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創作童話シリーズ

カラス黒と靴はき馬

作者: 葉月えす

 むかし昔の冬のことでした。裕福な商人の妻が窓枠に寄り掛かり、ふるりふるりと降りてくる雪を眺めていました。


 そのとき突然カラスが飛び立ち、商人の妻は驚いて窓枠で指を切ってしまいました。血は三滴だけ真っ白な雪の上に落ち、そこにカラスの羽が重なり落ちました。


 商人の妻はつぶやきました。

「ああ、雪のように(肌が)白く、血のように(頬が)赤く、カラスのように(髪が)黒い子供が産まれたら、どんなに嬉しいことでしょう」


 やがてその言葉は現実のものとなりました。産まれた子は夫人の願い通り、髪が雪のように白く、肌がカラスのように黒く、鼻が血のように真っ赤な女の子でした。


 ・・・。


「おしい!」

 商人の妻は娘を見て思わず指をパチンと鳴らしました。

「色の配置が入れ替わっていればまだまだ可愛げあるのに」


 すぐそばで名付け親に呼ばれたおばさんが答えました。

「そうですかぁ? 髪と肌の色が入れ替わっても、赤い鼻はどうしようもないですよ」


 夫人は聞こえないふりで咳払いし、続けました。

「この娘の名前は何がいいかしらね。そう、髪が雪のように白いから『雪白』と名付ていだだけないかしら」


 名付け親のおばさんは額にしわを寄せて答えました。

「髪の色を名前にするのはどうかと思いますよ。やっぱり肌の色から『カラス黒』の方がいいんじゃないですか?」


 夫人もその方が自然だとは思いましたが、それでは娘が可哀想なのでまた少し考えて言いました。

「色の黒い子だけど、きっと私に似て将来綺麗な子になるわ。だから『黒姫』なんて似合うんじゃないかしら」


 しかし名付け親のおばさんは不満の声を上げました。

「本当にそう思いますかぁ? 先の事なんてわからないんだから、せいぜい『黒子』が良いところでしょう」


 夫人は考え込んでしまいました。

「それは可哀想だわ。確かにその通りなんだけど……」


 夫人の姿があまりにも深刻そうなので、名付け親のおばさんは励ますように言いました。

「そうですねぇ。だったら『まぁ!黒い』を略して『まっくろ』とか、『ど派手に黒い』を略して『どくろ』とかはいかがです?」


「あんた私をバカにしてない?」

「いえ、そんな」


 商人の妻は軽く息をつくと言いきりました。

「カラス黒。あなたに神のご加護がありますように」

「やっぱりその名前ですか」

「やかましい!」



 商人の美しいとは言えない娘の名前はカラス黒に決まりました。

 カラス黒は色の配置以外に問題なく、すくすく育ちました。しかし商人の仕事の方はだんだんうまくいかなくなり、とうとうカラス黒が十五の時家は破産してしまいました。更に悪いことに商人は仕事の無理がたたって、その年のうちに死んでしまいました。

