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第24話:庭園事件

 

 宰相代理トッシュ=ヴァートを取り逃がした、という報を聞いた王子アルバート、いやマスター・ウォルサールは歯噛みした。


「な、何をやっている! 早く行って、捕まえて来い!!」


 そして、報告に来た兵士を怒鳴りつけた。体中から、嫌な汗が流れている。


――こんなハズでは無かった


 そう、心の中で叫んだ。

 剣の腕に劣るヴァートなど、トルード殺しの罪を着せ、簡単に捕らえる事ができるはずであった。一体、何があったのか。ウォルサールの頭の中を一瞬でそんな考えが駆け巡った。


「それが、覆面で顔を隠した男に邪魔されまして……今は、どこへ姿をくらましたのか、まるで分かりません……」


「もういい。下がれ!!」


 兵士の報告に、ウォルサールは苛立った声をぶつけた。兵士は恐縮したまま下がっていく。

 王族の部屋。

 女王の兄アルバートに成りすまして、その身分を確かなものにしたウォルサールであったが、実際の所は以前となんら変わらなかった。部屋の戸の前には、幾人もの兵士たちが、警備と称しウォルサールを監視している。

 しかしその分、ウォルサールは既にその何人かと通じ、自らの息のかかった者を作っていた。彼らへの見返りは、王として立った時の栄達である。己の名誉と金。そのためには、人は案外簡単に法や道を踏み外すものであるという事を、ウォルサールは良く知っていた。

 だが状況は一変した。


――もう、悠長にしている時間は無くなった……


 ウォルサールは、割り当てられた王族の部屋を出ると、そこにいた兵士に声をかけた。彼はウォルサールと通じている。


「陛下に伝えろ。内密に会談がしたい、と。これからの王国についての話だと、言え」


 言われた兵士は、はっ、とかしこまって、すぐに走り去った。立場の弱い兵士ほど、手懐けるのは容易い。ウォルサールは内心でそう笑いながら、部屋に戻ると、ベッドにごろんと横になった。


「こうなれば、実力行使しかあるまい」


 アルバートはそう呟いた。だが、気になるのが宰相代理トッシュ=ヴァートの動きである。ヴァートはどこまで掴んでいるのか。

 

「トルードのせがれは恐らくアルバートと一緒に違いない。とすれば、奴はもう、私の正体に気付いているはずだ」


 ウォルサールは二つの失敗を犯していた。

 一つは、王子アルバートを殺せなかった事。そしてもう一つは、宰相代理トッシュ=ヴァートを捕らえられなかった事である。密かに野望を燃やすウォルサールにとって、本物のアルバートと、その事実を恐らく掴んでいるであろうヴァートの存在は、危険極まりない。


「トルードの倅を甘く見ておった。だが、まだだ。まだ私が王として立つ見込みはある」


 ウォルサールはそう呟くと、ニタリ、と笑いを浮かべた。




 夜中の財務大臣執務室。

 その日の仕事をあらかた片付け、部屋を出ようとする財務大臣ハロルド=ギュールズのもとをたずねてくる者があった。軍務大臣グゼット=オーアである。


「これは軍務大臣殿。こんな夜更けに如何なされた?」


 ギュールズは深夜の訪問に対して、はじめは怪訝な顔をしたが、オーアの只ならぬ様子を見、サッとその顔色を青いものに変えた。慌てて座っていた席を立ち、オーアを迎える。


「とんでもない事になりました。トッシュの姿が昼間から見えないのです。門番がそう、知らせてくれました」


「何ですと?」


「それだけではありません。他の兵士の報告によると、トッシュは、実の父であるトルード殿を殺し、そのまま行方をくらませている、と」


「まさか」


 ギュールズは、あまりにも突拍子もない報せに眉を吊り上げたが、すぐさま胃の辺りを押さえると、今度は眉を情けない形にゆがめた。神経質なギュールズは胃痛持ちである。


「イタタタ……」


「だ、大丈夫ですか?」


 心配して身体を支えようとするオーアを、大丈夫、とギュールズが制する。そして、よろよろと、自らの席に座り、腹を撫でながら、ふう、と息をついた。


「しかし、とても信じられません。あの宰相代理殿が、そのような事をなさるなどと」


 ギュールズはそう言って胃痛にゆがめた顔を振った。

 その思いは、当然オーアも同様である。レイモンドのいない王城を支えているのは、紛れも無くトッシュ=ヴァートなのである。宰相代理となってからは、以前のような尊大な態度は取らず、いかにも宰相らしい細やかさと、力強い決断力を見せる彼に、各大臣達の信望も日増しに高まっている所なのである。

 オーアは厳しい表情をギュールズに向けた。


「私は、謀略なのではないかと思っています」


――謀略!?


