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第60話:猫と鼠

 ドルフィニアは、交易のみ、という制限を設けてパンダールとの国交を開始すると決定した。あとはドルフィニア王ヴィクトールの返書を、パンダールの使者であるグゼット=オーアが持ち帰りさえすれば良い。

 歓迎の酒宴も滞りなく終わった翌朝、ただちに返書を用意しようとしたヴィクトールだったが、そこに待ったをかける声があがった。


――敗戦以来、まだ魔王からの使者は来ていない。それを待ってからでも良いのではないか。


 こうした意見を出したのは、第二王子であるアランであった。

 彼が言うのは、ササールにおける敗戦ののち、まだ魔王からの使者が一度も来ていないため、いったんその口上を聞いてからパンダールへの返書を用意しても遅くはないだろう、ということである。もちろん、魔王には今回の交易を報せる使者を走らせており、あらかじめ誤解を招かないようにしてはあるのだが、いかに魔王に利があると説いたところで、果たしてどんな不興を買うかわからない、とアランは言いたいらしい。

 さらに、アランはあえて触れなかったが、捕虜となったアンジェリカの件もある。魔王側がドルフィニアとの同盟関係を保つために新たな条件を出してくるのかも不透明なままであった。

 水を差された格好のヴィクトールだが、息子アランに同調する声が王臣と評議会の者からあがり、その数は決して少なくなかったため、さすがに耳を貸さない訳にはいかなくなった。


「だが、いつ来るか分からん使者を待つわけにはいかん。すでにこちらから出している使者が戻るのを待つ、というのでどうだ」


「結構です」


 アランはそう言って、父に向かい礼をとった。互いに感情のまざらないやり取りである。おそらく、実の父子という個人的な面を、政務に持ち込みたくない二人なのだろう。

 そんなことを考えているクロフォードの方へ、王ヴィクトールは視線をまわすと、


「という事だ、宰相よ。ご使者には、しばらく城に逗留してもらうことになりそうだ」


 と苦笑した。クロフォードはわずかに眉を寄せながらも、仕方なくうなずくより他にない。

 利がある以上、魔王はパンダールとの交易を認めるはず、という自信がクロフォードにはある。が、オーアらの滞在が長引くということに、言い知れない不吉さを覚えていた。なにより、そのことをオーアらに伝えなければならないことが、実に気が重かった。


「――というわけで、申し訳ありませんが、しばらくここでお待ち下さい」


「それは構いませんが……」


 オーア、そしてグレイとククリは、城内に用意してもらった来賓の部屋に宿泊していた。そこへ訪ねてきたクロフォードの話を聞き、オーアらは当惑した表情を浮かべた。


「使者が戻るのは、いつになるのです」


 オーアが聞くのも当たり前であろう。自然、クロフォードの答えは苦しくなる。


「遅くて、二十日ほどかと」


「二十日?」


 それは長い、とオーアだけでなく、グレイ、ククリまでが不満の声をそろえた。だが、考えてみれば、ドルフィニアから魔王のいる旧王都まで急いで往復しても、確かにそのくらいは平気でかかってしまう。


「しかたありません。こちらで待たせて頂くほかありますまい」


 オーアはため息まじりに言った。

 返書を持ち帰らなければ使者の役目を完遂したとは言い難い。たとえ、いったん手ぶらで王都まで戻ったとしても、どのみちまたオーアがドルフィニアに返書を取りに行くか、または、ドルフィニアが返書の使者を立てる必要が生ずる。その往来の日数を考えても、やはり二十日程度はかかってしまうだろうから、それなればオーアらがドルフィニアで待っていたほうがよっぽどましである。

