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第12話:王国動く

 

 パンダールの酒場。

 そこで、不機嫌な男が酒をあおっていた。

 その男は、昼間だというのに、すでに何杯もの杯を空けている。


「あいつらときたら、訓練訓練でちっともこっちに来やしねえ」


 そうクダを巻いているのは、冒険者ヒュー=パイクである。


 ヒューは東の洞窟以来、グレイ、ククリと一緒に仕事をこなす事が増えていた。

 ところが、合同訓練所ができてからというもの、二人はすっかり訓練に夢中になり、滅多に酒場に顔を出さなくなってしまった。

 ヒューも二人から訓練に誘われたのだが、賞金を優先したかったために断った。ところが、ここ最近、一人でもできる割のいい仕事の数が減っており、ヒューが手にできる賞金はガクッと下がってしまった。

 今日も、気に入った仕事が見つからず、こうして仕方なく酒を飲んでいる。


「こんな事なら、オレも訓練に行っておけばよかった……」


 無為に酒を飲んでいるくらいなら、腕を磨いていた方がよっぽどマシである。

 だが、いまさらグレイたちに、オレも参加したい、と言うのはヒューの誇りが許さなかった。その葛藤がヒューの酒量を増やす要因になっている。


「もう、一ヶ月になるな……」


 そう言って、また酒をグイっと飲み干す。


 訓練所が完成して、一ヶ月が経つ。

 多くの冒険者たちは、普段は酒場の仕事を探し、気に入った仕事がない場合には、訓練所に通うという日々を過ごしていた。

 ただ、グレイとククリは、圧倒的に訓練に費やす時間の方が多くなっていて、逆に酒場に顔を出す事の方が珍しくなっていた。

 たまに酒場に来ても、グレイもククリは、訓練所でアイツが強いだとか、そんな話ばかりをするようになり、ますますヒューは面白くない。


 そんな酒場に二人の男が入ってきた。

 二人は、机に突っ伏したヒューに声をかける。

 

「よう、ヒュー。えらく荒れてんなあ。飲み過ぎなんじゃねえのか?」


 聞きなれた声に、ヒューは顔をグンと上げる。目の前には、深酒の原因となっている二人、グレイとククリの姿があった。

 ヒューは血走った目をカッと開くと、呂律ろれつの回らない口で、いきなりがなり立てた。


「グレイ、ククリぃ!! お前らぁ、訓練くんれんって、毎日なぁー!!」


 そんな姿にグレイとククリは顔を見合わせ、苦笑しつつも、給仕に貰った水をヒューに勧めながらなだめる。


「まあ、そういうなって。今日はなあ、仕事の話を持ってきたんだよ」


 そう言って、グレイは酩酊状態のヒューに水を飲ませながら、用件を話し始める。

 ヒューは素直に水をグビグビと飲みながら、赤い目をグレイに向けた。


「聞いて驚くなよ? 実は王国直々の依頼が来たんだ」


 グレイの潜めた声を聞いて、ヒューは含んだ水をブーッと吹き出した。


「王国直々だとぉ!?」


「声がでかい!」


 ヒューの大声に、ククリは慌てて口を塞ぐ。

 誰に聞かれているかも分からない。グレイとククリは店内を見渡す……が、昼間でも人の多い酒場内はガヤガヤと騒がしく、ヒューの声は誰の耳にも届いていないらしい。

 ククリは安心すると、ヒューの口から手を離す。

 

