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第40話:候と宰相

 年が改まるのと同時に、パンダール王国は、女王キュビィの治世二年目を迎えた。

 キュビィはそれから間もなく、ついにササールへ向けて兵を発した。兵を率いるのは、ササール候レイモンド=オルフェンである。

 王都の民は新年の祝賀よりも、ササール候の出征をおおいに祝福した。王都全体が、急速に熱を帯びたようになった。

 出発に際してキュビィは、


「かならず生きて帰るのだぞ」


 と言ってレイモンドを送り出した。

 本当ならば、どれだけ別れを惜しんでも惜しみきれない程であるのだが、キュビィはその思いをひとことに込めたのだろう。次に会えるのは、いつになるか分からない。

 その思いが分かりすぎるほど分かるレイモンドも、


「かならずや」


 と短く答えると、全軍に出発の号令を発し、馬の腹を蹴った。

 ササール討伐軍は王都中の住民に見送られ、王都を出た。

 

「レイよ、別れにしんみりしてはおらんだろうな」


 全軍が南へ向かうなか、レイモンドに馬を寄せて来たのは、丞相グゼット=オーアである。彼は候になったレイモンドを、変わらずレイと愛称で呼ぶ。レイモンドとしても、そちらの方が良かった。

 オーアは兼任である軍務大臣として今回の出征に参加していた。とはいえ、任務としてはレイモンドの護衛という意味合いが強く、ササールに着けば、やがて王都に戻ることとなる。

 

「いえ。私が名残を惜しんでいては、兵たちは一層悲しむでしょう。そんな顔はできません」


 レイモンドはそう笑顔を見せた。

 大将の弱気に、兵は敏感である。長らく王都を離れる事になる軍は、当然ながら皆、不安を抱えているはずで、レイモンド自らがそんな顔をする事は許されない。


「分かっているなら良い」


 オーアはにやりと笑ってみせてから、レイモンドの横にぴったりと寄り添うように馬を並べているフラム=ボアンへと目を向けた。

 フラムはレイモンド配下の将軍である。以前は冒険者であった事を考えると、破格の昇格である。


「フラム=ボアン、ついに将となったな。どうだ、オレの見込んだ通りだったろう」


 快活に笑い声をあげるオーアに、フラムは恐縮した笑顔を浮かべた。

 かつてオーアとフラムは剣を交えたことがある。その勝負に敗れたオーアは、軍を去るフラムに、お前は将軍にもなれる、と引き止めた事があった。

 オーアが言っているのがその時の事であると分かっているフラムは、


「あの時は練習用の木剣でした。もし真剣であったなら、私が負けていたでしょう。それでも非才な私を、お引き立て頂いたお二人には、感謝しております」


 そう言って、やや頬を赤らめ、レイモンドとオーアに頭を下げた。


「謙遜だな」


 とオーアはまた笑うのだが、二人が勝負をした事があると知らないレイモンドは、静かに微笑むだけである。

 

 さて、先頭を行くレイモンドたちから少し離れた後方を、宰相アルバートと、将軍ヒューバート=ヘイエルが行軍していた。

 唯一、結界術を操ることのできるアルバートは、顧問として、軍に加わっている。当然、彼の役目はササールに結界を張ることにある。

 結界術を正確に施すには、その地理を正確に知る必要があるらしい。山がどこにあるか、川はどう流れているか、起伏はどうか、森はないか。そうした情報を元に、結界の急所を探り出す必要がある、とアルバートは言う。

 そのため、もっとも手っ取り早いのが、結界を張る場所を実際に訪れることなのであった。


「しかし、その度にこうしてお出ましになられるというのは、面倒じゃありませんか」


 ヘイエルは、東に連なる山脈の美しさを眺めながら、のんびりとした口調でアルバートに聞いた。

 南の砦の改修の時もそうだったし、商工大臣ノウル=フェスが新たな鉱山を採掘しようとする時もそうだ。いずれも直接アルバート自らが出かけ、付近の地形から結界術を施す箇所の指示を行っていた。

 アルバートは首をすくめて見せた。


「何の実績もないのに宰相にしてもらっているのですから、このくらいの事をしなくては、天罰が下るというものですよ」


 アルバートはヘイエルに輪をかけたような、のんびりとした話し方で答える。

 彼にしてみれば、遠くジラーフィンにいた心細さと比べれば、こうして政務を行う事は、はるかに幸せなことであるに違いない。


「感謝しているのですよ。陛下や王城の方々にはね」


 にこやかに言うアルバートの声には、他の感情が混じっていない。純粋にそう思っていることがよく分かる。


「それはまあ、ご苦労様なことです」


 悠然としたアルバートに、ヘイエルは苦笑まじりに言った。

 

