第35話:別れと廃墟と
集会の日から、一夜が明けた。
早朝から、集落の中央にある広場に人が集まっていた。
広場といえば、昨日まではピケら一党が縄につながれていた場所であったが、彼らは既に別の場所に移されており、今の広場には何もない。
いや、何もないはずであったのだが、そこへ木組みの台座のようなものが作られつつあった。
その作業の音をいぶかしんだ住民が、何事か、と集まってきていたのである。
作業を取り仕切っているライナスの姿を見つけると、住民たちは、口々に、これは何か、と聞いてきた。
「祭壇だ。これから、儀式を執り行う」
そう聞いた住民たちは、新たな疑問がわくだけで、皆一様にその見慣れぬ光景をただ眺めているより他になかった。
どうやら、事情を飲み込めていないのは、ライナスに頼まれて祭壇を組んでいる集落の若者も同じようで、たびたび進行をライナスに確認する姿があった。
祭壇はとりあえずの段がついており、壇上は人の頭の位置くらいの高さという簡易のものだったため、それほど時間を要せずに出来上がった。
既に広場には多数の住民が集まっている。ライナスはそれを確認すると、集まった者全員に語りかけた。
「ピケらによる圧政は終わった。だが、まだこの集落は大いなる脅威に晒されている。……それはなにか」
ライナスの問いかけに、住民たちは、それぞれ考えたり、相談しあったりしていたが、ある者が声を上げた。
――魔物だ!
たちまち、その声が伝播し、みな、そうだ魔物だ、と口を揃えた。
「その通りだ。そこで、王都の臣下であらせられる、レイモンド=オルフェン様に、魔物を払う儀式を行ってもらう」
ライナスの言葉は、住民にとっては相当に突飛なものに聞こえたようで、全員の目が点になった。
聞き違えたのかと思う者もあったり、今ライナスはなんと言ったのか、と顔を見合わせる者もあった。
魔物を払う儀式。そんなものが本当にあるのか。
そう言いたそうにざわめく住民たちだったが、ライナスによって呼ばれたふたりの姿を見るに、次第に声はやみ、やがて水を打ったように静まり返った。
ふたりとは、白いローブをかぶった細身の若い男と、同じような格好の若い女である。
そのふたりが王都からの使者だ、という事は、住民たちも、すぐに分かった。
使者のうち、男の方が、ライナスと頷きあうと、祭壇へと上った。一方、女の方は、手に宝剣を携え、膝をつくようにして座った。
すべての住民の目が、ふたりに注がれる。
やがて、壇上に上がった男のほうが、天を仰いで、なにやら祈りのようなものを捧げはじめた。それと同時に、祭壇の下に控えていた女の方が、宝剣を振りかざした。剣舞である。
住民たちは、訳が分からない、という顔つきをしていたが、だんだん目の色が変わって、何か神秘的なものを見るような眼差しになっていった。
ルカはこの時、群集にまぎれて、他の者と同じく食い入るように祭壇を見ていたが、ハッと我に返ると、果たしてレイモンドの言ったとおりになった、と辺りを見渡した。
――儀式は形ばかりのものではない。物事と物事の間の、ひとつの区切りになる。頭から信じる者はいなくても、儀式を行った、という事実が必要なんだ。
という、レイモンドの言葉が、ルカには思い出された。
今、この儀式を見ている者たちの顔はどうか。はじめは胡散臭いものを見るようだった目は、すっかり神秘の色の染まっている。仮に信じない者があったとしても、これから先、集落に魔物が現れなければ、きっと民衆は、この儀式の効果なのだ、と思い込むだろう。
昨夜、この儀式について聞かされたルカは、またしても『馬鹿じゃないの』とレイモンドを罵り、またしてもライナスから注意されたのだったが、そんな事はもうルカの頭からすっかり抜け落ちていた。この儀式がまるきり演技である事を知っているルカでさえ、気付けばそれだけこの儀式に目を奪われたのである。
とりわけ、フラムの剣舞が見事だったこともある。というより、ある意味それがすべてであって、壇上で意味不明な言葉を発しているレイモンドなど、ルカの眼中にはなかったのだが。
