第6話:探索『東の洞窟』
パンダールの酒場。
連日の賑わいは陰りを見せず、その噂がさらに噂を呼んで、まさに千客万来といった言葉が相応しい。
最近の酒場での話題の中心は、登録者で誰が一番強いか、である。
「やはり、ロック=パタだろう。この前あいつが『六足熊』を引きずっているのを見たぜ」
『六足熊』は、王都周辺に生息する魔物の中で、もっとも凶暴な魔物である。
その名の通り、腕が4本、足が2本ある熊、である。
「オレはフラム=ボアンだと思う。元々は王都の兵士だったらしいから、剣さばきは凄まじいと聞く」
その他にも様々な名前がでるが、結局、いつも結論が出る事はない。
しかし、酒を酌み交わす者達の表情は一様に明るく、活気に溢れていた。
かつては、仕事がなく、うらぶれた毎日を送っていたのが嘘のようだ。
そんな店内に、二人の少年が入ってきた。
手には、六足熊の死骸をそれぞれ引きずっている。
それを見た店内の男達は、しん、と静まり返り、やがてざわざわとした声が広がった。
(あれ、グレイとククリだろ?)
(すげえ、六足熊を2頭だぞ)
(あいつら、まだ18かそこらじゃなかったか?)
そんな声を気にする事もなく、二人は仕事の報酬をカウンターで受け取る。
魔物狩りでもらえる賞金では、今のところ最高額となる銀貨15枚を手に、二人はテーブルについた。
「いやあ、疲れたな。何よりあの熊公が重いのなんのって」
とククリは首をぐるぐると回した。
「もしかしたら、もう少しランクの低い魔物のほうが効率が良かったりして」
グレイは苦笑気味に言うと、店員に食事の注文をした。
ククリも同様に自分のオーダーを伝える。
彼らは、すでにランクCまでを取得していた。
もちろん、昇格の早さは他の者とくらべても、トップクラスである。
酒を飲んでいた男達が噂していた、凄腕で鳴るロック=パタや、フラム=ボアンなどと、ほぼ同様のスピードであった。
「そろそろ、魔物退治以外の仕事をやりたいよ」
グレイはそう言うと、届いた肉のかたまりにかぶりついた。
「そうだな。中でも割のいいヤツを選びたい所だけどな」
ククリは汁麺をすする。
「東の洞窟の探索なんかどうだ?」
東の洞窟の仕事は、グレイが以前から目をつけていたものだ。
「でも、あれってヒュー=パイクも狙ってるんだろう?」
ヒュー=パイクは彼らとほぼ同年代の20歳の男である。
剣の腕はグレイやククリとほぼ互角な上、8人組のチームで動いているため、なかなか侮れない勢力になっている。
年が近いせいか、彼は何かとグレイ達にライバル意識をもっているようだった。
「ヒューなんて関係ない。オレたちが先にやっちまえばいいのさ」
「それもそうだな。じゃあ、さっそく仕事を貰って、明日出かけようぜ」
ククリはそう言って、碗の汁を飲み干した。
翌朝。
グレイ、ククリは東の洞窟に出発した。
東の洞窟、と呼ばれているが、実際は鉱山に開けられた坑道である。
かつては良質の鉱石を産出したが、現在では魔物が巣食うと恐れられている洞窟であった。
その坑内を探索し、そこに巣食う魔物を駆逐する、というのが仕事の内容である。
今回は、いつもの仕事とは違い、虚偽の報告をしないよう監視員が同行する。
監視員の名は、ガルシュといった。
ガルシュは王国から派遣された兵士である。
年齢は32歳なので、グレイ達よりもかなり年上だ。
王国兵士の胸当てを着け、なかなかに勇ましい見た目の男である。
三人は、東へ向けて歩く。
東の洞窟は、王都から3時間程の距離にある。
途中、道の荒れた森を抜け、橋のかかっていない川を越えなければならず、難所が多い。そのため、洞窟へたどり着くだけでもかなり骨が折れる。