 しかし、グレイとククリは納得がいかない、と不平を鳴らした。


「二十日もじっとしてたら、気が狂っちまう」


 想像しただけでそうなるのか、二人は身体中のあちこちをかきむしった。


「こら、クロフォード殿を困らすんじゃない」


 いつものようにオーアに叱られたグレイとククリは、首をひっこめると舌を鳴らして、不承不承ながらその圧力に屈した。


「ご不便をおかけします」


 心苦しいクロフォードは、そう言って謝し、再び三人に頭を下げるのであった。

 魔王からの連絡を待つ間、オーアら使者には引き続きドルフィニア城内に部屋があてがわれることとなったが、クロフォードのはからいによって、彼らが軟禁状態にされることはなかった。事前に許可は必要となるものの、オーアらは、ある程度は自由に出歩ける自由が与えられたのである。

 ところが、そんな気遣いなど気にもかけないグレイとククリは、暇を持て余すあまり、ドルフィニア軍や魔王駐留軍を見たいと駄々をこねだした。さすがにそのあたりは機密であって、軽々しく他国の人間に見せる訳にはいかない。

 大弱りするクロフォードの目の前で、当然、やんちゃな二人の頭上にオーアの怒声が落ちたのだった。


 そうしてオーアら使者に気をかけながら、クロフォードは空いた時間でドーファンに会おうとした。それと言うのも、わずかに生じた疑念めいた考えを、どうしてもはっきりさせておきたかったからである。


――私をオーア殿に引き合わせたのは、ドーファンではないのか。


 それを問いたかった。だが間が悪いことに、ドーファンはいつ尋ねても留守つづきで、ついには南方の鉱山へ視察に行ってしまい、結局、会うことはかなわなかった。




 魔王の使者がやってくるまでに二十日、とクロフォードは予想したが、果たして、十日を待たずに使者がやってきた。しかも、やってきたのは使者だけではなかった。先のパンダールとの戦いで敗れた駐留軍も一緒だったのである。

 その駐留軍を率いているのは、あの蜥蜴とかげ族の将軍ルドーであった。

 ルドーはササールの地で解放されたのち、兵たちを率いて魔王のもとへと帰還した。だが、本来ならば兵はドルフィニアの駐留軍なわけで、ドルフィニアに戻さなくてはならない。ところが、面倒なことに、もともと駐留軍を率いていたはずの将ゲオウを罷免してしまっているため、やむなくルドーが敗残兵を率いなければならなくなってしまった。そこで魔王城に戻ったルドーは、ちょうど出るところだった使者を伴って、わざわざドルフィニアに兵を返しにやってきた、というのである。

 どうやらルドーは敗戦の責を厳しく追求なされなかったようだが、自尊心が邪魔するのか、それとも長距離移動の連続にうんざりしたのか、そのあたりの事情を一切口にせず、駐留軍司令官のレアンに兵を引き渡すと、


「委細は使者に聞け」


 と言い残し、さっさと帰っていった。のちにその話を聞いた同じく蜥蜴族のゲオウは、


「さすがに恥ずかしくて俺の前には出てこれぬらしい」


 と、大いに溜飲を下げ、満足そうにクロフォードに語ったのだから無邪気なものである。

 しかし、ドルフィニアにとって重要なのは、魔王の使者である。

 魔王側が使者として立てたのは、魔猫まびょう族という、人ほどの大きさの猫が立って歩いているような姿の魔物であった。光沢のある黒い毛で全身が覆われ、漆黒のその姿はさながら影が動いているかのようであった。しかし、ただの影でないことは、妖しい光を放つ左右の金色の目と銀色の目を見ればすぐにわかる。だが、この魔物をさらに特徴付けているのは、身体全体の輪郭が、人間の女性のそれに近いことであった。

 そんな猫の魔物はドルフィニア王に面謁すると、


「ニュイと申します。魔王陛下のお言葉をお預かりしてきました」


 と、魔物には珍しく丁重に挨拶をした。姿かたちだけでなく、声色もまた他の魔物とは違って女性を思わせる柔らかさを含んでおり、その場にあった者すべてが驚いた顔を見せた。