ともかく、住民において、この儀式が無意味でないという事は、実際に目にしてみてルカにも良く分かった。
そもそも、本当はこのような儀式が無くても、もう集落が魔物に襲われる心配はない、という事をルカは知っている。
――だって、ルネがいるんだもの。
ルカは心で呟いた。
ピケがいなくなり、武力らしい武力を持たなくなったこの集落を魔物から守るのは、ルネの能力しか無い。
ただし、その能力は、住民にとって誤解を与えかねない。すでに『魔物の子』と呼ばれ、命を狙われたことのあるルネ。だからこそ、突如として魔物が現れなくなった理由を別に作って、ルネの能力を目立たせないようにする必要があったのである。
魔物払いの儀式は、そのための、一種の目くらましなのであった。
結局、レイモンドはルネを王都へは連れて行かない、と言った。どうやら、はじめからレイモンドはそのつもりだったらしい。それはルネの能力をもって集落を魔物から守ろうとしていた事からもはっきりしている。
ルカは視線を、壇上で一心不乱に祈りらしきものを捧げているレイモンドに移した。ルカから見えるのは、レイモンドの後姿だけである。
この儀式が終われば、レイモンドたちは、王都へと帰っていく。
その後姿を見ながら、ルカは、レイモンドと出会ってからの事を思い起こし、自然と涙が溢れ、それに気付くと、慌てて頬を拭った。
それからすぐに儀式は終わった。
「お世話に、なりました」
集落入り口の門。
レイモンドは、見送るライナスとルネ、そしてルカへ、そう言って微笑をつくった。
王都へ帰るふたりは、すでに旅装に姿を変えている。
「いえ。こちらこそ。集落を救っていただき、何とお礼を言っていいものか」
そう答えるライナスの声にも様々な感情が込められている。
「命を救われました」
フラムも静かに感謝の言葉を伝えた。
「命を救われたのは、この集落の住民のほうですよ」
ライナスは笑顔で答える。その背後に見える集落は、ようやく平素の静けさを取り戻しているようだった。しかし、以前とひとつ違うのは、人々の表情に明るさがある事である。レイモンドがはじめて集落に足を踏み入れた時の、あの暗く沈んだ無気力な人々の顔はもうなかった。
「ルカ、ルネ。きみたちにも、世話になったね」
レイモンドが言うと、ルネはぎゅっとレイモンドの足に抱きついてきた。
強い力である。
「ルネ。ありがとう……」
レイモンドはルネの金色の髪を撫でた。
そうしながら、視線をライナスへ向ける。レイモンドの目は、
――いずれ王都の力となってもらうまで、この子を頼みます。
という思いが込められている。
ライナスは、その視線に対し、ゆっくりと頷いた。
そんな二人から、一歩はなれた所で、ルカは下を向いていた。
レイモンドはそんなルカにも優しい目を向ける。
「ルカ……。きみの食事、おいしかったよ」
その声を聞いても、ルカは答えず、俯いたままで、横を向いた。
様子を見つめていたフラムは、ルカの気持ちが分かるだけに、思わず小さな息が漏れそうになる。と、同時に、レイモンドと離れるわけではない自分に、後ろめたさのようなものも感じるのであった。
レイモンドは、ルカに歩み寄ると、両手を肩にかけた。
びくっとルカの身体が動いたが、相変わらず顔をそむけたままの格好である。
「ルカ。きっとまた会える。それまで、ライナスさんを、ルネを、よろしく頼む」
「また、会える?」
ルカはレイモンドの言葉に、ようやく顔を前に向けた。
大きな瞳が、潤んでいる。
「ああ、約束しよう」
レイモンドがそう言うと、ルカは手のひらを組んで、輪をつくった。
「じゃあ、約束ね。この中から私を見て、目をつむって」
ルカの顔は真剣である。
その意図がいまひとつ分からないレイモンドは、すこし戸惑った表情をしながらも、背をかがめて、言われたとおりに、手の輪からルカの顔を覗き込んだ。
「こう?」
レイモンドが目を閉じると、周りから、
――あっ!