 残された商人の財産は、城のように大きな家と雌鳥が一羽、そして最後まで売り手がつかなかった役立たずの馬一頭だけでした。


「これとっぴ!」

 すぐに商人の妻は城のような家を指さして言いました。

「あとはいらないから全部あ・げ・る」

 夫人は雌鳥と馬を家から放り出すと、城のような家に入っていきました。


「私、これもらいます」

 名付け親のおばさんが現れて、図々しくも雌鳥を抱えて行ってしまいました。


 最後に残ったのは半分居眠りしながら座っている馬と、なりゆきを呆然と見守っていたカラス黒だけでした。

「何よ何よ何なのよ! こんな役に立たない馬もらっても、仕方がないでしょ。あったまくるわねぇ。肉も美味しそうじゃないし」


 馬がにわかに起きあがりました。

「ああ、よう寝たわ。・・・なんや? 気がついてみたら家も、なにもあらへんやないか」


「ちょっとあんた。そんな、のんびりしてる場合じゃないのよ。今ここにいるのは、あんたと私だけなの。これからどうしたらいい? 何でもいいから何か言ってみなさいよ」


 カラス黒が馬に詰め寄ると、馬は二本足で立ち上がり、強く胸を叩きました。

「まかせとけ。俺が何とかしてやるわ。せやな、その前にまず長靴を買ってくれ」


 カラス黒は顔をしかめました。

「・・・長靴ぅ? なによそれ」


「何やあらへんて。靴を履いて一旗揚げるんやないか。これ常識やで。悪いことにはならへん。早よ買ってきぃや」

 カラス黒は口を尖らせて言いました。

「それで一旗揚げられるなら買ってあげても良いけどさぁ。何かねぇ」


「まかせとけ、て。だまされたと思おて、買ってきてみぃって」

「だまされるのはいやよ、私」

 当てにはしていませんでしたが、あんまり馬がしつこく言うので、カラス黒は靴を買うことにしました。



 次の日、カラス黒はさっそく馬に靴を持ってきましたが、その靴を見て馬が文句を言い出しました。

「なんや? これ長靴やあらへんて。あんた長靴もわからんのか」


 カラス黒が持ってきた靴は真っ赤なハイヒールでした。

「うるさいわね。こっちの方がおしゃれでいいのよ。買ってもらう身なんだから文句言うんじゃないわよ。あったまくるわね」


「だけどこれじゃ足、入らないで」

「かかとかつま先を削ってみたら? 斧、持って来よっか」

「物騒なこと言うなぁ、あんた」



 馬がいつまでも文句を言い続けるので、カラス黒はやむを得ず、うす汚れた長靴を取り出しました。

「これ、拾いものなんだけど、こっちの方がいい?」

「まいったなぁ、拾いものかぁ。しゃあないなぁ」


 それでも長靴はあつらえたかのように馬にぴったりでした。

「結構いいやないか。履いてみるもんや。じゃ、これもらっとくで」


「別に、拾いものだから勝手にしたら」

 馬はカラス黒の言葉を最後まで聞かず、とっとと森に歩いていきました。


 森に入ると馬は木漏れ日の差し込む原っぱに膝を折り、腰の袋を大きく広げました。

「・・・この袋に麦の餌入れて穴ん中に広げとくやろ。すると美味しそーな山うずらが、ポロポロ入って来るってわけやな」


 馬は独り言を言いながらひづめで穴を掘り、袋を置いて餌を撒きました。用意が済むとさっそく木の陰に隠れて袋の口紐を握ったまま山うずらが来るのを待ちました。

「こうして待っていればいいわけや。簡単やなぁ」


 しかしどうしたことか、なかなか山うずらは現れませんでした。馬はいらいらして文句を言い始めました。

「なんや、だめやな。これじゃどうしようもないって。ポロポロッと、ポロポロッと入ってくんなきゃなぁ。袋の色のせいかなぁ。作戦は、いいはずや。やり方に間違いは、ない。おっかしいなぁ。問題はなんやろ。いや、問題なんてあるわけないやないか。この作戦は完璧なんや」


 その途端、馬は頭をハイキックで蹴られて倒れました。

「なぁにやってるのよ、あんたは」


 馬の後ろでカラス黒が両手を腰に当てて立っていました。

「ひどいことするなぁ。邪魔しちゃあかんて。山うずらとって、一旗揚げるんやないか」


 カラス黒は眉を寄せました。

「山うずらで何ができるってのよ。あんたばっかじゃないの。そもそもそんなに欲しいならこれあげるわよ」


 カラス黒は袋を馬に差し出しました。袋を開けると、絞められた山うずらがたくさん入っていました。

「どないしたんや、これ。すごいやないか。ぎょうさんあるでぇ、こりゃたまらんなぁ」


「大したことないわよぉ。さっき『その綺麗なハイヒールはどうしたの』って山うずらに声かけられたからさ。『この袋に入ればあなた達も貰えるわよ』って答えたの。そしたらあっさり騙されてくれたわけ」