 なお、余談ではあるが、クロフォードの妹のミシェルは無類の猫好きであり、この魔王の使者の話を聞くに及んで、


「飼いたい……」


 と兄クロフォードにねだったという噂が、まことしやかに囁かれた。

 それはともかく、ニュイと名乗った漆黒の人猫は、ヴィクトールに対して滑らかに魔王の意向を伝えた。


――先の敗戦は不問。アンジェリカ姫の受難においては甚だ遺憾ながら、両国の変わらぬ友誼を約されたし。また、ドルフィニア王におかれては、パンダールと宜しく交易し、富を重ね、その動向を探られんことを望む。


 一同から、驚きに似た喜びの声があがった。いまニュイが言ったのは、魔王側による全面的な肯定であり、ドルフィニアにとって、あまりに好意的な魔王側の意向である。

 もちろん、クロフォードなどは魔王側の理解が得られるものと自信はあったが、それでも、魔王からの叱声くらいは聞かされるものと覚悟していたところであったため、やや拍子抜けした感もなくはない。だが、もちろん理解を得られたこと自体は喜ばしく、ホッと胸をなでおろす気分であることもまた事実であった。

 ともあれ、これでドルフィニアが直近で抱えていた外交問題は、見事なまでに霧散したことになる。


「いやあ、魔王の理解を得てすっかり安心した。ご使者よ、誠に大儀でありました」


 ヴィクトールは手を叩かんばかりに喜んで、ニュイの労をねぎらった。

 ニュイの猫の顔からは、他の魔物同様、表情を見分けることはできない。だが、望外といっていい魔王の柔軟な対応には、何かしらの理由があるに違いない。

 クロフォードは、ニュイの愛くるしい猫顔の向こうに、まだ見ぬ魔王の表情を探ろうとした。


――まさか、魔王は本当にパンダールを恐れ始めているのではないか……。


 そうしたクロフォードの考えは、城から下がって帰宅したのち、例によって夜半に突然来訪してきたゲオウの話を聞くに及んで、ますます信憑性を強めたように思われた。


「パンダールは魔物の動きを封じる術を操るらしい。司令がルドーからそう聞いたそうだ」


 ゲオウは酒のにおいとともにそう言った。ルドーは兵を引き渡すと、すぐに魔王のもとへ引き返した、というが、こうした情報交換は多少なりともなされていた、ということなのだろう。

 クロフォードは鼻をならすと、ゲオウの杯に酒をつぎ足した。


「ゲオウ、嘘をつくならもっと上手いことを言え。それとも、もう酔ったのか?」


 クロフォードはそう冗談めかしてまた笑ってから、自らのグラスに口をつけた。ゲオウの言ったことを、ほら話だと思ったのである。が、ゲオウは真剣そのものであった。


「そんなことでもない限りあの軍勢が敗れるなど考えられん。それに、全軍が捕虜にされたんだ。動きを封じられた、というのは、まさしく辻褄つじつまが合うように思えないか?」


「ゲオウ、やはり君は酒に弱くなったらしいな」


 まともに取り合わない風のクロフォードだが、内心、ゲオウの話には、ひょっとしたら、と思われるところがある。彼の言うとおり、それほどの奇跡でも起こさない限り、魔物の軍勢をそっくりそのまま捕獲するなど、どう考えても間違いなく不可能である。クロフォードがレアン司令に対して推論を語った、『パンダールを勝利に導いたからくり』とは、まさにこの術のことだったのではあるまいか。もしそうならば、魔王がドルフィニアに対して柔和な対応をしたことも頷ける。すなわち、この得体の知れない術を魔王は恐れているのだ。


――とすれば、この術は魔物を駆逐する切り札となりうる。


 クロフォードは、魔王の支配からドルフィニアが脱却することを目指している。魔物を封じる術が本当に存在するとすれば、対魔物戦において決定的な武器となるだろう。そんな術の正体を魔物に見極められるというのは、実に不利に働くに違いない。

 クロフォードのなかで、魔物の前で術の核心に触れるべきではない、という意識がはたらいた。それは、目の前にいる友、ゲオウに対しても同じであった。そして、友だからこそ、自らの立場をはっきりとさせなくてはならない。クロフォードはそう思った。


