第47話:候の接見③
「まさか、本当にササール候が会ってくれるとはな」
陣から戻ってきたグレイの話に、ククリは驚いたというより、むしろ呆れたような声をあげた。そんないい加減なククリをグレイはじろりと睨んだ。
「お前らが会わせろと言ったからだろう」
周囲の闇は一層深くなっている。グレイは陣から見えないように気をつけながら、持ってきた松明に火をつけた。その明かりによって、はじめてアンジェリカの容姿が確かになった。
アンジェリカは、金と銀の間くらいの色のまっすぐな髪と、青い目の持ち主で、歳の頃はやはり十歳前後であろうが、幼くも顔立ちは可憐と言って差し支えないほどに整っており、飾り気の無い身なりでありながらも、どこか気品を感じさせる。しかし、グレイにとって彼女は、外見どおりの美しい少女ではなく、魔物と何らかのかかわりがある得体の知れない存在としての認識しかない。
それにしても、とククリは不思議そうな顔でグレイに尋ねた。
「どうやってササール候に話をつけられたんだ?」
「運よく猫嫌いの王子様と会えたんだ。その王子様に頼んでもらったのさ」
「そうか、あの王子様か。将軍と一緒に山の周りに……」
とまで言ったククリの言葉を、グレイが遮った。
「ともかく、ここで待っていればササール候は来る。それまで大人しくしていろ」
敵意をむき出しにした言い方である。その敵意はむろんアンジェリカに向けられているのだが、視線はむしろククリへ向いていた。それというのも、ククリが言おうとした先に、アンジェリカに知られてはならないだろう言葉が含まれるだろうと予測したからである。
二人がヘイエルの別動隊に紛れていたとき、アルバートが結界術を施すために部隊に加わった。グレイもククリも、アルバートを見るやすぐにあの猫の一件の人物だと気付いたのだが、厄介ごとを避けるために、知らないふりをしていた。ククリが言おうとしたのは、恐らくそのことであろうが、問題は結界術について言及すること、である。
――この事を魔物に知られるわけにはいかない。
魔物に直接影響をおよぼす結界術は、すでに魔物に知られている可能性はないとは言えない。だがもっともまずいのは、結界術を施せるのがアルバートであると知られることである。そう考えるグレイは、不用意なククリを睨んだ。鋭い視線の先にあるククリは、ちぇっ、と舌打ちをすると、足を投げ出すような格好で草の上に腰を下ろした。一方のアンジェリカは表情も変えず、立ったまま身じろぎもしない。
――何を考えているか、分からんやつだ。
見れば見るほど、アンジェリカという少女に感じた不気味さが、グレイのなかで強まっていく。本人は魔物ではないと言ってはいるが、魔物について話し合いたい、という意向からして無関係なはずがない。
――まあ、王子と候がやってくれば、おのずと分かることだ。
ふっと息をつき、頭を回して陣を見やる。アルバートはグレイに対し、必ずササール候を連れてくる、と言った。その言を信じるほかないが、魔物について話したいという者を、いかに素性が知れないとはいえ、無視できないだろう、という気に、グレイはなってきていた。
陣はいまだ静けさのなかにある。ササール候が出張るとなれば、陣があわただしくなるところであろうが、グレイが見たところ、まだ陣に変わった様子は見受けられない。恐らくアルバートが秘密裏にササール候を連れ出そうとしているのだろう。陣の外で会う、というのもアルバートが言い出したことだった。
「もし魔物だったら、この陣には入れないでしょうから」
とアルバートは言った。アンジェリカが陣に張られた結界に跳ね返されでもすれば、それこそ仕掛けの種明かしをするようなものである。暗闇の陣外ともなれば、ササール候の警護には余計に気をかけなければならなくなるが、アルバートはグレイとククリにその役割を期待しているようだった。
「候の護衛のため、あなた達も同席してください」
という言葉に、グレイはため息をついた。もはや完全にククリの気まぐれに巻き込まれてしまった自分に気付かされたのである。グレイは少し間を空けてから、諦めたように、
「分かった」
と答えた。
渋々といった様子のグレイに、アルバートは穏やかに微笑んだ。
「何かあっても、私に任せてください。決して悪いようにはしませんから」
屈託のない笑顔にさらされ、グレイも思わず苦笑する。
「ああ、頼むよ」
グレイはそう言った後、アルバートを改めて見て、いつの間にか彼を信頼している自分に気付いて驚いた。これが、あの頼り無さそうだった、猫嫌いの王子か、と。今のアルバートからは、王都の庭園で猫に囲まれて気を失った姿はまるで想像できない。
――人は変われば変わるものだ。
グレイは内心で苦笑しながら、
「じゃあ、俺たちは陣の外で待っている」
と言い残し、陣を後にした。
そして今グレイは、ククリとアンジェリカと陣の外でササール候の到来を待っている。
「遅いな」
とグレイが言いかけた時である。それまでずっと黙っていたアンジェリカが、突然口をひらいた。
「来たようね」
その無感情な声に反応して、グレイとククリは陣の出入り口を見るのだが、遠く衛兵が見えるだけで、そのような様子はない。グレイが見間違いか、と思った次の瞬間、今度はククリの声である。
「本当だ。さては裏から出てきたのか」
それまで座り込んでいたククリが立ち上がった。ククリの視線は、かがり火に照らされた陣の出入り口ではなく、暗闇の方を向いている。ククリは夜目が利く。
やがて、数人の足音が近づいてくるのが、グレイの耳にも聞こえてきた。