という声が聞こえた。かと思ううちに、レイモンドの唇に、柔らかな感触があって、慌てて目を開けた。
次の瞬間に見えたのは、レイモンドの顔に至近まで近づいたルカの顔が、急速に遠ざかっていくところであった。
思わずレイモンドは自分の唇に手をあてた。柔らかな感触とともに、温かみのようなものがまだ、残っている。耳が急速に熱くなっていくのが分かった。
「ルカ、ま、まさか……」
レイモンドがどぎまぎしている一方で、ルカは悪戯っぽい笑顔を浮かべている。
「えへへ。約束したからね」
ルカはそう言うと、後ろを向いて、まっしぐらに走り出した。振り返る時に、ルカの目から涙のような光が見えた気が、レイモンドにはした。
あっと言う間に駆け去り、小さくしか見えなくなったルカは、一度立ち止まるとレイモンドの方へ向けて大きく手を振り、それからまた駆けていって、すぐに姿はみえなくなった。
レイモンドが呆気に取られていると、ライナスの愉快そうに笑う声が聞こえてきた。
「まったく、あの娘は。レイモンドさん、とんでもない土産をもらいましたな……」
と言って、また笑った。
「は、はあ」
そうとしか答えられないレイモンドは、まだ口の辺りを気にしている。
それを隣でみているフラムも、恋敵というにはあまりにも可愛らしいルカの所作に、思わず笑いが込み上げ、すっかり気持ちが軽くなっていた。
和やかな雰囲気となったところで、レイモンドとフラムは馬上の人となって、名残惜しく別れの挨拶を交わして、集落を後にしたのだった。
荒涼とした景色が、遥か先まで広がっている。透き通るような空が、さらにその寒々しい景色をより一層そう見せていた。
そんな中を、レイモンドとフラムは馬に揺られ、北へと向かう。右手側には、遠く山脈が連なっているのが見える。この山脈は、ずっと王都まで延びているため、その位置さえ気をつけていれば、方角を見失う心配はない。山にそって、北へ進めば、王都に出る。
王都まで徒歩で一週間ほどだ、とライナスが言っていたのを、レイモンドは思い出しながら、馬の背に揺られていた。
横のフラムも、馬に乗った経験は浅いのだが、持ち前の勘のよさからか、すぐに呼吸を飲み込んだようで、涼しい顔をして目を細め、遠く行く先を眺めている。
二人の間にしばらく会話は無かった。
後にした集落の事が頭に浮かび、満ち足りたような、寂しいような思いをそれぞれの胸で反芻していた。
ふと、レイモンドが口を開く。
「フラム。ちょっとだけ、寄り道していかないか」
「寄り道ですか」
フラムは、レイモンドが真っ先に王都へ帰りたがっているだろう、と思っていただけに、意外であった。だが、レイモンドが急がないのであれば、フラムとしては、断る理由も無い。
「じゃあ、ササール城を見ていこう」
「ササール城?」
ササール城は、かつて中央ササールの中心地として栄えた城である。位置としても、南北に長いササール地域のちょうど中ほどになる。二十年前の魔物の侵攻の時は、現在の王都に至るまえの、最後の城として激戦が行われた地でもあった。
その城下町は、大陸西側最大の規模を誇る大都市であったのだが、先の戦いで、火の海と化した、と言われている。言われている、というのは、すべての住民が落城と共に逃げ出したからであり、その後、ササール城と街がどうなったかを見たものはいなかった。
ちなみに、女王キュビィの兄、アルバートは自身の報告書で、ササール城に立ち寄ったことを記しているのだが、当然、レイモンドたちはその事を知らない。
「ここからササール城への行き方は、ライナスさんに聞いている。ササール城から砦までは、北へ進めばぶつかるはずだから、道は問題ないだろう」
地図もあれば、食料もライナスから充分にもらっていた。
