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第7話:暗闇の死闘

 東の洞窟の最深部。

 グレイ、ククリ、ヒューの三人は、閉ざされた部屋で、大モグラと対峙していた。


(こんなヤツ、どうやって倒したらいいんだ……)


 目の前のモグラは、体長5メートルは越す化け物である。

 怖いもの知らずのグレイも、さすがに、まともに戦ってはとても勝ち目は無いようにに思えた。

 

(だが、コイツには、弱点がある)


 今までの攻撃のパターンから考えて、このモグラはどうも大きな音にだけ反応するようである。

 そこに何か勝機が見出せないだろうか、とグレイは考えた。


 極力音を出さないようにしているグレイに対し、モグラは鼻を動かして、こちらの位置を探っている。

 だが、すぐに攻撃してこないところを見ると、それだけでは、グレイの場所までは分かっていないようである。


(やはり音だ)


 グレイが、ククリとヒューを見た。

 二人とも、黙ってうなずく。おそらく、二人もこの特性に気づいているのだろう。

 グレイは音で引き付け、その隙に斬りつける作戦を思いついた。

 試すだけの価値はある。


(よし!)


 グレイは覚悟を決め、音を立てないように慎重に壁際に移動する。

 壁際まで来ると、そこで大声で叫んだ。


「こっちだ!! モグラ野郎!!」


 グレイは、叫びながらガンガンと剣で地面を叩いた。


 モグラは、うなりをあげて声のする方向、すなわちグレイに向かって猛スピードで突進する。

 これにあたると、命の保障はない。グレイの全身の神経が張り詰める。


「くっ!」


 すかさず横へ飛び出す。ズウン、と地面を揺るがす音。それはモグラが壁に激突した時のものであった。

 グレイは何とか、モグラの攻撃をかわす事に成功した。

 壁にぶつかった衝撃で、モグラの動きが止まる。


「今だ!! 食らいやがれ!」


 その隙に、一斉に三人が斬りかかった。

 モグラの背中に、グレイとククリの剣、そしてヒューの槍が突き刺さる。


 グオオオオ!!


 モグラは叫び声と共に、腕を散々に振り回して暴れた。まるで大木が振り回されるような凄まじい破壊力である。

 その腕に振り払われ、三人は吹き飛ばされた。


「わあっ!!」


 有無を言わせぬモグラの怪力に、三人の身体は軽々と、宙に浮き、そして地面に叩きつけられる。

 

