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第44話:激突 ①

 

 ササール候レイモンド=オルフェンの幕舎。

 その入り口が荒々しく開け放たれたかと思うと、一人の男が勢い良く駆け込んできた。


「ヘイエルは無事だぞ! たった今、後から送った偵騎から連絡があった」


 嬉しそうに言うのは、軍務大臣グゼット=オーアである。

 レイモンドはちょうど水差しから杯に水を注いでいる所だったため、突然のオーアの来訪に驚き、水を溢れさせた。


「それは、何よりでした」


「だが、情報はそれだけではない」


 オーアは表情を急に険しいものにすると、声をひそめた。


「ここから馬で三日ほど南に進んだところに、三方を山に囲まれた地がある。そこに大軍の魔物が潜んでいる、というのだ」


「ヘイエル将軍がそう言うのですね?」


 レイモンドが聞くと、オーアは深く頷く。

 どうやら、蛇の言ったことは本当で、ヘイエルを救うという役目はしっかりと果たしたようである。レイモンドは内心で安堵のため息をついた。

 それに、魔物のいる位置が、蛇の報告をもとに予測していた地域と誤差が無かったのも、レイモンドを安心させた。慌てていたレイモンドは、魔物がいる場所を蛇に聞くのをすっかり忘れていたからである。馬でも三日かかる距離であれば、充分に迎撃の準備ができる。


――何よりも、敵の伏兵を事前に察知できたのが大きい。


 自力で帰ってこれなかったというミスはあったが、ヘイエルは充分な手柄を立てたとレイモンドは思っている。新たに加わった将軍の功績を、レイモンドは密かに喜んだ。


「で、どうするんだ。こちらから仕掛けるか」


 オーアは目を好戦的に光らせて言った。むろん、発見した魔物へ奇襲をかけるか、という意味である。

 だが、レイモンドは小さく首を振った。


「いえ、敵は我々が気付いている事を知りません。せっかくですから、このまま気付いていないフリをしていましょう」


 ヘイエルたちが敵から逃れることができた、という事は敵には発見されなかったという事であろう。もし見つかっていたならば、伏兵の存在を知られたくない魔物がヘイエルたちを生かしておくはずがない。それならば、それを最大限、逆手にとってやることだ。


「ひとまず、軍議としましょう。細かい作戦はそこで決定します」


 レイモンドの言葉に、オーアはわかった、と応えると、各将を集めるため、入ってきた時と同じ勢いで幕舎を飛び出していった。  




「ササール候の進軍に変わった動きはなし……か」


 魔物が潜む山と、ササール候軍が進むちょうど中間地点にある森の中で、将軍ヒューバート=ヘイエルはそう一人ごちた。

 謎の女に窮地を救われたヘイエル隊は、一通りの報告を本軍へ伝えた後、山からは少し後ろに下がったこの森で、そのまま偵察を続行していた。

 変わらず山に潜んだままの魔物の群れを注視しながら、一方で、これまた進軍に何の変化もないササール候軍を見守っている。


――ササール候も、敵に備える様子があって当然なのだが……。


 ヘイエルが気になるのは、魔物の埋伏を知ったはずのササール候軍に、何の変化も無いことであった。まさか正面から攻勢をかけるつもりではないだろう、とヘイエルは思うものの、一直線に山へと進む様子を見るに、レイモンドがどういう気でいるのかが、もう一つ分かりかねた。


――まるで、わざわざ敵の誘いに乗っているようだ。


 とも見て取れる。

 魔物の群れの軍容を、ヘイエルは既に本軍に伝えてある。とてもではないが、まともにやり合って勝てる相手ではない。ましてや、敵は山にその姿を隠している。奇襲攻撃が脅威であることは言うまでもないが、戦術的に敵に高地を取られているのは不利である。しかし、だからと言って山を避けようとも、目的の新ササール城建設予定地は、魔物のいる山を越えた場所に位置する。どの道、魔物との戦闘は不可避であると言えた。


――そうなれば、戦場をどこにするかが重要になってくる。


 という事は、用兵を学んだヘイエルでなくとも思うところであろう。

 相変わらず魔物は山を陣取り、一歩も動く気配がない。一方のササール候軍も、その進路といい、進軍速度といい、まるで変化は見られない。このまま行けば、扇形に広がる山裾で両者がぶつかることになるはずである。だが、三方を山に囲まれているこの地形では、ササール候軍は退路を失うことになり、戦場としてはこの上なく劣悪である。事実、ヘイエルはその場所に迷い込み、進退が窮まった所をどうにか脱したばかりなのだ。


――救いがあるとすれば結界術なのだが……。


 結界を張ることで、敵の攻撃から逃れるという策。それがレイモンドの胸の内にもある事はヘイエルも確認している。それでも、退路がすっかり塞がれてしまっては、いかに結界で守られようとも、まるで意味をなさなくなる。結界の中で飢えて死ぬか、血路を開いて脱するか。どちらにしても敗北は決定的になってしまう。どうにもレイモンドの意図が分からない。

 分からないと言えば、もうひとつヘイエルには腑に落ちないことがあった。

 

――魔物の包囲から我々を救い出したあの者。あれは何者であったのか。


 という事である。

 這い出る隙間もないと思っていた敵の包囲を、謎の声の主は簡単に突破した。そのお陰でヘイエルたちの部隊は今こうして無事でいられるのであるが、声の主の正体はついぞ分からなかった。ようやく敵の囲みから抜け出せた時には、もう声の主は闇へと消えてしまっていたのである。今振り返って考えてみても、まるで夢の中の話のようで、まるで現実味がない。ただ部隊の兵たちが等しくその声を聞いているという一点が、あの夜の出来事を現実と結び付けていた。


「まあ、助かったんだから、それでいいんじゃねえの?」


 声の主に関して何か変わった様子は無かったか、と聞くヘイエルに、冒険者のグレイとククリは、そう無邪気に笑った。そこまで単純に考えるだけでいい二人を、ヘイエルは微笑ましくも、羨ましく思う。

 

「助かったと言っても、また森の中に隠れて魔物の様子を窺ってるだけだから、大して違いはないけどな」


 ククリは茶化したように言いながら、大きく欠伸をした。

 

「まあそう言うな。なに、今に嫌という程、魔物と戦う事になるさ。その時までせいぜい力を蓄えておくことだ」


 早く戦いたいと言わんばかりのククリを、ヘイエルはそうなだめた。

 ヘイエルからしてみれば、魔物との戦闘など無いに越したことはない。冒険者とは常にこうなのか、と半ばあきれたような苦笑を漏らす。そもそも、ササールに赴いたとして、将でも兵でもない彼らになんの得もないはずである。

 二人にその事を聞いてみると、


「だって面白そうだからな」


 と言って当たり前のように頷きあうのを見て、ヘイエルはまた苦笑した。

 それから三日後。ヘイエルが見守る中、ササール候軍はついに魔物が潜む山へと差し掛かった。



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