しかし、山育ちの二人は、平然と先へ進む。
遅れがちなのは、むしろ監視員の方だった。
「お、お前達、ちょ、ちょっと休ませてくれ」
息を切らしてへたり込む、監視員のガルシュ。
そんな姿をみて、ククリは舌を鳴らす。
「ちぇっ。お目付け役が足を引っ張っちゃあ、話になんないよ」
「まあ、そう言うな。この人がいなけりゃあ、金がもらえないんだからな」
グレイはなだめた。
「そんな事言っても、こんな調子じゃ、日が暮れちまうよ」
「す、すまん……」
ククリの不満に、ガルシュは苦しい呼吸で、あえぐように謝るのだった。
その時。
周りの茂みがざわざわと音を立てた。グレイとククリが身構える。
「ほれ見ろ。ぼやぼやしてるから、魔物が来ちゃったじゃないか」
ククリは吐き捨てるように言った。
「まま、魔物?」
ガルシュの表情が、ひどく怯えたものになる。
「おっさん!魔物と戦った事は!?」
嫌な予感に、グレイが剣を抜きながら、早口に聞く。
「み、見た事もない……」
なんて事だ。
ある程度使えると思っていたグレイは、当てが外れ、心の中で舌打ちをした。
「ククリ、おっさんを守りながら戦うぞ」
「ええ?オレそんな器用なことできないぞ」
しかし、そんなやり取りとは関係なく、魔物は茂みから飛び出す。
全身が黒い毛で覆われた、形容しがたい姿の魔物である。
人間の大きさ程もある黒い毛のかたまりから、同じく毛に覆われた両手と両足が伸びており、その中心にひとつだけの眼が、ギラリとグレイたちを見据えている。
そして、大きく左右に開いた口からは、鋭い牙が覗き、ぐるぐると、低いうなり声で威嚇していた。
『独眼牙獣』と呼ばれる魔物である。ちなみに、ブタと呼ばれるが、ブタには似ていない。
その数、5匹。
グレイとククリは、ガルシュの前に立ちふさがるようにして剣を構える。
ひえええ!!とガルシュの情けない声が背中から聞こえてきた。
「まったく、これで監視役とはね」
ククリは毒づきながら、近くのヒトツメブタに斬りかかった。
敵は俊敏な動きを見せたが、ククリの剣速の方が上回った。
例えようもない叫び声をあげて、魔物は胴体を真っ二つにされた。
「まず1匹」
グレイは、ガルシュの方ににじり寄るヒトツメブタに飛びかかると、一太刀で2匹とも斬り捨てた。
剣さばきにおいては、ククリに比べ、グレイの方にやや分があった。
「これで3匹だな」
ガルシュは二人の早業に、声も出ず、ただ口をぱくぱくさせていた。
残ったヒトツメブタ2匹は、グレイとククリがそれぞれ同時に片付ける。
これでひとまず、襲ってきた魔物はすべてやっつけた。
しかし、当面の危機が去っても、情けない監視員はへたり込んだままだった。
「まさか監視員が魔物を見るのが初めてとはな。とにかく、このおっさんを守りながら進むしかない」
グレイはそう言ってため息をついた。
予定よりも1時間遅れで、グレイ達一行は東の洞窟にたどり着いた。
その間に、幾度も魔物と出くわしては、平然と斬りふせていく二人に、監視員のガルシュは驚かされっぱなしで、すっかり怯えきっていた。
「こ、この洞窟に入るのか?」
目の前の洞窟を前に、ガルシュは、入るのを躊躇した。
洞窟の中は日の光が差さないため、当然、真っ暗である。
その中に魔物が蠢いているかと思うと、身の毛がよだつ、とガルシュは泣き言を言うのだった。
「怖かったら入り口で待っててもいいぞ。全部やっつけてから、中を確認すればいい」
監視員のお荷物ぶりに、すっかり辟易していたグレイが声をかける。
ククリも、そうしなよ、とガルシュに勧めた。