「イッテテテ……」


「なんてえ力だ」


 グレイが起き上がると、同様にククリとヒューも、痛む箇所を押さえながら、無事に起き上がった。

 幸い、三人とも大きなダメージは受けていない様子だ。


 そして、肝心のモグラは、背中のダメージのせいか、まだ苦しげに暴れまわっている。

 今なら、声を出しても、すぐさま襲い掛かってはこないだろう。

 その間に、ヒューが忙しく口を動かした。


「こうやって、少しずつ斬って弱らせるしかないのか? そう何度もあの突進は避けられないぜ」


 確かに、何度もあの体当たりをかわし続けるのは、至難の業だ。一度でも失敗すれば、間違いなくあの世行きである。


「他に何か方法があるってのか?」


 そう答えるククリの声は苛立っている。

 生き残りをかけた、決死の戦いである。三人の表情は厳しいものになっていた。

 しかし、グレイはヒューの意見に賛成であった。


「いや、ヒューの言うとおり、このやり方は上手くなかった。体当たりを何度も避けるのも難しいが、斬りつけた後の、あの腕も危険だ。近づいて戦うのは得策じゃない」


「近づけない、となると飛び道具か……」


 ククリはつぶやいた。しかし、あいにく言った本人も、グレイも飛び道具は持っていない。


「オレは、手槍がある」


 ヒューはそう言って、背中から、短めの槍を取り出した。

 手槍は、通常の槍よりも短く、軽くできている投擲用の槍である。

 ヒューがいつも使う武器は大槍だが、それとは別に投擲用の短い槍も装備していた。

 これなら、剣よりも離れて戦う事ができる。


「よし、ヒュー。お前が遠目から手槍を投げろ」


 グレイが言う。


「でも、ここに来る途中で結構使ったから、あと2本しかないぞ」


 そのヒューの声と同時に、モグラは再び、三人の方へ向き直り、体勢を低くした。まさに突撃の構えである。

 議論をしている時間は無くなった。


「いいから早く投げろ!!」


 たまらずククリが叫ぶ。

 その声に弾かれるように、巨大モグラが向かってきた。


「くそ!」


 ヒューはやけくそ気味に、全速力のモグラへと渾身の力で手槍を投げた。

 手槍は勢い良く飛ぶと、まっすぐにモグラの顔に突き立った。


 その声と同時に、再びモグラの絶叫が響き、顔を抑えてもがきだした。

 だが、巨大なモグラ相手では、致命傷にまでは至らない。


「だめだ、手槍だけじゃあ、こいつは殺れない……」


 ヒューの落胆の声。

 グレイは、そんなヒューを励ます。普段は嫌な奴だが、今は自分達の命も掛かっているのだ。


「あきらめるな。これでまた少し時間が稼げる。その間に、方法を考えるんだ」

 

「でも手槍は最後の一本だぞ?」


 最後の手槍を見せながら、ヒューはグレイに言った。

 松明に照らされるヒューの表情には、焦りの表情が見て取れる。

 確かに、残りの一本でこのモグラを仕留めるのは、無理がある。とはいえ、近づくと、強烈な腕の攻撃が待っているため、この遠距離攻撃に頼むしかない。


 しかしその時、モグラは顔に刺さった手槍を抜き取った。まもなくダメージから回復するであろう。

 次の攻撃まで、残された時間はあとわずかである。


「おい、ヒュー! 次、来るぞ! 手槍を構えろよ!」


 ククリが怒鳴る。

 そのククリに、ヒューも怒鳴り返す。


「オレにばっかり言いやがって! お前らこそ、他に武器は持ってないのか!?」


 確かに、今のところヒューの遠距離攻撃頼みである。

 グレイは、もっと装備を充実させておくべきだった、と悔やんだが、この期に及んではどうしようもない。


「残念だが、ない」


 グレイは首を振った。


「俺はもう、火起こしに使う油しか持ってない」


 ククリは背負っている袋を指して言った。


(油……?)


 グレイの脳裏に、一筋の光が差した。

 これは武器になる。

 時間が無いため、グレイは早口に、声を飛ばす。


「ヒューはあいつに最後の手槍を投げてくれ。そうして苦しんでいる間に、ククリは油壺をモグラの頭にぶつけるんだ」


「それでどうするんだ!?」


 ヒューが聞く。

 だが、もうモグラは三人の方へ身構えている。


「説明している時間はない!とにかく、信じろ!」


 グレイは叫んだ。

 その声が契機のように、モグラは後ろ足を何度か蹴ると、こちらへ突進してきた。

 相変わらず、すさまじいスピードだ。


「勝手にしやがれ!」


 ヒューは、猛然と向かってくるモグラめがけて手槍を叩き込んだ。

 モグラの動きは直線的なため、外れる事なく、手槍は敵の頭をとらえた。


「今だ、ククリ!」


「分かった!!」


 ククリは、手にした油壺を、モグラの頭に叩きつけた。

 甲高い音とともに壺が割れる。中の油がモグラに飛び散り、特有の臭いが鼻を突く。


(上手くいきそうだ。これで助かる!)


 勝利を確信したグレイの口元に、思わず笑みがこみ上げる。


「これで終わりだ!!」


 グレイは手にした松明を、そこへ投げ入れた。

 瞬く間に火の手が上がり、モグラの巨体は真っ赤な炎に包まれた。


「よっしゃあ!!」


 ククリが声をあげる。同時に、おお! とヒューも驚きの声をあげた。

 モグラは凄まじい勢いで燃え上がり、部屋内を照らす。松明とは比べ物にならない程の明るさである。ククリの投げた油の量はさほどでも無かったはずだが、このモグラの体毛に良く燃える性質があるのだろう。着火剤から薪が勢い良く燃える様子に良く似ていた。

