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天地無窮を、君たちと

天地無窮を、君たちと 番外編2

作者: 天城幸

二周年記念のお話です。

本編に出ない話を別途で楽しんでいただけると幸いです。


※6章31話(276話)に登場するキャラクターが含まれています。

……276話まで読まないと訳が分からないとまではいきませんが、ご了承ください。

 ゲームイベントとしてアナウンスがあり、ある者は短時間のみ飛躍的に魔力が高くなり、ある者は何をやってもうまくいかない所謂「不運」な状況に陥り、ある者は所持金が十倍になった。

 このような期間限定の「オプション」が強制的に付与された。いつもとは違う状況で異なった雰囲気を味わってください、くらいなものだ。

 さて、とある者は病を得た。

 ゲームイベントとして強制的に罹病したのだが、安静にして置けば済む話だった。本人としては、だ。

 シアンは六柱もの精霊の加護を受け、相当恵まれた環境下にあるため、病気になることがない。

 にもかかわらず、風邪の症状が出ていた。

 つまり、ゲームイベントとして風邪をひいてしまったのだ。

 普段から、くしゃみをしただけで幻獣たちに心配されてしまうシアンである。

 ログイン直後に脳裏に響いたアナウンスと全身から訴えかけてくる不調の対策を考える。

 こっそりセバスチャンに事情を話し、休んでいれば大したことがないと伝えることにした。しかし、気配を察知するのに長けた幻獣たちである。どこにいても、まずログインすれば飛んでくる。

 さてどうしたものか、などとのんびり考えているのが拙かった。

 喉と頭が鈍く痛み、思考速度が遅れた弊害が出ていたが、本人は気づいていない。

『シアーン!』

 部屋を出ると即座に見つかった。

 [ああ、リム、悪いんだけれど、セバスチャンを呼んできてもらえる?]

『シアン⁈ 声が変だよ? それに、体の温度が高い!』

 リムがどんぐり眼になる。

 そんなことも分かるのか、と感心していると、リムが肩に乗る。柔らかい毛並みはひんやりしている。夏用の涼しい毛皮バージョンになってくれたようだ。

 [気持ちいい]

 シアンはリムを肩に乗せたまま、セバスチャンを探すために歩き出した。

 しかし、こんな時に限って幻獣たちが揃って玄関ホールに集まっていた。

 [珍しいね、皆がここに集まっているなんて]

 皆で遊んでいたのか、可愛い研究会でもしていたのかな、と内心考えていると、ティオが近づいて来る。

『シアン、どうかしたの? 声が変だけれど』

 問いには答えられなかった。咳き込んでしまい、喉に木枯らしが吹き、息を整える必要があったからだ。

『シアン、大丈夫?』

 麒麟が気づかわし気に鼻づらを近づける。

『も、もしや!』

『シェンシ、どうしたの?』

『これは、風邪という症状ではないのか⁈』

『『『『な、なにー⁈』』』』

 ティオの慧眼が炯々と光り、一角獣がさっと顔を曇らせ、鸞が難し気に沈み、麒麟が痛ましそうに顔を歪め、九尾が耳の先を両前足で引っ張って目を丸めて舌を出し、わんわん三兄弟がぴゃっと飛び跳ね、ユルクとネーソスが顔を見合わせて目を見開き、ユエが硬く口を引き結び、カランが表情をくしゃくしゃにし、リリピピが心配で辺りかまわず嘴でつつく。

 一頭だけ変顔した不届き者はティオの尾のひと払いでのされた。

『風邪ってなあに?』

 リムが深刻な表情を浮かべる幻獣たちを見やって小首を傾げる。

 今まで風邪という言葉を聞いたことはあるが、シアンに関係するとあれば興味もひとしおである。

『病の一種だが、一説によると風邪という病はないとも、万病のもととも言われている』

 質問したリムは鸞の説明に小首を傾げる。

『まあ、よくある病だよ。熱や咳、鼻水が出たり喉が痛んだり、時には関節も痛くなることもあるね』

『痛くなるの⁈』

 九尾がかみ砕き、リムが素っ頓狂な声を上げる。

『症状が重いと寝込むこともあるんだよ。看病してあげなくてはね』

 [看病なんて、大げさだよ]

 九尾の言葉にシアンは笑って流した。

 だが、居合わせた幻獣たちはそうはいかなかった。

『シアン、しっかり』

 一角獣は以前、麒麟からも風邪は万病のもとだと聞いていた。人間は容易に病を得て儚くなる。シアンは彼ら幻獣と違って弱い。もし、彼が病を得たら。いつにも増して、忙しなく蹄で床を掻く。