「こすい手使うなぁ。心ねじまがっとるんとちゃうか」

 カラス黒は目を細めて真っ赤な鼻をぴくぴく動かしました。

「何よ。こいつ信じらんない。自分だってこすい罠使ってるでしょ。人のこと言ってるんじゃないわよ」


 馬は前足を横に振って言葉を遮りました。もともと聞いていなかったのかも知れません。

「まぁええわ。そのうずらを貸してくれ。絶対悪いようにはせんて」

「あんたの絶対は信用できないのよね。まぁいいけどさ」


 カラス黒は馬に山うずらを与えました。馬は山うずらを持って真っ直ぐ王様の城に向かいました。

「おっつとめ、ごっ苦労さん!」


 城に入るなり馬は衛兵に声をかけました。

「おい待て、そこの馬。どこに行く」

「うちんとこの大将が、良いもの捕れたから王様に持ってけぇって言うもんでな。王様の大好きな山うずらですわ」


「そうかそうか、それはご苦労だな。通って良いが、少し置いてけ。そんなにあるなら王様のお腹には余るだろう」

「しゃあないなぁ。俺も男や。ぱぁっとこれくらいおいといてやるわ」


 馬は衛兵にうずらを半分与えて先に進みました。

「おい、馬。どこに行く」

「王様にな、うずら渡しに行くんや」


「待て、ここを通るなら少し置いてけ」

「あんたもか。たまらんなぁ。ほら、これくらいやるわ」


 更に進むと謁見の間の前の兵士がまた馬を止めました。

「わかった。何も言わんとけ。残り全部くれたるわ」


 馬が袋を兵士に手渡すと、途端に後頭部をかかと蹴りで蹴られて床に沈みました。

「何なのよあんたは! つまらない兵士なんかに私のうずら渡すんじゃないわよ。こいつ信じらんない」


 馬は視界の揺れる目で顔を上げました。

「信じらんないのはこっちや。ハイヒールで蹴られりゃ、普通死んでるで。いったい何するんや」


 仁王立ちのカラス黒はさっきより大きな袋を馬に差し出しました。

「また集めといたから。今度はなくすんじゃないよ」


 馬は素直に袋を受け取りながら答えました。

「わかってるて。なくすわけないやろ。あんたは俺を信じて待っとればいいんや」

「いいけどさ。しっかりやりなさいよ」


 カラス黒は帰っていきました。馬は気を取り直すと堂々と謁見の間に入りました。謁見の間には王様が座っており、勝手に入ってきた馬に話しかけてきました。

「君は誰だね。なにゆえここにきたのだね」

「それがな。うちの大将、王様にこれ持ってけぇ、持ってけぇてうるさいんでな。おう、持ってってやるわいって、持って来たんや」


 馬が袋を差し出すと王様は中を開きました。

「ほう、これは立派なうずらだ。ありがたくいただくとしよう。君の主人にお礼を伝えてくれたまえ。わしは明日国内を視察して回ろうと思っておる。君の主人の家の前を通るやもしれん。その時は声をかけてくれたまえ」

「伝えときますわ。それじゃ王様、俺は退散します」


 馬は城を後にし、カラス黒の元に帰りました。

「おう、馬。どうだった。何か面白いことになった?」


 宿無し文無しのカラス黒は元気に馬に声をかけました。

「王様よろこんどったでぇ。これで万事間違いなしや。ところで、その服どうしたんや。たいそう立派やないか。あんたお金ないんやろ。ようそんなもん手に入れるなぁ」


 カラス黒は星のように美しいドレスを着ていました。しかし赤いハイヒールはもう履いていません。

「ああ、これ。さっき道で踊ってたら、変な女が、どうしてそんなにうまく踊れるのかって聞くのよ。で、このハイヒールのおかげだよって答えたら、欲しがるんでね。一番上等の服となら交換してあげてもいいって言ってみたわけ」


「悪党やなぁ」

「そんなことないわよぉ。こいついいかげん、あったまくるぅ」

「ええわ。明日が正念場やで。明日が過ぎれば幸せな生活が待っているんや」

 馬は言って横になり、そのまま寝てしまいました。



 次の朝、馬はカラス黒を近くの川に連れてきました。

「ちょっとあんた、こんなところで何しようっての」


 馬は胸を張って答えました。

「作戦はこうや。もうじきここに王様の馬車が通りかかる。あんたは川で溺れた振りをする。俺が王様を止めて、あんたを拾ってもらうわけやな。ほら、言ってるそばから来おったで。はよ服脱いで溺れるんや」


