軍に降り注いできた。が、矢数は多くない。


「ひるむな、進め」


 ルーキンは兵を励まし、みずから先陣に立った。飛来してくる矢を、剣で次々に叩き落としていく。その脇を抜けるように、無数の巨大な狼が追い抜いて行った。狼は速い。たちまち土塁に取り付いて駆け上がり、砦の内部に入り込もうとした。が、ことごとく跳ね返された。


――敵兵が土塁の向こう側で待ち構えているのか。


 例えば、土塁の向こう側に、やりなどを持って兵が潜んでおき、塁を越えようとした狼を突き落としていく。はじめルーキンはそう思ったが、無数の狼たちがあまりにもきれいに土塁から滑り落ちていくのを見て、さすがに、


――おかしい。


 と思い始めた。これは間違いなく、先に魔物の大軍が壊滅したことに関係があるはずである。ここでルーキンに迷いが生じた。このまま攻め続けるべきか、それともいったん引くべきか。

 ルーキンの判断によっては、数百年ぶりに人と人が剣を交えることとなった、このドルフィニアとパンダールの戦いの結果も、違うものとなっていたかも知れない。



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