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第52話:使者①

  



 新たな城を築くにあたり、ササール候レイモンド=オルフェンは、まず周囲に結界を張り巡らせることからはじめた。

 宰相アルバート=パンダールの監督のもと、城を建設する地点をを中心として、城壁のようにらせん状に丸太を打ち込んでいくのである。そうしておいてから、中心部に先の戦闘で使用した大型のやぐらを立てた。ササールまでの行軍中、街道に嫌というほど丸太を打ち込んできた兵たちにとって、こうした作業は手馴れたものになっていた。こうして、まずは魔物の脅威を除いたのである。

 次に着手したのが、兵のための宿舎の建設である。

 宿舎、と言えば聞こえは良いが、単なるほったて小屋に過ぎない。それでも、長らく野営暮らしが続く兵らにとって腰を落ち着けられる場所ができるのは嬉しいことだった。長い遠征生活で兵らは疲労がたまっており、さらに長期間続くとなれば士気に関わってくる。兵舎の建設は、士気の低下を危惧する軍務大臣グゼット=オーアの提案だった。

 王都からの報が入ったのは兵舎がほぼ完成をみた頃だった。


「陛下は何と?」


 レイモンドの幕舎に集められた将のうちオーアがまず聞いた。一通り書状を読んだレイモンドはわずかに言いよどんだが、オーアへの眼差しを真剣なものにして、重々しく口を開いた。


「オーア殿にドルフィニアへ行くように、と」


 言われたオーアは驚くかと思われたが、さほど表情を変えずに、やはりか、と頷いた。


「使者、だな」


 自らに課せられるであろう役目を、オーアは想定していたらしい。レイモンドは黙って頷く。


「王都からの知らせには、陛下の親書も添えられています。内容は、ともに魔王を討つ意思があるかをドルフィニア王に確かめることです」


 レイモンドの言葉に、一同が息をのんだ。女王キュビィ=パンダールはドルフィニア王を認めたということである。みなレイモンドからそうした予想を聞かされていたが、実際にキュビィの言葉として耳にするのとでは重みが違う。自然、それぞれが複雑な表情を浮かべていた。

 ただひとりドルフィニアへの使者を命じられたオーアだけは、不敵に笑った。


「陛下の命とあらば、喜んで行くとしよう。ドルフィニア王がどれほどの者か、この眼でしっかりと見定めてくれる」


 武人らしく豪儀なオーアであるが、事はそう簡単ではない。

 ドルフィニア王があくまで魔王との盟約を守ろうとするならば、それと敵対するパンダールの使者は命の危険すらある。使者である以上は軍勢を率いていくわけにはいかず、わずかな従者とともに敵の真っただ中に立たされることになるのだ。

 不安そうなレイモンドの顔を見つけたオーアは、にっと白い歯を見せた。


「なに、古来より他国への使者とは命を賭すものだ。いわば兵を用いぬ戦も同じ。武人たるもの戦を前に死を恐れるものではない」


 オーアはそう言って笑った。

 本来ならば、オーアのような武官ではなく、弁舌や儀礼といったものに長けた文官が使者として立てられるのが普通である。女王キュビィがあえて武官であるオーアを選んだというのは、丞相という重職にあることだけでなく、パンダールの姿勢を柔弱なものに見せないようにするためと、彼のまっすぐな性格に期待してのことなのであろう。また、危険をともなう道中も、オーアの王国最強の武が必要となってくる。違う言い方をすれば、オーアに対するキュビィの信頼を裏付けるものだろう。

 そうしたキュビィの考えが分かるレイモンドではあるが、やはり不安を拭い去れない。何よりドルフィニアの出方がまったく分からないのがその不安を大きいものにしている。


「フラム、やはりアンジェリカ姫はまだ何も話さないのか」


 レイモンドは将フラム=ボアンにそう聞くが、フラムは力なく首を左右に振った。

 アンジェリカへから情報を引き出すのは、フラム=ボアンに任されていた。だが、アンジェリカはドルフィニアや魔王に関して口をかたく閉ざしたままであった。


「もともと口数の多いかたではないのですが、ドルフィニアや魔王について触れると、一言も話しません」


 不甲斐なさそうに言うフラム。だが、ただひとりフラムが悪い訳ではない。アンジェリカが王族である以上、手荒な尋問を行う訳にもいかない事情もある。むろん、強制的に情報を聞き出そうとすることをレイモンドが嫌っていることも理由のひとつではあるのだが。

 ともあれ、事態は悠長なことを言っていられなくなってきた。ドルフィニアの情報源は、いまアンジェリカのみなのである。

 レイモンドは少し考えるようにしてから、フラムに命じた。


「フラム、アンジェリカ姫をここに呼んできてくれ。この場で話を聞こう」


 はい、と答えてすぐにフラムが席を立とうとするのを、オーアが制した。


「待て。今さらあのお嬢ちゃんが何と言おうと、俺はドルフィニアへ行くぞ。それが陛下の命だからな」


「しかし、事前にドルフィニア王の人物や考え方を知っておくのも、交渉には必要です」


 レイモンドは食い下がったが、オーアの意思は変わらない。


「あのお嬢ちゃんが素直にしゃべるのであれば、そうだろう。だが今のままでは時間の無駄だ。それに、あくまで決定権があるのはドルフィニア王だ。実際に王に会ってみんことには何も始まらん」


 無論、アンジェリカから情報を得るのが必要なことだとはオーアも分かっている。そして、レイモンドにしてもオーアの言うことに理があることは分かっている。だが、敵対勢力の使者を殺す王というのはパンダール以前の歴史にはいくらでも存在する。ドルフィニア王がその例に漏れないとは限らない以上、レイモンドは、オーアを送り出す前にできるだけ不安を取り除いておきたかった。


「もしドルフィニア王が我らに敵意を持っていることがあらかじめ分かったなら、考えを変える必要もあるでしょう。オーア殿の身になにかあれば、それこそ争いは避けられません」

 

「レイ。悪いがさっきも言ったとおり、使者とは返らぬ覚悟をもって命を果たすものだ。俺の身を案じてくれるのは分かるが、ドルフィニアへは誰かしら行かねばならん」


 仮にオーアが行かなくても、代わりの誰かが使者として立つ必要があり、今度はその者が死の危険にさらされることになる。死んでも良い者などいるはずがない。感情だけでは物事を先に進めることはできない、とオーアは言っている。

 そのことが分かるだけに、レイモンドは何も言い返せなかった。

 ふいに幕舎が、しん、と静まる。居心地の悪い空気が満ち満ちたそのとき、沈黙を破ったのは、宰相アルバート=パンダールだった。


「友情とはいいものですね」


 と小さく言ってから、


「私にアンジェリカ殿と話をさせてもらえないでしょうか。それからオーア殿が出発したところで、遅くはないでしょう」


 と願い出た。


「何か策でもあるのですか、殿下」


 やや怪訝な顔でオーアが聞いた。心根の優しいアルバートが尋問に向いているとは考えにくい。まさか情報を聞き出すための結界術があるわけでもないだろう。

 対するアルバートは、いつものように微笑んでから、


「任せてください」


 とだけ言った。 

 

 


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