刀と弾丸。
「動くな」
一人で暮らすにはいささか以上に広すぎた家の寝室。
久しぶりに自分以外の声を聞いて目が覚めた。
下腹部が重い。そこで、誰かが自分の上に乗っているのだと気づく。
先ほど聞こえた声音で、自分の上に乗っている誰かは女性であるということはわかる。
暗がりでよく見えないが、きっと美人である。
森光哉太16歳。これまで女性経験なんてない僕にとって、
女性に馬乗りにされているなんて、恐悦至極のなんのそのであり
一撃必殺である。色んな意味で。
首筋すれすれに日本刀が突き立てられているのだから。
――数日前――
遠くで、空から人が降ってきたところを見た。
タワーマンションの50階ほどから投げ出されたそれは
高速で地上めがけて落下していき、後から信じられないほど
大きな破砕音が聞こえて、続けて人々の悲鳴が聞こえた。
すぐさま人だかりができて、そのあとにけたたましいサイレンの音が聞こえ、
一層喧騒に包まれてからそこで
「誰かが死んだのだ」と分かった。
「・・・っうぅっ!?」
激しい頭痛と眩暈。胃液が逆流しそうな感覚。
その場でうずくまりたいのに、身体は意志に反して硬直してしまっている。
辛うじて動かせた目で、人が投げ出されたであろうタワーマンションの窓辺を覗くと
一瞬、綺麗な女の子が見えた気がした。
そこから帰宅するまでの記憶は、あまりない。
――そして、現在。僕の部屋の寝室。
目が慣れてきてから僕の上に乗ってこちらを
きつく睨む女性の姿が、だんだんと見えてきた。
「あな、たは・・・」
血が通っていないのではないかと疑うほどに美しい白い肌。
夜闇に溶ける漆黒の長髪。
きちりと締めたワイシャツの首元に巻いた鮮紅のリボンとは対照的な
怜悧な碧眼で獰猛に僕をにらみつける美少女。
僕の上に跨るその人は、恐ろしい程に美しく冷徹な印象を与えた。
「やはり、見覚えがあるようだな」
突き立てられた日本刀が軋む音がした。
女性は一瞬悔いるように眉をゆがめると
素早く自らの腰に手をまわして、ナイフを手に取り
思い切り振り上げた。
「まぁまぁ、落ち着きなってトーカちゃん」
暗闇に彼女以外の声が聞こえて
首元の刃などすっかり忘れて声のした方に
目を向けてしまう。
「たまき!お前、ターゲットの前で名前を呼ぶなといつも言っているだろう!」
暗がりから、またも美少女が現れた。
"とーか"と呼ばれた彼女とは違い、
親しみやすそうで、あたたかな印象を与える人だ。
男性用の服を纏っているが、扇情的で
きっと大概の男性は一目見れば、ころりと落ちてしまいそうだ。
困ったような表情を浮かべて、トウカに答える。
「あー・・・ごめん、ごめんて。
でもまぁ、ここまで来て逃げも隠れもできないでしょ?
やっちゃえば終わりだって!だから、ね?許してよ」
そう軽く発する"タマキ"という人の腰元に、
無骨な拳銃が二丁、巻かれているのが見えた。
この二人が"やばい"ということが、嫌でも分かってしまった。
「ちっ・・・おいお前」
「は、はい・・・」
「・・・随分と冷静なようだな?
いいか、私はお前をここで殺す。
その前に確認しておきたい。
私のことを、誰かに言ったか?
正直に言え。そうすれば余計な苦しみは与えない」
「だ、だれにも言っていません。忘れていました」
僕がそう答えると、ナイフを僕の左肩にトス、と立てた。
「!?・・・いっ!?」
「もう一度聞くぞ? 誰かに話したか?」
「い・・・言ってません。忘れてたんです」
彼女たちは簡単に僕のことを殺してしまえるのだろう。
仰向けで寝ている上から馬乗りにされているので、
自由が利かないが、そうでなければ僕は、がくがくと
その場で足を震わせていたと思う。
しかしそんなことより僕は、
どうにか相手に信じてもらおうと懸命になっていた。
「・・・そうか、それなら安心したよ。
約束を破ってすまなかった。今度こそすぐに殺してやる」
刺された肩から、僕の顔の中心へと
めがけて振り下ろされた、彼女の凶刃が
「まって」
タマキの声で、寸前のところで静止した。
「なんだタマキ!邪魔をする・・・」
「いいから、待って。それと、名前」
タマキに自らがきつく言った指摘を返されて、
トウカはバツが悪そうに、タマキに従った。
「ハーイ、こんばんは。
突然ごめんね? 私は弾樹。
君、名前は?」
先ほどから異常続きで思考が追い付かない。
僕は条件反射のように「森光、哉太、です?」と答えた。
僕の反応がよほどに面白かったのだろうか?彼女は快活に笑うと
またおしゃべりを始めた。
「なんで疑問形なの?さっきから見てたけど、君、面白いね。
それにしても森光ね。この家に他に誰もいないのはそういう理由なのかな?」
「・・・その話しは、あまりしたくないです」
「うんうん、やっぱり面白いね君。
普通さ?こういう時って、もっとパニクったりするものなんだけど?
