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第22話:審判

 王城に光が戻った。

 この日の朝議、女王キュビィ=パンダールの姿が、そこにはあった。

 キュビィは各大臣達へ、これまでの不在を真摯にわびた。城門で、馬車を前に見せた弱々しい姿とは打って変わったその女王然たる物腰に、その場にいたすべての者が安堵した事は言うまでも無い。

 宰相代理トッシュ=ヴァートは、早速、という具合に議題を進める。


「目下、我々が抱える問題と言えば、陛下の兄君アルバート殿下を自称する者の真偽についてです」


 一同が賛同する。

 キュビィも玉座で、ヴァートの話に同意している。

 ヴァートは話を続けた。


「独自に、アルバート殿下について調査を進めました。一定の結果がでましたので、今から殿下を名乗る者をここに招致し、本物かどうかの吟味を行いたいと思いますが、如何でしょうか」


「よろしい」


 キュビィは頷いた。各大臣たちからも異存はない。

 玉座には、今や完全に立ち直ったキュビィがいる。光の女王と呼ばれ、絶大な支持を持つキュビィがいれば、例えアルバートが本物だったとしても、それに結びつこうとするいかなる勢力とも対抗できる、という自信が大臣達にはあった。

 今をおいて、アルバートの正体を明らかにする好機は無いと言っていい。


 ヴァートが合図すると、控えていたガルシュが、アルバートを伴って謁見の間に入ってきた。

 キュビィにとっては、これがアルバートとの初対面である。


「そなたが我が兄を名乗るものか」


 キュビィの声は、何の感情も持たない冷たい響きをもって、謁見の間に広がった。


「会いたかったよ、我が愛しの妹よ!」


 アルバートはいつもの甲高い声をキュビィに投げかける。その間の抜けた声は、荘厳な謁見の間の雰囲気にはそぐわない、やたらと異質な物に感じられた。

 キュビィは一瞥をくれたのみで、すぐに視線をヴァートに向ける。


「では、トッシュ=ヴァートよ。吟味を始めよ」


 キュビィの命に、ヴァートは一礼した。

 再開した兄妹の感動的な場面を想像していたのか、アルバートは、キュビィのそっけない反応に舌打ちをすると、広間の真ん中に設置された椅子に腰をかけた。

 その様子を確認し、ヴァートは手元の資料を見ながら、アルバートへの質問を始める。


「あなたの名前は?」


「何度も言ってるでしょ。アルバート=パンダール」


 ヴァートの質問は、アルバートに関する基本的な情報についてであった。こうしたやりとりが、しばらく続く。

 アルバートを名乗る男は、渋々といった風に答えるものの、基本情報については完璧に合致していた。


「結構です。では、ここからは質問の内容を変えます。あなたは今まで、どこで何をしていましたか?」


「……ボクがいたのはジラーフィン。そこから旅をして、この王都にたどり着いたのさ」


――ジラーフィン!?


 大臣達から、驚きの声が上がった。

 ジラーフィンとは、王都の東に隣接する地域の名である。隣り合ってはいるが、ジラーフィンと王都の間には魔物も越えられない険しい山脈が連なっているため、行き来をする事はできない。

 ヴァートも驚いたが、冷静に質問を続ける。


「どうしてジラーフィンに?」


「……二十年前、旧王都が陥落したとき、ボクは皆とはぐれちゃったんだ。それで、魔物から逃げているうちに、ジラーフィンへ……」


 急に声が小さくなるアルバート。

 だが、その話の内容に、ヴァートは眉をしかめた。


「あなたは当時、五歳のはず。そんな幼児が、魔物からそんなに簡単に逃げおおせられますか? なにより、旧王都からジラーフィンまでは、徒歩では一週間もかかろうかという道程です。明らかに無理があるでしょう」