『我が! 我の角を使って!』

『よし、吾が煎じよう!』

 麒麟と鸞が薬を作ると騒ぐ。

『……』

 ネーソスも自分の甲羅も使ってくれと名乗りを上げる。

『シアン、ベッドに入って』

 ティオが有無を言わさず、それでも頭でやんわりとシアンの背中を押して自室へ促す。

『自分は上半身を起こしやすいベッドを作る!』

『え、今から?』

『超特急で作りましょう!』

 ユエの宣言に戸惑うユルクを他所に、リリピピがせっつく。

 わんわんわわわんわんわわん

『殿の一大事にござりまする!』

『大変だ、安静に、沈静に!』

『誰か、セバスチャンにご注進をっ!』

 くるくるその場で三匹が円を描いて駆け回る。沈静とは程遠い。

 [こんな狭いところで走ったら、踏みつぶされるよ]

『シアンは他のことを心配しないで、今は休むと良いにゃよ』

 カランが促すのに、一角獣が自分も何かやりたいが、手が出ない、という風情でおろおろしている。

『素材集めをしてくる!』

『ユエ、シアンの部屋に寝台があるから、わざわざ作らなくても良いんじゃないの?』

『いえ、今は平時とは異なります。少しでも使い勝手の良いものをシアン様に!』

 飛び出していきかねないユエをユルクが止めるが、リリピピの方が飛んで行きそうだ。

『相変わらず、騒がしいですねえ。本当に退屈しない』

 一角獣はとりあえず、呑気に笑う九尾を角で小突いておいた。

『きゅっ、相変わらずの乱暴者め。こんな狭いところで長物を振り回すんじゃないですよ』

 一メートルにもなろうかという角が九尾の頬を掠めたため、跳び退る。その足の下にはわんわん三兄弟の一匹の尾があった。

『痛いのです!』

『酷いですぞ』

『早く退いてあげて下されっ』

 頭痛がするのは風邪のせいか、はたまた騒がしさのせいか、よく分からなくなってくるシアンだった。

『静かに!』

 ティオが声を張る。

 途端に、各々口を噤んだ。

『シアンはとにかく部屋へ。シェンシはシアンの部屋に薬を持ってきて。レンツはシェンシを手伝って。カランはセバスチャンに伝えて来て。ユエはカランと一緒に行って、何が必要か聞いて来て。リリピピはシアンのために子守唄を歌って。ユルクとネーソスはシアンに水を飲ませて。ベヘルツトは狐に仕置きをしておいて』

 皆一様に頷いた。

 九尾も釣られて頷いてから、がっくりと項垂れる。

『あ、あの、我らは?』

『いかがしましょうや?』

『とりあえず、口を開かずにその場でじっとしていて』

 的確な指示である。口を開けば姦しく、動けば棒に当たり、更に騒がしくなる。

 シアンは半ばティオの背に乗り上げるようにして自室へ戻った。寝台に横たわり、一つ息をつく。

 ネーソスがコップを鼻先でちょんと突いて水を出現させ、それをユルクに渡す。コップに器用に尾の先を巻き付け、シアンに飲ませてくれる。水が喉を通るのにも障るほど、腫れているようだ。