それとも、状況が呑み込めてないのかな?」
「状況は、正直よくわかりませんけど、なんといえばいいのか・・・
すみません。よく、わかりません」
「ふーん・・・?」
さっきまでのことがまるで嘘だったように、
フランクに会話を続ける僕と弾樹だが
弾樹は僕との会話の最中でも、腰の拳銃を
いつでも使えるようにしていたのが、
僕には分かっていた。
僕を警戒しながらもひとり、何か思惑していた弾樹に対し
業を煮やしたのか、苛立った様子でトウカが声を上げた。
「何をさっきから遊んでいるのだ!?
そこをどけ弾樹!そいつを殺す!」
「うーん・・・それなんだけどさ?
今日からここに住まない??
」
・・・・は??
「は??」
僕の心の声が、トウカの口から代わりに漏れた。
「な、どういうことだ!?
意味が分からないぞ!?
目撃者は殺す!そういう決まりだろう!?」
「いや、そりゃそうなんだけどさ?
第一、トウカちゃんがこいつ見たのって
めちゃくちゃ遠くなんでしょ?
それって逆に、この子がその距離から
私たちのことを目撃したって証明する方が
無理っぽくない?
それに、あまり覚えてないって言うしさ?」
「それは・・・」
「それにさ、ここなら"あの子たち"が住むのも
快適そうだしさ? ・・・って話ししてるんだけど、
えーっと、カナタ?だよね。もちろん、君に拒否権はないよ?」
「そうでしょうね」
「・・・アハハハ!そこまでいくとちょっと気持ち悪いけど、うん。
私は君のこと、気に入っちゃったな」
「は、はぁ・・・」
殺されそうな状況がなかったなら、きっと今のセリフに
ころっといってたかもしれない。殺されそうな状況がなかったなら。
「お前・・・!またそうやって悪ふざけを」
「大丈夫。もしもの時は、しっかり責任取るよ。けじめもね。
だから・・・ね?いいでしょ? "おねぇちゃん"」
「・・・ふんっ」
わなわなと震える手で握っていた抜き身の刃を、
腰の鞘に荒っぽく収めると、ドンドンとわざとらしく
足音を立てて、寝室から出ていってしまった。
どうやら二人は姉妹で、トウカは弾樹に対して少し甘いらしい。
「いひ!ありがとうトウカちゃん!
あ、そうだカナタ。彼女は刀花ちゃんね?
一応、私のおねぇちゃん。
んでぇ、まぁ、そういうことで話しはまとまったから
これからよろしくね!もちろん、妙な真似をしたら
私が責任を持って殺すから、そのつもりでいてね!」
そういっていたずらな笑みを浮かべる弾樹。
本当に、なんでもないことのように僕を殺すのだろう。
友好的な態度の裏に、キリリと僕の胃を締め付ける
表現しがたい何かを感じたから。
ただ、僕はなんとなく弾樹のことを信じてみたい、と
そう思っていた。
「はい、わかりました」
「よし!よろしく!
あ、刀花ちゃんがダメにしたベッドと、
ここに入ってくるときに壊しちゃった部屋の鍵の方は
私が弁償するから許してね!
あと、多分歳近いよね?
これから一緒に生活してくし、タメ口でいいよ?
私のことは弾樹って気軽に呼んでね。
私も君のこと、カナタって呼ぶからさ!」
「そう、で・・・うん、わかったよタマキちゃん」
「あ、あはは。なんか、照れるね!
一緒に生活するからって、エッチなことはダメ!ですよ?」
そういって首を掻っ切るモーションを取る。
照れ隠しなのだろうけど、モーションのせいで台無しだ。
僕は、乾いたような笑いを返すほかなかった。
「じゃあ、私寝るからね。
明日からよろしくね、"おにいちゃん"?」
僕はこの時、予期していていなかった。
これから始まる、新しい家族との危険な生活を
これは、その始まりの一日