表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
18/85

第18話:笑う侵入者

 未だに女王キュビィ=パンダールが政務を摂れない中、臨時で宰相代理となったトッシュ=ヴァートの手腕によって、王城は一応の平穏を取り戻し始めていた。

 そんな王城に、また一つ明るい報せが入った。

 砦の戦いで受けた傷が元で身体を悪くしていた、軍務大臣グゼット=オーアの復帰である。


「長らく養生の時間を頂き、誠に申し訳ありませんでした」


 そう言って、神妙に深々と頭を垂れるオーア。肩にはまだ痛々しく包帯が巻かれ、ガッチリと固定されてはいるが、顔色は良く、その回復振りがうかがわれた。

 王城を支える大きな支柱の一人である軍務大臣の復帰に、その日の朝議での各大臣の顔は、久々に幾分晴れやかであった。


「いやいや、砦の戦い、誠にご苦労様でした。オーア殿の奮闘の様子も、噂に聞こえております。傷の具合はもう宜しいのですか?」


 財務大臣ハロルド=ギュールズが、にこやかにオーアを迎える。


「ご覧の通り、右手でまだ槍は振れませんが、熱も下がり、体調はすこぶる良くなりました。ご心配をお掛け致しました」


 そう言って、再びオーアは申し訳無さそうに頭を下げた。

 女王のいない謁見の間に、大臣たちの拍手の音が響く。

 拍手が鳴り止むのを待って、宰相代理トッシュ=ヴァートが口を開いた。


「ひとまず、戦後の処理は済ませておきました。この場をお借りして、ご報告させていただきます。足りない部分がありましたら、これからオーア殿に進めて頂きたい」


 そう言ってヴァートは、滔々(とうとう)と報告を行う。説明の内容としては、砦の防衛や、参加した兵への保障や恩賞などについてである。

 微に入り細を穿つヴァートの説明に、オーアは驚いた。


「これでは、もう自分がやる事はありませんな。いや、ヴァート殿、感謝の言葉がありません」


 そう謝意を表しつつ、オーアは苦笑した。ちなみに、評議の席ゆえ、ヴァートに対する言葉づかいは正している。普段なら、ヴァート、ヴァート、と呼び捨てである。


 ところで、謁見の間の端で、そんな様子を嬉しそうに見つめる男がいた。

 王国兵士ガルシュである。

 彼は砦の戦いにおいて軍務大臣の命を救う、という功績を認められ、論功行賞によって王城警護の責任者に取り立てられていた。

 警護責任者としての初日に、自らが救ったオーアの復帰の場に居合わせることが出来たのである。彼の胸は、喜びでいっぱいであった。


(今日は、何といい日なのだろう)


 東の洞窟の監視員として冒険者に同行したものの、途中で逃げ出しまったという過去の苦い失態。

 そして、そこから奮起して、身体を極限まで酷使した、訓練所での日々。

 さらに、決死の覚悟で臨んだ、砦の戦い。

 その努力がようやく実を結び、感慨もひとしおである。


(人生……最良の日だ)


 胸に熱いものが込み上げ、身体が感動に打ち震える。

 だが、そんなガルシュの思いも、慌てて駆け寄る衛兵の報告に、微塵に砕かれた。


「何! 王城に侵入者!?」


 ガルシュの素っ頓狂な声に、朝議中の大臣もざわめいた。

 すぐさま、オーアの怒声が飛ぶ。


「状況を報告しろ!!」


 ヒッ、と報告に駆けつけた衛兵が身を固くする。


「な、何者かが王城に侵入し、こちらに向かっています!」


 衛兵は上ずった声でそう伝える。

 オーアは声の怒気を強めた。

 

「何をやっている! そんな者、とっとと縛り上げんか!」


「そ、それが……。まるで歯が立たないんです……」


 すっかり舞い上がってしまっている衛士の話では、まるで要領を得ない。

 王城の衛兵は、常時100人は居る。虚を突かれたとは言え、それが歯が立たぬとは、にわかには信じ難い。

 オーアは、苛立った声をさらにぶつけた。


「賊は何人だ?」


「ひ、一人です……」


 怒りが頂点に達したオーアは、謁見の間に控えている兵から、預けてあった剣をひったくった。


「皆さんはここにいて下さい」


 振り返り、各大臣にそう告げると、オーアは報告に来た衛兵に、案内しろ! と怒鳴りつけ、謁見の間を出て行った。ガルシュも泣き出しそうな表情で、慌ててその後を追う。

 後に残された大臣たちは、しばらく呆気に取られていた。

 ようやくヴァートが我に返ると、大臣達を見渡す。


「……右腕が使えないとは言え、オーア殿なら大丈夫だとは思うが、一応、我々も武器を用意しておいた方がいいだろう」


 謁見の間は、本来は女王にまみえる場所であり、大臣と言えども帯刀を許されない。だが、この非常時。ヴァートの提案に、各大臣達は衛兵に預けてあった剣を慌てて手にしたのだった。