 思いがけない物騒な言葉に、ギュールズは一瞬言葉を失い、口をぱくぱくとさせた。そしてようやく声を絞り出す。


「しかし、そのような事をする者など……」


 ギュールズはそう言いながらも、アルバートの事が頭に思い浮かんでいた。オーアもそのようで、ギュールズの目を見て、大きく頷いた。


「証拠はまだありませんが、状況から考えて間違いないでしょう。恐らく殿下の力を利用しようとする者がいるか、あるいは殿下が自ら権力を持とうとしているか。どちらにせよ、そのためにトッシュが邪魔だと思ったのでしょう。それで陥れようとした……」


 オーアの話を聞いているギュールズは、目を閉じて顔をしかめ、両手を依然、胃の辺りで上下させている。大臣の中では最年長のギュールズではあるが、このような謀略に関しては、まるで経験がない。それは魔物によって辺境に追われようとも、今までの王国がいかに平和であったかを物語っている。

 ギュールズは深い息をつくと、口を開いた。


「証拠が無ければ、動く事ができません。今分かっているのは、宰相代理殿の行方が知れない事。おそらく何事かに巻き込まれた可能性が高い、という事だけですな」


 ギュールズの本心としては、すぐにでもアルバートの身柄を拘束し、牢につなげたい所であるが、証拠が無い以上、王族を軽々しく捕縛するわけにはいかない。

 そして、もう一つの懸念すべき事。それは、女王キュビィの身の安全である。アルバートが王位を狙っているとすれば、女王の命を狙わないとも限らない。


「陛下の警備は、私がやりましょう」


 オーアはそう言ったが、心は重かった。不安なのは、アルバートと戦う事になった場合である。あの得体の知れない術。謁見の間に続く廊下で初めてアルバートに会った時、身体の自由を奪うあの術に対して、オーアは手も足も出なかった。果たしてオーアにアルバートを撃退する事ができるであろうか。ましてや、右肩はいまだ万全ではない。


――腕の立つ護衛が欲しい


 オーアは改めて、女王護衛官フラム=ボアンの死を惜しんだ。王城には、あまりにも戦いに熟達した猛者が少ない。オーアが満足に戦えないとなると、もう戦えるものがいなくなってしまう。ここにも、今まで平和だったツケが回っている。とは言え、冒険者をそう簡単に城内に入れるわけにも行かないため、元兵士という両方の顔を持つ猛者フラム=ボアンは貴重な戦力であった。


「後は、殿下と通じている者が誰なのかを調べる必要があります。これは私が当たりましょう」


 ギュールズはキリキリとした胃の痛みに耐えながら、そう言った。

 ギュールズの頭には有力な貴族を疑う考えがあった。それならば、名家の出であるギュールズが動いたほうが何かと都合がいい。貴族たちへは顔が利くためである。

 だが、結果的にはギュールズのその読みは外れである。アルバートに化けているマスター・ウォルサールが、直接一部の兵士たちを利用しているのである。が、当然そんな事をギュールズたちは知る由も無かった。


 オーアは財務大臣の執務室を出ると、キュビィの警備へと向かった。

 だが、女王の部屋にキュビィは居なかった。


「陛下はアル殿下とお話し合いがあるそうで、部屋を出て行かれましたが……」


 そう答えたのは、キュビィの侍女クラウディアであった。オーアは驚きのあまり、叫ぶように聞いた。


「何だと!? それはいつの事だ!?」


「半刻ほど前、庭園に行かれましたが……」


 オーアはそれを聞くや、凄まじい形相で、城の中庭に駆け出していた。




 城の中庭にある庭園。夜空には月は出ておらず、美しく咲く花々も、かがり火に照らされた所だけが、その色をわずかに見せるだけである。

 ウォルサールは、王族にのみ立ち入る事を許された中庭に足を踏み入れた。中央に据えられた椅子に女王キュビィ=パンダールが腰掛けていた。


「話とは一体何だ?」


 ウォルサールを見るや、冷たい口調でそう言った。相変わらず、兄として敬う気持ちは、その声には一切含まれていない。


――まあ、実際に兄ではないからな


 心の中でウォルサールは笑った。

 ウォルサールの背後には、幾人かの兵士の姿が見える。彼らは庭園には入らず、その入り口で待機していた。キュビィの目には兵士たちは監視の役目を果たしているように見えただろうが、実際はウォルサールの息のかかった者たちである。


