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第33話:奪還

 レイモンド=オルフェンは、思わず息を飲んだ。

 人間とは、こうも華麗に立ちまわりができるものなのか、と。

 先程の舞も見事なものであったが、剣に殺気を込めたフラムの動きは、それ以上にレイモンドを――表現に語弊があるかもしれないが、魅了してやまなかった。

 フラム=ボアンは次々に斬りかかってくるピケの手下たちの剣を、まるではじめから分かっていたかのように絶妙な間でかわすと、その鋭い剣を叩き込むのである。

 それは相手が一人でかかってくる時もそうであったし、三、四人が同時に襲い掛かってきても、やはり同じであった。

 フラムは相手の攻撃を避けきれずに剣で受けることもない。それどころか、端から見ていれば、男たちはフラムに対してまるで見当違いの場所を斬りつけているようにさえ思えた。

 要するに、男たちが何人束になってかかってきても、まるで相手になどならない、という事である。

 

――これはもしかして、六十人を一度に相手しても同じだったのでは?


 そんな目でレイモンドは、華麗に敵をなぎ倒して行くフラムに見とれた。

 と、そんなレイモンドの足元に、ごろりと男が転がってきた。レイモンドたちを控えの家まで案内した男であった。男は苦しそうな声を上げている。


――おや、身体は斬れていない。


 そこではじめて、レイモンドはフラムが敵を斬っていない事に気付いた。改めてフラムの立ち回りを見るに、刃のない部分で、打ち据えているだけである。


――みねうちでこれじゃあ、本当に実力が違い過ぎる。


 改めてレイモンドは、フラムを驚嘆の眼差しで見た。

 しかし、みねうちでも鉄の塊が身体に飛んでくるわけであるから、攻撃を受けた男たちはたまらず崩れ落ち、その場にうずくまって苦しげにうめいた。

 十数人がそんな風になったところで、青い顔をしたスネイルが、たまらず声を上げた。


「もういい。お前たちでは何人でかかっても勝てやせん」


 男たちはスネイルの言葉に、構えていた剣を下げた。

 スネイルは男たちの顔を見渡し、それからレイモンドの顔を見た。スネイルの目は戦意がない事を物語っている。そもそもスネイルは剣すら持っていない。レイモンドはその目に答えるように、ゆっくりと頷いた。

 それを見ると、スネイルは苦々しげに、男たちに向かって、


「剣を捨てよ」


 と命じた。

 男たちはとうに戦意を失っていたのか、素直にスネイルの言葉に従った。ガランガランと剣が床に落ちる音が一斉に響く。


「どうなりとするがいい」


 スネイルは半ば諦めたようにレイモンドへ言った。

 レイモンドはフラムを見たが、凛と立つ黒髪の剣士は息を荒げる風もなく涼しい顔をしている。そしてレイモンドと目が合うと、ニコリと微笑みかけた。


――やれやれ、私の作戦など、フラムの前にはあまり意味がないらしい。


 あまりのフラムの強さに、レイモンドも苦笑を返すしかなかった。




 集落の外は、まさに阿鼻叫喚の様相を呈していた。

 響き渡る魔物の咆哮と、それらを倒さんがための男たちの怒号。そして悲鳴に似た声すら聞こえてくる。

 一寸先も見えない闇夜は圧倒的に魔物に有利であった。闇を照らすはずの松明は激しく揺れ、視界の確保を著しく低下させていた。少しでも気を抜けば、黒い空間から鋭い爪が伸びてきて、たちまちあたりに血のにおいが充満することになる。

 問題は闇だけではない。

 まずもって、魔物の数が多かった。

 歴戦の男たちでも、一度にこれだけの魔物を相手にしたことなどなかった。集落に援軍を頼もうにも、気付けば三方を魔物に取り囲まれており、そんな余裕はあっと言う間になくなってしまっていた。