「い、いました! 奴です!」


 オーアを案内する衛兵が、指差し、叫んだ。

 問題の賊は、もう謁見の間のすぐ近くまで迫っていた。

 奇妙にも、兵との戦闘の様子もなく、丸腰の状態で涼しい顔をしながら、謁見の間に続く廊下をスタスタと歩いている。

 一見して、冒険者風のなりをしているその男は、静かな微笑みを浮かべ、オーアたちの方へ近づいてくる。


「止まれ!」


 オーアが一喝する。

 侵入者は、その声に歩を止め、ニヤリと笑った。

 年の頃、二十代前半といったところであろうか。金色の髪が目を引く、長身で線の細い、若い男である。だが、その不敵な笑みは、オーアの目に不気味に映った。


「おとなしく、縄につけ!」


 オーアは左手で剣を抜き、男に突きつけた。ガルシュも、やや遅れて槍を構えた。

 だが、男のにやけた表情は変わらない。


「嫌だ……と言ったら?」


 男の甲高い声。言葉に、あざける様な笑いが含まれている。


「無論、力づくだ!」


 鋭い切っ先を突きつけられながらも、その男は構える事もなく、丸腰のまま、ただ棒のように突っ立っている。

 オーアの威嚇にも、男はまるで動じる気配はない。オーアは気味の悪さを感じ、痴れ者が、と心で毒づいた。


「手負いでボクを捕らえようとは、ナメられたものだね……」


 男はクク、と小さく笑った。

 オーアが一歩を踏み出し、間合いを詰めると、男はキラリと光る細長いものをどこからとも無く取り出した。

 それは異様に長い針のようであった。

 だらりとさせた両手の指の間に、その針をそれぞれ一本ずつ挟んでいる。


(隠し武器か……?)


 城の兵が歯が立たない、という理由がこの細い針なのだろうか、とオーアは警戒を強めた。


「閣下! 注意してください、あの針が……」


 案内の衛兵が言い終わらないうちに、男はヒュン、という音と共に、その針をオーアの足元に飛ばした。

 石造りの床に、カツカツと音を立てて、その針が突き立った。


「む!」


 外したのか? とオーアは眉をひそめ、男を見る。男は口の端を大きく上げ、ニイ、と笑った。

 衛兵が、先ほど途切れた言葉を続ける。


「……足元に刺さると、身動きが取れなくなります……」


 衛兵の忠告はもう遅かった。

 その言葉どおり、オーアの身体はまるで石になったかのように固まり、身じろぎ一つできない。


(こ、これは?)


「ヒャヒャヒャ! 王城最強のオーア殿とお見受けするが、身体が動かなくては、それこそ手も足も出ないでしょ!」


 ケタケタと高笑いをする男。

 ガルシュが、オーアの足元の針を取り除こうとしたが、それよりも速く、彼の足元に針が数本突き刺さった。ガルシュも、オーアと同じく身動きが取れなくなった。

 取り残された衛兵が、ガタガタと震えながら、半ばヤケクソ気味に槍を突き出すが、男は半身になってそれをかわし、トン、と衛兵の首に手刀を落とした。

 衛兵は、カクと膝を落とすと、そのままうつ伏せに倒れ、気を失った。

 

 男は、余裕の笑みを見せると、動けないオーアとガルシュを尻目に、すたすたと、謁見の間へとまた歩き出した。


(おのれ! 声すら出せん……!)


 オーアは悔しさに歯噛みするが、首すら動かせず、男が侵入していく様を目で追うことしかできない。やがて、男はオーアの視界からも見えなくなった。




 バン、と乱暴な音を立て、謁見の間の戸が開いた。

 そこにいるのは、見覚えの無い、冒険者風の男。


 大臣達は色めきたった。


「何者だ!」


 ヴァートの問いに、男はせせら笑っている。


「それは、もう聞いているんじゃないのかい?」


「侵入者とは、お前か」


 ヴァートは男を睨みつけ、剣を抜いた。謁見の間に控えている衛兵10人が、男を取り囲む。

 包囲された男は、まるで意に介さないかのように、広間の中央まで進んだ。衛兵は、男の異様な雰囲気に飲まれたように、槍を向け包囲したまま、間合いを保ちつつ後ろに下がった。