 業火の中で、モグラは熱さから逃れようと転げまわった。獣が生きながらに焼かれる言いようも無い異臭に、思わず三人は口元を押さえる。


「これで、さすがのこいつも起き上がってこれないだろう」


 グレイは、臭いに耐えながら、次第に動きが弱まっていくモグラを見つめていた。


「いや、一応、とどめは刺しておこう」


 そういうと、ヒューは手にした槍を、火だるまになっているモグラに突き刺し始めた。

 何度か突くうち、モグラはやがてピクリともしなくなった。




「ようやく出られたな……」


 ククリは疲労感たっぷりに言い、外の新鮮な空気を胸いっぱいに吸い込んだ。グレイも思わず、ため息をつく。

 苦戦の末、巨大モグラを倒した三人だったが、部屋の出口は完全に塞がれてしまっていた。それを何とか掘り起こして、ようやく洞窟の入り口に戻ってきたのだった。


「案の定、誰もいやがらねえ。俺たちが死んだと思ってるんだろうぜ」


 ヒューが吐き捨てた。

 外はもう完全に日が落ち、夜空には星が出ていた。

 洞窟の入り口には、監視員のガルシュはおろか、ヒューの仲間の姿もない。


「やれやれ。誰か助けに来てくれても良さそうなもんだが。なあ、ヒュー」


 グレイは目の前で落胆している様子のヒューにそう声をかけた。


「……今まで一緒に戦ってきたってのに、薄情な奴らだ」


 ヒューは苦々しげに言った。

 そんなヒューの肩に、ククリが手を置いた。


「ま、でもこれで分け前が増えたじゃないか。オレたち三人で分けるんだからな」


「三人って、お前……」


 ヒューはグレイとククリの顔を見た。

 ククリは当然、という顔をしている。グレイも頷いた。


「ちぇっ、しょうがねえなあ。まあ、一応お前らにも助けられたしな」


 そう言うと、ヒューはさっさと帰り道を歩き出した。




 王都に戻ったグレイ達は、さっそくパンダールの酒場へと直行した。

 賞金をもらえる、と、足取りも軽い三人だったが、しかし、思いもよらぬ事態が起こった。


「あのう……、監視員がいないのでは、仕事は達成されたとは言えません……」


 困った顔で、申し訳なさそうに言う、受付の女性。


「何!? あいつが勝手にいなくなっちまったんだぜ!? そんなのあるかよ!!」


 ヒューはそれを聞くや、一気に頭に血を上らせて、怒りに任せて受付を怒鳴りつけた。

 あまりの剣幕に、彼女は半泣きになる。

 酒を飲んでいる連中も、しん、と静まり返り、その視線はヒューに集中していた。


「あの……、き、決まりですので……」


「決まりって、お前……!!」


 なおも怒声を浴びせようとするヒューを、まあまあ、とククリがなだめた。

 涙目の受付嬢に、グレイがすかさず事情を説明する。


「……という訳で、仕事は完遂したのだが、監視員は我々が死んだと思って先に帰ってしまった様だ。彼が無事に戻っていれば、詳しい事を聞いてもらえばいい」


「そ、そういうことでしたか。分かりました。確認を取りますので、明日またこちらに来てください」


 やれやれ、と肩をすくめて、グレイはヒューとククリを見た。

 しかし、ヒューはいまだに怒りが収まらぬようであった。


「あの状況から生還したんだから、モグラを殺ったって事は信じてもらえるだろ?今日もらえる金が、明日になるってだけじゃないか」


 ククリはヒューに言い含める。

 証拠となるであろう巨大モグラの死骸は、ほとんどが燃えてしまったため、持ち帰ることができなかったのである。あとは状況証拠から信用してもらうしかない。

 ヒューはグレイとククリをにらみつけると、舌打ちをして酒場を出て行った。


 しかし、次の日になっても、賞金が払われる事はなかった。

 またしてもヒューが詰め寄ったが、どうやら王国の方で、真偽に疑いを持っているらしく、再調査がかけられる、という事だった。


 三人が、ようやく賞金を手にできたのは、洞窟から戻って二週間後の事であった。




 パンダールの酒場。

