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第27話:居候宰相

 

 翌朝になっても、フラム=ボアンは目を覚まさなかった。

 レイモンド=オルフェンは心配のあまり、フラムが眠っている部屋の前を意味もなくウロウロとしていた。それを、たまたま通りかかったルカ=ルトリューが見咎める。


「そんな所にいても、良くなる訳じゃないと思うけど」


 ルカは呆れたように言った。

 昨夜は少し打ち解けたように感じたレイモンドだったが、目の前にいるルカは相変わらず愛想が無い。ひょっとしたら、元々こういう娘なのかも知れない。とは言え、ルカの言うとおり、部屋の前に居ても、フラムの容態が良くなる訳ではない事は確かだった。


「でも、じっとしていられなくて」


「暇なら働いてもらわないとね。何ができる?」


 ルカの問いに、レイモンドはうーん、と唸って考えた。王城にいたレイモンドに何の手伝いができるだろう。一向に答えを出せないレイモンドに業を煮やしたルカは、ため息まじりに言った。


「まあいいわ。私についてきて」


 ルカはぷいと踵を返すと、ツカツカと歩いていった。レイモンドは慌ててその後を追った。


 ルカは庭先にいたルネも連れて、近くの森へと向かった。当然それにレイモンドもついて行く。森の中をしばらく歩くと、突然ルカは足を止めた。


「この辺でいいでしょう。さ、木の実をひろうのよ」


「木の実?」


 要領を得ないレイモンドを尻目に、ルカとルネは辺りを探り始めた。あっと言う間にルネが両手いっぱいの木の実を持って来ると、ここまでレイモンドが持って来させられた、一抱えもあるカゴの中にドサッと入れた。


「ほら、ボサッとしない」


 と、ルカは腰の重いレイモンドの尻を叩く。同じ事をやれ、という事なのだろう。確かにぼんやりしているだけという訳にはいかないため、とりあえずレイモンドはルネ少年の真似をしてみる事にした。見よう見まねでルネが持ってきた木の実と同じようなものを探す。しばらくして、ようやくレイモンドの手の上にそれなりの数の木の実が集まった。よしよし、と、それをレイモンドはカゴに入れようとした。


「ちょっと待って」


 離れた所にいたルカが、レイモンドに待ったをかけた。ルカはレイモンドの元に来ると、両手の木の実の選別を始めた。


「これは駄目。これも駄目。これも食べられない……。これなんか虫食いじゃないの。ちゃんと見なさいよ!」


 ルカはプリプリと怒りながら、レイモンドの手のひらから次々に木の実を放り出した。結局、最後にレイモンドの手に残った木の実はたったの一つだけであった。

 その様子を呆然と見つめるレイモンド。はっきり言って、レイモンドには木の実の違いが分からない。どれもこれも、まるで同じに見えるのだった。そんなレイモンドには目もくれず、ルカはまた木の実探しに戻っていった。

 少しシュンとしていたレイモンドの服の裾をルネ少年が引っ張った。


「ん? なんだい?」


 ルネは二つの木の実を差し出している。その二つはまったく同じに見える。ルネは両方の木の実の尻の方をレイモンドへ向けた。その部分をよくよく見ると、先の形が少しだけ違っていた。一方は丸いが、もう一つは尖っている。ルネはそうしておいてから先の丸い木の実を足元に捨てると、先の尖った木の実をカゴの中に入れてみせた。

 

「そうか! 先が尖った木の実が食べられるんだな?」


 合点がいったレイモンドがそう言うと、ルネはニッコリと笑顔を見せて頷いた。


「ありがとう、ルネ」


 レイモンドはルネの頭を撫でた。言葉の話せないルネは、身振りでレイモンドに木の実の見分け方を教えてくれたのだ。ルネは嬉しそうに、レイモンドに髪の毛をくしゃくしゃにされている。

 ルカは手を止め、その様子をチラと見ると、フン、と言ってから、また木の実拾い始めた。

 レイモンドがコツを覚えた事もあってか、しばらくするとカゴは木の実でいっぱいになった。


「それにしてもルカ。この辺りには魔物は出ないのか」

 