「ゲオウ、私は君を、友だと思っている」


「いきなりどうした。気持ちの悪い奴だな」


 ゲオウは怪訝そうな声を出すと、落ち着きなく顔中を撫でまわした。もしかしたら、照れているのかも知れない。


「ひとつ、はっきりさせておこうと思ってな」


 もったいぶるようなクロフォードだが、ゲオウは黙って続きを待っている。


「私はこのドルフィニアを、いつか魔王の支配から独立させようと思っている。その時、魔物が立ちふさがろうが、私は戦う。それがゲオウ、君であってもだ」


 しん、と部屋が静まり返った。ゲオウはじっとクロフォードの目を見ている。あいかわらず、心のうちが表情に出ない蜥蜴の顔である。その顔を覆う灰色の鱗が、燭台の明かりをぼんやりと反射させていた。

 ふいに静寂を破ったのはゲオウだった。


「何を言うかと思えば、そんなことか。お前は人間なんだから当たり前だろう。そして魔物である俺は、当然、魔物のために命を使う」


「ゲオウ……」


「まあ、そうは言っても、現状のドルフィニアは魔物と同盟関係だ。来るかどうか分からない先の事を考えるよりも、今こうやって美味い酒を飲んでいることのほうが、俺には重要だな」


 ゲオウはそう言って手にした杯の中身を飲み干し、大きく息をついた。クロフォードの方へ、酒のかわりを要求する手を差し出しながら、


「ところでな、宰相閣下。今回やってきた使者は、あのニュイってお嬢ちゃんだけじゃないらしいぞ。兵たちの中に、妙なネズミが紛れてるって噂をうちのジイが聞いたらしい。せいぜい用心するんだな」


 と、何事もなかったかのようにゲオウは言った。

 友情に触れたクロフォードは、ゲオウの杯に酒を満たしながら、自分が今どんな顔をしているのか分からなかったが、酒はわずかに塩辛くなったような気がした。




 ゲオウの忠告は、しかし、既に手遅れだったと言っていい。

 言った通り、魔猫ニュイとは別に、帰還した駐留軍には密使が紛れていた。その密使は既に標的とされた人物への接触を果たしていたのである。

 その標的とは、ドルフィニアの第二王子であるアランであった。

 アランは二十歳と若く、見るからに武勇の徒である父ヴィクトールに似ず、細身で華奢な体躯をしており、顔も細面で、やはり父に似ていない。それでもヴィクトールが任じた大臣と共に南方経営の一端を担っており、政治手腕としては今のところ大過なくこなしてきている。素直で純粋な心根をしており、なにより病気がちな第一王子とは違って健康であるということもあって、周囲からは次の王になると目されている。ただ、素直で大人しすぎるがゆえに、父ヴィクトールに魔物の使者を待つように提言するなど、やや保守的に過ぎるきらいがあると言えるかも知れない。

 ニュイがヴィクトールに面謁したその夜。アランは見慣れぬ魔物が自室を尋ねてきた事に、警戒の色をあらわにした。だが、魔物の方はといえば、アランの冷やかな対応にも一向にお構いなしである。


「本日は王子に良いお話をお持ちしました。私はムーリムと申します」


 うやうやしく言う魔物は、とがった鼻の先を蠢かせた。ムーリムと名乗るこの魔物は、灰色の毛で覆われた、でっぷりと巨大なネズミの姿である。魔鼠まそ族、と呼ばれるらしい。