 突きつけられた矛盾に、アルバートはクククと含み笑いをする。


「まどろっこしいなあ。どうせ知ってるんでしょう? マスター・ウォルサールの事を……」


「マスター・ウォルサールとは誰ですか?」


 ヴァートはシラを切った。

 対するアルバートは、まあいいか、と少し諦めたような声を漏らしてから答える。


「マスター・ウォルサール。父上に仕えていた者の名だ。逃げ遅れたボクを、マスターが助けてくれたのさ。それで、逃げ逃げてジラーフィンへ。これでいいかい?」


 アルバートの言う父、とは当然、先代の王レクスの事である。

 ここで、最年長である財務大臣ハロルド=ギュールズが声をあげた。


達人マスターを名乗る事ができたのは、当時シバ師範だけだったと記憶していますが……」


 その質問には軍務大臣グゼット=オーアが答えた。


「それは私からご説明しましょう。当時、先王レクス様の直属として、マスター・ウォルサールは実在しました。あまり表に名が出なかったのは、秘密裏に動く役目だったからです」


 オーアは、同時に、二十年前の都落ちの時以来、ウォルサールが行方不明になっていることも付け加えた。

 この話に、またも大臣達も驚きの色を隠せない。

 考えてみれば、シバすらその存在を知っているものはわずかだったのである。王国の裏で動いていたウォルサールの事を誰も知らなくても、不思議ではない。

 ヴァートはアルバートの方に向き直り、質問を続ける。


「さて。ではそのマスター・ウォルサールとジラーフィンでどのように過ごしたかを聞かせてもらえますか?」


 アルバートは相変わらずつまらなさそうに、ため息混じりに答えた。


「幸い、魔物の少ない場所を見つけてね。そこで一緒に暮らしたさ」


「あなたが使う、不思議な術も、マスター・ウォルサールに教わったものですね?」


 畳み掛けるようなヴァートの質問に、アルバートは、ああ、と短く答えた。

 アルバートの術については、直接それを食らったオーアの報告を元に、既に他の大臣も周知の事となっていた。


「その術についてお尋ねしたいのですが、一体、どういうものなのですか?」


「それは教えられない。まだね」


 アルバートはそっぽを向いて答えた。

 その様子に、ヴァートは、まあいいでしょう、と言って、質問を変えた。


「では、この王都にやってきた理由は?」


「マスター・ウォルサールが死んだのさ。それで、身寄りの無くなったボクは一人で、この王都へやってきたって訳」


「どうやって?」


「さすがに東の山脈は越えられないからね。南の砦を回って王都に入った。ボクの術を使えば、砦にいかに魔物がいようとも、抜けるだけなら何とかなる」


 アルバートの言うように、ジラーフィンから王都へ入るには、そのルートしか考えられない。


 王都から砦を挟んだ南の地方をササールという。そして、そのササールから南東に位置するのが、旧王都。旧王都から北へ行けば、ジラーフィンがある。

 つまり、アルバートは、ジラーフィンから旧王都へ下り、ササールを通ってこの王都に入った事になる。過酷な旅である。

 しかし、陥落前の南の砦が果たして簡単に抜けられたのか、という疑問が残る。

 それにはオーアが答えた。


「南の砦は確かに堅牢ではあるが、規模としては小さい。言うように、こっそりと人が抜けるだけならば、どうにかなるかも知れん。なによりあの術があれば、多少魔物に発見されても、仲間を呼ばれる心配はないからな」