「陛下には知っておいて頂かなくてはならない事があります」


 ウォルサールはそう、切り出した。キュビィは顔を横に向けたまま、うん、と小さく言った。


「陛下は、先々代の王、ミヒャエル王がどのようして即位したかをご存知ですか?」


 ミヒャエルは先王レクスの父、つまりキュビィから見て祖父にあたる。唐突な問いに、キュビィはその意図を測ろうとしたのか、考えるようにやや間を空けてからかぶりを振った。


「いや、知らぬ。そもそも祖父についての話は、父上からも聞いた事がない」


 キュビィはなぜそんな事を聞くのか、という顔をした。

 ウォルサールは口の端に笑みを浮かべると、話を続けた。


「ミヒャエル王には弟がいました。その名はシュロ。この名は王国史にも残っていません。それは何故なのか」


 キュビィは以前レイモンドから王国史に目を通しておくように言われていた。だがキュビィは長い長いその歴史のほんのさわりの部分をなぞっただけで放り出していたのだった。当然、祖父の弟シュロという名を知るはずもない。


「実は祖父ミヒャエルは、本来、正統な後継者ではありませんでした。なぜなら、当時の王妃の子ではなかったからです」


「何!?」


 キュビィの表情が変わった。

 それを見て、ウォルサールはさらにニヤリと口の端を上に上げる。


「そこから先は何となく想像がつくでしょう。王位を継承する時、兄弟のどちらが即位するかで意見が分かれました。しかし、シュロの母である王妃は健在だったので、その後ろ盾もあって、弟であるシュロの方が王位に就くべきだとの意見が多かったのです」


 にもかかわらず、兄であるミヒャエルが即位した。という事はどういう事なのか。


「まさか……」


 キュビィの顔が険しさを増す。


「そう。兄ミヒャエルは、腹違いとはいえ、弟であるシュロを殺したのです。そして、その存在を歴史から抹殺し、自分は何食わぬ顔で王位についた」


 ウォルサールの顔から笑みが消えていた。まるで敵を目の前にしたかのような鋭い眼差しをキュビィに向けている。


「何故、そんな話を?」


 キュビィの座っている椅子がギイとわずかに鳴った。庭園に、禍々しい緊張が走る。あたかもウォルサールの身体から真っ黒な瘴気が発せられ、辺り一体を侵食していくかのようであった。異常な空気である。


「いえ。ただ、そのような歴史も知っておいて頂きたかっただけです。古来より平和であったと言われる王国ではありますが、その闇に葬られた者もいた、という事です。歴史は繰り返す……とも言いますな」


 キュビィの顔に、さっと怒りの色が浮かんだ。


「そのような不吉な言、いかに兄上とはいえ、わらわに向かって無礼であろう!」


 ウォルサールの言葉は、過去の事例になぞらえ、まるで力尽くで王位を奪う、と言っているようなものである。だが、キュビィの怒りにもウォルサールはその不気味な表情を変えない。かえってその凄みを増したようにキュビィを睨みつけた。


「無礼……だと? そもそもお前が王でいられる事自体が間違っているのだ!」


「何だと!? その言葉、冗談ではすまされぬぞ!」


 ウォルサールの態度の急変に、キュビィもウォルサールを睨み返す。ウォルサールの発言は、王位簒奪を狙う意思がはっきりと見て取れる。即座にキュビィはウォルサールの背後にいる兵士に命を下した。


「王に対する反逆罪である。この者をひっ捕らえろ!」


 だが、その声に反応する兵はいなかった。


「な、何をしておる。早くこの者を捕らえんか!」


 言い終わって、キュビィはハッと身を硬くし、椅子を立った。ガタンと音を立て、椅子が倒れる。兵士たちは、ウォルサールの手の者なのだ。

 ウォルサールは、ゆっくりとその歩をキュビィへと近づけた。後ろの兵士たちも、同じくキュビィの方へと足を踏み出した。


「フフフ……。少し気付くのが遅かったな」


「お前……。狙いは王位か!?」


 命の危機であるが、女王であるキュビィはひるまなかった。それには少しだけウォルサールも感心した顔を見せた。


「ほう……、ただの小娘だと思っていたが、命乞いをせぬ所はさすがだな」


 既にウォルサールの話し方はあの軽い口調ではなくなっていた。声色は変わらず高いが、老練な者を思わせる口振りであった。


「お前は一体何者だ!?」


「フフ……、王位継承者だよ。正統な、な……」


 そう言うと、ウォルサールは背後の兵に合図をした。兵たちは頷くと、キュビィを取り囲むように展開した。そして手にした槍を少し躊躇しながらも、女王に向ける。冷たく光る切っ先がまっすぐに女王を捉えている。キュビィはそれでも顔色を変えず、ただウォルサールをねめ付けていた。