 レイモンドには疑問であった。子供だけで森へでかけるなど、強力な魔物の出没しない王都周辺でもありえない事である。


「出ないわよ」


 ルカはつっけんどんにそれだけ言った。取り付く島もない、とはこの事だろう。レイモンドは、今度はルネの方へ目をやったが、ルネも少し表情を曇らせて首を振るだけである。

 魔物の出ない場所。王都よりもさらに旧王都に近いこのササールで、そんな場所があるのだろうか。レイモンドには不思議であった。


「さ、帰るわよ」


 中身がたんまりとたまったカゴを満足そうに見ると、そう言ってルカはまた一人でとっとと歩きはじめた。すぐにルネがその後に続く。

 

――やれやれ……。


と、レイモンドは小さく呟くと、カゴを担ぎ、二人の後に従った。日はそろそろ真上に昇る頃であった。




「お疲れ様。たくさん採れたようだね」


 屋敷に戻ると、ライナス=ルトリューが庭先で待っていた。

 ルネがタタッと走り、ライナスに飛びついた。笑いながらライナスはルネの頭を撫でている。


「そろそろ昼ご飯にしましょう」


 ライナスはレイモンドに笑いかける。ライナスは親切で柔和な男であった。レイモンドは心から彼の厚意に感謝している。


「あの……フラムの様子はどうですか?」


 レイモンドはやはり気に掛かっていた事を聞かずには居られなかった。


「まだ眠っています。大丈夫、じきに目を覚ましますよ」


 ライナスは笑顔のままで答えた。それを聞いてもまだ不安そうなレイモンドの横で、ルカが不満そうに大きな目で睨んでいる。


「何? ライナスの治療が信用できない訳?」


「そ、そうじゃないけど……」


 言いよどむレイモンドに、ライナスは楽しそうに笑った。




 ライナスの言ったとおり、フラム=ボアンは昼を過ぎた頃に目を覚ました。その時、レイモンドはルネに教えてもらいながら、薪割りに悪戦苦闘している所であった。

 報せを聞いたレイモンドは、伝えにきたルカも驚くほど血相を変えて、フラムの元へ走っていった。


「何よ。あんなに慌てて」


 放り出された斧を片付けながら、ルカは一人憎まれ口を叩く。そんな姉を不思議そうな目をしてルネが見つめていた。


 レイモンドは荒々しくフラムの部屋の戸を開けた。ベッドに横たわるフラムの目が、レイモンドの方へ動いた。生きている証しである。レイモンドの胸は歓喜に震えた。


「フラム!」


「閣下……」


 二人に気を使ってか、フラムの前に座っていたライナスが、レイモンドと入れ違いに静かに部屋を出た。レイモンドはライナスが座っていた椅子に腰掛けると、身を乗り出すようにしてフラムの顔を覗き込んだ。顔色は変わらず良くは無いが、やつれた様子や辛そうな表情はない。レイモンドはそれにも安堵をおぼえた。


「痛むか?」


「少し」


 二人はそれだけ会話を交わすと、そのまま見つめ合った。互いの瞳が、互いの瞳をじっと見ている。レイモンドは不思議と胸が苦しくなる。言葉が出てこなかった。

 そんな沈黙を破ったのはフラムであった。


「閣下は知ってしまったのですね」


 無論、フラム=ボアンが女だ、という事を、である。

レイモンドは小さく頷いた。


「隠していト申し訳ありませんでした」


「いや、いいんだ」


 恐らく、かつてフラム=ボアンが兵士だった時に起こした問題、というのはこの事だったのだろう。男だと偽り、軍に身を投じた。そしてその事が発覚し、フラムは軍を追われた。軍務大臣グゼット=オーアはその事知っていたが、フラムの剣の腕を惜しみ、再び女王護衛官として取り立てたに違いない。もしかしたら、キュビィの護衛にうってつけだと推したのは、フラムが女だったからというのも理由の一つなのかとも思える。