 ヴァートはなるほど、と相槌をうつ。

 他の者が言うならいざ知らず、実際に砦の戦いに参加したオーアが言うのならば、信ずるに値する。

 アルバートは、うんざりしたようにそのやり取りを見ていた。


「どうでもいいけど、とっとと核心に迫ってくれよ。どうせあるんだろう? これはという証拠が」


 まるで他人事のようなアルバートの口ぶりである。

 それを聞いて、ヴァートは、フッと小さく笑った。


「では、あなたが身分を示す証として出された、これについて聞きましょう。これは何ですか?」


 そう言ってヴァートが取り出したのは、アルバートが身につけていた金の腕輪であった。

 そこには、アルバートの名と、生年月日が刻まれている。


「それは、ボクの身分を証明するための物だよ。小さい時に作られたものだって聞いているけど。まさか、偽物だなんて言うんじゃないだろうね?」


「いえ。これ自体は本物でした。ただ、これの名前を知りたい。これは、何ですか?」


 執拗に聞くヴァートに対し、アルバートは、そう言うことか、とつぶやいて笑った。


「腕輪……と言わせたいんだろうけど、それは元々は腕輪じゃない。冠だったってね。それをボクは腕にはめていただけって訳さ」


 アテが外れたね、とあざけるように、キャッキャとアルバートは笑い出した。

 静まり返った謁見の間に、嬌声が響く。その様子を見て不安にかられたのか、大臣達は、皆ヴァートへ視線を向けた。しかし、ヴァートは冷静な表情を変えていない。

 アルバートの笑い声が止むのを待って、ヴァートは微笑みをたたえた口元を動かした。


「なるほど。……では、そろそろ聞きましょうか。あなたがもし、本当のアルバート殿下ならば、背中に傷があるはず。これは旧王都から逃れる時についた傷です。これはどうですか?」


 アルバートは薄笑いを浮かべた表情を変えない。

 そしてスッと目を閉じた。


「あるよ」


「見せてください」


 即座に言い放つヴァート。

 アルバートは椅子から立ち上がると、身につけた服を剥ぎ取った。

 白く、細い背中。そこには、右肩から左のわき腹へかけて生々しく残る傷跡が認められた。それを見た大臣達からは、歓声とも悲鳴ともつかない声が漏れる。


「これでいいのか?」


「結構です。……念のためにお尋ねしますが、その傷はどのようにして付いたものか、覚えていますか?」


「王都から逃れる時、魔物から受けた傷だ。ボクはそのまま意識を失い、マスター・ウォルサールに救われた」


 この事はマスター・シバの証言と一致した。

 旧王都陥落のとき、アルバートを守って逃げていたのは、実はマスター・シバであった。

 だがシバは迫り来る魔物からアルバートを守りきれず、負傷させてしまい、その上、姿を見失ってしまった。

 これが、城壁でシバがオーアに語った内容である。

 それを宰相補佐官ノウル=フェスがオーアから聞き取り、ヴァートへ報告していた。


 ヴァートはアルバートへ服を着なおすように促す。

 それが終わるのを待って、ヴァートは玉座にあるキュビィに向き直る。

 場に緊張が走った。


「正真正銘、アルバート殿下に間違いありません」


「そうか」


 キュビィは無感動にそう言いい、小さく頷いた。

 そして、ようやく女王は、その冷たい視線を兄に向けた。


「兄上。長い間、ご苦労様でした。女王として、妹として、兄のご無事を嬉しく思います」


 そう、言った。ただ言っただけである。そこには何の感情も混じってはいないことが、ありありと分かった。

 何とも味気ない兄妹の再会ではある。が、いきなり生き別れの兄と会った所で、どう反応して良いのか分からないのも無理はない。並み居る大臣達も、この場の居心地の悪さを感じつつ、そのように納得した。

 しかし、そんなキュビィの態度にも、アルバートは別段気を悪くした風も無い。


「ようやくわかってもらえたようだね。いやあ、ボクも疑いが晴れて嬉しいよ。これからは力を合わせて王国のために尽くそうじゃないか」


 緊張感無く言って、アルバートはケラケラと笑い出した。

 間延びした空気が、辺りを包み込む。


「では、アルバート殿下もお疲れでしょう。お部屋へお戻り下さい」


 ヴァートは微妙な空気を断ち切るようにそう言って、ガルシュに目配せする。

 アルバートは再びガルシュに伴われ、謁見の間を出て行った。


「私も疲れました。今日の朝議はこれで終わりにしましょう。後はまた明日に」


 キュビィはそう言うと、玉座を立ち、さっさと奥へ引っ込んでしまった。

 残された大臣達は、互いの顔を見合わせる。その表情には、どうしていいか分からない、という色が一様に浮かんでいた。


「まあ、陛下と殿下は、今日会ったばかりです。お二人の仲は、時間が解決するでしょう。我々にはどうすることも出来ません」


 と、ヴァートもそっけない。だが、まあその通りではあるだろう、との話になり、この日の朝議は、あっさり解散となった。




 朝議が終わると、宰相代理トッシュ=ヴァートは自室には戻らず、単身でそのまま城外へと出かけた。

 向かった先は、王城北エリアにある住宅街の、東の外れである。

 そこは、未だに開発されきっておらず、緑に囲まれた美しい場所であった。その上、魔物が姿を現さないという珍しい場所でもある。

 それゆえ、名家の貴族達は、こぞってそこに豪奢な別荘を建てた。いわゆる超高級住宅地、といったところか。


 ヴァートがそこへ向かった目的はひとつ。


――我が父。トルード=ヴァート


 数日前。アルバートについての調査結果を知らせに来たフェスに、ヴァートはさらに依頼を追加した。それは、父トルードの居所を探せ、というものだった。果たして、フェスは見事その場所を突き止めたのである。