――いい方だ。


 ヘイエルは、南の砦で知り合ってから、アルバートに対して親愛の情を抱いていた。

 王兄でありながら、いまや王国の切り札となっている結界術の使い手であるアルバートは、およそ野心などというものとは無縁の人物であった。

 絶大な力を持ちながら、アルバートはそれを自らのためにではなく、王国のために役立てようとしている。これはなかなか出来ることでは無い、とヘイエルは思う。

 

「正直に言いますと、政治はよく分からないのです。だから、私に出来る事をやるしかないでしょう」


 アルバートは悪戯っぽい笑顔をヘイエルに向けた。


「頭がさがりますよ」


 ヘイエルは実際に頭を下げ、再び顔を上げると、アルバートと一緒に声を立てて笑った。

 

「ところで――」


 アルバートは笑いを収めると、将軍ヘイエルに軍容について質問をした。

 この軍は、王城の兵だけで構成されていた。どうやらその辺りの事をアルバートは不思議に思っていたらしい。

 今までの軍は、冒険者が主体となっていたのだが、今回は召集されず、そのため、名うての冒険者たちは残らず王都でこの軍を見送る格好となった。どうして冒険者に依頼をかけて、彼らをササールの地まで連れて行かないのか、というのがアルバートの疑問である。


「ヘイエル将軍はどう思います?」


「はあ……まあ、推察しますに、ササール候は、彼らを行かせるのではなく、呼ぼうとなさっているのではないか、と」


 いまひとつ飲み込めない様子で、アルバートは首を捻った。


「呼ぶ、とは冒険者をササールに、ですか?」


「そうです。恐らくササールにも酒場をつくり、周辺の魔物を倒すための仕事をお与えになるでしょう。そうすれば、冒険者をわざわざこの軍に加えなくても、勝手に王都からササールへやって来ます」


 アルバートはパッと表情を明るくした。


「なるほど、それなら、ササール行きの賞金を出さなくても済む、という事ですね? なるほど、さすがはオルフェン候だ」


 無邪気に感心しているアルバートを見ていると、ヘイエルは心に暖かい湯が流れていくような、陽だまりの中に居るような快さを感じて、おもわず頬が緩んだ。

 思うに、アルバートは宰相としての単純な能力の比較では、レイモンドに及ばないであろう。だが、王としてはキュビィと比べてどうか。

 今は乱世であるから、女王キュビィのような強い王が必要とされる。しかし、ひとたび平和が訪れたその時には、人々の心に安定をもたらすような、優しい王が望まれるのではないか、とヘイエルは思う。


――そうならば、殿下はしっかりと王の素養を持っておられることになる。


 当然ながら、キュビィの治世は、多くの王都の民から感謝をされている。仮に王国が平和な時代にキュビィが女王になっていたとしても、彼女は名君で居られただろう。

 刃物のような切り立った鋭い才気を持たないアルバート。だが、彼が持つ王の器というのだろうか、それはまたキュビィが持つ器とは、質が違うように、ヘイエルには思われる。平和に特化した王器、とでも言うべきか。

 

――天下泰平での王ならば、アルバート殿下がより相応しいかも知れない。


 という多少、不敬な考えが頭をよぎった後、さっとその念を振り払った。ヘイエルはじっとりとした暗い考えが嫌いな性質であった。

 

「ササール候は、大切な資金を、節約なさろうとしているのでしょう」


 というヘイエルの言葉を、にこにこしながらアルバートは聞いている。


「なるほど、ササールには人がいませんから、はじめのうちは税もそうそう上手く集まらないでしょうね。そうなれば、確かに資金は大切です。それに、冒険者が往来するようになれば、人の行き来も頻繁になるでしょうから」


 というアルバートの言葉に、今度はヘイエルが聞き返した。


「冒険者が行き来することで、普通の人々の行き来が増えますか」


「ははは、それはそうでしょう。ササールに冒険者の人たちが集まれば、人はそこで商売がしたくなるでしょうし、ササールに行くなら、冒険者と一緒の方が安心できますからね」