 もっとも、暗闇によって、敵の数など分かったものでもなかったのだが、飛んでくる牙と爪の数、そして圧倒されるような魔物の唸り声から、大群であることだけは分かった。

 そんな中、いきり立つ魔物たちは、形容しがたい叫びを上げながら、一斉にピケたちに襲い掛かってきたのだった。

 暗闇に放り出されたピケら一党は、一体どれだけの魔物を斬れば良いのかわからないまま戦わざるを得なくなった。そんな状況下では、ただ闇雲に剣を振るうしかない。当然、戦況は芳しくなかった。直前まで飲んでいた酒の酔いなど、とうに醒めていた。


「魔物を照らせ!」


 ピケは苦戦に声を張り上げるものの、無防備に松明をかかげようものならば、敵の格好の餌食となる。そのため近辺は一向に明るくならないどころか、火はさらに大きく揺れ、闇はなおさら深まった。


「火矢だ! 火矢を放て!」


 松明が用を成さないと分かるや、すぐさまピケは背後の射手に指示を飛ばした。だが、暗闇での出来事である。やたらに打ち込まれた火矢のいくつかは味方に命中した。火達磨になった幾人かが地面を転がる。

 それでも効果はあった。見事魔物を捉えた火矢が、ちょうど暗闇に浮かぶ目印のような格好になったのである。

 

「よし、敵ははっきりした。者共、斬り込め!」


 言うが早いか、ピケは戦斧を振り上げると、魔物の群れ目掛けて飛び込んだ。そして、その後を手下が続く。

 ピケは暴君ではあったが、長年魔物と戦って生き残ってきただけはあり、戦場では英雄と言ってよかった。魔物へと先陣を切って向かって行く姿こそが、彼を集落に君臨するに説得力を持たせているのである。ピケの本領はここでも遺憾なく発揮された。

 暗闇で姿かたちも定かではない禍々しい魔物へと、ピケは次々に戦斧を突き立てていった。ピケは魔物に一撃をくれ、動きが鈍くなったのを確かめると、すぐに次の魔物へと取り掛かった。そして弱った魔物は手下が群がり、息の根を止める。

 そんな作業が延々と続けられ、劣勢だった戦いは、ピケの奮戦によって次第に逆転していった。


――これだ。これこそが生きている証だ。


 凄惨な戦いにも関わらず、ピケは充足したものを感じていた。

 この場を支配しているのは魔物でも若い手下でもない。間違いなく自分なのだ、という自負がピケにはある。

 魔物の血にぬめる手を一度袖でぬぐうと、ピケはさらに声を張り上げた。


「さあ、もう一息だ! 畜生どもを根絶やしにするぞ!」


 既にかなりの数が減った手下の応答を聞きながら、ピケは口の端を上げるのであった。




 ピケらが魔物の迎撃のため集落を出るのと入れ違いに、一つの影が集落へと入り込んだ。

 魔物襲来の緊急事態ゆえにピケの手下の主だった者は出払ってしまい、一瞬集落の警備はゆるむ。そんな隙をついて、その影は、意識を魔物へ向けている門番を後ろから殴りつけると、まんまと侵入に成功したのだった。

 門を抜けた先には、幸いにして人の姿はない。


――後は、集落の有力者に。


 その影はまっしぐらに集落の奥へと走った。

 集落の内部は良く知っている。影は迷うことなく、ひとつの家へとたどり着いた。


「長老!」


 影は荒々しく戸を何度も叩いた。無論、周囲を警戒しながら、である。

 やがて戸が開き、中から老人が顔をのぞかせた。怯えていた老人の顔も、戸を叩く者の顔を見るや、驚きの表情を浮かべた。


「ライナスか!?」


「長老! 皆に声をかけてください。今こそピケを倒す時です」


 長老と呼ばれた老人はライナスの剣幕に圧倒された。たじろぐ長老の、戸を押さえる力が緩んだとみたライナスは、強引に家の中に押し入った。

 肩で息をするライナスの背中に、長老は声をかけた。


「ライナス。一体どうしたというのだ」


 集落の外に魔物が出たという事は集落中の者に知らされていた。ピケらが魔物と戦っている間、戦闘力を持たない集落の民は長老のようにそれぞれの家に閉じこもり、じっと嵐が過ぎるのを待つしかない。そんな中、突然飛び込んできたライナスを怪しまない住民はおらず、長老もまたそうであった。そうでなくてもライナスには裏切り者の刻印が刻まれているのである。

