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第62話:南方の雄②

 クロフォードから宰相の座を譲り受けたバグアーノは、叙任されるやいなや、気心の知れた自分の部下たちをつぎつぎと大臣にすえた。そのなかには、もちろん腹心であるルーキンも含まれている。武官である彼は軍務大臣の高みにのぼることになった。

 確実に自らの地歩を固めたバグアーノであるが、ドルフィニアを完全に掌握するためには、そもそも三つの障害があると考えていた。

 その第一が宰相クロフォードであったのだが、その危惧は彼が真っ先に宰相の座を明け渡したことで消散した。

 ところで、軍務大臣となったルーキンはクロフォードを高く評価しており、


「クロフォード殿を要職につけるべきです」


 と献策したが、バグアーノは容れず、結局、クロフォードは将軍のひとりとして落ち着くことになった。これによってクロフォードは宰相となる前の状態にもどったことになる。

 二つ目の障害は評議会の存在であった。

 かねてより評議会の発言力は強い。これまで、いかに王と王臣が政略をたてようとも、評議会の意見によって簡単に曲げられてきた。これでは本当の意味でドルフィニアのための政治を行うことなどできるはずもない。


――ドルフィニアのもっとも劣悪なところだ。


 そう思っているバグアーノは、評議会で最大の力を持つフラッド議長に狙いをさだめた。フラッドさえ排除してしまえば、評議会などどうとでもできる、というのがバグアーノの見立てである。

 そんなふうに思案をめぐらせているところに、王の補佐官ともいうべきドーファンがたずねてきた。

 突然の珍客に、何の用なのか、といぶかしんだが、奇しくもクロフォードは評議会の発言力を削ぐべきだ、と、バグアーノが考えている通りの話を説いてきた。


「評議会の結束は、かならずしも強いものではありません」


 評議会は豪商たちによって構成されているが、彼らがすべてフラッドに心服しているかと言えば、そうではない。フラッドは、自らが利益を独占するように取り計らうことがしばしばあり、そのため他の評議員は反感をつのらせていたのである。

 こうした商人勢力の内情を、ドーファンはつぶさに語った。


――商人どもを売って、私につくか。


 目を細めたバグアーノは、ドーファンに対する悪印象を持っていない。それというのも、ドーファンは領地の鉱山で出た利益の一部を、ひそかにバグアーノに届けていたからである。もっといえば、鉱山から最初に産出された鉄で二振りの剣を作らせ、その一つを王ヴィクトールに献上し、もう一つをバグアーノに贈るという気配りを見せていた。ドーファンがそんなことをするのは、彼の所領がバグアーノの統治する南方の一部を譲り受けているためであり、利益を渡すことによって不興を買わないようにする自衛の策である。


――用心深い男よ。


 バグアーノはそんな目でドーファンを見ている。だが、そんなドーファンも、いまの立場は微妙であった。南方の鉱山を与えられてはいるが、ドーファンはあくまでヴィクトール王の個人的な客分のような存在であり、正確には王臣ではない。ヴィクトールが倒れた今、王城内にドーファンの地位を確かにしてくれる者はいない。一方でドーファンの背後に商人勢力の存在がある、と言われるが、これもバグアーノが評議会の力を削いでしまえば、たちまち足元が崩れることになる。

 つまり、ドーファンは彼ら商人を裏切ってバグアーノを頼ってきたか、そうでなければ、フラッドの失脚を願う商人の差し金、といったところだろう。


――おそらく前者だ。


 そう見定めたバグアーノは、ドーファンに温情ある顔を向け、大きく頷いてみせた。


「たしかに、私は王権を強めたいと思っている。フラッド議長がその座から降りれば、主導権は必ずこちらのものとなるだろう」


 ドーファンは頷きかえし、声を低くした。


「私に命じて頂ければ、フラッド議長を解任させてご覧にいれます」


 おそらく、バグアーノの力をもってすれば、フラッドを議長の座から追い落とすのは不可能ではない。だが、それを表だって行わないことに、ドーファンの提案の意味がある。それに、ドーファンが商人勢力とつながりがあるのならば、それこそ適任であろう。そこまで理解しているバグアーノは、口の端をあげて、


「資金の心配はしなくていい。必要なだけ言ってくれ」


 と言って、当面の資金として充分すぎるであろう額をドーファンに授け、退かせた。あとは復命をまっていればよい。


――仮にドーファンがしくじったとしても、奴と無関係であるという顔を決めこみ、他の者を使えばよい。


 バグアーノがそんなことを考えているうちに、はたして、フラッドが評議会の議長を解任された、という話が聞こえてきた。あまりの早さにおどろいたバグアーノはすぐにドーファンを呼びよせ、仔細を報告させた。

 ドーファンは評議会の面々に金を握らせて次々に口説き落としていき、ついに臨時の評議会でフラッドの解任を可決させた、と報告した。手法自体に目新しさはないが、驚嘆すべきはその早さにある。

 実はドーファンはバグアーノに会う前に、すでに評議員たちを説いて背かせていた。そのとき約束した金を、バグアーノから引き出したのである。当然、このからくりは報告から省かれた。