 当然、ヴァートがそんな事をするのには理由があった。


――この一件には、父が絡んでいる


 ヴァートはそう確信していた。

 彼は知っていた。かつて、マスター・ウォルサールとヴァート家には深い関係があった事を。

 王国の裏の顔であるウォルサール。そして、当時、彼に指示を与えていたのは、誰あろう、時の宰相トルード=ヴァートであった。

 アルバートに、ウォルサールが関わっている。そうフェスから聞いた瞬間、今は引退したはずの父の顔が、ヴァートには思い浮かんだ。

 そうなれば、ヴァートは父に事と次第を聞かずにはいられなかった。


 ヴァートは、目的の豪邸の前に到着した。

 やたらと物々しい門構え。そして、綺麗に手入れされている庭。

 ヴァートは門から中の者を呼ぶが、誰も出てこない。再三行うも、家の中から人の気配はしなかった。

 良く目を凝らすと、わずかだが、入り口の戸が開いているように見える。


「まさか!?」


 胸騒ぎを覚えたヴァートは、閉ざされた門をよじ登ると、扉へと駆けた。

 やはり戸には鍵がかかっておらず、わずかに開いている。

 嫌な予感に、はやる気を抑えられずヴァートは慌てて戸を開け、中に入った。

 そしてすぐに居間らしき場所で人が倒れているのを見つけた。


「父上!」


 ヴァートは駆け寄ると、父と呼んだ者を抱き起こした。

 手に、ぬるりとした感触。見れば、真っ赤な血であった。ヴァートは色をなした。


「父上! しっかりしてください!」


 再びヴァートがゆすると、微かに瞼が動いた。


「ト、トッシュか……」


「父上! 何があったんですか!? 誰にやられたんですか!?」


 ヴァートは絶叫した。

 元宰相であるヴァートの父は、苦しそうにうめいている。


「うう、すまぬ、トッシュ。私が間違っていた……。アル殿下を頼む……、アル殿下はここに……」


 それだけ言うと、突然力が抜けたように、ガクリと首が下に折れた。ヴァートの手に直接伝わる、命が消える感触。

 ヴァートは震えた。


「ち、父上……」


 その時、部屋から、ガタリと音がした。

 ヴァートはびくりと身体を固くする。父を手にかけた者がまだ潜んでいるのか?

 音は絨毯が敷いてある床から聞こえてきたようだ。ヴァートが絨毯をめくると、床に扉が現れた。地下の貯蔵室にでも繋がっているのだろう。ヴァートは恐る恐る、その戸を開けた。


「あ!」


 そこには、若者がいた。

 ヴァートは、その姿に見覚えがある。金色の髪、そして緑色の瞳。


「アルバート殿下が、なぜここに!?」


 それは、王城にいるはずのアルバート=パンダールであった。

 地下室のアルバートは、恐怖におののいたように震え、ヴァートに問いかける。


「あ、あの……、あなたは一体?」


 ヴァートは同じ事が聞きたい感情を抑え、慎重に答えた。


「私は、トッシュ=ヴァートと申します。王城に仕える者です。……失礼ながら、アルバート殿下とお見受けしますが」


「トッシュ=ヴァート……? ではまさか、トルード殿のご子息なのですか?」


 ヴァートは頷く。

 すると、怯えていたアルバートは、ホッとしたように口を開いた。


「私は、アルバート=パンダールといいます。あの、一応、パンダール家の王子です」


 そう名乗るアルバートは、見た目こそ同じものの、口調といい、感じられる雰囲気といい、王城に居たアルバートとはまるで別人である。

 一体どういう事なのか? ヴァートの頭は混乱した。


 その時であった。

 この家の外から、何やら騒々しい音が聞こえてきた。まるで何人もの人間が取り囲んでいるような声。

 とりあえずヴァートは、アルバートを地下室から出し、窓の外を見た。

 

――兵に囲まれている!?