 ライナスは苦しそうに息をしながら、かぶりを振った。


「既に王都の方がここに潜入しています。集落内は既に王都の手に落ちているか、まだだとしても時間の問題でしょう」


「王都……」


 長老は息を飲んだ。

 その様子に、ライナスは頷く。


「長老もご存知でしょう。今日、王都から二人の使者が来たはずです。彼らこそピケの圧制からこの集落を解放する方々なのです」


「だが、使者はとてもピケらと戦えるようには……」


 見えない、と長老は言いたかったのだろう。

 だが、ちょうどその時、外で大勢の人の声がした。すかさずライナスが外の様子を窺うと、笑顔を浮かべた。


「外を見てください」


 そう言われて長老は窓の隙間から外の様子をのぞいた。

 あっ! という長老の声が漏れる。

 長老が見たのは、集落の広場に、スネイルを筆頭として両手を縛られたピケの手下が集められている所であった。

 使者二人がなにやらスネイルに指図している姿も見えた。


「……信じられん」


 長老は呟くように言った。


「さあ、住民を集めてください。おそらくピケは魔物を倒してこの集落に凱旋してくるでしょう。その時こそ、奴らを倒す好機なのです」


 ライナスの言葉は強い。

 長老の視点はあちこちをさまよったが、ようやく、


「わかった」


 と乾いた声で答えた。




「ピケのヤツ、意外とやるね」

 

 山の上では、そう言ってルカが唸っていた。

 遠くから魔物を操っていたルネが、首を振って魔物の全滅をルカに知らせたからである。

 暗闇で動く松明の火は、その数を少なくしながらも、ぞろぞろと集落に戻って行く様子が見て取れた。ルネが知らせたとおり、魔物が全滅したことは間違いなさそうである。


「ま、これも計算どおりなんだけどね」


 魔物を使ってピケは全滅させない。これはレイモンドから厳命されていた事だった。

 もし何かの手違いでピケを全滅させた魔物が余勢をかって集落を攻撃でもしたら、という懸念がレイモンドにあったからである。


「ルネを信用しないなんて、失礼しちゃう話だけどね」


 ルカは少し怒ったように言ったが、ルネの方は首をかしげているだけである。


「あとはレイが上手くやってるか、だけど……」


 ルカは気掛かりであった。

 ピケの手下の思わぬ来訪によって、予定は大幅に遅れてしまっていたのである。その間に、レイモンドとフラムが捕らえられでもしたら、計画は大失敗に終わってしまう。

 不安そうな面持ちのルカに、弟のルネは微笑みながら頷いてみせた。


――大丈夫。


 そう言っているかのようであった。

 ルネは魔物を自在に操るという能力ちからの代わりに、言葉を話すことができないが、長年一緒に暮らしているルカは、何となく弟の言いたい事がわかる。

 それはライナスも同じであった。


「ありがとう、ルネ」


 そう言ってルカは弟の頭を撫でた。

 ルネの持つ不思議な能力のせいなのか、何となくルネが言うなら本当にそうなのだろうという気がルカにはした。

 いや、もしかしたら本当にルネはレイモンドが無事かどうかが分かるのかも知れない。状況が分からないルネではない。そのルネにはまるで心配したような素振りがない、というのがルカの心を落ち着かせた。

 ルカは神秘的なものを見るように、弟のあどけない顔をながめた。

 そのうち、遠くを見つめるルネの表情が少し変わった。


「ん?」


 ルネは集落がある闇のほうを指差した。

 その指の方向へ、ルカは目を向けた。


――あ!