 それでも今のレイモンドにとっては、そんな事はどうでも良かった。とにかく、フラムが無事である事が何よりも嬉しい。


「閣下がご無事で本当に良かった。陛下にも顔向けできます」


 レイモンドが言うより先にフラムはそうレイモンドを気遣った。


「そのためにも、早く身体を直さなくてはね」


 レイモンドは昨日からの事をフラムに話して聞かせた。

 王都から遠く離れた中央ササールの地。フラムはそれを聞いても表情を変えない。ただ、ポツリと言った。


「閣下の足手まといになっているのが、口惜しいです」


「足手まといな訳ないさ」


 それはレイモンドの本心である。


「そう言っていただけるだけで……」


 フラムはようやく少しだけ笑顔を見せた。レイモンドの心には、どういうわけか、その表情が忘れられなかった。




「あの人、レイの恋人?」


 フラムの部屋を出るなり、待ち構えていたかのようにルカが聞いてきた。

 予想だにしない質問である。


「いや、そんなんじゃないよ。だって……」


 昨日まで男だと思っていたんだから、といいかけて、レイモンドはやめた。別にルカは知らなくても良い事である。


「だって……何?」


 覗きこむように聞くルカ。大きな目にレイモンドが映っている。


「いや、なんでもない。とにかく、彼女なんかじゃないさ」


「ふうん」


 ルカはあまり信じていないような口ぶりである。


「でも、ま、これであの人が本当にレイの連れだって事ははっきりしたからね。……う、疑って悪かったわよ」


 ルカはレイモンドと目を合わせることなく、照れくさそうにそう言った。レイモンドはルカの態度が変わった事に、少し戸惑いながらも、ああ、とだけ返事をした。

 と、ここでルカは急に表情を明るいものに変えてレイモンドを見た。表情がコロコロと良く変わるものである。


「ね、ちょっとお願いがあるんだけどさ」


「どうした? 藪から棒に」


 いぶかしむレイモンドに構わず、いいから、と言ってルカはレイモンドを強引に外へ連れ出した。


 ルカに引っ張られるようにしてたどり着いた先は、一本の大きな木があるだけの小高い丘の上だった。ライナスの屋敷からすぐ近くの場所である。そこでルカは大きな木の根元に転がっている手ごろな枝を二本拾うと、一つをレイモンドに投げて寄こした。


「私に剣を教えて」


 そう言うと、ルカは枝を剣に見立てて、構えを取った。

 レイモンドは驚いて首を振る。


「私の剣は我流なんだよ。教わるなら、フラムが治るのを待って彼女に教わった方がいい」


「だって、あの人が治ったら、王都に帰っちゃうでしょ?」


 ルカはそう言って眼差しを強いものにした。確かにそのつもりだったレイモンドは答えに窮する。ルカは甘えるような声でレイモンドに頼むのだった。


「ね。だから、治療代の代わりだと思って」


 そう言われると、レイモンドも断りづらい。今は一方的にルカたち家族の世話になる他ない身なのである。


「変なクセがついても知らないからね」


 観念してレイモンドは枝を構えた。こうしてまともに構えを取るなど、何年振りだろうか。

 ルカは嬉しそうに目を輝かせると、気合もろともレイモンドに打ちかかって来た。

 ルカの身のこなしは速い。瞬きをする間にお互いの枝がぶつかり合い、乾いた音をたてる。しかし、ルカとしては渾身の力で打ち込んだのであろうが、レイモンドは片手で簡単にその打撃を受け止めていた。

 すかさずルカは後ろに下がると、構えを下段に変え、再び枝を振り上げた。レイモンドはそれを半身になって軽くいなす。手ごたえを無くしたルカは、いきおい前のめりに体勢を崩す格好となった。さらに斬りこもうと振り返ったルカの鼻先へ、レイモンドの枝がぴたりと合わされた。

 ルカの完敗である。

 息を荒げながらも、ルカの表情は満足げであった。剣の師足る、と思ったのだろうか。


「やっぱり強いじゃない」


 はっきり言ってしまえば、ルカの腕はまだまだだった。それは砦の戦いまで長らく剣を握っていなかったレイモンドから見てもそうである。だが、まだ十五歳に過ぎないルカに、歴戦の戦士のような実力を期待するのは酷というものである。それに、彼女の動きはしなやかで素早い。素養としては充分すぎるのではないか、とレイモンドは思った。


「ルカは才能あるよ。きっとフラムみたいに強くなる」


 正直にそう思った。

 フラム=ボアンがどの程度の実力なのかを知らないルカは、いまひとつピンと来ていない様子だったが、才能がある、という言葉には喜んでいる。とは言え、レイモンドもフラムが剣を使っているところを見た事があるわけでは無かったが。