 カラス黒は目を細めて鼻を動かしました。

「ちょっとあんた。私にここで裸になれって言うの。このうら若き乙女にさ。こいつ、信じらんない。溺れる役はあんたがやれば」


 カラス黒は馬を川に蹴り落としました。

「うぎゃー!」


 馬は残念ながら泳げませんでした。死に物狂いで暴れます。そこに王様の馬車が通りかかりました。

「ちょっと、ねぇ。王様ってば、止まってくれない?」


 星のドレスを着たカラス黒が馬車の前に出ました。馬車が止まり王様が顔を出しました。

「どうしたのだね。娘よ」

「うちの間抜けな馬がさ。川に落ちて溺れてるのよ。あれどうにかなんない?」


 馬はひづめだけ残して沈むところでした。思ったより川は深かったようです。

「助けてやりなさい」


 王様の言葉で兵士たちが動き、馬は無事引き上げられました。

「ひどい目に遭ったわぁ。死ぬところだったやないか」


「おや、君は昨日うずらをくれた馬君ではないか」

 馬はやっと作戦を思い出しました。

「王様。ありがとうございます。どうもどこぞのこすい女に突き落とされたみたいですわ。世知辛い世の中やで」


 王様は鷹揚にうなずきました。

「そうかそうか、無事で何よりだったな」

「そうそう、紹介しときますわ。こちらが昨日うずらを献上した、カラスく・・・、いや、黒子、いや、どくろ・・・」

 カラス黒は黙って馬の後頭部を殴りつけました。

「いや、黒姫お嬢様ですわ」


 カラス黒は紹介されると右手を上げて挨拶しました。

「なるほどそうだったのか、ありがとう。うずらはとても美味しかったよ。ところで君たちはこれからどこに行くつもりだったのだね。良ければ家まで送っていこう」


 馬は一も二もなくうなずきました。

「このずうっと、ずうっと先に黒姫お嬢の宮殿があるんですわ。よってって下さいや。俺は先に帰って用意しときます」


 馬は走り去りました。馬を見送った後、カラス黒は王様に向き直って言いました。

「ねぇ、私は乗って良いの?」

「ああ、乗りたまえ」


 カラス黒が素直に馬車に乗ると、王様の隣りに目の焦点が合っていないぼんやりとした娘が座っていました。

「紹介しよう。私の一人娘だ」


 王様が言うと娘は陽炎のように目を泳がせながら、目の前のカラス黒を見つめました。

「あらぁ、その服ぅ、わたしの持っていたやつにそっくりぃ」


 カラス黒は顎を上げて答えました。

「あっそ。偶然じゃない。そう言えばあんたのそのハイヒール。私の持ってたやつに似てるみたいよ」

「あらぁ、不思議な偶然ねぇ。運命を感じてしまったわぁ」


「私は感じてない」

 カラス黒は冷淡に答えると王様の向かいに座り込みました。



 馬は大きな大きな畑まで来ていました。そこでは男達が熱心に家の屋根を剥がしていました。

「なぁ、おっちゃん。そこで何しとるんや。家壊しちゃあかんて」


 すると男達の一人が馬を見て言いました。

「家の中が寒くて仕方がないんだ。お日様がよく入るように屋根を剥がせばいいと教えてくれた娘がおってな。なるほどその通りということで、今そうしているところさ」


「そうかいな。そいつはご苦労なことやな。それより向こうに王様の馬車が見えるやろ。王様が『この畑、誰のや』言うたら、『黒姫お嬢のものやで』って答えなきゃならんわ。そうでなきゃ、お叱り受けるで」


 屋根の男は大げさに驚いて危うく落ちそうになりました。

「そうかそれは大変だ。みんなにも伝えよう」

「頼むで。それからな。どうせなら壁もとっぱらったほうが日が当たって良いと思うで」

「そうか! それは気がつかなかった。ありがとう」


 馬は畑を後にしました。やがて王様の馬車が通りかかりました。王様は雄大な畑を見て感心しましたが、家をたたき壊している男達を見て首を傾げました。

「あれはいったい何をしているのだ?」

「寒いから屋根でも剥がしてお日様入れようとしているんじゃないの。冗談が通じない奴も結構いてさ」


 カラス黒がさらりと答えました。王様は気を取り直して近くの男に尋ねました。

「そこの農民。この辺りの畑は誰のものじゃ」


 男は王様の方を見ましたが、首を傾げて何も答えませんでした。王様は再び言いました。

「この辺りの畑は誰のものなのじゃ?」


 やはり男は答えません。するとカラス黒が首を伸ばし、ひどい濁声で言いました。

「この畑、誰のや」


 反射的に男も濁声で答えました。

「黒姫お嬢のものやで」


 王様は感心して言いました。

「あなたは大した農地をお持ちだ」

「こんなのなんでもないわよ」



 長靴を履いた馬は更に先に進み、牛のたくさんいる牧草地に来ました。牧草地では牛が気ままに小川の水を飲んでいましたが、その中をざるを抱えた男たちが歩き回っていました。

