第一章 餌付け(6)
デパートから帰ってきた圭喜は裏にまわって家に入るのではなく表の洋菓子店の方に足をすすめた。普段は甘い匂いを嫌がって店に入ってこない圭喜が家の玄関からではなくお店の方に顔を出したのを見て驚いたのは店番をしていた知世子だ。
「圭ちゃん、おかえりなさい・・・家の玄関閉まってた?」
家は他の兄弟たちが留守番しているはずなのに、と首を傾げた知世子だったが圭喜はすぐに首を振った。
「シュークリーム残ってる?客として買いに来たんだけど」
「え!・・・シュークリームなら残ってるよ?圭ちゃんが食べるの?」
甘いものが苦手でお店の仕込みはしぶしぶながら手伝うものの洋菓子のずらりと並ぶ店の方には全然顔を出さない圭喜がシュークリームを買いに来たというのは知世子にとっても衝撃的な出来事だった。
「いや、食べないけど」
食べるのはどうやら圭喜ではないと気がついた知世子はつい、ほっとしてしまった。しかしそれじゃあ圭喜の買ったシュークリームは誰が食べるのだろう?今日は圭喜にお客さんが来るのだろうか?知世子は疑問に思いながらも一番小さな箱にシュークリームを一つ入れた。
「えっと、一つでいいんだよね?それとももっとたくさんお客さん来るの?」
「一つでいいよ、はい100円」
圭喜はクリームのたくさん入った一番シンプルで安いシュークリームを受け取ると、甘くて幸せになるオーラの漂うそのお店をそそくさと出て行った。少し顔が青くなりはじめていたのは内緒である。
箱を受け取った圭喜は洋菓子店を後にすると、ぐるりとまわって裏の実家の方へと足を向けた。ポケットから鍵を取り出して家の玄関を開ければ家を出たときのような騒がしさはなく、双子たちはテレビを見終わって代わりに何か他の遊びをしていることが分かった。
「ただいまー」
靴を脱ぎながら家の中に上がるとリビングで双子たちがお絵かきをしていた。その隣で最中はストレッチをしてる。普段定位置にいるはずの藍須の姿が見えず疑問に思った圭喜は最中に問いかけた。
「あれ、藍須は?」
「おかえりー、藍なら自分の部屋だけど」
「へぇ」
「あー別に子守をサボってるわけじゃなくてさ藍は探し物してるだけだから」
「そーなの?」
「そーそー、藍は確かに子守も満足にできないし掃除洗濯料理もなったくできない、一体何時の時代の男だっていわんばかりの古いやつだけど一応家のルールくらいは守るよ」
最中がそうきっぱり言うと丁度、背後の階段から誰かが階段を下りてくる音が聞こえてきた。もちろん階段を下りてくるのは藍須だ。圭喜は振り返り、階段を下りてきた藍須に「ただいま」と挨拶をした。階段の途中でそれに気がついた藍須は少し早足で階段を下りてくると圭喜に「おかえり」と返した。
「圭喜、帰ってくるのが早いな。何を買いに行ってたんだ?」
藍須はただそう質問してきただけで特に圭喜に対して何かを探ってやると言う気持ちはこれっぽっちもなかったのだが、圭喜は藍須の質問に一拍、不自然な間を開けてしまった。
「・・・雑誌だけど?」
「へー、圭が雑誌なんて珍しいね、なんのやつ?」
後ろから更に追撃を入れたのは最中だった。圭喜は「雑誌、雑誌ってなんだ・・・もっとなんか適当に言えばよかった」と思いながら曖昧な笑顔を藍須に向けていた。
「確かに圭喜が雑誌を買うのは珍しいな、料理の本なのか?」
「圭ちゃん、もっとおりょうりつくれるようになるの・・・?」
「すげー」
きらきらした双子の顔を見て圭喜はつい「うん」と頷いてしまった。
「・・・料理番組の雑誌なんだけど」
「へー、圭はそんなの見なくても料理うまいと思うんだけどなー俺は」
「何事も練習もなしにうまくなれるものではないだろう、圭喜が新しい料理を練習するって言っているんだ。別にいいことじゃないか」
「圭ちゃんれんしゅうしたらもっとおいしくなるんだろー!おれは楽しみ!」
「おぐらもおいしいの好き・・・」
嬉しそうな弟たちに圭喜も頭をかきながら、あははと曖昧に笑ってみた。圭喜はその話題を逸らそうと藍須の方を向いて弟に問いかけた。
「藍須は二階で何してたんだ?」
「双子がクレヨンの青色がないと言うから部屋に探しに行っていた、クローゼットの中にあったと思ったからな」
「藍は物持ちいいよなー」
「お前がすぐ物をなくすだけだと思うんだが・・・最中」
最中は笑いながら「いつの間にかなくなるんだよなー」と圭喜たちに言ってのけた。