第45話:逆転の秘策①
断続的に降り注ぐ巨石に対し、ササール侯軍に為す術はなかった。
しかし 、幸いにして魔物の付近に転がる岩石の数はそう多くないようで、散発的であったのが救いだった。が、それでも犠牲は確実に増えていく。岩が放り投げられる間に矢の雨が止む訳でもなく、将兵はその両方に備えねばならず、岩に気を取られれば矢に、矢ばかりに注意を払えば岩に、それぞれ命を奪われることになる。
中軍を預かる将フラム=ボアンは、味方の被害を最小限にすべく、兵をいくつかの小隊に分けると間隔を空けて配置し、それぞれ小隊内は密集隊形をとらせた。巨大トカゲの飛ばす岩は、精度から言えばさほど高くはない。それゆえフラムのとった特殊な陣形のおかげで、岩の下に潰される兵は格段に減った。
それでも現状が少しも好転していない事は、フラムにも分かっている。
――このままでは、いずれ持ち堪えられなくなる。
そう思うものの、後方のササール侯レイモンド=オルフェンからは何の指示も飛んでこない。
フラムにとってこの戦いは将軍としての初陣でもある。不安をはらみながらも、どうにか自らができる事をやるしかない。何より、全軍を率いているのは、フラムが最も信頼しているレイモンドなのだ。
――このままで終わるはずがない。
とは、考えるまでもない。必ずレイモンドには逆転の秘策があるはずだ。
思えばライナス=ルトリューの村を解放した時そうだった。ルカたちの協力こそ得たが、たった二人で村にはびこるならず者を殲滅させたのだ。フラムはそうした思いを胸に、ひたすら魔物が降らせる矢に耐え、時折レイモンドの控える後方へと視線を送る。ササール侯軍は、全軍をぐるりと魔物に包囲されており、レイモンドとアルバートがいる後軍も、フラムの中軍同様、矢と巨岩の攻撃を受けていた。
――侯は無事か……。
フラムの心に、さっと不安の影がよぎった。よもや、負傷でもされて指示が遅れているのか、と。
いや、もっと最悪の事態も考えられる。そう考えてから、血の気が引いたようになったフラムは、あわててその考えを振り払おうとした。だが、一度考えてしまうと、粘りつくようにその不吉な思考が離れなくなる。今すぐにでも駆けていってレイモンドの無事を確認したい。そうフラムは思うものの、兵を預かる将の身であるから、そんな真似はできない。
短くない時間の中、フラムは魔物の攻撃に耐えつつ、そんな葛藤とも戦っていた。
――伝令を出そうか。
配下の兵を後軍へと走らせ、レイモンドの安否を確認すると共に今後の指示を仰ぐ。防戦一方の戦況を考えても、必要な事でもあろうと思える。
フラムは決断すると、横で盾を構えている兵に耳打ちした。矢をかいくぐって後方へと行かなければならないため、危険な命令である。
「行ってくれますか?」
というフラムの問いに、言われた兵は黙って頷く。
彼らにしてもこのままでは部隊は死を待つのみだ、という事が分かっているのだろう。数人の兵が志願した。
「矢が来れば止まって防ぎ、岩に当たらないよう、各自注意して下さい」
フラムは言いながら、心が痛むのを感じた。矢を避けながら進むのは難しい。伝令の兵を複数送るのは、途中で幾人かが倒れてもいいように、である。それは半ば死を強要する命令であるのと同意だった。
だが、伝令を志願した兵たちに、悲嘆の表情はない。そこにあるのは、悲しいまでの勇気だった。
――なぜ?
とフラムは聞かなかった。
きっと命じられたのが自分であっても行ったであろう。この戦いは魔物から人の手に大陸を取り戻す、そういう戦いなのだ。フラムは思いながら、痛む胸に手を置いた。
「将軍、あれを……」
今まさに伝令に走ろうという兵の一人が、そうフラムに言ってきた。今は矢が止んでいる。盾から頭を出すと、兵の視線の先をフラムは見た 。
「あれは……」
驚くべき事だった。
あれほどまでに矢の雨を降らせていた魔物が、ぴたりと止まったのだった。フラム周囲の他の兵も、異常に気づいたと見え、そろそろと盾から首の伸ばす。
「どういう事だ?」
口々にそうした声が聞こえる。
フラムにも何が起きたかまるで分からない。攻撃がやんだだけならば、単にその攻撃の手を止めただけだ、と思うだろう。
――いや、それにしてはおかしい。
と、フラムはある種の違和感を見てとった。
目のいいフラムには、魔物の大軍がまるで彫刻の様に、微動だにしない様子が見えたのだ。弓を引き絞り、今まさに矢を放たんとする魔物の躍動、それが時間が止まったかのような不自然さのまま保たれている。いかに魔物といえども、攻撃を中断しているだけならば、矢を放つ姿勢のままではなく、いったん弓を持った手を下ろすはずである。魔物の軍勢に何かしら不測の事態があったに違いない。
フラムは訳がわからないまま、止まったままの魔物たちをただ見ていた。気付けば、盾の構えを解き、棒立ちになっている。それは他の兵にしても同じであった。皆一様に不可解だという顔をぶら下げている。
そんなフラムの中軍の元へ、一人の兵が走ってきた。それは戦闘態勢解除を知らせるレイモンドからの伝令であった。