 何人いるかは分からない。だが、王国兵士が、家の周囲を固めているのが見て取れた。

 ヴァートは何やら不吉な予感がし、脱出すべく、気配を殺して家の裏口へと回ろうとした。


「ひいいいい!!」


 突然、背後からの悲鳴。

 見れば、アルバートが足元に転がるトルードの死体に気付き、驚いて声をあげているところだった。

 途端に、家の外からは、『いるぞ』との声が聞こえてきた。これで、こっそり脱出することは困難になってしまった。思わずヴァートは舌打ちをする。


「殿下、なにやら、不穏な動きがあるようです。ひとまずここから逃げましょう」


 ヴァートがそうアルバートに言い終わらないうちに、家内へと兵がなだれ込んできた。咄嗟にヴァートはアルバートを兵からかばうように立ちふさがる。

 居たぞ! と叫びながら、ヴァートたちがいる部屋に殺到する兵士たち。彼らは、ヴァートの足元に横たわっている死体を見つけ、どよめいた。


「ト、トッシュ=ヴァート様! まさかご自分の父上を殺すとは!?」


「何!?」


 言われて、ヴァートは自分の手を見た。抱き起こしたときの血が、べったりと付着している。のみならず、服もまた、トルードの血で赤く染まっていた。

 さらに、はじめはヴァートも気付かなかったが、凶器と見られる血の着いた剣が床に転がっていた。それは紛れもなく貴族にしか持ち得ない、上等な細工のほどこされた剣であった。


「申し開きは、城で聞きます。ご同行を!」


 兵はそう言って迫る。

 ヴァートは悩んだ。

 正直に事情を話した所で、果たして自らの無実を証明できるだろうか。ただでさえ、人の少ない別荘地で起こった出来事である。まず、目撃者などは皆無だろう。

 それに、これだけの手回しの良く兵士がかけつけた、という事を考えると、何者かの謀略と考えるのが自然である。だとすれば、ヴァートが無実を証明できる手立ては、あらかじめ潰されている可能性が高い。

 さらには、ここにいるアルバートの存在である。重要な参考人である事は間違いないが、彼の身の安全が、城で保たれるだろうか。それはかなり際どい、と直感的にヴァートは思った。


――しかし、逃げるといってもどうすればいいのか……


 ヴァートは剣など、長らく振っていない上に、元々、恐ろしく苦手な分野である。これだけの兵士を相手にするなど、到底不可能であった。


 ヴァートが逡巡していると、またしても状況が急変した。


「あ!」


 いきなり窓の割れる音がしたかと思うと、二人組の男が飛び込んできたのである。

 顔を布で覆った彼らは、抜刀すると、兵士に向かって打ちかかった。

 兵士たちは、思いがけない状況に不意を突かれ、浮き足立った。何より、この二人組が、異常に強い。次々と、部屋にいる兵士たちをなぎ倒していく。

 ヴァートとアルバートが呆気に取られていると、窓の外から、二人を呼ぶ声が聞こえてきた。


「今のうちだ。こっちへ」


 同じく覆面で顔を隠した男が、窓から早口に二人を呼ぶ。

 訳が分からないままではあったが、兵士たちに連れて行かれるよりは、まだ希望がある。咄嗟にそう考えたヴァートは、アルバートを先に窓から出し、そして自らも、部屋を脱出した。

 家の外に出てみると、そこには、取り囲んでいた兵士たちが、既に十数人ほどうずくまっている。恐らく、この覆面の男達がやったのであろう。


「ボサっとしてんな。逃げるぞ」


 窓から呼んでいた覆面男は、そう言うと、走り出した。

 覆面の者たちは何者なのか分からないが、ここまで来たら仕方が無い。ヴァートは覚悟を決めると、アルバートの手を引き、覆面男の後を追った。


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