「実はな、王国がいよいよ南の砦の攻略に乗り出すらしい」


「なに!?」


 ヒューは思いがけない話に、徐々に酔いが醒め始めてきた。とろんとした目に、光が戻り始めている。


「そこで、俺たちが、砦の様子を探ってくる……っていうのが仕事だ。どうだ? のるか?」


「金は良いんだろうな?」


 そう聞いたヒューだが、既に腹は決まっている。待ちに待った大きな仕事だ。

 銀60を三人で山分けだとのグレイの言葉に、ヒューは内心喜びつつ、それを悟られぬ様、渋々といった風に立ち上がった。


「しょうがねえ。のってやるよ。で、いつ出かけるんだ」


「明日の朝、さっそく出発だ。それまでに酒を抜いておけよ」


 グレイはニヤリと笑う。


「フン、分かってるさ」


 ヒューは代金を酒場の会計に投げ渡すと、ふらふらと酒場を出て行った。

 翌朝早く、三人は南へと旅立った。



 合同訓練が始まって一ヶ月という短期間ながら、兵士も冒険者も格段に実力が向上している、とフラム=ボアンは思う。


「さすがは、マスターです。この短い間に、皆、見違えるほど実力をつけています」


 夕方の訓練所。

 この日の訓練も終わり、フラム=ボアンと、シバの二人だけがだだっ広い訓練所に残っていた。こうして誰もいなくなると、広い敷地が、余計に広く感じる。

 フラムは、冒険者稼業のかたわら、この合同訓練所でシバの補佐として剣を教えていた。


「うむ。連中は思った以上にスジが良い。この調子なら、あと少しで南の砦に攻め込めるだろう」


 シバは練習用の木剣で、肩をトントンと叩きながら、フラムに答える。


「南の砦にいる魔物、やはり強力なのでしょうか?」


 フラムの問いに、シバはニヤリと笑う。


「実は、宰相殿から依頼があってな。あのイキの良い少年二人を偵察に出している。すぐに結果は分かるだろう」


 少年二人とは、グレイとククリの事である。

 フラムは、訓練で見かける威勢の良い少年の姿を思い返していた。確かに、実力は合同訓練所では指折りの存在である。

 しかし、シバはまだ意味ありげに笑っている。


「実はな、ワシは一度だけ、あの砦の様子を窺いに行った事があるのだ」


「え?」


 フラムは驚いて聞き返す。


「フフフ、まだワシが城にいた時の事だ。あわよくば、一人で砦を落とすぐらいのつもりだったのだが……」


「どうだったのです?」


 シバは堪えるようにククク、と笑う。


「とてもじゃないが、無理だったよ。砦付近にも強い魔物がウヨウヨと見張っておってな。まるで近づけなんだ」


 だからこそ、いまだに砦は魔物が占拠しているんだがな、とシバはまた笑った。


「では今回、偵察に行った者も……」


 フラムは、グレイとククリが気掛かりになった。マスター・シバですら近づく事さえ敵わなかった場所である。


「いや、ワシは真正面から攻めたからな、あっと言う間に魔物の群れに囲まれてしまって、どうにもならんかった。だから、あの二人には、魔物に気付かれぬよう、隠密行動で様子を探ってもらう」