 グレイ、ククリ、ヒューの三人は、待ちに待った賞金を受け取った。

 東の洞窟の賞金は、今までの金額とはケタ違いであっただけに、待った甲斐があるというものである。

 だが結局、その賞金は、三人ではなく、五人で分けられることになった。

 そう言い出したヒューに、はじめはグレイもククリも文句をつけたのだが、ヒューはこう言って譲らなかった。


「他の奴は逃げちまったが、やられたオレの仲間二人は、最後まで戦ったんだ。分け前をやって当然だろ?」


 そしてヒューは死んだ仲間の家をまわり、遺された家族に分け前を渡した。

 なんとなくついて行ったグレイとククリも、遺族の怒りと悲しみ、そして感謝の声を聞くと、文句も言えなくなってしまった。

 ヒューがこうした一面を持つ事を、グレイとククリは初めて知った。


「俺には家族がいないけど、遺された奴ってのは、ああなんだな」


 ククリがつぶやく。

 ヒューの仲間の家からの帰り道。

 三人の足は、自然とパンダールの酒場へ向いていた。


 グレイは、自分の両親が魔物に殺された時の事を思い出していた。

 年端もいかぬグレイを、必死に逃がそうと犠牲になった両親。

 その日から、グレイは、たった一人で生きていかなくてはならなくなった。


「お前、家族は?」


 グレイがヒューに聞く。

 ヒューは言いにくそうにしていたが、やがて口を開いた。


「……妹が一人いる」


「じゃあ、お前も死ねないな」


 ククリはそう言って、ヒューの肩に手を置いた。

 だが、ヒューはククリの手を払いのける。


「フン。俺は死なないさ」


 しかし、グレイには、そんなヒューの表情に思いつめたような影があるように見えた。


「誰でもそう思ってる。『俺は死なない』ってな。だが、俺はあの洞窟で、はじめて死を覚悟した。お前だってそうだろ?」


 グレイの問いに、ヒューは答えない。

 グレイはなおも続けた。


「お前が死んだ時、誰が妹にそれを伝えるんだ? 今日みたいに金を渡すんだ? あの逃げた連中か?」


「あんな奴ら、ただの人数あわせだ。……何だ、お前、俺に足を洗えって言うのか?」


 ヒューは立ち止まると、グレイに鋭い眼光を向けた。

 その様子に、ククリは、おいおい、となだめる。

 グレイは、フッと笑った。


「まさか。他に仕事なんか無いのは分かってるさ。そこで……どうだ? 俺たちと一緒にやらないか?」


「なに?」


 ヒューが怪訝な顔になる。

 ククリも、意外そうな顔をして、グレイを見る。ずっと反目していたヒューである。ククリの表情も、無理もない。


「ま、もっとも、お前さえ良ければ、だけどな。だが、お前がいつも人数を集めて仕事をやってるのは、妹の事があるからなんだろ?」


 ヒューは答えない。

 しかし、その表情から、おそらく図星なのだろう事が読み取れた。


「腕に信頼を置けない奴とやりたいなら、それもいいさ。だが、そいつらは、お前に何かあった時、助けてくれない。妹にも何もしてくれない」


「お前らなら、そうじゃないって言うのか?」


 ヒューは真剣な表情だ。

 試すようにグレイの目を見ている。


「少なくとも、今回みたいに生き延びればな。ま、俺が生き延びる保証もないけど」


 グレイはそう言ってニヤリと笑った。

 ヒューもそれを見て、小さく笑って答える。


「フン、まあいい。その件は考えておく」


「無理すんなって。ごちゃごちゃ考えず、今回みたいに一緒に暴れればいいんだよ。それで金も入るし。……そんなことより、オレは腹が減ったよ」


 そう茶化すのはククリである。彼は彼で、ヒューと一緒にやる事に関しては異存はないようだ。

 ククリの言葉に、ヒューは頷いた。


「そうだな。オレも同感だ」


 同感、とは、腹具合を言っているのか、一緒に仕事をすることを言っているのか。

 ただ、ヒューの表情は、なんだか吹っ切れたように、グレイには見えたのだった。


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