「さあ、もう一回!」


 嬉々として枝を握りなおすルカを、レイモンドが止めた。ルカは怪訝な顔をレイモンドに向ける。


「一つ聞いておきたいんだけど、ルカは何のために剣を学ぶの?」


 レイモンドの質問に、ルカは押し黙っている。視線が足元へと落ち込んだ。


「この辺りには魔物が出ないって言ってたよね。魔物を倒すためでないとしたら、一体その剣は何と戦うためなんだ?」


 ルカは叱られた子供のような顔をしていたが、やがて顔を上げた。


「言わなきゃ、だめ?」


 言いにくい事なのだろうか。

 しかし、レイモンドとしては是非とも聞いておかなくてはならない事であった。もしその剣が人の道に外れた目的のために使われるのであれば、当然見過ごす訳にはいかない。ルカのような真っ直ぐな気性の娘が、まさか邪な事を考えているとは思えなかったが、レイモンドは心を鬼にして、頷いた。


「復讐……かな」


 ルカは呟いた。子猫のように愛くるしい彼女には似つかわしくない物騒な言葉である。だが、レイモンドは、その答えに怒ったり落胆したりするよりも、ルカが嘘を言わず素直に言ってくれた喜びの方が大きかった。

 下を向いているルカに、レイモンドは笑顔で優しく話しかける。


「良かったら、事情を聞かせてくれるかい?」


 ルカが何かを言おうとした時だった。

少し離れた所から、馬蹄の音が聞こえてきた。思わず、レイモンドは音の方を見る。王都では馬は貴重な生き物である。野生の馬がこの辺りにはいるのだろうかなどと考えていた。しかし、ルカの表情が途端に険しくなった。


「奴らだわ!」


 そう言うが早いか、ルカは一目散に駆け出した。

 何が起きたのか分からないレイモンドも、とりあえずルカの後を追って走った。方向はルカたちの家の方である。




「ここには誰もおらん」


 ライナス=ルトリューは屋敷を囲む男達を睨みつけ、強い口調でそう言った。男達は、見るからに一癖も二癖もありそうな、野蛮な男たちばかりである。ルネははじめライナスの後ろに隠れて怯えていたが、ライナスに家の中に引っ込んでいるように言われ、その通りにした。


「だから、中を見せろって言ってんだよ。誰もいねえなら、問題ないだろ?」


 男の一人がそう言ってライナスに凄んだ。


「誰もいない。中を見せる必要はない」


 対してライナスは頑として受け付けなかった。男達はいらいらしてきたのか、次第に怒りを表しだした。


「構やしねえ、力ずくだ」


 首領と思われる男がそう言うと、連中は一斉に屋敷に侵入しようとした。ライナスはそれを身を挺して遮ろうとした。

 息を切らせたルカが走ってきたのはその時であった。


「待て!」


 ルカの声に男達は振り返った。彼女を見る男たちの目には、嘲笑うような色が浮かんでいる。


「なんだ、ルカか。またオレ達に可愛がって欲しいのか?」


 男達は一斉に笑い出した。ルカの顔に浮かんだ怒りが濃くなった。

ライナスは表情をサッと変えた。


「ルカ、下がってなさい!」


 しかし、ルカは聞く耳を持たず、手にした木の枝を男達へ向け、そして構えた。その顔は激しい怒りに震えている。

 ルカの得物を見てまた男達が笑った。


「なんだ、そんな棒切れでオレ達とやろうってのか」


 と、そこへ、少し遅れてレイモンドがやってきた。ゼイゼイと苦しそうに息を荒げている。

 今の状況がまるで飲み込めないレイモンドだったが、それよりも驚いているのは、ガラの悪い男達の方だった。


「なんだ、てめえは!?」


「見た事ねえ奴だな」


 口々にそう言っている。見ようによっては狼狽しているとも取れた。

 いやいや、あなた達こそ、誰なんだ、とレイモンドは言いたかったのだが、どうやらそんな状況では無さそうである。


「レイ! こいつらをやっつけて!」


 ルカが叫んだ。その場の全員の表情が変わる。男共は眉を吊り上げ、ライナスは不安そうに眉をしかめた。しかし、最も困惑したのは他ならぬレイモンドであった。

 すかさず粗暴な連中の人数を数える。


「一、二、……五人……か」


 その上、男共はしっかりと武器を装備している。一方のレイモンドと言えば、気が付けばそのまま握ってきた、丘の上でルカから渡された木の枝だけ……。どう見ても勝ち目は無さそうである。

 血の気の多そうな連中はルカの言葉でいきり立っている。どうやらレイモンドの存在を、かなり危険だと思っているようだ。ピクリとでもレイモンドが動けば、飛び掛ってきそうな勢いである。


「これでどうしろと……」


 突然立たされた窮地に、レイモンドは棒切れを握り締めながら、額から一筋の汗が流れたのであった。


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