あとは、道すがら出会うであろう魔物が気掛かりであるが、それもフラムの腕があれば問題はないだろう、と言うレイモンドに、フラムも頷く。
そうと決まれば、二人はさっそくササール城がある西へと馬首を回した。
ライナスの集落から、ササール城へは、おおよそ馬なら二日で到着できる距離にある。
レイモンドとフラムは、日中は馬を休ませながら進み、夜になると火を焚き、ライナスに準備してもらった夜具で野宿をした。幸いにして、魔物の姿は見ないで済んだ。
それを二日ほど続けると、川にぶつかった。馬でも渡れる浅い川である。
「川が見えてきた、という事は、ササール城が見えてきてもおかしくはないはずだが」
レイモンドは、ライナスからもらった地図を広げて、周囲を見渡した。
足元では、馬が川の水をおいしそうに飲んでいる。
「方向を少し間違えたのでしょうか」
目のいいフラムも、城を発見できないようであった。
「川を渡って、少し探してみるか」
二人は馬を川に入れ、ざぶざぶと渡った。
だが、それから二人がササール城を探すことはなかった。川を渡ってすぐに、見つける事ができたからである。
「ここが……」
二人は絶句した。
かつての繁栄のかげは、そこには無かった。ただ、瓦礫だけが果てしなく広がっている。
「廃墟……か」
ササールの城下町と城は、破壊し尽されていた。
その残骸で地面が見えないほどであり、馬ではとても乗り込めないため、二人は、かつて門であったろう石柱に馬をつなぎとめると、廃墟の中を言葉もなく歩いた。
家を形成していた煉瓦が微塵に砕かれ、木材は焼け焦げた跡が生々しく残っている。ざっと見渡しても、ライナスの集落ならば、いくつでも入ってしまいそうな広大な廃墟であった。
そして、そうした破壊された物の影に、時折、白いものが見えた。それは、時として道に転がっており、またある時は家屋の跡に、いくつもが折り重なっていたりした。
言うまでも無く、人骨である。
レイモンドは、思わず目を背けた。その拍子に目に入ったフラムの表情もまた、強張ったものになっていた。
「……酷い」
ぽつりと、フラムが呟く。
レイモンドは、それには答えなかったが、脳裏には、両親を魔物に殺されたというフラムの話が思い浮かんでいた。
瓦礫は中心地に行くほど多くなっており、それに比例して、目にする白骨の数も増えた。子供のものと思われる、小さな遺骨もあった。
やりきれない思いになった二人は、同時に足を止めた。
「もう、いいだろう」
「……はい」
二人は惨憺たる思いで引き返し、かつて城であった場所を後にした。
風が出てきた。
上空を覆っていた黒々とした厚い雲が切れ、間から、陽の光が差し込んできた。
だが、その男は晴れ間に気も付かず、容赦なく口の中に砂利を運んでくる強風を、恨めしい顔でねめつけた。
いや、不機嫌なのは風のせいではない。目の前の部下から伝えられた内容によって、である。
「こんな糞忙しいときに、またか」
男は語気を荒げた。
その怒声を浴びた部下は恐縮したが、彼は事実を伝えたまでで、何も悪くない。
報告を受けた男、軍務大臣であり、丞相でもあるグゼット=オーアもその事に思い至り、すぐに声の高さを抑えた。
「つい先日、殿下を帰したばかりではないか」
オーアの声には、まだ苛立ちが混ざっている。
しかし、これ以上、報告に来た部下を恐がらせても仕方ない、と、手を振って下がらせた。
目の前には、どっしりとした砦がそびえている。
砦にはあちこちに足場が組まれ、無数の蜘蛛のように工人が取り付いて、長年風雨にさらされた壁の補修を行っていた。
さらには、砦の両側にある断崖に目を転ずると、その頂上の固い岩肌に、いくつもの巨大な鉄柱が打ち込まれていた。
「あんな鉄柱で、結界が作り出せるんですね……」