 その時であった。

 茂みから何者かの声が響いた。


「正統な継承者は、陛下だよ。マスター・ウォルサール!」


 声と同時に暗闇の中、キュビィの目の前を一陣の風が過ぎた。すると、今までキュビィに槍を向けていた兵士たちがバタバタと倒れていくではないか。チッとウォルサールは舌打ちをした。


「やはりお前が来たか。マスター・シバ」


「おお!! シバ師範!」


 目の前に立ちふさがる小柄な老人の姿に、キュビィは喜びの声を上げた。


「陛下。遅くなって申し訳ありません。宰相代理殿からのご依頼で、今まで城に潜んでおりましたゆえ」


「ヴァートが!?」


 キュビィはヴァートが行方をくらましている事は知らない。それよりも気になったのは、 シバが今まで城に潜んで、ウォルサールが尻尾を出すまで泳がせていたであろう事である。キュビィはもっと早くに助けに入ればいいものを、と思ったのか、少しだけ不満げにシバを睨んでいる。

 

「まあ良い。シバよ、この不届き者を捕らえろ!」


「承知!」


 シバは両の腰から剣を抜くと、目の前にその刃を交差させ、腰を落とす独特の構えを取った。一方のウォルサールは、両手を腰の辺りに垂らして、両脚の間隔を少し広めに取っている。両者、すぐには動き出さない。

 キュビィは瞬きもせずその様子を見守っている。


「ちぇええい!!」


 先に動いたのはシバであった。シバはかけ声と同時に土煙を残して影と化した。たちまちウォルサールの背後にまで駆け抜け、その首を真上へ飛ばす。……はずであったのだが。


「ぬかったな。マスター・シバ」


 シバは両の剣をウォルサールの喉元に突きつけていた。が、そこから微動だにできなくなっていた。ウォルサールはあらかじめ、自らの目の前に結界を張っていたのである。そこへシバを誘い込み、まんまとその動きを封じる事に成功したのであった。

 ピクリとも動けなくなったシバは、声も出せずに、その額から汗を流している。


「ああ!! シバ!」


 キュビィは悲痛な叫び声を上げた。反対にウォルサールは勝ち誇った顔を見せる。


「ハハハ。これで邪魔ものはいなくなった訳だ。……お前はあとでゆっくりと料理してやる」


 そう言って、ウォルサールは動けないシバが右手に握っている剣を奪うと、再びキュビィへと近づいた。

 万事休すである。

 キュビィは目を逸らさずに、ウォルサールを見ている。


「命乞いをするなら、今のうちだぞ」


 ウォルサールの言葉にも、キュビィはまるで動じない。


「命を乞うたとて、生かすつもりは無いのだろう」


 冷たいキュビィの声。それを聞いて、ウォルサールは笑った。十三歳の少女とは言え、流石は女王である。その決意の程にウォルサールは内心感嘆した。もしかしたら、王としての器は確かな物なのかも知れない。が、ウォルサールとて、本当に生かすつもりは無かった。

 かがり火の明かりを受けて、ウォルサールの持つ剣が閃いた。

 

「う……っ!」


 だが、その次の瞬間、血に染まったのは、ウォルサールの方であった。シバから奪った剣が弾け飛び、地面に突き立った。ウォルサールは腕を押さえてうずくまった。腕からは鮮血が流れている。


「おお!」


 キュビィの顔が、ホッと安堵の色にほころぶ。

 ウォルサールは背後の暗闇を睨みながら絞り出すように言った。


「まさか、もう一人いたとは……」


 ウォルサールの首筋には槍の切っ先が突きつけられている。間一髪の所で、その男はウォルサールの背後から接近したのである。唯一の障害だったはずのシバを結界に捕らえたからこそ生じたウォルサールの油断であった。シバは、そこにつけ込み、あらかじめ別の者を潜ませていたのである。


「今度こそ落とし前をつけられそうだな」


「誰かと思えば、砦で助けてやった冒険者か……」


 ウォルサールに切っ先を向けている冒険者。それは冒険者の中でも最もウォルサールと遺恨のある者であった。


「その甲高い声、忘れはしねえ。小便を飲ませられた屈辱、今こそ晴らさせてもらう」


 ヒュー=パイクは槍をウォルサールに突きつけたまま、もう一方の手で手槍を取り出すと、シバのほうへ投げた。針が折れる音と共に結界が解けたと見え、シバは息をつくと、再び動きを取り戻した。