 と、言うと、街道に敷設された結界術の鉄柱を指差した。


「オルフェン候は、南の砦から、あらたなササール城を建設する場所までの道に、しっかりと結界を張りたい、とおっしゃっているらしいのです。まあ結界があっても、武器を持たない普通の人たちは、冒険者と一緒に行動したいと思うでしょうけど」


 王都を出て、まず南の砦へと向かう道々には、すでに結界術がしっかりと施されているため、レイモンドの軍は魔物を警戒する必要がない。それを、新たにササールまで伸ばそうというのだ。

 道が安全に通行できるようになれば、人の行き来が盛んになり、物や貨幣の移動が活発となって、自然と町は栄える。冒険者はその橋渡し役になるだろう。ただし、その前提として、やはり結界は不可欠である。

 

――そうだ、乱世であってもアルバート殿下には、結界術がある。


 何にも変えがたい、圧倒的な力。

 これが、ただ平時のみの王器である事に、アルバートを終わらせていない。

 それに政治を見る目も悪くない。分からない事は素直に聞き、レイモンドが冒険者を出兵に連れて行かない理由も即座に理解し、さらにその先を考えている。

 王立学校スクールの教授だったヘイエルから見ても、不遜な言い方をするならば、アルバートは非常に優秀な生徒であった。

 素直であること。それは過去の歴史を見ても、名君である条件であり、アルバートの美点といっていい。

 

――さて。一方の我が君はどうか。


 と、ヘイエルは目線を、行軍の遥か先へと転じた。

 我が君とは、もちろん、ササール候レイモンドの事である。どうか、というのは、アルバートと比較したとき、宰相の能力としてはレイモンドの方が上だが、果たして君主としては、どちらが上か、という事である。

 ヘイエルは今や、レイモンドの臣下である。

 しかし、まだ二人は腹を割って話す、という事をしていない。それはヘイエルの任命が決まったのが遅かったという事情もあった。それゆえ、果たして、ササール候レイモンドはどういう人間なのか、ヘイエルはまだよく知らないでいる。

 ヘイエルの脳裏にあるレイモンドの姿は、南の砦で女王キュビィと再会を喜び抱擁する姿。それと、任命式。あとは、宴での泥酔した姿しかない。いずれにしても、レイモンドの男らしい所を、ヘイエルはあまり見ていない。

 

――ササール候は忠誠心を刺激するお方か。もしそうでないなら……。

 

 その時は、いつでもレイモンドの元を去るつもりだった。元々は王立学校の教授だったのだから、気に入らなければ、再び学術の徒に戻るだけである。ヘイエルは軍務大臣オーアの命だからこそ請けたに過ぎない。

 ふと、ヘイエルは視線をまわした。

 

「殿下はササール候と、お話されたことはありますか」


 唐突な問いである。その意図は、アルバートの目を通してレイモンドを見ようという所にある。

 だが、アルバートは変わらず穏やかな表情のままで、


「幾度か顔は合わせた事があるのですが、実は、会話を交わしたことはないのです」


 と、ゆっくりと首を振りながら言った。


「私もありません。女王陛下の治世においては、我々は新参者どうし、という訳ですね」

 

 ヘイエルとアルバートは静かに笑い合った。




 出発から二日をかけ、全軍は王都南の砦へと入った。これより南は、いよいよササールへ踏み込むこととなる。

 それを前にし、軍の主だった者が集まり、これから先の方針に対して会議が開かれた。

 議事を進めるレイモンドは、地図を取り出すと、卓上に広げた。地図はいうまでも無く、ササールの地図である。


「我々の目的地は、旧ササール城から、東へ二日行った、この場所です」


 レイモンドの指が、地図上の旧ササール城を示してから、するすると地図の右側へと移り、何もかかれていない地点を幾度かまるくなぞった。

 そこで、すかさずオーアが口を開く。


「なぜササール城へ向かわんのだ。廃墟と化したとは言え、元々は大都市だ。そこを再興したほうが早いくはないか?」


 それには、フラム=ボアンが答えた。


「丞相閣下。旧ササール城は魔物によって徹底的に破壊し尽くされ、いまや瓦礫の山です。それでは、整地を行うのに時間がかかり過ぎてしまいます」


「何、そんなに酷いのか」


 オーアは目を見張ってから、ふう、と嘆息した。

 フラムにしても、レイモンドにしても、一度ササール城の惨状をその目で見ている。その壮絶な光景は、二人の脳裏に強く焼きついていた。旧ササール城の跡地にそのまま新たな城を築きたくない、と二人の意見は一致していたのである。