気付けば、オーアの隣に若い男が立っており、感慨深げに呟いていた。
目元の涼やかな男である。
「ヘイエルか。まあ、アルバート殿下がおっしゃるんだから、そうなんだろう」
ヘイエルと呼ばれた男は、不思議なものを見る目つきで、轟音を立てて鉄柱が打ち込まれる作業を仰ぎ見ていた。
オーアは少しだけヘイエルに向ける視線を鋭くした。
「ところでヘイエルよ。魔物の方に動きはないか」
「ありません。まあ、冒険者たちが常に見張ってますから、何かあれば、すぐにわかりますよ」
即座に答えたヘイエルは、鉄柱が打ち込まれている崖上を指差した。
鉄柱から少し視線をずらすと、そこに数名の冒険者らしき者の姿が見えた。それが、左右の崖に配置されている。
「彼らには旗を持たせています。魔物の姿があれば、すぐに旗を振って知らせてくれます。赤なら、魔物。白なら、安全。あ、白旗は半刻ごとに振られます」
「赤なら魔物、白なら安全……か。まあ、考えられてはいるな」
オーアはそう言って、若いヘイエルを褒めた。
軍務大臣オーアは、女王キュビィから、南の砦の改修と、結界術を施す工事を命じられ、それにあたっていた。
隣のヘイエルは、武官であり、ここではオーアの副官のような役割である。
ヘイエルは砂のような色の髪が肩まで伸び、細面にそれが良く似合っている。長身の身体は程よく引き締まり、銀色の防具をまとった、なかなかの洒落者であった。
人材を欲しがったオーアは、王立学校の教授を招こうとしたのだが、目当てだった者は高齢を理由に辞退し、代わりに若き教授を推挙した。
それがヒューバート=ヘイエルであった。
ヘイエルは、二十九歳であるから、すこしだけ、オーアよりも年下になる。
そのヘイエルが、そういえば、とオーアに顔を向けた。
「先程、兵士が何事か言ってきたようですが、あれは……?」
「ああ、王都から陛下がここの視察に来る、という話だ」
「陛下が?」
苦々しげに言うオーアへ、思わずヘイエルは聞き返した。
「この間、アルバート殿下がお帰りになったばかりではありませんか」
「そうなんだがな。警備に人員を割かねばならないこっちの苦労も分かって欲しいもんだ」
そう言って、オーアはため息をついたが、すぐに口をつぐんだ。
これ以上言えば、女王への批判になる。あまり部下へ聞かせるべき内容ではない、とオーアは思ったのだ。
しかし、女王の兄であり、宰相でもあるアルバートは、砦に結界を施すことが出来る唯一の存在である。砦に結界を張るのであれば、アルバートが直接来て、指示を出さねばならない事は間違いない。
ところが、女王キュビィはそうではない。わざわざ物見遊山で来られては、現場のオーアたちはたまったものではない、というのも本音であった。
結界術を施す箇所を指示したアルバートは、その役目を終え、つい先日王都へ送り返したばかりだったのだが、その身辺警護にオーアたち武官は神経をすり減らした。予期せぬ女王の来訪の報せが、その事を鮮明に思い起こさせ、思わずその心情が、
――またか。
という言葉として、口をついたのであった。
「まあ、我らが女王陛下は政務に熱心だ。それの表れだろう」
と言って、オーアは、先程のぼやきを繕うように苦笑いを見せた。
ヘイエルは一緒に笑って、何気なく砦を見た。視界の端に、ちらちらと何かが舞っている。
「閣下」
「なんだ、ヘイエル」
「赤の旗と、白の旗。その両方が振られたら、どういう意味だと思いますか」
その言葉に、オーアは首を回して、断崖の冒険者を見た。
両方の崖に配された彼らは、赤い旗と白い旗の両方を大きく振っている。
「知るか。お前が決めたことなんだろう」
「安全な魔物でも出たんでしょうかね」
二人は苦笑しながら顔を見合わせると、事の次第を知るべく、同時に駆け出した。