 今まで闇に沈んでいた集落の内部に、いくつもの火が浮かんでいる。遠くからでもその火が二十や三十の数ではない事が分かる。集落の外にはまだピケらの松明の明かりが見えるから、集落の中の火は彼らのものではない事は明白であった。

 すなわち、集落に住む住民のものであろう。


「ライナスがやったんだわ!」


 ルカはルネの手をとって、飛び上がらんばかりに喜んだ。

 ずっとピケに屈服せざるを得なかった集落の住民が、ついに立ったのである。彼らの心を動かしたのは、間違いなくライナスなのである。

 そして、住民が動いた、という事は、集落内が平定されている証拠でもある。つまりレイモンドたちの首尾も上手くいったという事に他ならない。


「どうやら勝ったようね」


 ルカは自分でも気が早いようにも思いながら、喜びを表さないではいられなかった。

 それでも、はやる心を抑え、ぼんやりとした明かりに包まれている集落へ、まっすぐに視線を落とし、その動向を見守った。




「何事か!?」


 ピケが肝をつぶしたのも、無理はなかった。

 手ごわい魔物と命がけで戦い、揚揚と凱旋したピケを待っていたのは手下の歓声ではなく、住民たちの武器であったからである。門は開いているものの、火と得物を携えた住民たちがぎっしりとピケの帰る道を塞いでいた。


「お前たち、気は確かか?」


 ピケは住民の誰に問うでもなく言った。

 まったくもって信じられない、という声であった。背後の手下も、ピケと同じように動揺しているのが分かる。


「ピケよ。もうお前たちの支配は終わったのだ。諦めて、降伏せよ」


 住民の中から進み出て、そう言った者の姿に、ピケは怒りよりも驚きの表情を浮かべた。


「ライナス……」

 

 得物を手に、ピケへ刃を向けている住民たちの先頭には、ライナスが立っていた。

 裏切り者として、集落の者から唾棄されるほど嫌われているはずの男が、なぜ住民を扇動することができたのか、という疑問がピケに沸いてくる。が、すぐに思い当たった。


「あの王都の使者か!?」


 あの者がライナスに通じていたのだ。そして、どうやったのかは分からないが、集落に残った手下を倒し、住民を手懐け、今ピケに刃を向けさせている。


「そうだろう」


 と聞くピケであるが、ライナスは答えない。

 ピケはチッと舌打ちすると、王都の使者を信用するな、というスネイルの助言を聞かなかった自分を少しだけ悔いた。


――だが。


 窮地に置かれた場合、どうするべきなのか、ピケは良く分かっていた。


「俺に歯向かった者は、皆殺しだ!」


 ピケは今しがた散々魔物の血を吸った戦斧を握り締めると、まっすぐにライナスへ駆け出した。

 迫り来るピケを前にしても、ライナスは怯むどころか、構えすら取らない。

 すぐに違和感に眉を寄せたピケであったが、次の瞬間、その理由が分かった。高い柵の隙間から、幾本もの矢が飛んできたのである。


「ちッ!」


 ピケはその矢を戦斧で叩き落とした。だが、矢の数が多い。

 数本の矢が、ピケの胸当てに突き立った。ところが、どうやら矢の勢いが随分と弱いらしく、胸当てを貫くほどではない。ピケは無傷であった。


「俺に守られなければ生きていけない者の矢など、たかが知れている」


 嘲るような笑いを浮かべると、ピケは再びライナスの方へと突進した。

 門を固めている者に動揺が広がっていくのが分かった。だが、ピケは、ただ一人、ライナスの表情にだけ余裕があるように見えた。

 そんな様子のライナスに警戒感を強めたピケは、駆けている地面の感触が変わってきているのに気付いた。

 

――もしや。


 猛然と進む足を急に止め、数歩先を、力いっぱいに踏み込むと、大きな音を立て、地面に穴があいた。

 落とし穴である。

 思わずピケは哄笑した。


「こんな子供だましに引っ掛かる俺ではないわ!」


 児戯のような企みを見破ったピケは、ライナスの表情にサッと影がさしたのを見逃さなかった。またもピケは可笑しさが込み上げてきた。


「ククク、今までお前を生かしておいたが、今度はそうはいかん。その忌々しい素っ首を叩き落してやろう」


 と言って、ピケは大穴を跳び越え、歩を進めると、ライナスが仕掛けた二つ目の落とし穴に落ちていった。



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