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第61話:政変①

 途端に騒がしくなった周囲を、ドルフィニア第二王子アランは茫然と見ていた。


――どうしてこうなったのか。


 アランの頭の中は、その言葉だけが幾度も繰り返された。あの魔物の鼠にそそのかされ、父ヴィクトールに持ちかけた話。それがすべての発端だった。


「パンダールを攻め滅ぼし、魔王と共に大陸を治めるべし」


 魔鼠族ムーリムが魔導剣をちらつかせながら言ったその言葉を、父と二人きりのときを見計らって、アランはそのまま話してみた。突如として激昂したヴィクトールは、いったん立ち上がったかと思うと、そのまま前のめりに倒れ、動かなくなった。そして今も眠ったまま目を覚まさない。


――このまま目覚めることはないかも知れない。


 医者がそう言ったとアランは聞いたが、果たして本当にそう言われたのかさえ自信がなかった。認めたくない事実であった。このままヴィクトールが息を引き取れば、父を殺したのは子であるアラン自身だということになってしまう。無論、余人がその事情を知ることはないが、だからといって罪の意識と無縁でいられるほどアランの精神は図太くできていない。

 しかし、そんなアランをよそに周囲は目まぐるしく動き回り、気づいたときには、アランはドルフィニアの正式な王位継承者にまつり上げられていた。


「これからは病の王に代わり、政務を行っていただく事になります」


 そう告げにやってきた宰相セシル=クロフォードの声は、やけに事務的であるようにアランには思われた。が、それを言い咎めるような気は、アランにはなかった。

 アランは深く息をついた。


「私は何をすれば良いのですか」


 アランの声に自然と気だるさが混じる。クロフォードはそれを気に留める風でもない。


「まずはパンダールへ親書を返すことからです。あとは現状停止している細かい承認作業を行うかたわら、新たな人事案をまとめていくことになります」


「人事案?」


 つぶやきのような小さな声でアランは聞き返した。


「私も含め、現在の大臣たちはすべてヴィクトール王が任命なさいました。殿下が王位継承者を経て次王として立つならば、新たに組織する必要があるでしょう」


 クロフォードは顔色を変えることなくそう言った。

 アランが次王として立つ。それはすなわちヴィクトールが死ぬこととほどんど同義である。


「父の回復に随分と悲観的なのですね」


 怒りよりも、冷たい笑いがアランに込み上げてきた。ヴィクトールの死が当然のことだと思っている宰相に、用済みとなった王の末路を見た気がした。が、権力とはそういうものなのだろう。


「先王の例もあります。常に最悪の事態を考えておかなくてはなりません」


 先代のヴァーノンは、かつて自らがドルフィニア王として即位するその日、群臣が見守るなか突然に昏倒し、そのまま意識が戻らずに眠り続け、ついに目を覚まさなかった。その時かわりに立ったのが子のヴィクトールなのである。病は親子で似ることがある。クロフォードが言う先王の例とは、そのことであった。


「クロフォード殿にお任せする」


 アランは再び深く息を吐き出すと、すべてを諦めたように重い首を振った。




 アランを正式な王として立てることに反対意見がなかった訳ではない。最も強く反対したのは商人勢力の筆頭であり、評議会議長のフルック=フラッドであった。

 アランを推す声が大多数の群臣を前に、一部の評議委員とともに第一王子が継ぐべきである、と主張した。その主張は、長兄である第一王子を立てるほうが自然である、というのがその論拠のすべてであったのだが、さすがに政治経験のまったくない、しかも病弱な王子を立てるのには無理がある。アランを推す圧倒的多数の声の前に、フラッドを除く評議委員もつぎつぎに抵抗の意志を失っていき、結局、フラッドが口をつぐんだ時点で決着がつくこととなった。

 ところが、このことがフラッドには、よほど許せなかったらしい。


「お前は何もわかっていない」


 アランが後継者と決まったその日の真夜中である。突然、フラッドはクロフォードの屋敷におしかけるや、皺だらけの顔を怒りに真っ赤にさせ、噛みつかんばかりにそう言ってきた。


「間違いなくお前は用済みになる」


 こうまでフラッドが執念を見せるのには、とうぜん理由があった。それは、南方経営大臣であるロルフ=バグアーノの存在である。バグアーノは補佐に第二王子アランを従え、一部の例外を除き南方経営を一任されている。アランが後継者として立てば、当然、バグアーノが重用されるのは明らかであり、それがフラッド議長には我慢ならないらしい。


「今からでも遅くはない。お前が反対派をまとめバグアーノと争うのだ。そのためなら金を出そう」


 さすがにクロフォードは顔色を変えた。


「滅多なことはおっしゃらないほうがいい」


 フラッドが気にしているのは、商人勢力の主導権を南方出身者に奪われることだろう、とクロフォードは見定めた。南方経営は基本的に中央の資金に依存せずに行われている。おそらく南方商人の経済基盤をバグアーノはしっかりと押さえているのだろう。


「バグアーノ殿は長らく南方を治めてきた実績があります。私は喜んで宰相の座をお譲りするでしょう」


 それはクロフォードの本心であった。が、それがフラッドの怒りの火に油を注いだらしい。フラッドの顔がさらに真っ赤になった。


「意外と骨のある奴かと思っていたが、やはり腰抜けか。そんなことではヴィクトールも浮かばれぬわ」


 フラッドは散々に怒鳴り散らしたが、やがてクロフォードには何を言っても無駄だと気づいたのであろう。なおも怒りがおさまりきらない様子でクロフォードの屋敷から帰っていった。

 再びクロフォードの周りに夜の静寂が戻った。


――王も浮かばれぬ……か。


 無論、ヴィクトールはまだ死んだ訳ではない。だが、再び目覚めることは望めないらしい。クロフォードは深く息をつくと、目を閉じ、自らの椅子に深く身体をうずめた。

 こういう時を、クロフォードは想像したことがなかった訳ではない。報に触れたとき、絶望と悲しみに心が支配されるものだと、ぼんやりと想像していた。だが、現実に王が死に瀕している状況になってみても、不思議なことに、クロフォードの心はいたって平静であった。むしろ冷静であることに気づいた驚きのほうが大きかったかも知れない。

 生気なく横たわるヴィクトールを実際に目の当たりにしても、感情に変化はなかった。

 その後のアランを後継者を立てるための動きも、クロフォードは無意識のうちに行ったといって良かった。それはドルフィニア王国という巨大な生物を生かし続けるためだけの単純作業に他ならなかった。思わずクロフォードは自嘲した。


――自分は自分が思っている以上に冷酷な人間なのかも知れない。


 王が死の淵にあってさえ、涙はおろか眉ひとつ動かさない自分を思うと、そう感じないではいられなかった。

 そのかわり、クロフォードはフラッドの言うような様々な政治事情はすべて排除し、政争が起こらないうちにアランを擁立することができた、と思っている。いまドルフィニアが内部闘争を行うなど自殺行為に他ならない。フラッドへも説明したが、バグアーノとアランは南方を統治してきた実績があるのだ。


「南方……か」


 そういえばドーファンはどうしているだろうか、と不意にクロフォードの脳裏に浮かんだ。

 王の特別補佐官というべき彼は、それこそ王に影のように付き従っていても良いはずであるのに、しばらく姿を見ていない。以前ドーファンの屋敷をたずねた時は留守だったが、そのときは南方の鉱山へ視察に行っている、ということだった。

 クロフォードは無性にドーファンに会いたくなった。そして気づけばクロフォードの足は彼の屋敷へと向かっていた。


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