「おっさん、何うろうろしとるんや」


 すると男が馬の方にやってきました。

「見ればわかるだろう。牛に川から水を運んでいるんだ。前は桶で運んでいたんだが、見知らぬ娘がざるで運べば重くないと教えてくれたんだ」


「そいつはなかなか苦労しそうやな。ここにもうすぐ王様の馬車が来るんや。王様が『ここの牛は誰のや』聞いてきたら、『黒姫お嬢のものに決まっとるやろぉ』て答えなきゃならんで。そうでなきゃ、きつぅく灸そえられるわ」

「そいつは一大事。みんなにも伝えよう」

「あまり働きすぎて川を干上がらせちゃあかんで」

 馬は牧草地を立ち去りました。男は馬の言葉に感心しました。


 少しして牧草地に王様の馬車が通りかかりました。王様は半分寝ころんだかと思うといきなり立ち上がり、ざるを片手に歩き回る男達に目を丸くしました。

「いったい彼らは何をしているのだろう」

「おおかた、ざるで水を運ぼうなんてことを考えているんでしょ」


 王様はカラス黒の答えに怪訝な顔をしましたが、取りあえず男に声をかけてみました。

「そこの男、ここにいる牛は誰のものじゃ」


 男は答えようとしましたが、言葉に詰まって何も言えなくなりました。

「牛の所有者を聞いておるのだが」


 王様は再び言いますが、やはり男は答えません。今度もカラス黒が首を出して言いました。

「ここの牛は誰のや」

「黒姫お嬢のものに決まっとるやろぉ」


 その男は安心したように答えました。

「聞き方の問題ね」


 カラス黒は首を引っ込めました。

「あなたは立派な資産をお持ちだ」

「まかせて」



 馬は見渡す限りの森に来ていました。

「道間違えたかなぁ。まぁええわな」


 馬が森の小道に入ると、たくさんの男達が二又フォークで地面を引っかいていました。

「なぁおやじ。何しとるんや」


 すると必死に地面を引っかいていた男が顔を上げました。

「わからないのか。木の実を集めているんだ。前まで一つ一つ手で拾っていたんだが、頭のいい娘がやってきて、二又フォークで掻き集めたらいいんじゃない、と教えてくれたんだ」


「迷惑な女やなぁ。もう少ししたら王様の馬車が通るんやけどな。王様が『この森は誰のや』言うたら、『黒姫お嬢のもんに決まっとるやないか、あんたアホちゃうかぁ』言わなあかん。言わんと王様機嫌悪くするで」

「おお、恐ろしい。忠告ありがとう」

「じゃあ頑張りや。どうせなら一本より二本や。両手に一本ずつ道具持った方が早いで」

 馬は行ってしまいました。


 そこに王様の馬車が通りかかりました。王様は両手に二股フォークを抱えてかけずり回る男たちを見て何度も瞬きしました。

「いったい何なのだ?」


「木の実でも集めているんじゃないの。そうは見えないけどね」

 カラス黒は答えました。王様は馬車から顔を出して一人の男に声をかけました。

「お前達、一つ聞きたいのだがこの森は誰のものじゃ」


 その男は王様を無視して地面をかけずり回っていました。

「こら、ここが誰の森か聞いておるのだ」


 やはり男は王様を見ようともしません。カラス黒は窓から首を伸ばして言いました。

「この森は誰のや」


 すぐに男は反応しました。

「黒姫お嬢のもんに決まっとるやないか、あんたアホちゃうかぁ」


 王様は感心して言いました。

「あなたは大した土地をお持ちだ」

「融通の利かない奴らが多いのが玉に瑕なのよね」



 馬はその頃小道の突き当たりの城のような建物の前まで来ました。

「ここどっかで見たことあるで。どこだったやろか」


 馬は気にせずに入っていきました。

「悪い、入るで。誰かおらんかぁ」

「いるに決まってるでしょ!」


 奥の階段を一人の若い夫人が降りてきました。

「どっかで見たような間抜けな馬ね。でもあいつは長靴なんて履いてなかったっけ。で、何の用。私はシューキョーには興味ないんだけど」


「この時代にそれはないやろ。それよりここに魔法使いはおらんかいなぁ」

「いるわけないじゃない。ここは私の家よ」

「そりゃ困ったな。俺はここで魔法使いと対決せなあかんのや」


 馬は勝手に入った家で住人に向かって無謀なことを言いだしました。

 しかし夫人は気にとめずにつまらなそうに答えました。


「魔法使いはいないけど、魔法にかかったおばさんならいるわよ」

 夫人が声をかけると奥から雌鳥を抱えたおばさんが出てきました。おばさんの雌鳥の後ろには犬、猫、鼠、狼、狐、兎、蛙が、片足をそれぞれの相手の肩にのっけたまま連なってぎゃーぎゃー泣いていました。


