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第45話:逆転の秘策③


「これで後ひとつか」


 兵によって槍ほどの大きさの鉄杭が打ち込まれるのを見届けると、そう言ってヘイエルは手元の地図に目を移した。別動隊はアルバートの指示のもと、山の周囲を周り、結界の急所となる箇所に次々と鉄杭を突き刺していった。地図上に残る印はあと一箇所である。そこに鉄杭を突き立てれば、魔物を封じる結界は完成することになる。


「本隊はまだ何とか粘ってるみたいだな」


 ヘイエルの馬に近づき、そう気安く声をかけてきたのはククリであった。

 別動隊がいるのは、本隊が戦闘している場所から山を挟んで反対側に位置するため、その様子を見ることはできない。ククリはその類稀な聴覚で、魔物の猛攻の音を聞いているらしい。魔物の攻撃が続いているという事は、まだ本隊が健在だという事である。


「お前たちには敵わんよ」


 ヘイエルが苦笑まじりにそう言うと、ククリは誇らしげに鼻をこすった。


「さあ、急ごうぜ」


「お前に言われなくとも」


 ククリの言葉に、ヘイエルはまた苦笑いを浮かべると、こつんと額を小突いた。それを見た兵からも穏やかな笑い声があがる。順調にいっているからこその、喜びの笑いであった。

 だが次の瞬間、その空気が一変し、凍りついた。

 彼らが背を向けている山の斜面から、がさり、と何かが動く音がしたからである。みな、息を飲んだ。音の正体は生い茂る樹木に阻まれ、認めることが出来ない。


――魔物か!?


 すかさず全員が得物の柄を掴んだ。それを警戒したかのように、見えざる音もその気配を消した。わずかな静寂があったのち、たまらずククリが声をあげる。


「誰だ!」


 またしても静寂。

 ヘイエルと、その隣にいたグレイの視線がぶつかった。互いに頷きあうと、息を殺してグレイが山の斜面へと歩き出した。音の正体を探ろうというのである。その後ろをククリが続く。

 斜面に茂った木々は陽の光を遮り、どこまでも続く不気味な暗闇をつくっている。グレイが剣を抜き、その闇に一歩足を踏み入れた時だった。

 きらりと何かが閃めいた。咄嗟にグレイが身をよじると、風を切る音と同時に、横の木に何かが突き刺さった。

 矢である。

 慌ててグレイとククリは後ろに飛びのき、木の陰に身を隠した。ヘイエルたちも、にわかに色めき立つ。もはや魔物である事は疑いようがない。


「外したか。なかなかに勘のいい奴だ」


 耳障りな程に低い声と共に、森の暗がりの中から姿を現したのは、グレイの身長の倍はあろうかというトカゲであった。いや、ただのトカゲではない。人と同じ様に両脚で立ち、身体に皮の鎧をまとって、弓矢を携えている。そんなトカゲ男が、人と同じ言葉を話しているのである。その数は五体。


――これが言葉を話す魔物か……!


 ヘイエルは驚きと同時に、言いようのない不快感に襲われた。軍務大臣グゼット=オーアが語っていた、人の知能を持つ魔物。それが今目の前にいる。


「やはり鼠がうろついていたか。俺の言ったとおりだったろう」


 先頭にいるトカゲが、左右にいる仲間のトカゲに言う。灰色の鱗に覆われた顔には表情こそないが、声の調子から言えば笑っているかのようである。どうやら先頭のトカゲが集団の頭目のようだった。

 その頭目らしきトカゲは、弓を背中にしまうと、腰にあった剣に手をかけた。恐らくヘイエル隊と一戦交えようというのだろう。その仕草を見たヘイエルたちの緊張が一気に高まる。


――やむを得ん。

 

 ヘイエルは歯噛みしながらも、決戦の覚悟を決めた。ヘイエル隊は別動隊であり、隠密部隊でもある。敵に発見されるのは最も避けねばならず、ましてや戦闘を行うなどは下策中の下策である。時が惜しい上に、少数であるため被害を出す訳にはいかない。だが、敵に発見されてしまった以上、その口を封じておかなければ、次々に追っ手が差し向けられてしまう。

 ヘイエルがまさに攻撃の号令をかけようとした時、極限まで高まった緊張は、意外にもトカゲの方から崩れた。


「若様、このような者など相手にせずともよろしいではありませんか」


 トカゲの頭目の隣にいる、少し落ち着いた雰囲気のトカゲが、諭すような口ぶりでそう言った。


「そ、そうか?」


 若と呼ばれたトカゲの頭目は、叱られたような声をあげ、剣の柄から手を離した。気勢を殺がれた格好のヘイエルたちは、絶句したままその様子を見ている。


「そもそも、戦闘中であるのに、我々がこんな所にいること自体が間違っているのです」


「だ、だってジイ……」


 トカゲの頭目は、ジイと呼ぶ年長らしいトカゲの言葉に、より一層身を小さくした。


「だって、ではありません。本隊から追い出された以上、一刻も早く本国に戻るべきです」


「お、追い出されたんじゃない! オレの意見を聞かない奴らが悪いんだ。人間はオレたちの伏兵に気付いていた。だから、今、人間が防戦一方なのは、あいつらの作戦なんだよ」


 年長らしいトカゲは、ため息まじりに首を振った。


「若様。それを負け惜しみと言うのです」


 それを聞いて、ヘイエルは一旦寒くした背筋にまた体温が戻ってくるのを感じた。この若と呼ばれるトカゲは、正確にレイモンドの策を読んでいる。ジイと呼ばれる者とのやり取りから、それが採用されなかったことは伝わったが、もしその発言が取り入れられていたらどうなったか。それと同時に、どうやらトカゲらに戦意がないらしい、という事もヘイエルの安堵を一層大きなものにした。


「ちぇっ。人間どもめ、運が良かったな」


 若と呼ばれたトカゲは、そう捨て台詞を吐き残していくと、他のトカゲを率いて、呆然と立ち尽くすヘイエル隊を突っ切り、そのまま南へと走り去った。


「何だったんだ、一体……」


 呟くように言ったグレイの声で、しばらく放心していたヘイエルはようやく我に返った。ゆるゆると馬を近づけてきたアルバートが、ポンとその肩に手を置く。


「ともかく、戦闘は回避されたのは幸いでした。先を急ぐとしましょう」


「そ、そうですね」


 アルバートに促されたヘイエルは、兵たちに地図上の最後の地点へ移動することを伝えた。同じく呆気に取られていた兵たちも、その声でようやく現実に戻ったようで、まとまりなく、おう、と答えたのだった。

 魔物の軍勢の動きを封じる結界が完成したのは、そんな出来事があってから程なくのことであった。




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