 そのフラッドはと言えば、解任が決まった評議会の席で悔しさをにじませながら、


「わしを蹴落としたお前らも、すぐに南方の商人に取って変わられるわ」


 と言い放ったものの、素直に議長を降り、以来、屋敷にこもって外にでなくなったという。

 報告を聞き終えたバグアーノはドーファンの労を賞賛しつつ、


――こんな謀臣が欲しい。


 と思った。バグアーノはみずから謀略をめぐらせることを苦手だとは思っていない。が、これからドルフィニア全体の運営に忙殺されることを考えれば、分身として動いてくれる人材は不可欠である。腹心であるルーキンは優秀だが、実直に過ぎるところがあり、謀計となると性格的に向いていない。いまになってヴィクトールが補佐官としてドーファンを手放さなかった気持ちが良くわかった。


「ドーファン殿は高位をお望みか」


 できれば近辺においておきたいと思ったバグアーノは、探るように聞いた。幸いにして、いかなる官職もいまのバグアーノには自由にできる。


「高位を頂けるほどの功を立てているとは思いません。が、できましたら、軍務大臣になられたルーキン閣下のもとへ行きたいと思います」


 ドーファンの願いは、バグアーノにとって意外であった。ドーファンは自ら剣を取って戦うようには見えず、それを望むようにも思われない。

 そんなバグアーノの心情を察したかのように、ふっとドーファンは笑顔を見せた。


「パンダールの古い時代から、外務をつかさどる役職は存在しませんでした。が、これからは必須となるでしょう。できれば、ルーキン閣下のもとで、そうした働きができれば、と思っているのです」


 かつてのパンダール王国は大陸全土を統治していたため、外交を行う官職は消滅してしまっていた。その体制を引き継いでいるドルフィニアにも、やはり外務を行う役職は存在しない。ただし、パンダールの場合は、反乱などがあって支配が及ばない勢力が発生したとき、その鎮静のために差し向けられた軍がその役割に近いことを行うことになっていた。つまり、外務らしいことを行うのは軍だけ、ということであり、その任に就きたいというのがドーファンの希望である。

 当然それが分かっているバグアーノだが、即座には頷かなかった。

 ドーファンの言う外交の相手とは、おのずと現在のパンダールということになり、その専門の役職を据える必要がある、というのは理解できなくはない。とはいえ、バグアーノにはやはり自らのかたわらにドーファン置いておきたいという思いが強い。


「ドーファン殿の意向は良くわかった。ただ、外務に関しては私にも思うところがある。それゆえ、ヴィクトール王の補佐ではなく、私の補佐としてあらたに任命する、というのはどうか」


 そのために宰相補佐、という役職をあらたに設け、正式に王臣として迎えたい、とまでバグアーノは言った。そのうえで、南方の鉱山もそのまま所領として安堵されることとした。尋常ならざる厚遇といっていい。


「ご高配に感謝いたします」


 そう言って、うやうやしく礼をとるドーファンに、バグアーノは満足そうに頷いた。

 これで残る障害は一つである。さっそく、そのことをドーファンに諮問しもんした。


「パンダールと戦って、勝てるだろうか」


 パンダールを討伐し、ドルフィニアを大陸の覇者とすることがバグアーノの長年の悲願であった。魔王軍によって辺境に押し込まれたパンダールを見限り、かわってドルフィニアが大陸を制する。そうすることではじめて対等に魔王軍と対峙できるのである。今は魔物の足元にいるが、それは力をつけるまでの仮の住処すみかに過ぎない。そうバグアーノは考えている。

 ところが、いまパンダールは力を盛り返しつつあり、次々に魔物を破ってササールまで侵出し、使者までおくりつけてきている。はたして、今のドルフィニアの力でパンダールに勝つことはできるのか。


「今のままでは難しいでしょう」


 ドーファンはこともなげに言った。

 ササールに迫っているパンダール軍は、魔物の大軍を壊滅させている。もし、同じ規模の魔物の軍勢を送り込むならば、同じ結末が待っているだろう。これはドーファンに聞かずとも簡単にわかることである。

 この答えを予想していたバグアーノは苦笑した。


「どうやったら勝てるかを考えろ、ということだな」


 パンダールに勝つ方法がなければ、軽々しく攻めるべきではない。さらにいえば、バグアーノが目指すパンダール打倒を衆人に理解させられない。衆人の理解が得られなければ、本当の意味でドルフィニアを自らの意思に染め上げることはできない。バグアーノはそう考えている。すなわち、ドルフィニアを掌握するための第三の障害とは、パンダールを打倒するというドルフィニア内の意思統一にほかならない。

 ドーファンは少し考えてから、


「ただ、魔物の軍は敗れていますが、人の軍は敗れていません」


 と言った。すなわち、ドルフィニア軍を差し向ければ、勝機がある、ということである。

 さきのササールでの戦いでは、魔物の大軍が全滅させられている。もし、ササールの軍が魔物に対する備えがあるとしたら、それを破ることができるのは人間の軍勢ではないか。そこに想到したバグアーノは思わず、おお、と声をあげた。人が魔物に及ばない、という意識が強すぎるために、本来、いくさとは人と人とが戦うものだ、という当たり前のことが見えなくなっていた、ということであろう。

 バグアーノはひざを打った。


「よし、ドルフィニアの兵を出そう。魔物とドルフィニアの連合軍でパンダールを攻める」


「では、駐留軍のレアン司令に出陣の依頼をしましょう。私とルーキン閣下、それからクロフォード将軍にお命じください」


 クロフォードの名をきいて、バグアーノはわずかに表情を変えた。が、パンダールを攻めるとなれば、将のひとりは必ずクロフォードになるであろう。よし、と頷いてドーファンに下命した。

 すみやかに退出したドーファンは、ルーキンのいる軍務大臣の部屋に向かった。その口元には、冷ややかな笑みが浮かんでいた。



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