「どうやったらこの順番でくっつくんやろ」

「最近こいつらの鳴き声がうるさくて困ってるのよ。こいつらを引き剥がしてやって」


「なんでまたこんな事になったんや」

 夫人は困った顔をしました。

「心当たりがないのよね。せいぜい長い角生やして目が石炭みたいに赤くて、コートの中から山羊のひづめと尻尾を見せていた男の人が、お金くれるって言うからお願いしてみたことくらいかな」


「そんなのは関係なさそうやで。まぁええわ。じゃあ、やってみよか」

 そして馬は蛙の肩に片足を置いて引っ張ろうとしました。その途端、馬の足も蛙の肩からとれなくなってしまいました。

「なんや、なんや、どうなっとるんや。離れないで」


 夫人は冷たく言いました。

「また一つうるさいのが増えた」


 王様の馬車が到着しました。カラス黒は王様を引き連れて家に入り込みました。

「おっす。勝手に上がるわよ。ちょっと馬。あんた何やってるのよ」


「黒姫お嬢。大変なんや。足が蛙から離れんのや。助けてくれぇ」

「おお、それは大変だ。私が手伝おう」

 カラス黒の後ろにいた王様が馬に駆け寄って肩をつかみました。

「なんと! 手が放れないではないか」


「お父様、楽しそう」

 今度はお姫さまがふわふわ漂いながら父親の肩につかまりました。そして離れなくなった手を見て嬉しそうに笑い始めました。


 カラス黒は怪訝な目でおばさんから連なる動物たちや人間たちを眺め、そして奥正面にいる夫人を見ました。

「なんかその黒い肌と白い髪と赤い鼻は見覚えがあるわね」

「そりゃそうよぉ。私もよく知っているんだから」


「そうよねぇ。ところで、このうるさい奴等を何とかしてくれたらこの家にすんでも良いわよ。最近黙っててもお金が貯まってくれるのよ。山羊ひづめのおじさんが十年保証してくれるって言ったけど、本当だったみたい」


 カラス黒は肩をすくめました。

「あっそ。どうりで私と同じ年まで若返ってるんだ。だけどさぁ、呪い解く方法なんて私知るわけないじゃない。ま、取りあえずおばさんに雌鳥を手放してもらったら?」


「でも、あれってくっ付いて離れないんでしょ?」

 夫人がおばさんを見ると、おばさんは首を振りました。


「いいえぇ、私は持ってるだけですよ」

 おばさんが雌鳥を放すと同時に皆の手が解放されました。雌鳥が外に逃げ出し、その後を犬が追いかけ、猫が追いかけ、鼠が追いかけ、狼が追いかけ、兎が追いかけ、蛙が追いかけて出ていきました。


「あぁ、助かった。簡単だったんやなぁ」

 馬が言うと王様も鷹揚にうなずきました。

「なんとお礼を言っていいのかわからん。黒姫殿。あなたがよければ娘をもらってくれないかね」

「あらぁ、運命を感じるわぁ」


 王女も両手を揃えてはしゃぎ出しました。

「どうや、これが俺の作戦だったんや。俺のおかげであんたも一旗揚げられたやろ」


 馬は全く話の矛盾に気付いていませんでした。夫人は呆れながら言いました。

「いいんじゃない、カラス黒。その見た目じゃ好きになってくれる人なんてこれからいないわよ。たとえ相手が女でもラッキーって思わなきゃ」


「母親のくせにそこまで言うんだ。あったまくるぅ」

 カラス黒はさすがに怒ったらしく赤い鼻をひくひく動かして、夫人ににじり寄りました。夫人は少しづつ後づさりしました。


 その時不意にお姫さまがカラス黒に近づき、頬にキスをしました。カラス黒はお姫さまから離れましたが、お姫さまが口を付けた頬は赤くなってどんどん広がっていきました。


 そして・・・。


「あーあ、色の配置がもう一歩入れ替わっていれば可愛げがあるのに。じゃなきゃ『娘』が『息子』になってるとかさ」

「そうですねぇ。今度は『血赤』ですかぁ」


 娘は真っ黒な鼻をひくつかせて叫びました。

「あったまくるぅ。こいつら何なのよ、信じらんない!」


 クリック、クラック

 これで私の話はおしまい。

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