「陛下。お怪我はありませんか?」


 シバはすぐにキュビィの方へ駆け寄った。


「あ、ああ。シバよ。助かった。礼を言う」


「お礼は私ではなく、宰相代理殿に言って下さい」


 そう言って笑うシバの目線の先には、宰相代理トッシュ=ヴァートがいた。そしてその傍らには、王兄アルバート=パンダールの姿。


「兄上が二人?」


 キュビィは二人を見比べると、怪訝な表情を浮かべた。

 それにはヴァートが答える。


「その曲者はマスター=ウォルサール。アルバート殿下の名を騙る賊です。そして、こちらにおわす方こそが、本物のアルバート殿下です」


「何だと!?」


 キュビィは驚きの声を上げた。当然の反応であろう。だが、同時に、やはり、という考えがあったのか、妙に腑に落ちたようで、納得の表情も覘かせた。

 しかし、ウォルサールは、傷ついた腕を押さえたまま、ニヤリと笑って見せた。


「ククク……。してやったり、という所だろうが、果たして私が偽物で、そこにいるのが本物のアルバートだという確たる証拠でもあるのか? トッシュ=ヴァート!」


「この期に及んで何を言うか!」


 シバは一喝した。

 が、このウォルサールの言葉で、空気が少し変わった事も否めない。確かに、本物のアルバートが王位を狙ってキュビィの命を奪おうとした、という事も充分に考えられるからである。一度は本物のアルバートだと証明がなされているだけに、それを覆すためには、動かざる証拠が必要であった。


「どうなのだ? ヴァート」


 不安げにキュビィが聞く。

 今度はヴァートが高笑った。


「グレイ、ククリ! 今だ!」


「待ってました!」


 ヴァートの声に反応して、これまた潜んでいたグレイとククリが飛び出してきた。手には、麻の大袋を持っている。なにやら袋が蠢き、中から奇妙な声が聞こえてきた。


「これが証拠です」


 ヴァートの合図と共に、袋が開け放たれ、中から、小さな獣がわらわらと飛び出してきた。

 全身が毛で覆われ、長い尾と髭を持つ獣が、ニャアニャアと鳴きながら、庭園中を駆け回った。


「猫!?」


 袋から飛び出したのは、大量の猫であった。


「こ……これがどうしたと言うのだ?」


 ウォルサールは訳が分からないという風に、ヴァートに問う。ヴァートは意味ありげに微笑むだけである。だが、一人、この大量の猫に反応する者がいた。


――ギャアア!!


 夜の中庭に、悲鳴が響き渡った。悲鳴を発した主は、そのまま卒倒し、隣に居たヴァートに寄りかかるように崩れ落ちた。どうやら、気を失ってしまったようである。


「で、殿下……。ちょっとやり過ぎたか……」


 皆、信じられないという様子で、ヴァートに抱きとめられたアルバートを見た。さすがのヴァートにも戸惑いの表情が見て取れる。が、キッと顔を引き締めると、ウォルサールへ言い放った。


「これでハッキリしたな。マスター・ウォルサール。殿下は猫が嫌いなのだ。気絶するほどな」


「な、何と言う……馬鹿馬鹿しさだ……」


 あまりの出来事に、ウォルサールはがっくりと肩を落とした。

 アルバート=パンダールが猫を苦手としている事。それを知っていたのは、幼少時に侍女をしていたクラウディアであった。彼女は宰相補佐官のノウル=フェスの聞き取りの時、その事を証言していた。当然ヴァートはその事実を把握していたのだが、さすがに謁見の間に猫を持ち出すこともできず、その場では確認していなかった。だが、それがかえって今回の切り札となった。

 ちなみに、大量の猫は、ヴァートから指示を受けたグレイとククリが街中を駆け回って集めたものである。


「陛下! ご無事ですか!」


 ここで、軍務大臣グゼット=オーアが血相を変えて中庭に飛び込んできた。しかし、オーアは目にした光景に呆然とするしかなかった。

 中庭には、うなだれるアルバートの姿。さらに失踪していた宰相代理と、彼に抱きかかえられたもう一人のアルバート。そしてマスター・シバに守られた女王キュビィ。その上、冒険者三人と庭を埋め尽くさんばかりの猫たち。


「……一体、何があったというのだ?」


 オーアでなくとも、この状況を理解するのは難しいだろう。ただはっきりしているのは、女王キュビィが無事である、という一点だけであった。




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