 すぐに鸞が持ってきてくれた薬を飲んでも、一向に回復には向かわない。

 これはいかぬとばかりに、鸞はあれこれと薬を煎じた。終いには、とんでもない異臭を放つ謎の液体を薬湯だとぐいと突きつけられる。

 鼻が利く幻獣たちがざざと後退さる。幸いと言って良いかどうか、シアンは風邪の症状として鼻が詰まり、そのとんでもない臭いを感知することができなかった。

『シアン……』

 あんなものを飲まなければならないのか、とリムが目を潤ませる。

 鸞は飲み干すまで見張っていた。

 戸口から幻獣たちが顔だけ出して様子を窺っている。

 その一頭、九尾が呟く。

『これは、風の精霊王をお呼びした方が良いのでは?』

『そ、そんなに難しい病気なの?』

『シ、シアン、大丈夫?』

『しっかり!』

『生きてください!』

『……!』

『何か食べられそうかにゃ?』

『とにかく睡眠を。休息が一番ゆえな』

『ご、ご主人!』

『と、殿~!』

『主様!』

『静かにしないと出ていってもらうよ』

 ティオの眼光一閃、それぞれが口を噤む。

 シアンは九尾の勧めに従って、風の精霊を呼び出した。

『シアンちゃんほど病とは縁遠い者はこの世界にいないでしょう。では、これはシステム的な問題では?』

『システム?』

 鸞が小首を傾げる。

 九尾の問いに即答せず、風の精霊はシアンの顔を覗き込む。

『大丈夫、じきに良くなるから』

 うっすらとシアンに微笑みかけると一つ頷く。それでシアンには十分だった。安心したシアンが、すう、と息を吸い込むように眠りに落ちる。

 その様子にリムが寝台からティオの背に移動する。ティオは音もなく寝台から離れ、戸口へと移動する。その様子を幻獣たちが見守っている。

 九尾は風の精霊を見上げたままだ。

『確かに、システム上の病だね』

『治りますか?』

『ああ。だが、今すぐは無理だ』

 落胆のため息が重なる。流石に、風の精霊の前で不満の声を上げる者はいなかった。

『それでは、看病をしなくては』

『きゅうちゃん、看病ってなあに?』

 その時、ティオは嫌な予感がした。

『却下』

 そして、ティオはシアン程、優しくも隙もなかった。

『まだ何も言っていませんよ。それに、病の時は心細くなるもの。看病は必須です』

 前足の指を一本立て、左右に振る。

 すかさず、その指を嘴で挟む。小うるさく且つ小賢しい動きをしていたのがぴたりと止まる。

 至近距離でティオの真円の瞳に見据えられた九尾の体が硬直し、額から滂沱の汗が流れ出る。

 九尾はその時思った。

 折られる、と。

 だが、予想に相違してふ、と圧力が消え、嘴が遠のく。

『シアンの障りとなった時には』

 分かっているな、という言葉は続かなかったが、九尾は確かに聞いた。

 がくがくと何度も頷く。

『み、皆さん、くれぐれも、シアンちゃんの負担にならないように、お願いしますっ!』

 自分の指の安全のためにも、と心の底から願った。



 その後、冷やしたタオルを額に置いたり、汗を拭いたり、常に手の届くところに水差しを用意したり、と幻獣たちは甲斐甲斐しく動いた。

 自分の角や甲羅を用いた、自分が煎じた薬が効かず、麒麟やネーソス、鸞は消沈したが、九尾にこれは時間が経たないと治らない病気だから、と説明され、納得はしなかったが立ち直った。

『後は何かすることある?』

 シアンの傍を離れがたいリムが九尾に尋ねる。

『そうですね。シアンちゃんが目覚めてお腹が空いていたら食べられるように、消化の良い物を作ってもらいましょう』

「キュア!」

『用意は済んでおります』

 いつの間にか、有能な家令が部屋の隅に佇んでいる。

『流石はセバスチャン』

 目覚めたシアンを着替えさせ、その際、汗を拭き、シーツを変え、スープを飲ませた。

 やる気に満ち溢れたリムが「キュアー」と口を大きく開けながら、匙をシアンの口元に持っていった。食欲はなかったものの、「もういいよ」と言うとリムが「キュア……」としょげたので、結局一皿空にした。

『おお、何というスパルタ。リム、弱っている時は食べられるだけで良いんだよ』

『そうなの?』

 [うん。リンゴのすりおろしたのは食べられそうにないから、リムが食べてくれる?]

 美味しそうではあるが、シアンに食べてもらいたい、でも、無理に食べさせてはいけないから、と器とシアンの顔を見比べる。

 [ああ、少し凍らせているんだね。きっと美味しいよ。ほら、リム、あーん]

「キュアー」

 結局、リムはシアンに匙を口元に運ばれ食べさせてもらった。

 そして、十分に眠ったので眠気はないというシアンのベッドの周囲に幻獣たちが陣取った。

 [みんな、じっとしているだけでは退屈じゃない? 外で遊んで来たら?]

『ここが良い!』

『殿の御側に置いて下さい』

『我ら、口を噤んでじっとしていますゆえ』

『騒がしくしませぬっ!』

 力んで主張するエークに、ティオが視線をやると途端に口を閉じる。

『ここはやはり、物語の読み聞かせでしょう!』

『物語?』

『読み聞かせ?』

『風邪の看病の定番です』

 九尾は前足の指を立てようとして、慌てて背中に隠す。

 ティオがふん、と一つ鼻息を漏らす。

『物語……! 聞きたい!』

 リムや一角獣が興味を持った。その他の幻獣たちもどんなのだろうね、と顔を見合わせた。

 それで、セバスチャンに頼んで読み聞かせをしてもらうこととなった。

 シアンはそれを夢うつつで聞いていた。

 セバスチャンの低く穏やかで優しい声音と幻獣たちが密やかに内容について語り合うのを聞きながらまどろみを漂った。

 それは至極心地良いものだった。

 いつもとは違う状況で異なった雰囲気を、幻獣たちと分かち合った。

 普段、病一つしない幻獣たちや島に来る前に弱りはてた幻獣たちが罹患することなくて良かったとシアンはこっそり思った。だから、自分がシステムイベントで得たのは「幸運」という状態だったのだろう。

 早く良くなって、心配して世話を焼いてくれた幻獣たちに美味しいものを沢山作ってやろう。それは心躍る考えだった。




幻獣が出揃うのを待っていたので少し日を超えてしまいましたが、ようやくこのネタを出すことができました。

幻獣が増えた分だけ、話も長くなってしまいました。

個性豊かなキャラクターばかりな気がします。本編でも追々、各キャラクターの特色が出てくる予定です。あえて会話だけにしてみた部分があるのですが、誰がどの発言をしているか、まだ分かりにくいかもしれません。

個人的には幻獣ばかり書いていたいんですが、ストーリー上、そうもいかないです。

コミカルVSシリアス。……コミカルの圧勝ですね。(拙作は脱力系なので)

この中の読み聞かせの絵本の内容とかも考えてみたのですが、「……流石はセバスチャン(のチョイス)」という感じになりました。いつかどこかでお目見えすることができると良いなと思います。


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