 フラムの頭に、訓練でのすばしっこい二人の動きが思い出される。

 確かに、機敏な彼らにはピッタリの任務のように思えた。腕も確かだし、生還はまず間違いないだろうと思う。


「来月には攻め込めるようにキッチリ仕上げてやる。すでにグゼットにも、そう言ってある。きっと奴らは今頃、部隊の編成に頭を悩ましている所だろうよ」


 シバは悪戯をしかけた子供の様に、楽しそうに言うのであった。




「え!? 来月!?」


 宰相レイモンド=オルフェンは、思わぬ話に思わず大声を上げた。

 隣の財務大臣ハロルド=ギュールズも、顔をこわばらせている。


「う、うむ。マスター・シバが、そう言うんだ……」


 そう答える軍務大臣グゼット=オーアも、困惑した顔がありありと分かる。


 宰相の執務室に三人は集まり、マスター・シバの報告の内容について話し合っていた。

 シバの報告だと、来月には南の砦に兵を出せる、というのである。

 想定よりも随分と早い仕上がりに、首脳三人も驚きを隠せなかった。


「半年くらいはかかると思っていたんですが、いやはや、さすがはマスター・シバと言うか……。こちらも急ピッチで準備しないと」


 レイモンドも、侵攻はまだまだ先だと思っていたため、当然、出兵の準備はまったくできていない。それをたった一ヶ月で完成させなければならなくなってしまった。


「恐らく、陛下が聞いたら、準備でき次第すぐに攻めろと仰せになるでしょうね」


 レイモンドは頭を抱える。

 オーアも渋い顔でそれに同調した。


「マスター・シバもそのつもりだろう。陛下とシバ師範は妙に通じる所があるからな」


「ですが、出陣するのは主に冒険者なんでしょう? それならば、資金面は随分と助かりますなあ」


 ギュールズは言いながら、手元の紙で出兵にかかる費用を算出している。

 もし王都の兵を使うならば、装備一式から、手当て、戦死者の保証など、莫大な費用がかかってしまうのである。

 しかし、ほとんどが自前で準備をする冒険者であれば、その問題をある程度クリアできる。


「まあ、冒険者にも兵糧くらいは準備するとして、あとはそこそこの賞金を準備すれば良い訳ですから、資金は大丈夫でしょう」


 そうギュールズは笑顔を見せる。

 レイモンドとオーアはひとまず安堵した。


「資金は大丈夫ですな。では、とりあえず、他に必要な物資は各大臣に相談するとして……」


 問題は、兵の編成と、将の選別だ、とオーアはレイモンドとギュールズの顔を交互に見る。


「それこそ、オーア殿の腕の見せ所ではありませんか。良将を選んで編成してください」


 レイモンドはそう言ってオーアを見た。

 だが、当のオーアは意味ありげな表情を浮かべている。


「実は一度、編成案を作ってみたんだ。マスター・シバと協議してな」


 そう言うと、オーアは懐から資料を出し、机に広げた。

 どれどれ、とレイモンドとギュールズは覗き込む。


「こ……これは!?」


 レイモンドとギュールズは目を見開いた。

 砦攻略軍の編成案。そこには、こう書かれていたからである。


 第一部隊 グゼット=オーア

 第二部隊 マスター・シバ

 第三部隊 キュビィ=パンダール陛下、レイモンド=オルフェン


「陛下と、私ですか……?」


 レイモンドは目を疑った。

 オーアとシバは分かる。だが、キュビィはもちろん、レイモンドにも戦場の経験はない。あまりにも思い切った起用である。

 動揺するレイモンドに、オーアは説得を開始した。


「第三部隊の役割は後方支援だ。前線での戦闘は無いから危険はない。それでも、やはり陛下の親征となれば、士気が一気に高まるからな。お前は陛下の護衛兼、参謀という形で従軍して欲しい」


 レイモンドは返答に困った。レイモンド自身も、戦争へ行くのは嫌だが、何より心配なのはキュビィの事である。


「あの、さすがに陛下に戦場はまだ無理なのでは……」


 キュビィの外出も、ようやく最近回数が増えたばかりである。ましてや過酷な戦場など、年端も行かぬキュビィには、とても耐えられるものではないだろう。

 とりわけ、キュビィの身の安全が心配だ。いかに周りを兵士に囲まれているとは言え、何が起こるか分からないのが戦場なのである。

 

 以上のような内容でレイモンドはオーアに反論する。

 オーアは、静かに聞いていたが、レイモンドが話し終わると少し考えるような顔をしてから口を開いた。


「第三部隊が戦闘する事はないとは思うが、もし心配なら、陛下にうってつけの、スゴ腕の護衛を一人つけようじゃないか。ちょうど新しい護衛が欲しいと言ってただろ?」


「スゴ腕の護衛ですか? それは誰です」


 確かに、外出の増えた女王のために、以前から腕の立つ警護が欲しいとオーアに頼んでいた。

 キュビィの事を第一に考えるレイモンドとしては、優秀な護衛は喉から手が出る程欲しい。レイモンドの気持ちが少し揺らぐ。

 そんなレイモンドを見て、オーアはニヤリと笑う。


「陛下に出陣して頂けるように奏上してくれるなら、名を明かしても良いが」


 ぐ……陛下をダシに取引を持ちかけてくるとは……!! 