 そのムーリムは、背後に控えている同じく魔鼠族の配下に命じ、大きな木製の箱をアランの前に用意させた。人ひとりが、そっくりそのまま入るくらいの大きな木箱である。

 アランはうんざりしたような目でムーリムを見た。


「話を聞く気はありません。お引取り願えますか」


「いやいや、せめてお話だけでも聞いてください。聞いてくださるだけで結構ですから」


 ムーリムはすがるような上目づかいでそう言った。まるで胡散臭い行商人の押し売りである。

 アランはあきらめた風に小さくため息をもらすと、手振りでムーリムに話すよう促した。ムーリムはそれで気を取り直したのか、胸を張って話しはじめた。


「ここに用意しましたのは、殿下にとって、いや、ドルフィニアにとって至宝となるに相違ないものであります」


 そう言って、ムーリムは箱をいかにも大事そうになでた。もってまわった言い方に、アランは辟易したように眉をゆがめる。


「それで、箱の中身は一体なんなのです」


 アランの問いかけに、ムーリムの小さな目が妖しく光った。ムーリムの合図で、配下らが箱のふたを開ける。そこには赤黒く鈍重そうな棒状のものが納められていた。数はおおよそ十本前後だろうか。それぞれが鈍く光を反射させている。


「殿下は魔法を信じますか?」


 唐突な問いである。アランはかぶりを振った。


「まあ、当然でありましょうな。ですが、それは言葉を発する魔物を前にしては、いささか矛盾しているきらいもありますが、そもそも人間というものは……」


「話は手短にお願いします」


 ムーリムの無駄話を、アランがぴしゃりと遮った。ムーリムの鼻がまた、ひくひくと動いた。


「いいでしょう。これは、魔導剣と申しまして、先に申し上げた魔法の力を帯びた剣でございます」


 そう言ってから、ムーリムは箱の中から一本を取り出した。よほど重いのか、彼の細い腕に力がないのか、随分と苦労して持ち上げている。良く見れば、確かに剣のような先の尖った形状をしている。だが、刃物というには、やや切っ先が丸みを帯びすぎている。


「さあさ、必見ですぞ」


 ムーリムはよろめきながらも、その棒を振り下ろした。いや、振ったというよりは、重さに耐えかねて、こつんと先端を床に落とした格好になった。

 が、ここでアランは目を疑った。

 ムーリムが振り下ろした剣から、たちまち炎があがったのである。その炎は次の瞬間には消えうせていたが、それでも、ごう、という火の手が上がる音がアランの耳にしっかりと残り、彼の顔には、じりじりとした熱気が伝わってきた。


――なんだ、これは?


 アランは言葉も失って茫然となった。そんな彼の様子を、ムーリムは鼻を動かして愉快そうに見ている。


「いかがです。正真正銘、魔法の力を持つ剣だとお分かりでしょう。私の力では小さな火しかおこせませんが、殿下が力強く振れば、敵を火だるまにできるほどの業火、これをおこすことさえ不可能ではありますまい」


 得意げに話すムーリムは、手にした魔導剣をアランに手渡した。アランは取り憑かれたような目でその刀身をめつすがめつ見入った。


「よもや、くだらない詐術にかけようというのでは……」


 疑うような口ぶりのアランだが、彼が魔導剣を半ば信じようとしていることは、その目を見れば分かる。当然それを見抜いているムーリムは、


「もしまだお疑いでしたら、お試しになられればよろしい。ただし、思い切り試されるなら後ほど、他に燃え移るものがなく、かつ人目につかない場所にてなさってください」


「軽く試す分には、ここでも問題ないでしょう」


「無論です」


 ムーリムは品のない笑い声をたてた。アランはその笑い声にそそのかされたように、手にした剣をゆっくりと振った。ゆるやかな剣の軌道を追いかけるように、またしても中空に分厚い炎が浮かんで消えた。


「素晴らしい……」


 ふたたび魅入られたように魔導剣を眺めていたアランだったが、やがてハッと気づいたようにムーリムを見た。


「それで……これは如何ほどするのです」


 恐る恐る探るようにアランは聞いた。これほどの剣である。当然、値が張るに違いない。ムーリムは、ひひ、とまた下品な声をあげると、


「私は魔物ですからな、金など要りません」


 と、鼻先から左右に飛び出している髭をひくつかせ、上目でアランを見た。


「それより、殿下にお願いがあるのです」


 素直すぎるアランは、まるで操られたかのように、こくり、と首を縦に振った。

 ドルフィニア王ヴィクトールが倒れた、という話が飛び交ったのは、翌朝のことであった。



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