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第48話:取引①

 



 暗闇のなかに松明の火がひとつだけともっている。明かりを手にする冒険者グレイを中心に、その横にいるククリと、少女アンジェリカの姿がゆらゆらと闇に浮かんでいた。

 そのグレイへと、闇から静かな声が投げかけられた。


「ササール候をお連れしました」


 声の主は王兄アルバート=パンダールだとすぐに分かった。

 続けてアルバートは、火をこちらに、とグレイに促した。言われたグレイは、松明をアルバートの声の方へと近づける。火から離れたククリとアンジェリカの姿が闇に溶け、反対にアルバートらの姿が明らかになった。

 金髪のアルバートの隣に、黒髪の青年の姿がたちあがった。

 グレイははっと息を飲んだ。

 

――あれは……。


 かつてパンダールの酒場で出会った男だと即座に思い当たった。はじめて冒険者となったグレイとククリに食事を振舞った気前の良い男、あれが、ササール候であったのか、と。隣のククリもあっと驚いているのがグレイにも分かった。


「私がこの軍の責任者、レイモンド=オルフェンです」


 黒髪の男は静かにそう言った。


「私はアンジェリカ。あなたにお話があります」


 氷が転がるような快さと冷たさのある声でアンジェリカが名乗った。

 レイモンドは軽くうなずくと、かたわらのアルバートと視線をあわせ、そうしてからまたアンジェリカの方へ向き直った。


「ここは暗い。陣のなかでゆっくりと話をお聞きしましょう」


 こちらへ、とレイモンドが陣の方へ歩き出すその振り向きざま、ちらとグレイと目が合った。グレイはどきりとしたが、レイモンドはわずかに微笑みながら頭を前へと向け、グレイの手にした松明の火からふたたび闇に消えた。レイモンドはかつてパンダールの酒場で出会ったことを覚えているのだろう。

  

「行きましょう」


 アンジェリカの声に、グレイとククリは我に返ると、レイモンドらを追うようにして歩を進めた。

 ササール候が意外な人物だったことの驚きが大きい。そのため、アンジェリカを陣のなかに入れようとするレイモンドの言葉が、どんな意味を持つのかをグレイはしばらく気付かなかった。

 アンジェリカを陣に入れる。それはすなわち、彼女が魔物ではない、ということに他ならない。少なくとも、レイモンドもアルバートもそう確信を持った、という事である。グレイがそれに気付いたのは、一向が裏口から陣のなかに入るときであった。


――つまり、すでにいちど、この娘に結界を仕掛けた、ということだろう。


 というのがグレイの予想である。

 はじめにアルバートが「火をこちらに」と言ったとき、グレイの持つ明かりから一瞬アンジェリカは遠ざかった。その間にアルバートは密かに魔物を排除する結界を施したに違いない。そして、アンジェリカが動きを封じられることもなく自らの名を名乗ったため、危険はない、と判断して陣に入れることにしたのだろう。その後、レイモンドとアルバートが互いに何かを確認しあっている素振りをしていたことを考えても、間違いなさそうである。


――二人とも、頼りなさそうに見えてなかなか抜け目がないらしい。


 暗闇のなか、グレイは口元を緩めた。

 その予想を裏付けるように、アンジェリカは何事もなく、陣のなかに入ることができた。




 レイモンドの幕舎は、陣の中央にある。

 そのため、陣に入るや一向は兵たちの視線にさらされることとなり、にわかに陣はざわめきに包まれた。それだけ、この陣のなかにあってアンジェリカの存在は異質なのである。ただ、その異様な一団の先頭にいるのがササール候レイモンドと宰相アルバートであるため、誰も口を差し挟むものはいない。アンジェリカは、そうした視線がまるで気にならないらしく、やはり表情ひとつ変えることはない。

 魔物でないとして、どうやったらこういう子供になるのか、と、グレイは自由奔放に育ってきた自分のことは棚に上げて、呆れたようにアンジェリカを見た。

 やがてたどり着いたレイモンドの幕舎の前には、グレイも見知った顔が待っていた。


「お帰りなさいませ」


 憮然とした声でそう言うのは、元冒険者であり、今ではササール候軍の将軍であるフラム=ボアンであった。もちろん、お帰りなさいませ、とはレイモンドに言った言葉である。


「ああ、うん」


 突如としてばつの悪そうな顔をつくったレイモンドは、そうフラムに返事をすると、そそくさと幕舎のなかに入っていった。やれやれ、といった風に苦笑しながら、アルバートがそれに続く。

 それからフラムは鋭い視線をアンジェリカの方へ飛ばしたため、隣にいるグレイまでその殺気にあてられそうになった。グレイは意外な思いでそんなフラムを見る。


――こいつは、前からこういう奴だったか。


 冒険者の頃からフラム=ボアンは腕が立つことで有名だったため、グレイもその名は知っていた。だが、直接見たのは、冒険者と兵士の合同訓練所でのことで、そのときのフラムは、師範であるマスター・シバの補佐をしていた。

 当時のフラムは、厳しいシバとは対照的に、優しい手ほどきをする、と、訓練を受けに来た者の間で評判であり、そうした声をグレイも耳にしたことがあった。とはいえ、やがてグレイたちは南の砦へ偵察に行き、またフラムも女王護衛官として取り立てられたため、互いを良く知る仲という訳ではない。それでも、こうまで殺気をあらわにする者だという認識からは程遠い存在だと、グレイは思っていた。

 そんなフラムの射るような視線に、するするとククリが割って入った。にやりと白い歯を見せる。


「よう、久しぶり。南の砦以来だな」


「あなたたちは……」


 途端にフラムからそれまでの殺気が霧散し、驚いた顔でグレイとククリを交互に見やる。

 かつて二人は、フラムと共に、南の砦の守将である巨大な人狼と戦ったことがある。もっと言えば、フラムがレイモンドと共に川に落ちてササールに流されたとき、王都に戻った二人を発見したのは、グレイ、ククリ、ヒュー=パイクの三人であったのだが、フラムはそこまでのことを知らない。

 むしろ今は、なぜグレイとククリがこの陣にいて、さらにはアンジェリカと一緒なのかがフラムには見当がつかないらしく、当惑したような表情を浮かべている。そうしているうちに、さっさとククリはアンジェリカを幕舎のなかに入れた。

 不思議がるフラムの眼差しは、続くグレイへと向けられたのだが、グレイは軽く肩をすくめて見せるだけで、何も言わずに幕舎の入り口をくぐった。


 


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