 オーアらしくない駆け引きだが、それだけキュビィの出陣が欲しいのだろう。しかし、レイモンドも引き下がる訳にはいかない。 


「……いえ。先に名前を教えてください。それから決めます」


 待ちに待った護衛であっても、女王の側に置くとなると、それなりに信用できる人物でなくてはならない。


「心配はない。人物的にも信用できる」


 オーアは、小さく手招きをしてレイモンドの顔を近づけさせると、小声でその者の名前を告げる。

 見る見るレイモンドの顔が、驚きの表情に変わっていく。


「え!? でも、それって……」


「身元はオレが保証する」


 動揺するレイモンドに、オーアは真剣な顔で言った。いつになく力のこもった声である。

 レイモンドも、そこまで言われると、しぶしぶながら、信じるしかない。レイモンドは、黒い皮鎧の、凛々しい冒険者の姿が思い浮かべた。


「……分かりました。出陣も含め、陛下に聞いてみましょう」


「そうか! よろしく頼む。護衛の件は、手配しておく」


 嬉しそうに言う、オーア。

 対するレイモンドは、気が進まない中、仕方なくうなずいた。




 王城の廊下。

 レイモンドの部屋を出たギュールズとオーアが並んで歩いている。打ち合わせを終え、二人はそれぞれの部屋に戻るところであった。

 財務大臣は、怪訝な顔を軍務大臣に向けている。


「オーア殿、先程の編成ですが、あの陣容ですと、第三部隊を率いるのは、実質、宰相殿ですよ。宰相殿に戦ができるのですか?」


「ふふふ、ギュールズ殿はご存知ないかも知れませんが、あいつは、戦闘もそれなりにできるんですよ」


 オーアの返事に、ギュールズは目をぱちくりさせた。


「まあ、見た目には頼りないし、あの線の細さですから、意外でしょうな。第一、本人があまり武を好んでいませんから。ですが、この王城に仕える者の内でも屈指の使い手のはずですよ」


「……ハハハ、まさか、信じられん」


 ギュールズは冗談だと思っているかのような笑いを含んで首を振っている。

 オーアはそれに気を悪くする風でもない。


「実は、あいつは王立学校スクールの時に、剣術大会で優勝した事があるんです。だからそれを知っている者は皆、普段の陛下の警護はアイツだけでいい、と言うんですよ」


「本当ですか? ……いやはや、人は見かけによらないものなんですねえ」


 ギュールズはのけぞって驚く。

 王立学校とは、王城の貴族や、働く者の子弟が通う学校である。そこで行われる年一回の剣術大会は、非常に権威があり、その優勝者は格別の栄誉が与えられる。

 かく言うオーアも、学生の頃には何度も優勝しているが、武門の出だからこその重圧もあり、あまりいい思い出では無かったりもする。


「それに、用兵学科の成績も、在学中はトップクラスだったと聞いています」


「なんと……」


 用兵学科とは、兵を率いて戦うための戦略戦術の授業である。戦争の無いパンダール王国にとっては、教養の域を出ないが、それでも王国なりの戦術論を学ぶために、必須科目として存在していた。

 オーアと違い、レイモンドとの付き合いがまだ短いギュールズは、驚きに言葉を失う。

 そんなギュールズの反応が予想通りだったのか、オーアはそんな様子を愉快そうに見ている。


「アイツは家柄が特別良い訳ではない。それでも、生まれたばかりの陛下の教育係に12歳で選ばれたのは、ちゃんと理由がある、という事ですな。まだまだ底が知れないヤツですよ」


