第一章 餌付け(4)
階段を下りて台所に戻ると最中はすでに食事を終えていてシンクに食器を沈めていた。リビングでダンベルを片手に双子たちと一緒にテレビを見ている。すると台所に入ってきた圭喜を見て藍須が話しかけてきた。
「結局なんだったんだ」
「んーペン立てが倒れてただけだった、風が強かったのかな」
藍須は圭喜の言葉に納得してまた新聞に目を向けた。圭喜は五人がテレビや雑誌、新聞に夢中になっているのを見るとエプロンの胸ポケットから人形を取り出してやった。食卓の上に人形を立たせると人形はさっきまで立っていた圭喜の勉強机と違うと気がついたのかちょこちょこと歩き回ってみせた。人形は床ばかりを見て歩いていたので目の前のお皿に気が付かずに躓いた。
「あ」
『sjdhsbsu?』
お皿の中につるんと入った人形はお皿の中心に置かれた食パンを見ていた。圭喜が食べるのかな?と思って食パンをちぎって渡すと人形は食パンを片手にお皿から下りてまた食卓の上をうろうろとしていた。座って食べれないのかと圭喜が人形を心配そうに見ていると人形は何かに引っ張られるようにふらふらと歩き始めるのだ。圭喜がマーガリンを塗ったトーストを食べながらそれを見ていると人形は真っ赤な苺のたくさん入ったジャムのビンに抱きついた。甘い匂いがするんだろう、うっとりした顔の人形に圭喜がビンを開けてやりスプーンですくったジャムを人形の持つパンに塗ってやった。
苺のジャムは圭喜の手作りだ。父の知り合いの果物屋からたくさんの果物を買っていて、ジャム用には売れない果物を頂いてよく作っている。お返しにはおじさん家族も甘いものが好きなのでよく圭喜がつくったジャムなどを差し入れしたりする。そういえば、おじさんの家は圭喜の七つ年上の青年と二つ年上の青年の兄弟がいるのだが・・・
ぼちゃん・・・!
パンを咥えたまま考え事をしていた圭喜はその音にぎょっとして視界を食卓の上に戻した。音の正体を探ろうと机の上を見渡すが人形の姿が見えない。圭喜はとりあえず落ち着こうと口に含んだままのパンを流し込むためにコーヒーの入ったマグカップを持ち上げた。・・・が、圭喜はマグカップの中で揺れる金色の髪を見てパンを喉に詰まらせた。
「っ!?ごほっ・・・!!」
「・・・圭喜?」
「げほっ・・・っだいじょ、ぶ・・・コーヒー、こぼしただけから・・・洗面所行く」
マグカップを持ったまま圭喜は洗面所に早足で入っていった。
洗面所に入った圭喜はマグカップの口に手のひらを置き、マグカップを逆さまにして洗面台に人形を降ろした。中から出てきた人形はブラックコーヒーが目に入ったのかぐしぐしと目を擦っている。もちろんそんなものでコーヒーが目から出て行くはずもなく圭喜は洗面所の蛇口を捻ると程よい暖かさになるまで待ち、蛇口からお湯が出てくると圭喜は人形が着ていた服を一気に剥ぎ取った。ミーミー鳴き出す人形を指の腹で優しく洗ってやると人形も風呂に入れられていると気がついたのかようやく大人しくなったようだ。
「あー・・・洗ったのはいいけど服、どうしよっか」
『mdksn.spsnsud.sdskdj,shsddkdp?』
人形にミニタオルを巻いて今度は胸ポケットより一回り大きなお腹のポケットにタオルごと人形を入れてみた。そして今度は人形の服をざぶざぶ洗う。コーヒーのシミは完璧には落ちず、白かった服はかすかにコーヒー色に染まってしまった。圭喜は服を軽く絞るとタオルにくるんで同じようにお腹のポケットにそれを入れた。
そこで一息つくとそれと同時に洗面所の扉が開けられた。
「圭ちゃん、シミとれた?」
「お、おー・・・すぐ叩いたから取れたよ、知世子は洗面所使うの?」
「うん、この後お店手伝うから髪の毛整えようかなと思って、圭ちゃんは今日は非番だったよね?」
「そうだよ、ちょっと出かけようと思ってる」
「小倉と金時の子守は・・・藍ちゃん?」
「・・・今日は藍須が当番だと思うけど、用事が終わったらすぐ帰ってくる予定だから。・・・最中も家にいるし」
圭喜は朝食に使った食器を片付ける為にそそくさと台所に戻っていった。