「わ、わかった。ではここで待つから、終わったら教えてくれ」
その声を背に、二人は、じゃあ、とだけ言って平然と暗闇の中に入っていった。
グレイとククリは背中の袋から松明を取り出すと、火を点けた。
松明の明かりは二人の周りのわずかな範囲しか照らしてくれない。
足元に気をつけながら、ゆっくりと先に進む。
内部はかなり奥深くなっているようで、所々にアリの巣のような分岐があった。
グレイは迷わないように、細かく地図を記しながら別れ道を一つ一つ潰していく。
洞窟内は、暗く、そしてじめじめと湿気ている。
天井から水滴がぴちゃぴちゃと滴る音が、一定のリズムで狭い通路の壁に反響する。
探索を始めて、30分近くが経過しただろうか。
二人は、次第にこの辛気臭い洞穴に飽きはじめていた。
「魔物……、出てこないな」
ククリはため息をついた。
確かに、もっとわんさと魔物が出てくると思っていたグレイも、ちょっと拍子抜けした。
たまに飛び出すコウモリに少々驚かされる事はあっても、危険な魔物の影は微塵もない。
「コウモリくらいしかいない、って事は、魔物のエサになるものがいないって事じゃないか?」
退屈に絶えかねて、ククリがぼんやりと言う。
「……。魔物って、何食うんだ?」
「さあ」
そんな話をしている内に、二人は坑道の最も奥深いところへ到達した。
「どうやら、ここが最深部みたいだな」
ここまで書きとめた地図を見ながら、グレイがつぶやく。
途中の細かい分岐はすべて見て回っているため、手製の地図は、この場所が最終地点であろう事を示していた。
最深部は大きく開けた空間になっていた。
今まで狭い通路を通っていたため、余計に広く感じる。
二人は部屋内に足を踏み入れようとした。
が、様子が少し変だ。
「何かいる!」
気配を感じたククリはグレイを引っ張り、広い部屋の入り口の陰に身を潜めた。
剣においては、グレイに一歩譲るククリだったが、こういう時の感覚はククリの方が優れている。家を持たず、木の上で生活しているからこその特技なのだろうか。
息を潜めて部屋の様子をうかがうが、中は真っ暗で詳しくは分からない。だが、数本の松明の明かりが揺らいでいた。
グレイは慌てて手に持った松明を隠し、気配を消す。
二人の耳に人の話し声が聞こえてきた。
その声に、二人は聞き覚えがあった。
「ヒュー=パイク!」
先を越された!
グレイとククリは顔を見合わせ、悔しさに顔をしかめる。
洞窟への道中、監視員がモタモタしたせいだろうか。しかし、こうなってはどうしようもない。
勝ち誇るヒューの顔を見なければならない事以外、隠れている理由もないため、とりあえず二人はヒューたちの所へ顔を出す。
「先を越されたな」
グレイはヒューたちに近づきながら、言った。
ヒューたちは最初『誰だ!』と驚いていたが、グレイとククリである事が分かると、ヒューの勝利の笑みが松明の火に照らされた。
ヒュー以外にも、取り巻きが7人ほどと、監視員と思われる者がいた。この監視員は洞窟内まで付き合ったとなると、ガルシュよりは随分とマシだ。
「一足遅かったな。この先は行き止まりだ。つまりは、オレ達が一番のりって事だ」
「フン! まあ、今回は譲ってやるよ。結局、誰にでもできる仕事だったしな」
ククリが負け惜しみを言う。
それを聞いて、ヒューは勝ち誇ったように鼻で笑うと、再び口を開いた。
「しかし、本当に何もなかったな、ここは。魔物すら出てこなかった」
「まあ、そんな事もあるだろうさ。もう長居は無用だ。とっとと帰ろう」
そう言って、グレイは表で待っているガルシュの事を思い出した。