 そして、もう一人。

 

「ササール城は瓦礫も酷いのですが、死屍累々だという事もあります。かつて住んでいた人々の亡骸なきがらで満ち満ちているのです。いずれは丁重に葬って差し上げねばならないでしょうが、ひとまず解放軍の我々からすれば、より腰を下ろしやすい場所を選ぶべきなのでしょうね」


 宰相アルバートはそう言ってレイモンドの意見に賛同した。彼もまた、マスター・ウォルサールに連れられて、諸国を巡り、ササールの状況を見てきている。

 レイモンドはアルバートに対し、目で感謝を伝え、静かに頷いた。


「この地を選んだ理由はまだあります。川が流れており、周囲は平野で、北には木々に覆われた小高い山があるのです」


 とレイモンドが言った時、アルバートは珍しく弾んだ声を出した。


「おお、まさしく大きな結界を張るのに適した地形です。さすがはササール候」


 というアルバートの笑顔に、レイモンドも同じく微笑で答える。


「もちろん殿下の報告書は拝読し、参考にさせて頂きました。新しいササール城の役目は、あらたな結界の最前線となる事なのだ、と私は考えます」


 アルバートの報告書とは、彼が宰相に据えられる前、かつて宰相代理であったトッシュ=ヴァートに書かされた、結界術に関する報告書のことである。

 そこには、アルバートが知りうる結界術の概要が書かれている。レイモンドはそれを読み、ササール城を再建するのに、もっとも相応しい土地を探し出したのであった。


「なるほど、結界前線フロンティアライン……という訳ですか」


 アルバートはそう言って再び地図上へ目を落とし、レイモンドが指差した地点へ、胸元から取り出したペンで小さく丸を描いた。その筆先に、会議の場にあった者たちの視線が注がれた。


「ここに新たなササール城を建てるとすると……」


 つぶやきながらアルバートは、その周囲に同心円のような丸をいくつも描いていった。

 そして、もっとも大きな丸を描いてから、


「最大の結界を張った場合、その効果は、この南の砦にも及びます。そうすれば……なるほど、王都から砦、そしてササール城への線が出来上がる」


 アルバートは図を描きながら気付いているようで、線をペンで結びながら幾度も頷いた。アルバートの図示で明らかになっていくレイモンドの意図に、周囲からも、おお、という声が上がった。


「なるほど、点と点を結んで線に。そしていずれは面にして行くわけですな」


 そう言ってアルバートはさらにササールの街道上のいくつかの地点に、小さな点を描いた。そして、またその小さな点を中心にして、同心円を広げていく。いくつか同じことを繰り返すと、やがて、中央ササール全域が同心円の中におさまった。

 小さな点は、町を表している。つまり、ササール城を中心にして周囲に町をつくり、結界を広げることで、その効果は中央ササール全域に及ぶ、という事である。


「ご明察です」


 レイモンドとアルバートはお互いの目をしっかりと見合った。そして、これがレイモンドとアルバートが初めてまともに言葉を交わした時でもあった。

 実は二人はとても際どい関係にある。

 現宰相と、元宰相。

 その二人が反目してもおかしくはない。レイモンドは、アルバートに宰相職を追われた、と意地悪くも言える。かたや王兄、かたや女王の信任を一身に受ける寵臣。

 

――本当にその二人が反発したら、どうなるか。


 最悪の場合、王城が二分される恐れもある。その思いが、互いを自然に遠ざけた、とも言えなくもない。少なくとも、レイモンドにはそうした意識があった。無用な災いは極力避けられるべきなのである。しかし、実際にこうして話してみて、レイモンドはそれが杞憂であったという事に気付かされた。

 

――アルバート殿下は、聡明な方だ。


 という印象と共に、レイモンドは彼に好感を持った。そして、その感情に気付いたとき、言い知れない安堵が込み上げてきた。どうやら、キュビィの兄と争う、などというつまらない事は、やらないで済みそうだ。


「ササールを結界の前線にするためです。アルバート殿下にはしばらくササールへ留まって頂き、結界術の施設のご意見を頂きたいのですが」


「もちろんですとも。ご協力は惜しみません」


 パンダール王国の命運を握る二人は、にっこりと微笑みあった。

 



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