「ははあ、なるほど、これは驚きました」


 意外な宰相の素顔を聞いて、ギュールズは、感心したようにうなずく事しきりであった。




「陛下はフラム=ボアンという者の名をご存知ですか?」


 レイモンドとキュビィはいつものお茶の時間を、中庭で過ごしている。

 この日は日差しが強いため、二人は木陰に椅子を移動させ、揺らめく木漏れ日の中、ゆったりとした時間を楽しんでいた。


「フラム=ボアン……ああ、マスター・シバを見つけて来たという冒険者だな? なんでも元々は兵士だったと言うではないか」


 不意の質問に、キュビィはその真意が掴めないと見えて、キョトンとしている。レイモンドは、意外なキュビィの記憶力の良さに、少し驚いた。


「良く憶えておいでですね……。で、そのフラム=ボアンなんですが、是非、陛下の護衛にと思いまして」


 恐る恐るキュビィの反応を見るレイモンド。

 キュビィは表情も変えずに、お茶を飲んでいる。


「わらわにはレイがおる。わざわざフラムとか言う冒険者をつける事もあるまい」


 と、そっけない。


「あの……、普通なら、そうかも知れませんが……」


 レイモンドは言いよどんだ。キュビィに出陣の依頼をする、とオーアと約束したものの、やはり戦争に行こう、とは、さすがに言いづらい。

 だが、そこにキュビィは何かしらを読み取ったと見え、とたんに目を輝かせた。


「どうした? 何かあるのか? ん?」


 キュビィはズイッとレイモンドのほうへ顔を近づけてきた。


「あ、あの……、来月、兵士達と冒険者の訓練が仕上がると、マスター・シバからの報告があり……」


「何!? もうか! よしよし。早速出兵だ。レイは各大臣と一緒に準備に取り掛かれ」


 レイモンドが言い終わらない内の、予想通りのキュビィの反応である。

 やっぱりか、とレイモンドは心の中でつぶやく。


「はい。準備はもう動いております。……で、護衛の件なのですが……」


「ははあ、分かったぞ。わらわに出陣せよとの話だな? そのための護衛であろう?」


 さすがにキュビィは頭の回転が速い。


「そ、そうです。でも、私は反対です。陛下もご辞退なさいますよね?」


「愚か者!! 王国の命運のかかった、重要な戦いではないか! わらわは行くぞ。絶対だ!」


 異論を差し挟ませない、強い調子でキッパリと言い放つキュビィ。

 だが、冷静に考えて、13歳の少女が戦場の雰囲気に耐えられるのだろうか。恐らく凄惨を極めるであろう戦は、行楽ピクニックに行くのとは訳が違うのだ。その事だけは事前に言い含めておかなくてはならない。


「陛下、落ち着いてお聞き下さい。戦場とは、恐ろしい場所です。人もたくさん死ぬでしょう。我々も必死でお守りしますが、陛下の身に、何も起こらないとは言い切れないのです」


 レイモンドは、極力声に凄みを利かせて、説得する。彼らしくない演技ではあったが、引きとめようと必死なのである。

 だが、そんな演出も、キュビィにかかっては、まったく効き目がない。


「そんな事は言われなくても分かっておる。よいか、戦場でわらわがレイに申し付ける命令は三つだ」


 キュビィは指を三本立て、レイモンドの鼻先へ近づける。


「三つ?」


「『死ぬな』、『わらわを守れ』、『絶対に勝て』、だ!」


 キュビィは大真面目な顔で、力強く言った。

 

「死ぬな……って、陛下、私の言っている意味が分かりますか? 戦場ではその保証はどこにも……」


「うるさい!! だから新しい護衛を置くのだろう? レイは黙ってわらわの命令を聞くのだ。分かったか!」


 しかし……と反論しようとするレイモンドだが、キュビィはそっぽを向いて、お茶を口にして、まるで聞く耳を持たない、という態度である。もう取り付く島もない。レイモンドは今更ながら、キュビィが一度言い出したが最後、何を言っても無駄だ、と言う事を思い知った。


「分かりました。では、陛下にご出陣の意思あり、とオーア殿に伝えておきます」


 諦め顔のレイモンドに、ようやくキュビィは機嫌を良くした。

 この切り替えの早さ。恐らく、この駄々っ子も彼女の作戦の内なのだろう。そして、その作戦に、いつもレイモンドは手も足も出ない。


「フフフ、わらわが勝利の女神になってやろう」


 キュビィは、片目をつぶって冗談めかす。

 無邪気なキュビィだが、13歳の少女に、人の生き死にが耐えられるのだろうか、とレイモンドの不安は募るばかりであった。


 凄腕の護衛官フラム=ボアンがキュビィの元に着任するのは、それから一週間後の事だった。

 そして、時を同じくして、南の砦からグレイとククリが戻り、砦の詳細な情報が王国にもたらされ、南の砦への出陣も秒読み段階に入った。


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