外では魔物が出てくる可能性もある。もしかしたら、中に入っていたほうが安全だったかも知れない、と思うと笑える。
グレイが戻ろうと踵を返した瞬間。
突然、足元が揺れた。その場の全員が体勢を崩す。
「な、何だ!?」
うろたえる一同。
しかし、地震はなおも激しさを増し、洞窟の天井から、パラパラと砂や小石が降ってくる。
そのうえ足元からは、ズズズ……という不気味な地響きまでもが聞こえていた。
「みんな、とりあえず外へ出るんだ!」
グレイは叫んだ。
このまま天井が崩れれば、生き埋めになってしまう。
その声に、皆一斉に駆け出そうとした。
しかし、次の瞬間。
いっそう大きな地鳴りがしたかと思うと、地面が割れ、その裂け目から、巨大な何かが突き出して来た。
その衝撃に、走り出した全員が吹き飛ばされ、地面に倒れる。
「魔物か!?」
グレイはすばやく起き上がると、松明をかざして、その何かを照らす。
全員、驚きの声をあげた。
それは巨大なモグラであった。
地中から出ている部分だけでも、なんと3メートル以上はある。
「モグラの化け物だ!」
誰かが叫ぶと、その声に反応したかのように、モグラは前足を振り回した。
ドス、と鈍い音がした。誰かが壁に叩きつけられたような音。
暗がりのため、事態は良く分からない。
「お、おい! 大丈夫か!?」
ヒューの仲間と思しき者の絶叫が響く。どうやらヒューの仲間がやられたらしい。
「この野郎!」
闇の中、また誰かが、怒りにまかせて切りかかったようだ。
しかし、次の瞬間には、耳をつんざくような悲鳴が部屋中に響き渡った。恐らくモグラの餌食になったのだろう。
(こいつはヤバイ!)
グレイは剣を抜いた。
しかし、こんな大きな魔物とは、さすがに戦った事がない。六足熊など、比べ物にならない程の大きさだ。
その上、真っ暗で視界が悪いとあっては、まともに戦っては、どうにも分が悪い。
「この部屋を出て通路に逃げ込め!」
グレイは叫んだ。
そして同時に、グレイの声がした方へ、モグラの腕が振り下ろされる。
が、間合いを取っていたため、その一撃は空を切った。
ズウン、と轟音が部屋に響く。これをまともに食らってはひとたまりもない、とグレイの背筋に冷たいものが走る。
その様子を見届けると、グレイの言葉通りに、みな部屋の入り口の通路へと駆け込んだ。
その間、グレイとククリ、そしてヒューの三人は、部屋に残りモグラを引き付けていた。
どうやら、このモグラは音のする方へ攻撃をしかけているようだ。おそらく、目が退化しているのだろう。
「お前たち、もういいぞ! 通路に逃げ込め!」
背後から誰かの声がする。
「よし、ゆっくり引くぞ」
グレイは小声で言った。そして三人は、モグラから目を離さず、ゆるゆると下がっていく。
だが、グレイ達は信じられないものを見た。
モグラは地中から這い出すと、信じられないスピードで、三人に向かって突進してきたのだ。
「わああ!!」
グレイははすかさず横へ飛ぶ。
つま先をモグラがかすめる。間一髪で避けることができた。
しかし、勢いあまったモグラはそのまま通路へとぶつかった。
ドーン、という激しい衝撃音が響き渡ったかと思うと、もろくも通路の壁がガラガラと崩れた。
「…………!」
通路から戻るように伝える声は、途中で途切れた。
通路は、モグラの体当たりによって、完全に埋まってしまったのである。
グレイたち三人は、この危険な大モグラと共に、部屋に閉じ込められてしまった。
「これは洒落にならん……」
これで、生き残るには、まずこのモグラをどうにかしなければならなくなってしまった。