 大臣の間から、オーア殿はどうしたのか、との声が聞こえた。


「ああ、軍務大臣殿なら、向こうで固まっているよ」


 そう言って、男は下品に高笑った。

 大臣達は驚きにざわついた。あのオーアを振り切って、この謁見の間までたった一人でたどり着いたのである。この賊は、ただの賊ではない事は明白であった。

 だが、ここで混乱状態パニックになってはならない、と、ヴァートは心を落ち着かせる。


「何が目的だ?」


 ククク、と男は含み笑いをした。いちいち仕草が癇に障る男である。


「ボクは自分の家に帰ってきただけだよ。それを皆で寄ってたかって曲者、曲者と言うから、ちょっと懲らしめてやっただけさ」


 ヴァートには、男の言っている意味が理解できなかった。頭がおかしいのではないか、と疑いさえし始めていた。

 しかし、大臣の中でただ一人だけ、男の言葉を聞いて、顔色を変えている者がいる。

 財務大臣ハロルド=ギュールズであった。


「ま、まさか……」


 動揺するギュールズを見て、ほう、男は感心したような顔を見せる。


「ボクの事を知っている人がいるとはねえ」


 男の方を警戒したまま、ヴァートは横目にギュールズにたずねる。


「あの者をご存知なのですか?」


「それには、ボクから答えようじゃないか」


 コホン、と軽く咳払いをし、勿体つけるようにして、男は自分の正体を明かした。


「自己紹介が遅れました。ボクは、アルバートといいます」


「アルバート!?」


 他の大臣がポカンとしている中で、ギュールズだけは、心臓が口から飛び出すのではないか、という程驚いていた。

 ギュールズの反応は、ただ事ではない。

 アルバートと名乗る男は、ニヤリと笑った。


「そう。アルバート=パンダール」


――パンダール!?


 大臣達に衝撃が走った。

 パンダールの姓を持つ、という事は王族である。


「どういう……事だ……!?」


 ヴァートは、衝撃に言葉を詰まらせながら問う。

 ギュールズがあえぐ様に口を開く。


「陛下の……キュビィ様の、兄君だ……」


 思いがけないギュールズの言葉に、その場にいるものは、皆一斉に男を見た。謁見の間に、声にならない声が響く。


「フフン、まあ、そういうことさ」


 アルバートは笑顔を浮かべながら、包囲していた衛兵たちを押しのけ、悠然と広間の奥へと進むと、どっかりと玉座に腰を下ろした。

 その所業に、ようやくヴァートはハッと我に返った。


「い、いかにパンダール姓を名乗ろうとも、陛下以外にその椅子に座することは許されん!」


 アルバートは歯牙にもかけぬ風に、長い足を組むと、肘掛に身体をあずけた。


「まあ、固い事言いなさんなって。どうせ、キュビィはいないんだろう?」


 手をヒラヒラとさせ、ヴァートを見下すような、アルバートの表情。

 ヴァートは近くにいた衛兵に、オーアの様子を見てくるように耳打ちした。衛兵はうなずくと、そっと、その場を離れる。

 その衛兵を、玉座にあるアルバートが呼び止めた。


「軍務大臣の足元に刺さってる針を抜けば、動けるようになるよ」


 衛兵は、意味が分からず、戸惑った表情をしたが、アルバートは行けばわかる、と言って、衛兵を送り出した。

 大臣達が謎の男を見守る中、果たして、オーアはすぐに謁見の間に戻ってきた。その顔は怒りに真っ赤である。


「おのれ、貴様ぁ!」


 斬りかかろうとするオーアを、ヴァートが慌てて静止する。


「陛下の兄君を名乗った。下手に手出しできん」


 思いがけぬヴァートの言葉に、まさか、とオーアは顔色を変える。


「ま、そういう事」


 と、アルバートは得意顔である。

 改めてアルバートを見れば、金色の髪に、緑色の瞳。そして白い肌と、一応キュビィの特徴と良く似ている。が、キュビィが持つ気品というか、女王然とした威厳からは程遠い、下卑た風体であるため、にわかには王族だと信じ難い。

 そして、いかにキュビィの兄を名乗ろうとも、それを簡単に鵜呑みにする訳にはいかない。


「そうだったとしても、証拠がいる」


 オーアは怒りをどうにか納め、押し殺したようにそう言った。


「そう来ると思った」


 やれやれといった風に、アルバートははめていた腕輪を外すと、ぽい、とオーアへ投げた。

 金の腕輪は、緩やかな放物線を描き、すっぽりとオーアの手のひらに落ちた。

 オーアはそれをまじまじと見つめる。


「う!」


 腕輪には、パンダールの紋章が入っていた。

 そして、内側には、アルバート=パンダールの名と、今から二十五年前の日付が掘り込まれていた。


「これは王族しか持ち得ない……」


 オーアは絶句した。

 そんな軍務大臣を見て、アルバートはさも可笑しそうに、ククク、と笑いを堪えている。

 ヴァートはオーアから腕輪をひったくると、同じように紋章と刻銘を確認した。


「確かに……」


 固まる二人を他所に、ギュールズは努めて冷静に、アルバートに話しかけた。


「財務大臣ハロルド=ギュールズにございます。……確かにこれは王族を証明するものでありますが、あなたが本当にアルバート殿下であるかどうか、今しばらく吟味のお時間を頂けないでしょうか?」


 うやうやしいギュールズの話し方である。ここのあたりは、さすがは年長者のギュールズである。

 アルバートは、ギュールズの態度に気を良くしたのか、下品な笑いをやめ、まんざらでもない表情でゆっくりと頷いた。


「ま、確かにそうだろうね」


 ギュールズはアルバートの態度の軟化に安心しながら、丁重な口調を変えずに続けた。


「ですが、警備の行き届いた王城にこうも容易く侵入できる方です。無礼は承知ですが、身柄を拘束させて下さい」


「……仕方ない。でも、ボクが王子である事がハッキリしたら、すぐに開放してもらうからね」


 アルバートは肩をすくめると、素直に玉座を立った。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